1年生 7月

第96話

「コロナ。行くぞ」

「ん」

「ロッテ。留守番とそれから――」

 憐名との試合の後聞かされたロッテの知らせから時は流れ今は七月。すっかり暑くなって夏服も馴染み、コロナは預託所にも慣れ始めて少しずつだが駄々をこねることも鳴き叫ぶこともなくなって手がかからなくなってきた。つっても、甘えん坊なのは相変わらずで部屋では抱っこしろだの構えだのねだってくるんだけどな。

 ロッテも暑くなってきたせいか人型でいることが多くなって、人間の動きにも完全に慣れて全く違和感がない。ただ、時々あのモフモフが恋しくなる……。ロッテの毛並みは触り心地良いからなぁ~。部屋にいるときくらい犬でもいんじゃないか? と思うことはあるが、俺のわがままなのはわかってるし口にはしない。

 俺も前と違うところがある。リリンが大分混ざったせいか肌が日焼けしなくなったし色素が薄くなった。かといって弱くなったわけでもなく、むしろ丈夫になった。焼けて痛くならないとかめっちゃ便利だわ。日本人にしては白すぎてなよなよ感すごいが、まぁ誰に体見せるでもないし特に支障もない。メリットのが大きい。あと目のほうも色がリリンと同じ黄水晶シトリンのような綺麗な黄色になっちまった。これはさすがに目立つので久茂井先輩に頼んで黒のカラコンを融通してもらった。この手の物はやっぱあの人だな。……受け取るとき「なんだお前のかよ」みたいな顔してたけど。あまりにも残念そうな顔でちょっとこっちも罪悪感感じちゃったわ。悪かったな美少女用のじゃなくて。今度改めて別の服頼むとするわ。……実際。必要だしな。リリン用の服。

 この二週間で一番変わったのはリリンだ。まずそうだな。背が伸びた。俺も大分感覚が人間離れしてモノのサイズとかちょっと大雑把だけど目算で測れるようになったんだが、俺の見立てで142㎝。最初に出会ったときが128㎝だったから三ヶ月で14㎝伸びてるな。……成長期にもほどがある。背が伸びたせいでより元からあった大人びた雰囲気に違和感がなくなって魅力的になった。今のリリンに混ざる前の俺が迫られたら一瞬で落ちてたね。毎日貪るように求めてたと思うわ。ナニとは言わないけど。正直理性の強くなった今でも本気で今のリリンに誘惑されたら……耐えれる自信あんまないな。俺が本気で嫌がることはしないだろうし、なにより……起きてなきゃそんな事態にもならないんだけどな。

 そう。あれからリリンは、まだ一度も目を覚ましていない。

 二週間ずっと。ずっと目を覚まさない。



 二週間前に起こったこと。最初の異変は俺がリリンの存在を無理矢理引き寄せたときらしい。

 らしいってのは後になってロッテに聞いたからだから。そこらへんはツッコまないでくれと予め言っておこう。

 話を続ける。

 俺が憐名との試合でリリンの存在を引き寄せ、自分に混ぜていたとき。リリンのほうも変化が起きた。

「っ!? こ、これは……。あ、あいつまさか……!?」

「……? どうした? 今コロナが危ない時だというのに。何か気づいた事でも……あるの……。む? おい、服が縮んで……いや、体が大きくなってないか?」

 ロッテも俺以上に目の良いヤツだ。森育ちだし。だからリリンの体の変化もすぐに気づいたらしい。

「も、もう少し誤魔化せると思っていた。いや、はずだったんだが。才のヤツが無理矢理時期を早めてしまったようだ。クハッ……。やってくれるなぁ……。お陰でこっちはもう……」 

「おい本当にどうした!? 何が起きてる!? おい!」

 フラつき始めるリリンにただ事じゃないとロッテは思った。そらそうだよな。あの化物リリンが急に意識を保つのもやっとの状態になればうろたえるに決まってる。

「ロゥテシア……。も、無理……。眠い……。しばらく……寝る……。寝た……後は……部屋に我……の……体を持って……いって……起きるまで……ほっと……け…………ば……い…………い…………」

 最後にそう言い残して、リリンは倒れた。

 ロッテはその後急いでリリンを担いで部屋に戻り、また演習場にとんぼ返り。俺たちの試合が終わるのを入り口で待っていたというわけだ。

 ロッテの唐突の知らせを聞き、足の筋肉がイカれてるのを無視して急いで部屋に戻ると、ベッドの上で寝息を立てるリリンがいた。

 寝なくても活動できるリリンの寝顔を見るのは最初の頃以来。しかもあのときは寝たフリだったろうから、実際に寝ているのを見るのは始めてだった。

 穏やかに眠る。普通ならばただそれだけのことだが、リリンが眠るというのがもう非常事態。

 だけどこのときの俺は不安感は抱えつつも、危機感までは抱いていなかった。だってあのリリンだからな。なんだかんだすぐ目を覚ますだろうと思っていた。

 俺は楽観視していたんだ。本当は自分が取り返しのつかないことをしていたのに。俺がリリンを眠りから覚めなくしてしまった原因なのに。

 まだ確証はない。だがタイミングとリリンの体の変化から考えると俺しかないだろう? 俺がリリンの存在を引き寄せたタイミングで、俺の体がリリンに近づいたようにリリンも俺に近づいた。

 外見で言えば俺は肌と目が、リリンは体の大きさが、それぞれ互いに近づいている。内側で言えば、俺は強くなった。リリンは……弱くなったんだろう。無理矢理な理由をつければ、弱くなったから眠る必要ができた。とも見える。

 あくまで雑な推測だけど、罪悪感を抱くには十分な理由。二週間起きないこともまた、俺の精神を追い詰めている。

 でも俺はもう。卑屈になるつもりもなければただ待ってるつもりもない。俺は前よりも積極的になったからな。お前と混ざったんせいで、な。



「――リリンのこと。頼んだ」

「あぁ。わかってる。任せておけ。目を覚ましたらすぐに連絡する」

「悪いな。じゃ、いってくる」

「いってらっしゃい」

 なぁリリン。悪いけど俺もそんなに気が長くないからよ。ほっとけって言ってたらしいけど。ちょっと勝手に色々やらせてもらうわ。別に良いよな? お前がモタモタしてさっさと目を覚まさないのが悪いし。起きたら恨み言の一つでも聞いてやるから。許せ。

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