第94話
「ウ~ん。意気込ンデ来たハ良イモのノ。疲弊シてルし。ナんかチッチゃイし。楽しメナサそう。ま、イッか! 勝てバ気持ち良クナれるし! つカ戦ウの嫌いジャナいけド長くナルとメンどクさイしチゃちャっト終ワらセよう!」
「油断しちゃダメだよー。それでタスタロもシャロメもやられたんだから~」
「オ手並み拝見!」
どうせ忠告なんて聞かないだろうと思いつつも一応呼びかけるが、案の定憐名の言葉を無視してペシナーラは攻撃を仕掛ける。
「……? …………やばっ!?」
近寄らず、その場で大きく腕を振りかぶったペシナーラを一瞬不可解に思ったが、即座に攻撃されてる事に気づき影を展開。身を守ろうと試みる。
「う……ぅぁ」
「むぅ~……!」
直撃はしなかったが、影を超えて風圧が二人を襲う。直に触れれば大概の物理法則を無視して無力化できる影だが、才の出せる影の範囲では影の外側からくる風や圧力は防げない。身を全て囲えれば良いが、今の才では不可能。
「へェ~! あッサり防がレたよビッくリ! ナルほどナルほどなルホド! さッキの言葉ハ訂正。第一印象ヨり全然強いノハわかっタシまダマだ戦えソうナノも見て取レた!」
「……そいつはどうも」
(なんだ今の!? マナの塊が襲ってきやがったぞ!? 影を飛ばせなかったことを見るに質は俺の影のが上だが……。範囲が異常に広い……!)
ペシナーラの能力は威力と範囲の拡張。消費したマナの量に比例して性能は増す。今のは腕を振り、その力を拡張した。シャロメやタスタロからわかる通り膂力の強い種族なので威力の高さは想像に難くない。さらに拡張しているのは腕ではなく振った時に生まれる力の方なので、完全不可視の能力。防ぐ事が出来たのはマナを見る事ができたからだ。しかし、見る事が出来ても完全に防げなかった。今のところダメージはないが、それは様子見だったから。次からはそうはいかない。
「俄然興味湧イた♪ コッかラ本気出しテイく……ネ!」
ペシナーラは両腕を左右に広げ、パチンっと勢い良く叩いた。直後マナの塊が左右から襲い来る。
「こ、コロナ! 逆頼む!」
「……! ん!」
マナの感知ができないコロナに指示を飛ばし才は左を、コロナは右をそれぞれ影と籠手で防御。
「くっ」
「ん~……っ!」
コロナの籠手は巨大故に広範囲もカバーできるので完全に防ぐ事が出来たが、才の影ではやはり風圧までは阻めない。加えて、先程よりも高威力という事もあり怯んでしまう。
「おヤ? 両手デもだメか。じゃアこうイウノハは!?」
ペシナーラは腕をメチャメチャに振り回し始める。右から左から前からペシナーラの攻撃が猛威を振るう。
「コロナお前は左右をやれ! 俺は前をやる!」
「ん!」
才はしゃがみ込み前方に影を、コロナは言われた通り左右に籠手を展開。しゃがみ込む事で的を小さくし風圧の影響も受けなくなるが、その場に釘付けにされてしまった。
「アハハははははハハハはハハハッ! アはっハハハ! ハハハッアハハはは!」
防御されているのにも関わらずペシナーラは腕を振るい続ける。
「ぅ~……」
最初は無駄だと思っていたこの行為だが、徐々にコロナが辛そうな声を漏らし始める。影は衝撃を無力化するが、籠手はあくまで防いでるだけで衝撃はある。存在が曖昧になっているが防具は防具。攻撃されれば持ち主に負担がかかるのは必然。
(相変わらずへばりついちゃいるが、抱きついてくる力が少し弱くなったか? コロナも限界が近いかもしれない。それに相手のマナの限界にも寄るけど防御に徹していたらコロナのが先に潰れそう。このままじゃジリ貧ってことか。なにか突破口を見つけないと)
「アはッ♪」
「っ! しまっ!?」
コロナに気を取られているとマナの塊が上から降ってくる。
今まで左右と前からしか攻撃をしていなかったのは意識をその三方向に向ける為。才の油断も傘なりペシナーラの策が上手くハマる。が、才もいち早く気づき影を上へ向けなんとか防御に成功。
(よし、なんとか防げ――)
「がラ空き~♪」
影を上に展開する事で前方ががら空きに。ペシナーラは間髪入れずに正面に拳を突き出す。
「……やっべ」
影は片手の手のひらからしか展開できないし、展開しながら腕を動かせない。しかももうペシナーラの攻撃は目と鼻の先。今すぐに腕を下ろしても影の展開は間に合わない。
(チッ! 仕方ない。せめて、コロナだけでも……!)
才は背を向け自らの体を盾にしコロナを守る。真正面から受ければコロナにも多大なダメージが出ると判断し被害を減らす為に取った行動だったのだが。
「カッ……ハッ!!?」
「にゃーにゃー!?」
(い、痛ぇ……! 蹴られてもすぐに回復したし痛みのほとんどはダメージを受けたっていう情報として頭に入ってきたが、マナによるダメージってのはこんなにも……。こんなにもこの体マナに敏感なのかよ! そら、あいつも喘ぐわっ)
才はコロナを抱えながら吹き飛び壁際まで転がる。
「ぁ……ハァ……! フー……フー……!」
リリンの持つマナを知覚できる器官の唯一の
(痛くて動けねぇ。それに全然回復する兆候がない……! コロナよりしつこいぞこのダメージ!)
「にゃーにゃー! にゃーにゃー!」
コロナの心配する声。なだめようにも体は動かない。そしてさらなる追い討ち。
「アハははアハははハハハはハハッハハハははは! 死ンジゃえ!」
「ちょ!? ペシナーラ殺しちゃダメだって!?」
「知~ラナ~い♪」
憐名の制止を無視し、ペシナーラは大量のマナを用い両手を握り振り下ろす。止めの一撃。これを食らえば才とコロナの肉体は砕け散るだろう。
(あんのクソ
(あれは無理だ。防げない。腕もあまり動かせねぇから影も間に合わない。死ぬかも。……まぁ、リリンの混ざり具合によっては死にはしないか。めちゃめちゃ痛いだろうけど。だけど、コロナは別だ。死んじまう。……それなら)
憐名は心の中で怒号を。才の諦めを心の奥で呟く。
最後の力を振り絞りコロナに覆い被さるように体勢を変え、影を自分とコロナの間に広げコロナを守る。これならばコロナは完全に守られる。
「にゃーにゃー……。……っ!」
憐名も才も諦めていた。ペシナーラも終わりを確信していた。しかし、唯一コロナは違う。コロナは能力を発動させる。
(だ、ダメだ。籠手はもう限界だった。もうお前の力じゃ……)
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
才の意思を無視し、コロナの気合の咆哮。鎧を具現化する。しかし籠手ではない。コロナは鎧の胴体部分を実体化させた。腕よりも広範囲だが形状故に籠手よりも堅牢。ペシナーラの渾身の一撃を防ぐ。
「ハ?」
「嘘!?」
「フンス!」
ペシナーラの間抜けな顔に憐名の驚愕の顔。コロナはペシナーラに向かってドヤ顔をしてやる。ペシナーラはコロナの挑発で頭に血が上る。
「むかツく顔シテンじゃネェよくソガキ! 今死んドケば気持チ良く終わレタノに水指しヤガって! ざっケンなヨぉ!!!!!」
駄々をこねるようにペシナーラは両手を振りコロナに猛攻を仕掛ける。容易くはないがコロナの鎧はペシナーラの攻撃を全て耐えていく。
「はは……。すげぇなお前」
「っ! むふ~♪」
才に誉められ嬉しそうに鼻息を漏らす。才はその様子からマナさえ送れば余裕があると判断してこの後の戦術を組み立てる。
「コロナ……。もう少し耐えてくれ。そしたら俺も動けるようになる。動けるようになったらこっちから仕掛けるぞ。つってもお前は今と特にやることは変わらない。ずっと鎧を維持しといてくれ」
「ん!」
元気な返事を聞き、少しだけ微笑む。
「アぁぁあアアアアアァああアァあ! モう! シッぶト! 死ねシネ死ネしネ死ね死ねシねしネシネシね死ね!」
ペシナーラは能力が通じないとわかりつつも攻撃を止めない。感情のまま腕を振るい叩きつける。
「フンス……! フンス……ッ!」
コロナは鼻息を荒くし気合を入れ耐える。籠手の時よりも防御に特化しているとはいえ、防戦一方では消耗してしまう。
(もう少し……。もう少し……。クソ。やっぱマナでのダメージは回復が遅い。コロナが潰れる前に回復しろ。体さえ動けばもうどうとでもなる……!)
才はコロナが耐えている間に回復に専念。その間に策も練りきっている。あとはコロナの根性が勝るかペシナーラの力が押し潰すかの戦い。
「ブっ死ネゴみボケかスがァ!!!」
ペシナーラは跳び上がり空中で激しく地団駄を踏む。その度に能力で拡張しコロナの鎧を襲う。
「うぅぅぅぅぅぅ……うぐぅぅぅうぅぅぅぅう……っ!」
今日一番の破壊力と連撃。コロナは額に血管が浮かぶ程歯を食い縛る。鎧の実体化を強め耐えるも、ヒビ割れていき限界間近。
「アハははハハハはハハハはハハははははハ! 墓穴だワソれ! 見エやすくシタカら限界も丸わカリナンだヨぉ!!!」
止めと言わんばかりにペシナーラは両手を握り振り下ろす。
「あぐっ!」
あまりの衝撃にコロナの表情が険しくなる。鎧のヒビが広がる。ペシナーラはさらにその場で宙返りをしながらカカトを落とす。
「砕ケ散れッ!」
(回復したぞ……!)
「コロナ! 一度鎧を解け!」
「っ!」
才はコロナに指示を飛ばし影を展開。ペシナーラの渾身の一撃を防いだ。
「ハぁあン!?」
空中でペシナーラは苛立ちを露にする。またしても止めの攻撃を防がれたのだ。フラストレーションが加速するのも無理はない。
「ざッけンナよォ!!!!!」
加えて、カカト落としの影響で体勢を崩してしまい追撃をかける事が出来ず胸の奥で嫌な熱が心臓を撫で回すような不快感がペシナーラを支配する。
(
(
ペシナーラが宙でもがく様を見て、才と憐名は対照的な感情を抱く。
才は一度コロナをかばった時に使った踏み込みを使用しペシナーラの着地地点を目指す。
(もう足は限界か。辛うじて普通の人間程度の運動しか出来なさそう。だが十分。ここで決めれば問題なし)
「……っ」
不自然な体勢のまま着地をするペシナーラ。才も残り5mまで接近できている。この距離なら才の踏み込みのが速い――はずだった。
「なめンナよ! くソガき共!!!」
「っ!?」
ペシナーラは頭を振り上げ、拡張。決して威力は高くないが、至近距離で食らえばただでは済まない。再び才達が窮地に立たされる。
「うがぁ!」
コロナ、才の指示でしまっていた鎧を再展開。不十分な具現化だがペシナーラの悪あがきと相殺。
「良くやったぞコロナ……!」
「ま……ダぁ!」
今度は頭突きをしようとペシナーラは頭を振り下ろそうと首に力を入れる。
「させねぇ……よ!」
「おガッ!!?」
能力が発動する前にペシナーラの顔面を才が蹴り上げる。振り下ろした勢いも相まってペシナーラの脳が大きく揺れる。
「ぶグゥ!」
ダメージを負いつつも腕を才達に振り、弾き飛ばそうと試みる。だが才もそれを読み両足で肩を押さえ腕を振り抜けないようにし、阻止する。
「させねぇって言ってんだろ頭大丈夫か?」
(あ、大丈夫じゃねぇか。俺が蹴飛ばして脳みそぐらんぐらんしてるわな。それで反撃しようとするんだから大したもんだと誉めるべきか。ってなると、こっちも手は抜けないな)
「コロナ! 腕を抑えろ!」
「ん!」
コロナは胴体ではなく籠手を出しペシナーラの腕が動けないように固定しようとするも、勢い余り肘から先を潰してしまう。骨が砕ける嫌な音が耳をつく。
(抑えろって言ったんだけどな……)
「ンギゃあ――」
「さっきからちょっとうるせぇから黙ってろって」
才は手のひらサイズの影を出し鼻と口を押さえ、音が漏れるのを防ぐ。ついでに呼吸も防ぐ。
(このまま窒息させて戦闘不能にする。そしたらもう憐名に手札はないはずだ。俺たちの勝ちだろ)
「……っ! …………っッ! ……ッ!!!」
「おっと」
腕を潰され、呼吸も出来なくされているのにペシナーラは才とコロナの下敷きになりながらもじたばたと暴れる。あとは時間の問題かと思っていたが、まだまだ元気なペシナーラを見て少し不安になる才。
「おとなしく……しろよ!」
「ふがっ!」
「……っ!!?」
才に腹を、コロナに額をド突かれペシナーラの意識は完全に途絶える。
(あ~あ。これは完全にダメだ。暴走した挙げ句結局負けるとかつっかえねぇ。……ま、天良寺くんは無事だったし。最悪ではないかな)
「もう契約者喚べませ~ん。負けです。負~け~」
『徒咎根憐名の宣言により演習を終わります。勝者は天良寺才』
「よし」
リリンの影響で感情の起伏は抑えられているものの、この戦いは才が自分の力で勝利を納め、大きな一歩を踏み出した一戦なのは間違いない。これからはもう自分を卑下し、立ち止まる事なく成長し続けるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます