第77話

「あ? ってなに?」

 つい口にしてしまった。危ない危ない。わざわざ名乗られたのに忘れてたとか印象が悪いからな。こいつがどんなヤツかわからないうちは機嫌を損ねたくない。もしもそういうの気にするタイプだったら、根に持たれてうざ絡みされる可能性もある。そんなのはごめん被る。

「なんでもない。聞き間違いだ」

「もしかして僕のこと忘れちゃってたり……とか?」

「……」

「図星だね」

「……そうだよ。図星だよ。悪いか」

「ううん。たった一回しか会ったことないんだから忘れても無理ないかなって。つい最近のことだとしてもね」

 理解のある言い方してるが微妙に後半トゲないか? 忘れてた俺が悪いのかもだけど。

「じゃあ改めて自己紹介したほうが良いかな?」

「必要ない。トトガネレンナ、だろ。さっき思い出した」

「そそ。ついでに漢字も教えとこうか。たぶんこっちは次会ったときには忘れてると思うけどね」

 そう良いながら端末を操作して身分証を表示。名前を見せてくる。……なんじゃこりゃ。徒咎根憐名って……。うっわ出たよ。最近流行りのやたら難しい漢字の名字に変えるやつ。カッコいいとか思ってるかもしれないけど読む側の気持ちも考えてくれ。

「どう? 覚えられる?」

「無理」

「あはは。即答だね」

 うるせぇ。なんでいちいち他人の名前を覚えにゃイカンのじゃ。俺は面倒なことは極力したくないんだよ。

「ま、そのうち嫌でも覚えてもらうつもりだけど」

「あ?」

 何か呟いたようだが聞き取れなかった。な~んか不穏なモノを感じたんだが……。

「どうしたの?」

「お前今何か言わなかったか?」

「ううん。なにも? 空耳じゃないかな?」

 そう……なのか、な? それならそれで良いけが……。

「ところで」

「うん?」

「さっきから気になってたんだが」

「なーに?」

「なんでお前こんなところにいるんだ?」

 わざわさ人気のない場所を選んで試したんだからな。目撃されて、挙げ句ナチュラルに雑談を始められたら。他のヤツはどうであれ俺は違和感を覚える。なにせ生粋のボッチだったからな。自然な流れの会話ほど不自然に感じるモノはねぇよ。自意識過剰かもしれんが、仮にそうならそれで良い。俺に害はないからな。だけどもし意図的だとしたら……。ちょっと怖いよね。

「……偶然だよ偶然。偶然見かけて、珍しい人域魔法を使い始めたからつい話しかけちゃっただけ」

「別にこの程度ならやれるヤツはいるだろ」

 マナの扱いが下手な召喚魔法師とはいえ、完全に使えないほうが希だ。少なくとも俺がやった蝋燭の火みたいな小さい事象であればなおさらできないほうが難しい。ちなみに俺は最近までできないほうでした。珍しいヤツです。珍獣です。

「もちろん。僕もやろうと思えばできるよ。でも、使うかどうかは別でしょ? この学園に来てるみ~んな人域魔法師の道なんて諦めてるんだから。そんな場所で子供でもできるモノだからって人域魔法を使ってたら珍しいよ」

 ……一理ある。言ってることは正しいと思う。つまりは俺が珍しくて、興味本意で話しかけた……ってことか? いやでも前にも話しかけられたし……。なぁ~んか違和感があるんだが……。クソ。いまいち具体的になにがおかしいか言葉にできねぇ。とにかくなんか嫌な感じがする。直感に従うなら、深く考えず、関わりを持たないほうが良いかもしれない。

「まぁでも。今日のことに限らず。君には前から興味はあったけどね。天良寺くん」

「は? なんで? つか俺の名前……」

 やば。つい返答しちまった。でも前から気になるとか言われたら今度はこっちが気になる。名乗ってないのに名前知られてるし。前から気になってたんなら知ってて当然かもだが。……とにかく、少しくらいなら話を聞いても問題ない……よな。

「だって有名だからね。演習じゃE組なのにA組に勝っちゃうし、そのまま一度の不参加以外は全勝。強力な契約者を二人も抱えてるし。二人とも僕たちに近い姿でしかも美人。エッチな噂とかも結構流れてるよ? 最近契約した子のことも色々言われてるね」

「マジかよ……」

 うっそだろおい……。そらすれ違い様にヒソヒソなにかしら言われてるのは気づいてたけど……。そんな俺の存在って浸透してんのかよ……。かぁ~暇人かよお前ら。俺みたいな陰キャに根も葉もない噂立てるくらいなら勉強でもしてなさい。

「どんな噂が流れてるか……知りたい?」

「いらん……!」

 知りてぇわけねぇだろ。なんでわざわざ嫌な思いするのわかってて聞こうとするよ。まず噂があるという事実すら知りたくなかったくらいだよ! 余計なこと言いやがって……!

「ん~。やっぱり良いね。君のそういう表情かお。好きだなぁ~」

「は……?」

 突然なにを言い出すんだこいつ。俺のこの苦虫を噛み潰したような顔が好き? え、なにそれ。キモい。

「あは♪ それそれ。そういう顔あんまり向けられないから新鮮なんだよね。すごい……ゾクゾクする」

「……」

 俺は今のお前の台詞に背中に悪寒が走ってゾクッとしたよ。おいやめろ。恍惚とした顔を向けるな。

「本当はもう少し時間をかけて仲良くなってから言おうかと思ってたんだけど。我慢できなくなってきちゃった」

 頬に赤みを帯び、舌なめずりをしながらジリジリ近寄ってくる燐名。な、なんだ? こいつ何が目的なんだよ……。

「ねぇ? 僕と付き合ってみない? 付き合ってくれるなら今すぐエッチなことしてあげてもいいよ?」

「は? 断る」

 いやマジで何言ってんだこいつ……? 気味の悪いヤツに急に交際しましょう。そして外でエロいことしましょうとか言われて応じるわけねぇだろ頭沸いてんのか?

「……」

 まさか断られるとは思わなかったのかポカンとしたアホ面しやがって。良いか? 絶対おかしいの俺じゃなくてお前だからな? そこんとこ弁えろ?

「……体を餌にしたら食いつくかと思ってたのに。もしかして童貞じゃないの? やっぱり契約者とヤりまくってる噂は本当なの?」

 さりげなく噂の内容暴露すな。なんとなく察してたけど真実なんて聞きたくなかった……!

「ヤってねぇよ。俺はまだ清らかだっつの」

 ヤられそうにはなったし唇は奪われたけどな! あと体舐め回されたこともある。が、まだ一線は超えてないのでセーフセーフ。

「そうなの? じゃあなんで断るの? 僕って結構可愛いと思うんだけど」

 どこから出てくんのその自信。いやまぁ可愛い容姿だとは思うけどさ。ただ残念なことにリリンとかロッテとかコロナがまさに人外レベルの美しさというかな……。美人程度じゃもう俺耐性できてんだよ……。それになにより……。

「たしかにお前は可愛い顔してるけど。俺はお前のこと知らねぇ。付き合うとか付き合わないとかそういう次元じゃないんだよ」

「なるほど。それは残念」

 スッと体を離す燐名。そのまま歩いて距離を取っていく

「それじゃあやっぱり。仲良くなるところから始めるとするね。天良寺くんのこと諦めないから」

 暗闇の中に消えていく燐名を見送る。

「ふぅ……」

 やっと一息つけるわ。あ~……疲れた。精神的にものっそい疲れた。もう二度と関わりたくない……んだけど。あいつ最後に不穏なこと言ってたなぁ……。また絡んでくるんだろうなぁ~……嫌だなぁ~怖いなぁ~……。

「……」

 俺、人生で初めて交際申し込まれたわけなんだが。リリンたちほどではないにしろ可愛い子が体を寄せて誘惑してきたんだが。ピクリとも反応しなかったんだよな。何でだろ? なんか、燐名のこと生理的に受け付けないんだよな。……俺がただ枯れたってオチじゃないよな? い、いやそれはないはず。だってつい最近ロッテに舐められたときとか最初ちょっと興奮したし!? コロナのおっぱいにも実は内心ドキドキ……ってこの話はやめよう。自己嫌悪が激しくなる。

「……っと」

 端末が震える。どうやらリリンからのようだ。なんだろ? なんかあったのかな? 俺今ちょっとショックだから後にしてほしいんだけど。無視したら後が怖いので出るしか選択肢はない。

「……もしもし」

『おい。いつまで油を売っている。もう風呂から出てるぞ』

 あ、もうそんなに時間が経ってたのか。それはコロナに悪いことを……。

『にゃあああああああ!!! にゃああああああああああああああ!!!!!』

 うるさ!? めちゃくちゃコロナさん荒れてますね!?

『っ。煩くて敵わんから早く戻れっ! マナを放出しながら叫んでるから聴覚を遮断しても貫いてくる……っ!』

 ほう。若干ざまぁみろって思ってしまった。許せ。お詫びに走って戻るからよ。……じゃないと事態が悪化しそうだしな。恐らくなだめようとしてるロッテも可哀想だし。マジで急ご。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る