遥か高みの召喚魔帝
黒井泳鳥
1年生 4月
第1話
魔法というものが世界に根づいて数百年。魔法は今現在では大きく三つに分類されている。
自らの力のみで行使する人域魔法。
通称神と呼ばれる超生命体に力を与えられ使用できる神誓魔法。
そして他者との破れぬ契りをかわす契約魔法。
その契約魔法の一部に召喚魔法がある。
召喚魔法は魔法を使うために必要なエネルギー――マナを上手く扱えない者が別の世界のモノに力を借りて魔法を行使する。そのため一人では何もできない無能とされ侮蔑の対象となっている。侮辱されても魔法に関わるためにと最後にたどり着く場所。簡単に言えば主に召喚魔法を使ってる人間は落ちこぼれなのだ。
そんな召喚魔法にも近年やっと専門高等学校――第一召喚魔法師育成高等学園が設立され、魔法師の名家に生まれながら落ちこぼれの俺、
『警告! 警告! 現在入試実技試験会場より膨大なマナ反応を検知しました! 近くにいる教職員、試験官は会場に向かい事態の収拾を急いでください! 見学中の方々は直ちに避難を始めてください! あーもう! ざっけんなよマジで今日は早く帰れると思ったのにさぁっ!!!』
「今試験受けてるやつの召喚が原因なのか? だとしたらヤベェ新入生だな」
「いやいや、まだ合格と決まったわけじゃないだろ」
「警報鳴らすほどのマナ持ったヤツ呼び寄せといて合格しないほうがおかしくね?」
「おい! 無駄口叩いてないで避難しろ! のんきにしゃべってるんじゃない!」
「受験生。お前なんとか召喚を中断できないか!?」
「そ、そんなこと言われても……」
俺も何が起こってるのかわかってないってのに……。
そもそもグリモア渡されて言われた通りにマナを流し込みながら誰かを呼ぶイメージをしただけなんだけど!
止め方そのものを教えてほしいわ!
『検知されたマナ量が測定範囲を突破! また空間が完全に繋がりゲートの固定化を確認しました! 来ます! 今日が私たちの命日じゃないと良いなぁ!!?』
ずいぶんなことを言う教員がいるようで……。最後に本音を漏らさないとやってられない病気かなにかですか?
……今気づいたんだが。これだけの騒ぎになっていて不思議と俺自身は落ち着いてる。
なんだろうな。実感がないせいだろうか。
この召喚ってのは自分のマナなどの量や存在としての相性が良いものを引き寄せると聞いてる。
つまりマナ量のランク分けをされた場合に下から二番目。ゼロの上。ギリギリ魔法行使可能の値しかない真正落ちこぼれ俺が引き寄せる存在なんだ。大層なヤツが来る気がしない。
「っ。他の教職員も集まったようだな。空間はすでに繋がりゲートが視覚化されるぞ! 警戒を怠るな!」
その言葉の直後。突然目の前が歪み、黒い渦が現れ広がる。これがいわゆるゲートというものだろう。
さてさて。どんなヤツが来るかな。
……もしも。もしもだが。
この警報の通りの化物が来て、俺に手をかしてくれたら。俺の人生は変わるのだろうか? 召喚師とはいえ魔法師に変わりはないんだ。形はどうあれ、魔法師になる夢が叶うだろうか……?
「き、来たぞ」
黒い渦の中から何かが出てくる。
まず見えたのは人間のような足。そして徐々に服のようなものが見え始めた。赤と黒を基調としたゴシックなドレス。次に見えたのは輝いてるかと錯覚するほどの美しい白金の髪。精巧なアンティークの人形を彷彿とさせる整った顔立ち。だが俺は何よりも驚いたことがある。
「ちっさぁ~……」
そう。小さいのである。身長で言えば130㎝あるかどうか。小学校低学年ほどにしか見えないサイズ。なんというか。警報はなんだったの感。
「っ!?」
今、何かが繋がった感覚がある。一瞬頭の中に不思議なモヤがかかってそれがすぐに消える。なんだったんだ?
「フム。異界か。言語の自動翻訳も施されたようだな。これで意思疏通は問題ないか。さて、何かからのお膳立てはされたようだが、我を喚んだのはどの畜生だ?」
た、態度デケェ~……。ちっこいのに。
だが、一つハッキリしたのはさっきの変な感覚は言語の翻訳の魔法だったんだな。グリモアの契約魔法で、呼び寄せた存在との意思の疎通のためのものか。
「よ、ようこそお越しくださいました。我々はーー」
「煩いぞ人畜生」
突如幼女……だろうか? の足元から影が広がり歩み寄り、話しかけた教員を縛り上げた。教員はもがこうとしているがそれすらも許さない拘束力があるようでピクリとも動かない。口も塞がれて声も出せないようだ。
その様子を見て益々警戒心を増す他の教員たちだが、幼女は意に介さない。
「我は我を喚んだのは誰かと聞いたのだ。え? 言葉は通じているよな畜生共よ。畜生とはいえ言葉を理解する畜生だろうが。三度目は言わせるなよ?」
ジト目で睨まれた教員たちは一斉に口を閉じ俺に目線を送る。これは俺が応対しろということでいいのか……な? とりあえず話しかけてみるか。
「俺だ。俺がお前を召喚した……と思う」
「「「!!?」」」
教員たちが一斉に驚いた表情をし、そして睨み付けてきた。
え、なに? もしかして言葉使い悪かったっすか?
「ほう。貴様か」
「おわっと!?」
呟くと幼女は影を使い一瞬で俺を近くへ引き寄せた。そして逆さ吊り状態にされる。
「くっ! その子を離せ!」
「バカやめろ! 俺たちで対処できる相手じゃない!」
一人の教員が制止を聞かず飛び出す。人間離れした速度の踏み込み。常人の反応できるスピードじゃない。と、思ったのだが。
「……っ!?」
幼女はチラリとも見ずに影で拘束した。
なんというか。さっきとは別の意味で現実感がない。憧れた魔法師をいとも容易く無力化する存在を自分が呼び寄せたという事実が飲み込めない。
「ほう? ほうほう。興味深いな貴様。これほど濃いのを知覚したことはないぞ」
というかこの幼女。攻撃されたことに対しまったく関心がない様子。むしろずっと俺を観察している。つか濃いって何がだ。
顔に近づいた羽虫をはらうような感覚……以下だなこれ。まるで呼吸するかのように無力化するこの振る舞いが余計に現実感を薄れさせる。
だからだろうか。俺は今とんでもないことをしようとしている。
「んなことどうでも良いから下ろせよ」
グリモアにはいくつか魔法が記されていて、常時いくつか発動されていると説明された。一つは先程の言語翻訳。今、俺が使ったのは魂と同化したグリモアを出現させるもの。これによりいつでもどこでもグリモアを取り出せるわけだ。
グリモアの強度は持ち主のマナが反映され、破壊されても形がなくなるだけで念じればまた取り出せるらしい。
なので、仮にグリモアを奪われたり壊されても問題はなく。すでに拘束されてるから無力化されたところで大差ない。よって俺はグリモアを掴み幼女の頭をひっぱだいた。
幼女はかわす素振りも見せず。スパーンと見事な音が鳴り響く。
一瞬の沈黙の後。何人かの教員は思わず叫んだ。
「「「な、なにしてくさりやがるこのガキやぁ!!?」」」
ハモった。どうやらここの教員は仲が良いらしい。
殴られた幼女のほうは黙りを決め込んでいる。あれ? もしかして泣かしてしまっただろうか……。だとしたらさすがに気が引けるな。
「クフフ……。クハハハハハハ! 痛いぞ! 我に打撃で痛みを与える生物は本当に久方ぶりだぞ。いんやぁ~。正確には打撃ではないな? フムフム。良いだろう」
「あ? 何が?」
未だにいまいち状況が飲み込めてないので口調が荒くなる。だがこの幼女気にする様子はない。教員たちは最初丁寧に接しようとしてたけど、もしかして礼儀とかがない世界から来たのではないだろうか。まぁそんなことわりかしどうでもいいんだけどな。それよりも話の続きのが気になる。
「何が良いんだよ」
「ウム? 喚んだのは貴様であろうが。そこで我が良いと言えば一つしかあるまいよ」
「?」
「……フム。人畜生とはいえここまですっとぼけたのも初だな。初体験だ。だがそれもまた面白い。で、あれば我も程度を合わせるだけだ。おっと、その前に貴様は下ろしてほしかったのだったな」
やっとこさ影から解放される。頭に血が上って少し気持ち悪い。
「で、なんなんだ?」
「決まっている……ことであるが理解していないのだったな。なに簡単なこと。結んでやるだけだ貴様のと縁と契りをな。召喚と契約を受け入れてやるぞ。対価は――」
「す、すとーーーーーっぷ!!!」
突然試験会場に丸眼鏡をかけたボサボサ頭の若そうな女性が入ってくる。幼女は影をピクリと動かしたがすぐに納めた。さっきは一瞬でふんじばったのに何が違うのか。
「え、えっと。申し訳ありませんがご同行願えません……か?」
「あ~のですね。その子はまだ素人なので貴女のようなとってもお強い方との契約は経験者が見守らないとって思いまして~。いや本当に私の部屋までご足労申し訳ないですごめんなさい」
「フム。理解はできる。こちらではそういうものなのだな。クハハ。生き方の違いが見れるのは面白いな」
「それは良いんだけどよ一つずつ質問良いっすか?」
「なんだ?」
「なにかな?」
「えっとまず貴女に。ここ、学園長室ですよね?」
そう。俺と幼女が案内されたのは学園長室。うん。さすがの俺も察してはいるんだが、一応の確認。
「あ、はい。学園長です。ごめんなさい」
「謝らなくても良いですけど……若いですね?」
近くで見るとよくわかる。ボサボサ頭と超がつく時代遅れの丸眼鏡を差し引いてもパッと見二十歳そこそこにしか見えない。もしかしたら見た目以上の年齢かもだけど。
「そ、そうかな? 見た目に気を遣うことを忘れた女だからフケてるんじゃないかなぁて……ハハ……」
悲しい顔をさせてしまった。女性に年齢関連を言うのはまずかったかな。ここにきてコミュ障露見。
「こちらでは三百六十五日区切りのようだから二十四というところだろ。オスの匂いが混じってないからわかりやすい」
「うぇ~ん! 未経験の行き遅れ予備軍でごめんなざぃ~……っ!」
追い討ちかけんなよ! 学園長泣いちゃったぞ! しかもちゃっかり男性経験なしなことバラしやがって。酷すぎるわ。
だけど、年齢を否定しなかったからたぶん合ってるってことか。見ただけかはわからないがよく年齢を当てられたもんだな。しかも学園長も役職の割に若いし。だから年齢=彼氏なしなのかな。
「それで? 一つずつであれば我にもあるということだろう? 何が聞きたい」
こいつ……。泣かしといてスルーか。放置か。異世界から来てるわけだし常識が異なるのはわかるけど釈然としないな。ちったぁ気にしろ。たしかに聞きたいことはあるけども。
「……はぁ。お前。なんでさっきから俺にくっついてんの?」
そうなのだ。この幼女。学園長室とあって立派なデカいソファに座ってるにも関わらずわざわざピタリと俺にくっついている。なにか理由があるとしか思えない。理由がないなら鬱陶しいから離れてほしい。
「フム。貴様のマナが心地良いからな。我等はマナを敏感に感じとる。視ることも肌で感じることも嗅ぐことも聴くことも味わうこともできる。それ故にこれほどの密度にも関わらず微量しか溢れ出ていないマナを感じるには接触しかない。それだけだ。理解できたか? ん?」
馬鹿にしてんのかその最後のヤツは。というか内容は理解できたが不可解なだけだぞそれ。
「お前その感覚狂ってるんじゃないか? 俺のマナはギリギリ魔法師としての教育機関への入試を受けられる程度しかないぞ? 簡単に言えば落ちこぼれの劣等種だぞ?」
「は?」
「あ、あのですね。ぐすっ。マナの密度と仰いましたか? 量ではなく」
「量については微量しかと言ったが?」
「そうでしたねごめんなさい。そ、それでですけど。マナには量以外の判断基準があるのでしょうか?」
「……おう! なるほどな! わかったわかった。この世界の文化が我の世界とは比べるべくもなく発展してたが故に勘違いをしていた。貴様らはマナの密度を測る術がないのだな?」
「そ、そうです。私たちはマナの量で格付けをしています」
「クハハハハハハハハ! 愚かだな! 多少量があったところで密度が無ければ高が知れてる! 滑稽滑稽!」
「なんなんだよ急に一人で納得して笑い出して。説明しろよ」
情緒不安定かクソ幼女。口には出さないけどよ。
「話の流れでわからんか? 貴様らは事マナでの力量の測り方において遅れてるのだよ。マナとは密度が高ければ、例外はあるが大概強い我とてマナは垂れ流しにしてるが密度はそれなりに濃いが故に強いからな」
り、理解が追い付かない。最初からだけど。えっと……どういうことだ?
「つまり私たちは間違った判断をして才能を潰してた可能性があるんですね……。それは……とても悔やまれます……」
いつの間にか学園長は泣き止み今度は真剣な顔を見せる。まさしく理想の教育者って感じの顔だ。評価の仕方が間違ってることを知って思うところがあったんだろうな。
「そのことに関しては私が個人で調べてみようと思います。数百年の歴史がある魔道ですから。評価基準が誤ってることについてなにかしらの意図があると考えるのが普通ですから。ごめんなさい。では本題に参りましょう」
この人謝らなければ話ができないのだろうか? 何回ごめんなさいって言ったよ。
「まず、お名前を……ってまだ私が名乗っていませんでした! ごめんなさい! 改めて自己紹介を。私はこの学園を作り今は学園長として身を置いています
「フム。名か。我はリリン。そういえば貴様の名も聞いていなかったな」
意味ありげな目線を送らなくてもわかっとるわ。流れ的に俺も名乗るんだろ。
「天良寺才です。えっと。試験合格したら以後お願いします」
「あ、君はもう合格ですよ天良寺くん。リリン様のマナを計測したところ今の判断基準に置いてWEとランク付けされたから」
「WE?」
「うん。WE――ワールドエンド。この方はマナの量的からしてこの星を滅ぼせるの」
はい? スケールがデカ過ぎてまた理解が……。
「といっても判断基準が間違ってるから真実はわからないんだけれど……」
だ、だよな。さっき間違ってるって言ってたしさすがにそんな化物――。
「まぁやろうと思えばやれぬことはないだろう。影を伸ばして圧し潰すだけだからな。だが足場を無くしたら移動が手間だろう」
まるで宇宙空間でも死なないみたいな言い方なんだがそこはどうなんだ? あまり実感がなかったが今頃になってやっと自分が呼び寄せたのがとんでもない怪物って理解してきちまったぞ。
「あ、あはは~……。それでは自己紹介も終わったし契約内容についてお話しましょうか?」
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