第78話

「すぅー……はぁー……」

 ドアを開く前に深呼吸。なぜ俺は自分の部屋に入るのにこんなにも緊張しなくてはならないのか。でも仕方ないよね? これから起こることを考えたら。だって知ってんだもんよあいつがどれほどうるさいか……。つってもいつまでも躊躇してられないか。ロッテが死ぬ。リリンはどうでも良いがロッテだけでも助けてやらねば。

「にゃああああああああああああ!!! にゃああああああああああああ!!!!!」

 ……一瞬開け、そっと閉じた。おっとっと。ついつい現実から目を逸らしてしまったぜ。さぁ今一度。災害地へ。

「やあああああああああああああ! にゃああああああああああああ!!! にゃああああああああああああ!!! やあああああぁ! ああああああああ!」

 う、うるさっ! 耳を塞いでるのに頭と腹の奥に轟音が響く! は、早くコロナの目に俺を入れなくては!

「っ!? こ、コロナ! ほら帰ってきたぞ! あっち見ろあっち!」

「にゃあああああああ! ――…………」

 ロッテの誘導で俺を見つけ、ピタッと鳴き叫ぶのをやめる。ナイスだロッテ。あとでナデナデしてやろう。

「にゃーにゃー!」

「おっと」

 一目散に突っ込んで飛びついてくる。いい加減俺も慣れたので危なげなくキャッチ。コロナの濡れた髪からシャンプーの匂いが漂ってくる。風呂から出たばかりだから当たり前だけどな。

「にゃーにゃー♪ にゃーにゃー♪」

 グリグリと頭? 顔? を押しつけてくる。俺がいなくて不安になってたのはわかるがやめろ。濡れるだろ。

「にゃーにゃー♪」

「はいはい。わかったわかった。とりあえず髪、乾かそうな」

「ん~♪」

「っとその前に。ロッテ」

「はぁ……はぁ……。ん? な、なんだ?」

「今日はお前の髪も乾かしてやるよこっち来い」

「へ?」

 詫びの意味も込めてな。さすがにナデナデだけだと俺の良心が咎めるし。

「ほれ、早くドライヤー持ってこっち来い」

 ベッドに座り横をポンポン叩く。コロナは……ロッテが終わるまでへばりついてろ。

「わ、わかった……! すぐに持ってくるっ」

 わたわたしながらコードレスドライヤーを持って手渡してくる。そんなに焦らんでも。

「そ、それじゃ頼む……」

 横に座って体を捻り、こちらに背を向ける。後ろからでもわかるくらいカチコチプルプル。なにをそんなに緊張してるんだお前は。

「もっと力抜けよ……」

「ち、力なんて入ってないっ!」

「そ、そうか?」

 力いっぱい否定しながらこんな顔→(Ф×Ф)を向ける。やめろよ可愛いな。わかったわかった。もういいよそれで。

「じゃあやるぞ~」

「ど、どんとこい!」

「いやだから……。まぁ良いや」

 どうせまた否定されるので指摘しない。ドライヤーのスイッチを入れて髪を乾かしてやる。人型のときは滅多に触らないけどやっぱ綺麗だし触り心地の良さも健在だな。犬のときはフワッとしてて人の時はサラッとした違いはあるけど、どっちも好きだわ。どちらかを選べと言われたら断然前者だけど。

「~~~~~~っ」

 丁寧に指ですきながらドライヤーを当てていく。本当は櫛とかブラシとかあったほうがいいんだろうけど。買ってないんだよな……。俺自身が使わないし、リリンも体質的にほっといてもトリートメントしてるみたいに綺麗だから気にしてなかったけど。ロッテ、それからコロナには必要だよな。たぶん。よし今度買っとこ。あ、外出するしそのときで良いか。

「こんなもんで良いか……な?」

 恐らく乾いた……と思うのでスイッチを切って手だけで確かめる。うん。乾いてる乾いてる。触り心地もバッチリ。

「もういいぞロッテ」

「あ、あぁ……。あ、ありがと……」

 こちらを向かずにお礼を言ってくる。耳を見ると真っ赤っかだわ。……なんか逆に可哀想なことした気分だな。そこまで照れるとはおぼこいな。たしかお前群れの長で長老的な立場じゃなかったっけ? 初心過ぎるだろこじられてんなぁお婆様。

「次はコロナの番だな」

「ん」

「……」

 髪をかき上げ額を胸につける。なるほど。この体勢でやれと。やりづらいから降りてほしいんだが……。無理だよなぁ……。基本頑固一徹の固い意志を持った幼女やつだし。諦めるか。

「~♪」

 ロッテにやったように……とはいかず。やっぱやりづらい。救いがあるとすれば、細いからか? 長い髪なのにものすっごい早く乾くことくらいだな。ドライヤーを当てると髪が熱くなって水気がすぐ飛ぶんだよな。

「あっつ!?」

 ……こうやって熱がこもりすぎて手を火傷しかけることもある。やっぱブラシは買おう。直に触れてたら危ないわ。

「よし終わり……っと」

 少々のトラブルはあったが、美女と美幼女の乾かし終了。さて、俺も風呂入るかね。

「お前が使ってたのか。丁度良い。ついでだ我の髪も乾かせ」

「……」

 良いタイミングと言うべきか。風呂場からリリンが出てくる。そういや姿を見なかったわ。風呂入ってたのか。コロナが鳴き叫んでる間にお前よく風呂なんて入れたな。ロッテに丸投げして。

「ほれ、早くしろ」

 ゲームをやり始めながら催促。自由か己は。コードレスだから俺が移動すりゃ良いだけだとしてもだよ。はぁ……。もういいや。言ってもどうせ言いくるめられる。ちゃっちゃと済ませて風呂入ろ。そして寝よう。

「あ~あ~。わかったよ。やりゃいんだろ。よいしょっと」

 コロナを抱き抱えながらリリンのところへ。スイッチを入れて頭に触れる。

「ん……っ。はぁ……」

 頭に触れると案の定色っぽい声を出す。相変わらず俺に触れられるだけで感じるんだな。便利な体の唯一の欠点だよなそれ。

「そういやよ。お前のそれさ」

「あ、ふぅ……。それとは?」

「……俺に触られたら喘ぐやつ」

「あぁ。これか。これがどうした?」

「やっぱなんとかならねぇの? 不便だろ?」

「あっ。無理だな」

 即答。もう少し考えてくれても良いんじゃないかってくらいの即答。いっそ清々しいほどに即答。

「お前も用を足すの不便だろ。やめたら? と言われたらどう答える?」

「無理だな」

 俺も即答。っていうか、え? お前の喘ぎって生理現象なの? そんなレベルなの?

「マナの知覚は……遮断できないってのは前聞いたが、声を我慢するのも無理?」

「無理だな。不意に死角からナニかが飛び出してきたり。ものすごい苦痛を味わったりした時。お前、我慢できるか? 少なくとも息は吐くか飲むかするだろ?」

「するな」

「そんな感じだ。我もこれでも我慢してる」

「なるほど」

 意外にもリリンって規格外のバカげた存在にもできないことってあるんだな。当然っちゃ当然なんだけど。リリンだからできそうって感覚があるんだよなぁ。

「とりあえずわかったわ。変なこと聞いて悪かったな。髪、続けるぞ」

「はぁぁぁあぁああぁあん♪」

「急に本意気で喘ぐんじゃねぇ! 絶対わざとだろ!?」

 エロ過ぎてドキッとしたわ! ドキッとしたわ! ちょっと前屈みになりかけたぞ!

「クハハ! あぁ、わざとだ。んっ。しかし我慢をしなかっただけだぞ。お前に触れられる度に我は今の声を押し殺している」

 え、我慢しなかったらそんな声出すの!? お前が我慢してなかったら俺たぶんとっくに襲ってました。なんか今度は申し訳ない気持ちになったわ。ありがとう俺のために我慢してくれてて。

「なんなら悶えるのも我慢してるんだが。やめてみるか?」

「やめてくれ。あ、違う。やめないでくれ」

「どっちだよ」

「我慢し続けてくれ頼むから」

 じゃないと俺の性欲のタガが外れる……。本当今のは刺激が強すぎた……。体を舐められたときやキスしたときよりもこう……クるものがあった。俺、もしかしたら物理的刺激より音とか視覚とかの間接的なのとか精神的なほうの刺激に弱いかもしれない。新たな発見だわ。気を付けよ。

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