第12話
「ずいぶん減ったな」
土日明けの午後の授業は担任の呟きから始まった。集まった面子は男子二人。女子四人のたったの六人。E組は二十四人なので減ったと言うのも無理ないな。
初の演習で勝つことができたのは俺とミケともう一人くらいだったらしい。そして他の連中は惨敗したと聞いている。
他二人は知らないが、俺は存在がチートのリリンが勝手に無双こいただけだからあんまり勝った実感が……。むしろ相手に申し訳なかったよ。
「まぁいい。サボりたいヤツはサボれ。お前たちも今から去るなら止めんぞ」
「いえ。承知の上で私は残っています。きっと他の皆も同じ気持ちだと思います」
答えたのは黒髪長髪高身長でつり目の女。たしか名前は……誰だっけ?
ミケ以外と関わってない上に学校恒例の自己紹介タイムを担任に割愛されたのもあって名前がわからない。
「
和宮内というらしい。同じクラスだし名前は一応覚えといたほうが良いのだろうか?
覚えたところで関わり持つかわからんけども。
にしてもやっぱりそういう理由か。結果が伴わない努力は辛いからな。気持ちはわかる。
「……それは私が未熟だったせいです。それにまだたった二週間しかやってません。結果を求めるのは早計と理解しております」
「ほう? どうやらお前は弁えてるようだな。まともな努力をしたことがないくせに少しキツい目にあった程度ですぐに諦めたヤツらとは違うのはわかるぞ」
「……恐縮です」
「そんなお前のやる気に敬意を示そう。今日からメニューを増やす」
ミケを除いた俺含め四人が和宮内を睨む。
たとえ意図してなかったとしてもこの結果は罪深いぞ!
「あ、ありがとうございますっ! より一層励みます!」
和宮内の感謝の言葉は不思議と謝罪に聞こえたよ。
「ではまずいつものをやっておけ」
「「「はい!」」」
全員ヤケクソ気味の返事をし、いつものメニューに入る。
ストレッチからのランニングを終えると体幹トレーニングに入るのだが、ここからが違った。
体幹トレーニングは宿題にされ、新メニューの説明が始まる。
「まず三人一組のグループを作る。パンサー。和宮内。天良寺で良いか。あとは残った者がグループだ」
「私らの扱い雑っ!?」
向こうのグループの一人が大声を上げるも無視。相変わらず無愛想ッスね先生。
さて、こっちはこっちでさっさと集まっておかないと。モタモタしてたら後が怖い。
「二人ともよろしくね!」
「えっと。パンサー君。天良寺君。よろしく頼む。私のせいで色々申し訳ない……。せめて足を引っ張らないように気をつける」
「気にしなくて良いよレディ。むしろ僕は新しいことにワクワクが止まらないさ! 才もそうだろ?」
「アーソウダネー(棒)。つかそれよりも暑苦しいわ。肩を抱くんじゃねぇ」
お前の場合筋肉と黒タイツでさらに暑いんだよ!
男同士で肩抱いてなにが楽しいんだっての。いや男女で抱き合うほうが問題だけどさ。和宮内もポカンとした顔で見てるしとにかく離れろや。
「えっと。二人はとても仲が良いんだな。羨ましいよ」
「
「お前のような兄も弟も双子も持った覚えはござーせん!」
和宮内の言葉でさらに肩を抱く力が強くなりやがった。俺も抵抗して顔面に手をやって押し退けようとしてるんだがビクともしない。この筋肉達磨首がピキピキいうほど力入れてんじゃねぇよ! どんだけあたしを抱きたいの! 強引な男ね! 嫌だわ!
「そこ。うるさいぞ」
「おっと。ソーリー。すみません」
「……すみません」
「申し訳ございません」
小咲野先生の注意のお陰でやっと離れた。俺まで注意されたのは釈然としないが、結果的に筋肉達磨が離れたので良いとしますよ。
「続ける。作ったグループで鬼ごっこをしてもらう」
お、鬼ごっこ? え、マジでなんで? とは口に出さない。疑問を持ったところで結局やらされるから。
「有効範囲はグラウンド内一歩でも出たらその時点で負け。役割はまず一人が鬼。一人が妨害。そして逃走。妨害役は鬼から逃走を手助けしてやれ。手段は問わない。殴る蹴る投げる絞めるなんでも有りだ。もちろん鬼も妨害役になら何してもかまわん。とにかく逃げてるヤツを捕まえろ。これを十分一セットでローテーション。では役を決め次第始め」
ルールはそこまで難しくないな。それに体幹トレーニングに比べたら緩いのではないだろうか? ぶっちゃけ小学生のお遊びみたいなもんだし。
「ちなみに各グループで最も仕事ができなかった者は次からのランニングのペースを上げる」
緩いわけなかった。これは是が非でも全力にならざるを得ない。
「それじゃタミー。やっちゃん。よろよろ」
「や、やっちゃん?」
「
「は、はぁ~……」
「まま。とりあえず役決めちゃお。負けねかんね。……罰ゲームなんて絶対に嫌だ」
「気持ちはわかる。ってことで死んでも伊鶴アンタを蹴落とす! 殺るよ! 漆羽瀬さん!」
「え!? 私ですか!?」
「うぉ~い!? なんでやねんマイフレンド!」
「友が故に! アンタ最近授業キツいからって食べ過ぎなの! もっと走れ!」
「走る量と比例して食べる量増えるだけだと思うなー!」
「あわわわわわ」
……アッチは早速始めてるようだな。ずいぶん賑やかだ。
「ん~。女子のきゃっきゃは良いね! 僕もテンション上がってきた!」
「あ、そ。スゴくどーでも良いわ」
「どーでも良いだって!? おいおい女子の会話に興味ないって……あ~そっか。君は彼女にゾッコンだったね」
「またお前は……。あとで覚悟してろよこの野郎」
真正面からは無理だとしても一発はいれてくれる。担任が暴力を公認してるからな!
「お? やる気かい? 相手になるよ。シュッシュッ……!」
ミケがその場で軽いシャドーをする。いつものタイツを着てるのに見えないくらい拳が速かったんだが? さっきの決意がもう鈍ってきたんだが。
「あ、あの。話の腰を折ってしまって申し訳ないんだが。始めないか?」
「あっと。ごめんごめん。そうだね。レディの言う通り始めようじゃないか。まずは誰が逃げる?」
「じゃんけんで勝った順に逃げ、妨害、鬼で良くね?」
「わかった。それではじゃんけん――」
ポンっと俺が逃げ、和宮内が妨害、ミケが鬼に決まった。
「NO! 負けたぁ!!!」
いや、じゃんけんは負けても良いだろ別に。どこまで本気で楽しんでんだよ。
「才! この仮はゲームで返す!」
おーおー目が本気だ。怖っ。
言っとくけど一応和宮内もお前にじゃんけんで勝ってるからな? しかも妨害役だぞ? 直接お前とやり合うのはまずソイツだから。
ミケは肩をダッシュで俺たちから距離を取り、そして開始の合図を待つ。
あれ? そういや合図ってどうすんだろ?
「もういいかい?」
「あぁ。私はいつでも大丈夫だ」
あ、勝手に始まった。
ミケはクラウチングスタートからの低いダッシュで突っ込んでくる。
たしかラグビーもやってたんだっけ? 突進力が半端じゃない。
低い位置から
おいおいお前相手は女子だぞ? そんな本気のタックルしていいのかよ
「フ……ッ!」
「え」
だが和宮内はあっさりと手首と頭を掴み横に流してスピードを殺してしまう。そのままミケの手首を捻って返し、足で肩甲骨を押さえて動きを封じてしまった。
す、スゲー。
そういや和宮内ってミケを除いたら一番速いペースで走っていたような? なにかやってたのかな? 格闘技的なやつ。今時珍しいこと。
「て、天良寺君!? なにしてるんだ!? 今のうちに逃げてくれないと!」
「あ、わり。じゃ、足止め頼んだ」
いけねいけね。あまりにも滑らかな動きが見事過ぎて見とれてた。
俺は俺でちゃんとやることやらねぇと。アレ以上ランニング増やしてたまるか!
「ハハハ。やるねぇレディ。結構本気で突っ込んだんだけどなぁ~」
「お陰で技がかけやすかった。正直に言えば冷や汗をかくほど怖かったけど。上手くいって安心しているところだよ」
「それは光栄! でも、安心するのは早いんじゃない?」
「……この体勢からなにかするつもりならやめたほうがいい。このまま少し腕を倒せば脱臼か、下手をすれば骨が折れる」
「優しいねレディ。そんな君には紳士的に接したかったけど。僕は紳士でいようとは心掛けてるが、なによりも負けず嫌いなんだ」
ミケが取られた方の手を無理矢理握りしめる。ピキピキとタイツの上からも血管が浮き出るほど筋肉が隆起し始めた。よく見たら取られた方だねけじゃなく全身が。
え、なにするつもりなんだアイツ。おいおいまーた超人染みたことをおっぱじめる気か?
「ふんぬっ!」
「うわ!? なに!?」
俺の予想が当たったのか、空いた手と足をを使って無理矢理和宮内の方に飛び上がる。といっても体はほとんど浮いていない。が、体勢を崩すには十分だったようで、体勢が崩れた隙に体を反転させて拘束を解いた。
ど、どんな技ですかそれ? 人間離れし過ぎててめっちゃ怖い。
和宮内に至ってはその場に尻餅をついてしまって驚いた顔をしている。
「う、嘘!? あ、あり得るのか!? 本当に人間か君は!?」
「
結構離れた位置から見てるから何言ってるかはよく聞こえないが、無理な体勢からさらに無理をしたせいで肩を傷めたらしい。グリングリン回したらよしって顔をしてるのでもう治ったようだが。……どんな肉体してるんだよ。
「おっと。いくら抜け出すとはいえ乱暴してしまったね。大丈夫かいレディ?」
「あ、あぁ。ありがとう。でも良いのか?」
「なにがだい?」
「私が倒れてる隙に追いかけなくて」
「レディを置いていくなんて紳士のやることじゃないからね。むしろ手を貸すことができる機会があるなら余計に見逃せないし」
「……そうか。ではつけこませてもらうとするかな」
「ん? おわ!?」
今度は和宮内が飛び上がり、いや、ミケに飛びつき腕ひしぎを決めた! 長い足をミケの強靭な腕に絡ませ、さらに手首を捻りながら固定している。全身の筋肉をつかって完全にミケの腕を固定した。
「ちょ、ちょ! ちょ! こ、これはダメだよレディ! 体をつけすぎだ!」
「体を密着させなければ抜け出す隙をつくってしまうからな」
「だ、ダメダメ! わ、わかったわかった! 僕の負けで良い! だから離して!」
「え、良いのか? パンサー君ならまだなにか手の内があるのかと……」
「良いよ! いつまでも彼女でもないのにレディとくっついてるわけにはいかないよ!」
「そ、そうか。なんか申し訳ない」
拘束を解き綺麗にお辞儀をする和宮内。どうやら決着がついたらしい。
ミケは笑って許しているが……。一つ良いかお前ら。
魔法師目指してるのになんでそんなフィジカル強いんだよ。もうプロ格闘家目指せよ。
俺に至っては妨害が優秀過ぎて結局ただちょっと遠くへ走っただけでなにもしてねぇしさ。走り損だわ。クソ。
結局鬼ごっこは俺の惨敗。そらそうだろ。俺だけただのインドアな現代っ子だぞ。いやまぁ運動は自主的にやってた時期はあるけども。ガチには勝てませんて。
あ~これ罰ゲーム俺だろ絶対。
「パンサー。漆羽瀬。次から貴様らのペースを上げる」
「オーマイガッ!」
「うぇ~……やっぱり~……」
え!? マジ!? やった!
てっきり俺かと思ってたからすんごい嬉しい。
「ミスター! 理由は!?」
「勝負事で男女だのなんだとの温いこと考えるな。戯け」
「oh……紳士が仇に!」
時々本場の発音になるよなコイツ。できるだけ日本人よりにしてるらしいけど。とっさだとやっぱ慣れ親しんだ方になるのね。
漆羽瀬の方はというとやっぱりつってたし、なんか見た目ももっさりしててどんくさそうだから単純に鬼ごっこで負け続けてたんかね。まぁ俺は助かったからどうでも良いけど。
「では今日はこれまで。解散」
「ふぅ~……」
授業も終わってやっと一息つける。さて、着替えてさっさと帰るか。
「お~っとちょい待ち~なセニョリータ」
戻ろうとしたら伊鶴つったか? にガシッと肩を捕まれた。つか俺男。
「なんだよ」
「たった六人の同士たちよ。今日これから~……は無理か。クラブあるし。クラブのあと時間決めてお茶しないかい? それか夕食時間合わせてとか」
「え、なんで?」
「理由なんて私がしたいからだよセニョリータ」
だから
「良いじゃないか才! レディと食事なんて断る理由がないよ! 僕も行って良いんだよね?」
「もちろんさミケちゃん! ここにいる皆で共に同じ釜の飯を食べよう!」
「いや同じ釜の飯って意味ならすでに食べてるから。同じ寮に住んで同じとこで食ってんでしょーが」
「こまけぇこたぁいんさ! タミー! フィーリングで生きようぜ? で、どうする少年少女? この話。のってくれるかい?」
「わ、私は大丈夫です。あ、間食はあまり取らないので夕食ならですけど」
「私も良ければ同席させてほしい。その、色々話を聞いてみたいんだ」
「やっちゃんとミートは参加ね。りょ!」
「ミート!? そ、その呼び方はやめてもらえないか? そ、そんなに私肉々しいのか……?」
言った張本人はさすがに悪いと思ったのか少し焦り始める。
「え、あ、ごめん。
「そ、それなら……。ゆーみん……えへへ。可愛いあだ名……」
……あ、フルネーム和宮内夕美斗か。ちゃっかり本名知れたわ。
「実は最初はミートとタミで悩んだんだよね。夕って漢字カタカナ読みでタだからさ。でもそれだとタミーと被っちゃうんだよね! ドヤァ!」
「なんのドヤ顔だよ」
「あうち! で、ミケちゃん。タミー。やっちゃん。ゆーみん。さっちゃん参加で。……あれ!? 五人じゃん! 一人足りない!」
「お前だよ」
「ハッ!? そうか! 私だ!」
このアホにちゃっかり俺も数に入れられてるんだけど。さっちゃんがたぶん俺のことだろう。ふざけんな。次その呼び方したら撤回を求めるからな。
めんどくさいなぁ~。でもこっから断ったりしたらうわ~空気読めねぇみたいな目で見られるんだろうなぁ~。集団心理怖い。
まぁいっか。リリンでも連れてきゃ注目集めてくれるだろ。
俺は端っこで大人しくそして迅速に飯食ってエスケープかまそ。
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