第130話

バトルパート


    ディアンナ

      VS

     リリアン



 リリアンは過小評価を受けている。

 彼女の能力は肉体を別の生き物に変異させる事。……ではない。

 彼女の能力の本質は退化と進化。自らの細胞の記憶を辿り、原始の微生物にまで退化させ、改めて進化の可能性を辿り別の生き物になっている。

 この時点でどれ程の可能性を秘めた能力かわかるだろう。退化と進化を司る。つまり無限に進化する事も理論上可能。

 それができていないのはリリアン自身が自分の能力を把握できていないから。そして退化を司る事で不具合が生じて進化に歯止めをかけている。

 故に力は伸びず、脳も他の選血者よりもずっと劣っている。故に血族の中でも弱い部類。故に序列も下位に留まっている。

 彼女は過小評価を受けている。誰よりも彼女自身に。

 自らを弱いと勘違いしていて、何より力を尊ぶ生き物だからリリンに憧れたのだろう。その能力故に情を抱く可能性を見出だし辿ってしまったのだろう。

 情というものは時にさらなる可能性を生む。

 愛だとか怒りだとか悲しみだとか憎悪だとか。そういったものがあらゆる未来を生んできたのは人間誰しも知っている。

 そして情の危険さも。

 激しい情は人間の枷を外す。タガを外す。そして多大な破壊を生む事もあろう。どのような形であれ、それもまた大きな結果を秘めた可能性ではある。

 もしも、彼女のタガが外れる事があれば。リリンに近い力を得るかもしれない。

 まぁ、それも。あくまで可能性の話。

 今はまだ……。今はまだ至らぬ話。

 引き金に指先がかかった程度の小さな可能性の話。



「死ね!」

 リリアンは背中を変異させ目のない蛇を数匹発現。ディアンナに襲いかかる。

「すぅ~……はぁ~……。……っ!」

 ディアンナは一度深呼吸をし、駆ける。

 縦横無尽に襲い来る蛇をかわしていく。リリンの血で変質した体は人間の身体能力を遥かに上回る。並みの生物では捕らえることは叶わない。

「はぁン!? 畜生の分際でぇっ!」

 だが今ディアンナが相手してるのは並みではない。血族の劣等種と認知されていようと、リリアンは並みの生物では決してない。直ぐ様蛇の数を増やして退路を断っていく。

 逃げる先逃げる先に蛇は回り込み、ついに囲まれ、逃げ場はもうない。

「……! ふぅ……っ!」

 しかしディアンナはナイフを蛇の堅い鱗の隙間に滑り込ませ、筋肉を断つ。蛇は体勢を保てなくなり、逃げ道ができる。ディアンナは幾度となく同じ作業を繰り返し、リリアンの猛攻をかわしていく。

「……」

「……はぁ~」

 リリアンは一度攻撃を止め、ディアンナも一息つく。

「どうでしょうか? 少しはお楽しみになれそうですか?」

「調子に乗るなド畜生。お姉様の血が混ざった肉体ならば必然だろうがゴミ……!」

 少し挑発するような言葉をかけられてもすでにリリアンの心に影響はない。そんな事よりもリリンの安否のが重要だから。よって、次の手に出る。

「……ん? あれは……」

 リリアンは蛇を仕舞い、今度は百足ムカデの胴体に蠍の尻尾をくっつけたモノを背をより創り出す。それも三本。太さも優に1mを超えるサイズ。

(先程よりも堅そうですね……)

「さっき……楽しめているかと聞いたな……?」

「……はい」

「この私を見てそんなことをのたまう貴様の眼球は飾りか!? 脳みそはあるか!? 軽口だとしても許さん! 爛れろ! ぶちまけろ! 穿ち死ね!!!」

 三本の尾はディアンナに向かって一直線に……来ない。

 移動を阻害しようと二本の尾は左右へ展開。少し遅れて最後の一本が真ん中を通りディアンナに向かう。……逆に見れば、尾を挟みつつもリリアンまでの道筋が出来ている。

(このまま逃げていてもいずれ捕まる。少しは攻勢に出ないと)

「ふっ!!!」

 ディアンナは短く息を吐き、尾に――リリアンに向かって走り出す。

「はぁ……!」

 ナイフを両手で握り締め、真ん中の尾を紙一重でかわしつつ先程蛇にやったように関節へ刃を滑り込ませる。

「っ」

 だが刃はほとんど通らない。脆いはずの関節でさえ蛇の比ではない硬度だ。

(浅い……! やっぱりさっきよりずっと堅い……。なら……!)

 真ん中の蠍の尾を軸に、左右ジグザグに跳び、そして走りながら何度も関節へ刃を滑り込ませる。

 一度で無理なら別の関節を一度ずつ切りつける事にしたのだ。リリアンは変異させた肉体の一部は一度体に戻さないと治癒できない。幼い頃よりリリンに仕えて来たディアンナはリリアンの戦う場面にも何度か出くわしている。故に気づくことができたのだ。

 しかし、活路を見出だしたとしても、リリアンも易々と許すつもりはない。ディアンナが向かってくるのを確認したので道を塞ぐ必要もない。左右の尾もディアンナを襲い始める。

「く……っ!」

 ディアンナは体を捻り、回転を加えつつかわし、その勢いのまま一本に狙いを定め切りつけ続ける。

「あぅっ。……ぐっ!」

 攻勢に出ている為に回避に専念できず、尾に叩かれ、時に尾の先がかすめる。リリンのお陰で多少の怪我はすぐに回復するが、毒により身体能力が少しずつ奪われていく。

「はぁ……! はぁ……!」

 それでも足を止めない。腕を止めない。ただひたすらに跳び、走り、切る。

 意識が薄れつつも繰り返し続けていると、ついに功を奏する。

「チッ!」

 蠍の尾は関節へのダメージで自重を支えられなくなり地に落ちる。仕方なしにと傷ついた尾を体へ戻す。

(ここで……!)

 ディアンナはここが勝負どころと踏んだ。唯一の好機だと。尾を回収するのと合わせ一気にディアンナに詰め寄る。

(あの表情……。まさかこいつ私を留めるどころか殺そうと考えている……?)

「クハ。クハハハハハハハハハ! ――図に乗るなゴミカスが!」

 リリアンは残った尾で迎撃にかかる。だが毒で肉体の活動限界を感じてるディアンナにはもうここしかない。故に止まる事は許されない。

(肉をえぐられようが骨を断たれようが大した問題じゃない。リリアン様に傷をつけ少しでも手間取らせれば、リリン様が異界に戻るまでの時間は稼げる! だから、ここで死のうが、殺す気で行く!)

「はあああああああああ!」

 痛覚を遮断するには至らないディアンナは叫ぶ事で痛みを誤魔化す。

「う……っ! んぐぅ……!」

 感覚のなくなって来た手にナイフを突き刺し、捻って肉と骨で固定する。この痛みが歪んだ景色を少しだけ正常に戻してくれる。その一瞬はディアンナにとって光明。最後の力を足に込めディアンナはリリアンに肉薄する。

「あん!?」

「失礼……いたします……!」

 ディアンナはナイフが刺さった手を突き出す。抜けないよう空いた手で柄を持ち、リリアンの左目から鼻骨にかけて斜線を刻んだ。

「……っ」

「はぁ……はぁ……」

(これなら……頭なら……少しは回復に時間を要するはず……。回復したら私に敵意が向く……)

 浅い呼吸を繰り返し、ついに限界が来る。元は人間。才達の世界よりも多少強い人類であれ、所詮は人。むしろ短時間でもリリアンを相手に出来たことが奇跡。むしろ傷をつけた事が奇跡なのだ。


 ――しかし現実は甘くはない。


「だ か ら な ん だ ?」

「……ぅぐっ!?」

 リリアンは脳を傷つけられようと堪える事もなくディアンナの頭部を掴む。指を意識的に頭蓋にめり込ませて、体を持ち上げ宙に浮かせる。

「……っ!」

 ディアンナは絞り出すように手に力を込め、リリアンの脳をえぐろうと試みる。

「……」

 だがやはり無情。人差し指でリリアンの腕を弾く。内部から爆破でも起こったかのように手首が吹き飛び手から先と腕が分断される。

「~~~~~~っ!」

 頭の痛みと腕の痛みに声のない悲鳴を上げる。その様子を詰まらなさそうにリリアンは観察する。

「やはり貴様痛覚を遮断できていないな? それでよく私を止めようなどど傲岸不遜な事を……。多少身体能力と再生力が上がった程度で付け上がって……。何よりも、お姉様の血を頂いてこの体たらく。恥を知らない畜生に相応しくも腹立たしいわ……! ド畜生!!!」

 全ての尾を一度仕舞い、ディアンナを放り投げる。頭に空いた穴や吹き飛ばされた腕の先から血が溢れ、辺りに飛び散る。

「……っ。ふ…………。ぁ……」

 もう動く力もない。ピクピクと痙攣しながらも回復しようとするが、リリアンの毒はそれを許さない。このまま放置したところで死なないにしても、数日は動けないだろう。

「ふん」

(……そん……な…………)

 蔑むように鼻息を漏らしながら手の刺さったナイフを顔から抜き、捨てる。傷は即座に癒えてしまい、欠片も時間稼ぎにならない。ディアンナの思惑は途絶えてしまった。

「クソ! 畜生に対して時間をかけすぎた! 一瞬でも早くお姉様に会わなくてはならないのに! 貴様の所為で! 貴様ごときの所為で! 貴重な時間を取られた! またお姉様の気配が消えたらどうしてくれる!? ……もうさっさと死ね!!! ド畜生がぁぁぁあぁぁぁぁああ!!!!!」

 放置しても死にはしない。しかし放置されるわけもない。地に転がらせたディアンナに再度創り出した尾が迫る。

(……手傷を……負わ…………せて……手間取らせる……こと……は……できなかった……けど…………。動けなく……なっ……た私に…………未だ注意……が……向いて……る。………………良かっ……た。ほんの……少し……だけでも……時間を稼げて…………良かった………………)

 毒と一種の諦めによりディアンナの意識は閉ざされる。だがリリアンにとって意識の有無など関係あるわけもなく。尾の勢いは止まる事はない。

「!!?」

 だが尾は止まらざるを得なかった。ディアンナを守るように黒い影がリリアンの殺意を込めた尾を阻む。

「あぁ……。あぁ……! その影はお姉様! 良かった! ご無事だったんですね? あぁ申し訳ございません! お姉様の所有物を壊し――は?」

 影の主が姿を現すとリリアンの言葉は止まってしまう。何故ならば。敬愛するリリンの姿がなく。リリンの連れていた人畜生である才が現れたから。

(騒がしいから来てみれば……。イメチェンしたリリンのメイドさんに妹が殺り合ってるとかどんな状況だよ。つか、とっさに割って入っちゃったけど良かったのかな? でもリリンって自分のモノ他人にいじられるの嫌いとか言ってた気がするしな~……)

 混乱するリリアン対して、この場の状況を理解しきれていない才は特に危機感を抱いていない。いや、単純にリリアンに脅威を感じていないだけかもしれない。

 才の落ち着いた様子はリリアンの目にも入っている。が、そんな事はもうどうでも良い。

(なんで人畜生からお姉様の気配がする? なんでお姉様の影を人畜生が? なんで? なんで何でナンデ何でナンデなんで何でナンデ!!?)

「……ハ。……ハハ。ハハハ。アハッ。ハハハはハハハハハはははははハハハ!!!」

 理解が追い付かずついに完全に発狂。ただわかるのは目の前の姉ならざる者が姉の力を使った事。身体能力ならばまだ良い再生能力もまだ良い。だが彼女リリンの象徴である影はダメだ。容易く使えるはずもない。それなのに使った。つまり何かしらの方法で奪ったのだとリリアンは結論を出した。

 そして、常に指先がかかっていた引き金が動き出す。

「お姉様に何をした!!? ド畜生ォォォオォォォォォオオォォォォォオォォォォオォオオオオ!!!!!」


 ――指先は今。引き金を引いた。リリアンの持つ。力の可能性という引き金を。

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