第120話

「はぁ……っ!」

「お……っと」

 暴風を纏った夕美斗の拳が頬をかすめる。今のは避けて正解だったな。触れてたら肉が持ってかれてた。基本的に受けるよりも避けるほうが危険リスクが少なくて良いわ。調子乗ったりあっさり防いでやったぞとマウント狙うよりもまずはダメージ回避だよな。俺もちゃんと学んでるぞ。

 さて、なぜ俺が夕美斗にぶん殴られかけてるかというと、午後の授業前に相手を頼んだんだわ。珍しくも俺からな。ロッテを投影したことでより俺は影を使わない戦闘もできるようになってるはずだからその腕試し。それには近接戦闘が一番得意な夕美斗が適任。威力を判別しにくい風を使うのも良い。勘を鍛えられるし、油断して痛い目に合ってるから油断したら致命的な武器ってのは好都合。

「さすがに真正面からでは軽々避けるようになったな。なら……」

 夕美斗は低い姿勢から俺の足元目掛けてタックルしてくる……と見せかけて、バク宙の要領で蹴りあげてくる。

「い……った……!」

 トリッキーな動きで一瞬面食らったが、背中を反らせて直撃は回避。だがこれにも風を纏わせてあるので顎先をかすめた。マナで作られたもんだからかするだけでも痛いんだよこれっ。もう少し余裕を持ってかわしたいな……。

「お?」

 今度はバク宙の勢いを殺さず足を開き、手をついて下段の蹴り――水面蹴りを繰り出してきた。

 おいおい……。俺が最近調子のって正攻法の戦術をことごとく潰してきたからって今日のお前奇をてらい過ぎじゃないか? 今回はヴィジャールじいさんのとき同様影を使うつもりないから余計に対応しづらいわ!

「こんの……!」

 背中を反らしたまま蹴りの方向に体を捻って体を浮かせてかわす。よしっ。今回はかすりもしなかったぞ!

「ほほう! 流石才君。やるなぁ」

「いやもうこっちの台詞だわ! 今日のお前めちゃくちゃ戦いづらいぞ!? ちょっとは加減してくれ!」

「あっはっはっは! 今の君の口から聞くと冗談にしか聞こえないぞ? 軽々かわしてるくせに」

 そりゃ殺傷力があるからな! 当たったらえぐれるわ痛ぇわの打撃なんてわざわざ食らいたくないわ! 緊張感あったほうが良いのはわかるから止めはしないけどそれでも文句くらい言いたい!



「ふぅ……。結局一度も当たらなかったな……」

 な、なんとか夕美斗の猛攻を決めた時間まで乗り切ったぞ……。

 あのあともこっちに予測させない動きでガンガン攻めてきやがって。影と、あとは思考の加速も使ってなかったから神経削られたわ。久々に疲労感を感じてるよ。精神的にだけど。

「正直。もうお前に頼むことないかも。しんどすぎる。ちょっと後悔してるわ」

「ははは。本当に冗談にしか聞こえないよ。でも、誉め言葉として受け取っておく」

「本気だっつの。全部かわしたっていってもギリギリだし。何発かかすったしな」

「それはあの影みたいな能力を使わなかったからだろう? あれを使われたら何もできないよ。あと先週よりちょっと動きがぎこちない場面がチラホラあったな……。他にも何か手札があるのか?」

「……」

 すっるど。女の勘かなにか知らないけど鋭いなお前。思考の加速に軽く気づくとか。恐ろしいなおい。

「おっと。わざわざ奥の手を晒すわけもないか。失言だった気にしないでくれ」

 俺の沈黙を勝手に解釈して話を切り上げた。わぁ気まで遣ってくれちゃって。別に隠してるわけでもないけど話すのも面倒だしありがたいこったね。

 ……にしても思うんだが、夕美斗のヤツはマナの扱いさえ覚えたら半端ない潜在能力ポテンシャルなのでは? こいつの才能が目覚めたら……。うえ。想像するだけで気持ち悪くなる。少なくとも軽々戦いたいとか思わんね。絶対嫌だ。

 だって、本人には洞察力に直感に対応力だろ? そんで風の能力には破壊力に移動速度もあるだろ? 近接戦じゃほぼ無敵だろ。リリン並に影使えないと対処できる気しないわ。

 ……俺ももっと頑張ろ。夕美斗みたいなヤツが敵に回る可能性もなくはないんだし。今から対策を色々考えとこう。備えあれば憂いなしってことで。



「なぁ。ロッテ」

「なんだ?」

「お前さ。なんか俺にしてほしいこととかない?」

「……は!?」

 夕食後。風呂を済ませてあとは寝るだけというときに、ふと思い立ったことがあるのでロッテに尋ねてみる。

 普段ロッテに世話になりっぱなしだし。リリンの世話……っていうかほぼ見張りだけど。も、任せてるわけだし。負担かけてるなぁって俺もちょっと気にしてるわけで。甘えるだけじゃなく。感謝の言葉をかけるだけじゃなく。どうにかして労いたいなぁって気持ちも出るわけですよ。

「ど、どうしたんだ急に?」

「いや、普段色々やってもらってるから礼にって思って」

「だ、だからって……。特に思いつかないし。気持ちだけで十分だ。こう見えてかなり年も重ねている。ドラマの若い女みたいに見返りを求めるつもりはないぞ?」

 お前ドラマなんて観てんのか。暇してるだろうからかまわんけども。

「まぁまぁそう言わずに。なんかないか? ないなら別の機会にまた聞くけど」

「そう言われても……。あ、じゃあ料理に挑戦してみたい。お茶を入れたり食べ物を温めたりはあるが、自分で作ったりはした事ないないから。興味がある。できれば先達がいるとありがたいんだが……」

 ほぅ。料理ね。今でも世話焼きで努力家で美人で良い女なのにさらに磨きをかけるのか。どこまで完璧な美女になるつもりだお前。

 ……ただ、先達か。料理できる知り合いって俺にいるのか? そもそも知り合いが少ないんだけど。でもせっかくのロッテの願いだし。やるだけやってみるか。

「あ~わかった。少ない心当たりを探ってみる」

「ありがとう。でも、リリンが起きてからで良い。もう安心して良いとはいっても何が起こるかわからないからな。できるだけ見れるようにしておきたい」

 この期に及んでまだ気遣いですか。また良い女ポイント上げますか。これはリリンが起きた暁には存分にやりたいことやらせてやろう。……料理できるヤツ頑張って探さなきゃな。

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