第25話

「それじゃ同調。してもらおうか。召喚魔法の奥義だか秘技だか言われてるみたいだけど。正直基礎も基礎。できなきゃ話にならないからちゃっちゃと会得してもらうね。幸運なことに相手はリリンちゃんだし取り込まれることはないよ。さっさと干渉してリリンちゃんに存在を近づけちゃって。そしたら勝手にラビリンスはリリンちゃんの形なってマナが流れやすくなるから。はい。どうぞ」

「フム。わかった」

「待て待てまて待て待て待て」

 いきなりすぎるわ。存在が変わるとか一大事なんだからせめて心の準備をさせてほしい。

「う~ん。待てと言われてもね。坊やたちがこっちにいられる期間なんて数日やそこらだろう? だったら迷ってる時間がもったいないと思わないかい?」

「そりゃそうだけど……でも」

「躊躇うのは当然だろうね。それでもあえて言わせてもらうよ。覚悟なんてするしないじゃねぇんだ。さらに言えばお前の心の準備とか知らねぇしどうでもいい。どうせやるんだから関係ねぇの。これから許可とか承諾とかいちいち取らないからそのつもりで。じゃ、リリンちゃんやっちゃって」

「ウム。筋は通ってる。我は問題ない。やれ」

「お、おい待てって――」

「待たねぇって言ってんだろん?」

「うお!?」

 ネスさんは俺の胸に手を当てると無理矢理グリモアを引っ張り出した! 魂の一部になってるはずなのにどうやってそんなことできんだよ!

「リリンちゃんこれにマナ流してよ。あとはこっちで調節してくから」

「わかった」

 リリンは影を伸ばしグリモアに触れる。

「……っ!?」

 瞬間景色がグラついた。だけじゃない。腹の中心に圧迫感が生まれ、それが全身に広がり駆け巡る。あまりに奇妙な感覚に耐えられなくなり、膝をついて腹を抱える。

「ぅ……ぐぅ……。がは……っ!」

 気持ち悪いはずなのに吐き気がわいてこない。それもまた耐えがたい違和感で、思わず転がりのたうち回る。

 な、なんなんだこれ。痛くはない。ただただ見るものが歪み体に違和感の塊がひたすら走り回る。不思議すぎるその感覚は恐怖しか生まない。いっそ吐かせてくれ。そのがまだ知ってる感覚なだけ安心できる……!

「ひぃ……ひぃ……」

「おいおい坊や。まだ音をあげるには早いよ。今は坊やの体にリリンちゃんのマナを流し込み存在を馴染ませてる段階だ。このあと君からもマナを流し込み循環させなくちゃいけない。本来なら当人同士でゆっくり馴染ませていくものだけど。他人わたしが促してるわけだから多少辛いのはわかるけどね」

 何を言ってるかはわかるが、理解ができない。頭の中までグルグルかき回されてる感覚があって思考できない。

「にしても本当に侵食が早い。いやこの場合は進行と言うべきかな。このペースでやったら大体壊れちゃうけど全然平気そうだ。もう少し強めでも良いかな? 良いよね? いってみよう!」

「かは……っ!」

 歪んでいた視界は完全に閉じた? 聞こえるものはなくなった? 鼻をほんのりくすぐっていた薬品の臭いは? そもそも今呼吸してるのか? あれ、今俺は立ってるんだっけ? 俺……って。ナン、ダッケ……。

「あ、さすがにやり過ぎた。自我が吹っ飛ぶ」

「……おい」

「ぷはっ!? はぁ……はぁ……。あ、あれ? 俺……は。えっと……」

 奇妙な感覚はなくなった。ただ余韻でボーッとしてしまう。えっと。今なにしてたんだっけか。

「ごめんごめん。調子に乗り過ぎちゃった。ささ、気を取り直して続きをしようか?」

「次余計なことをしたら殺すぞ」

「殺されるのは困るから慎重にやるよちゃんと」

「……は? あ? え? え?」

 理解が追いつかないまま俺はまた奇妙で不思議な感覚の嵐に襲われる。

 何秒。何分。何時間。どれくらいの時が過ぎたかわからないが、俺は次第に意識を閉じていった。



 俺がマナを扱うために必要なこと。

 一つ。干渉。これは二つの存在がある場合。マナを送り込み存在を馴染ませ、片側の存在を自らに寄せる。今回の場合は次段階に進むための準備運動。

 二つ。循環。これもまた存在を馴染ませる行為。お互いがお互いの繋がりを深くするため。深くはなるが循環させるため自我は保ちやすくなるらしい。マナを流す必要があるので、干渉によりリリンに存在を近づけないとマナを流した時点で俺の手足が破裂する。よって第一段階がある。

 三つ。同調。互いの存在を一時的に曖昧にして混ざり合う現代の召喚魔法の極み。これにより俺の存在を作り替えることがスムーズになりまた安全になるとのこと。

 四つ。侵食。前三つのどれかの段階や契約の段階でも起こりうるのだが。今回の場合干渉、循環、同調では俺のラビリンスとやらは矯正できないのでリリンにできるだけ存在を近づけるために意図的に侵食していくらしい。危険だが、前の段階を踏めばリスクは大幅に減るらしい。リリンが完全に侵食するつもりがない前提だがな。

 さて、同調を会得するための干渉が始まって二日ほど経ったらしく。どうやらやっと俺の体にリリンが馴染みきったらしい。二日飲まず食わずでも不思議と空腹感がないのはリリンの影響なんだろうかね。

 ちなみにこの説明がされたのは干渉が終わってから。遅いっての。

「まぁ良いじゃないか。じゃあ干渉によりほんの少しだけラビリンスは丈夫になっている。一時的だからすぐに循環を始めよう。まずはお互いにグリモアに触れて。あ、影はダメだよ。デリケートな行程だから間に挟みたくない」

「わかった」

 睨む俺を放置してガンガン進む。ええ。ええ。わかりましたよ。やりゃいんでしょやりゃあよ。

 俺とリリンとネスさんがグリモアに触れ、準備は整った。

「じゃあ始めるよ。リリンちゃんは抵抗しないように。リリンちゃんに本気で抵抗されたら私の干渉力じゃ循環を促せないからね。坊やのガバガバなプロテクトなら笊に水を通すが如く容易いんだけどさ」

 さりげなくディスるのやめてもらえません? 事実だとしても。

「わかっている。さっさと始めろ」

「はいは~い」

「ん……」

「ん、はぁ……ぅ」

 循環が始まったのか。俺は手足や目、耳、鼻などから少しずつ痛みが走る。マナを流してるからだろう。だが上手くネスさんが制御しているのか、それとも干渉のせいが多少の痛み程度で特にこれといって問題はない。むしろ干渉の時間が苦痛過ぎた。感覚が曖昧になって思考が止まるより痛みがあるほうがまだ安心できる。……変な意味じゃなく。

 リリンはというと俺のマナを流し込まれてるからか色っぽい声が漏れている。我慢しろよ。変な気分になるだろ。

「ん? ん~?」

 しばらくするとネスさんが首をかしげ始めた。今度はなんなんすか。

「ありゃ。もう良いみたい。まだ三十分くらいだけどパスは深くなってる」

 パッと手を離すと痛みは消えた。痛いほうがマシとは言いつつも。やっぱ痛いのも嫌。ないのが一番だな。うん。

「この調子だと同調もすぐに終わりそうだね。ふひひ。本当興味深いね。こんな速度で互いの存在が馴染むなんて。あ~バラしたい。あ、このまま存在が深くなって融け合っても面白そう」

 目をグリンっと開きながら口角を上げで不穏なことを言わないでくれ。あんた怖いんだよいちいち。

「……ふぅ。良いからさっさと先へ進め。この余韻がなくなる前に今一度感じたい」

 誤解を招くような言い回しすんじゃねぇよこのクソロリババア。吐息がまた妙に色っぽくて言葉に重みが出ちゃうだろ。誰も聞いてないから誤解もなにもないけれども。

「フフ。そうだね。早く済まそう。私もこの作業が終わらなきゃ興奮で寝つけないし。終わっても半年は寝つけない自信があるけどね」

 半年寝なかったら人間軽く死んでるけどな。本当にやめてるんだなこの人。俺もやめさせられるみたいだけど。この人みたいになんのかな? 嫌だわ~。

「同調に関しては循環と干渉をより深く行うだけだよ。一時的に曖昧になり融け合ってもらうわけなんだけどこの一時的っていうのが肝でね。これで侵食の感覚を覚えてもらう。主にリリンちゃんにだけどね。まぁ数秒もあればリリンちゃんだしコツ掴むでしょ。じゃ、やっちゃって」

「やっちゃってって……。手伝ってくれないんすか?」

「同調に関しては二人の感覚頼りだから。外部の干渉はむしろ邪魔にしかならないよ。大丈夫大丈夫。もう坊や達の繋がりは子作りしてる時くらいは深ぁ~くなってるよ」

 他に例えはなかったのか。思春期男子にする例え方じゃねぇぞ。デリカシーねぇな! だけどそれでか。なんかリリンさっきから落ち着かない様子だったのは。ただマナを感じたいだけじゃなかったんだな?

 だけど色々やらされたけど俺のほうはいまいちピンと来てない……。ただ気持ち悪くされて痛くされただけで――。

「な、なんだ?」

 今別のモノが見えた……? いや別のモノも視えたが正しいか。

 俺は今自分の目でモノを見ている。当然だけど。だが一瞬俺自身が見えた。あとなんか何色かはわからないがモヤみたいなナニかが……。

 それだけじゃない。音。匂い。肌の感じも普段通りなのだが。なんか、別のもう一つがあるような……。違和感ではあるが干渉のときほどの不快感はない。痛みなどの問題もないし。これはいったい……。

「あれ?」

 不思議な感覚は綺麗サッパリ消え去った。なんだったんだ?

「覚えた。ラビリンスの形状も大体把握したぞ」

「マジかよ。本当に数秒とは思わなかった」

「は? もしかして終わった……のか?」

 なにがなんだがよくわからないが、同調はすでにできてそれがもう終わったってことか? だとしたらなるほど。さっき見えた俺はリリン視点ってことになるのか。よくわからないモヤはリリンの目だからこそ視ることができた……ってことなのかな? たぶん。

「たった二日と少しで下準備が整うとは思わなかったなぁ。っていうか私が手伝うことがなくなってしまった」

「ウム。あとは我が定期的に侵食していけばマナを扱える肉体になるわけだな」

「そういうこと。ただ坊やのほうがなーんかいまいち理解できてないっぽいみたいだけど……。ま、いっか。とりあえず干渉、循環、同調も続けてね」

「あぁ。あとは我の勘でやる」

 二人だけで納得しないでほしい。俺おいてけぼりなんだが。まぁリリンが理解してるみたいだからあとは任せるけど。

 とにかくなんか成り行きで召喚魔法の極み。会得できた? っぽい? 実感ないなぁ……。

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