81頁目 冷たい平原とちょっとした愚痴
「この辺よね?」
ギルドでもらった
詳細な地図や地形の資料などは、基本国が管理しているので、一般庶民は
村や集落を訪れるだけならこれで問題ないのだろうが、街道から
「情報によって助かる命もあるのだから、もう少し冒険者に優しくしても良いと思うのだけど」
『~♪』
稼ぐ為とはいえ、冒険者が怪物の
「まぁ文句を言ったところで仕方ないけどね」
『~♪』
それに確かに私は冒険者であるが、あくまで他国のと前置きがある。国の重要な情報をおいそれと渡すことが出来ないのは理解している。理解しているが、この線と丸だけの地図は、果たして地図なのだろうかと思うことは自由であるはずだ。
「もう……」
『~♪ ~♪』
見渡す限り開けた平原。もう少し季節が進んで暑季にもなればより緑に覆われた美しい草原になるのだろうが、まだ寒さが
山脈一つ
その二国に違いが生まれた理由としては、数千ファルト級の山々に
「こっちかも」
『~~♪』
もう少し進んだところだろうか、それとも場所が違うのだろうか。いずれにしても、依頼を受けた
「うーん……移動もしているだろうし……もう少し付近を散策しようかな」
『~♪』
「……で、アネモネはさっきから何の歌を歌っているの?」
歌といっても歌詞がある訳でもなく、ずっと鼻歌というかハミングしているような軽快なリズムが左腰の
『退屈でしたので、以前お母様が演奏とかいうのをした音楽? というのを参考に口ずさんでみましたわ』
「そう。うん、良いと思うよ」
『ありがとうございますですわ』
私以上に危機察知に関しては
というか、ネズミは寒季で雪に閉ざされた世界でも、平然と雪の下を駆け回る。あの身体は燃費が悪すぎて、常に食べ続けないと死んでしまったりするのだ。そして、キツネもそれを狙って雪を掘ったり、頭から飛び込んだりして狩りをする。
音もない死んだ世界のような寒季でも、確かな生命が息づいていて、命が繋がっている。
「冷えるは冷えるけど、
『寒さとかは分かりませんわ』
「うん、まぁアネモネはそうだよね。精霊だし」
『今は剣ですわ』
「揚げ足取らないの」
『はいですわ』
ここから更に気温が上がって草木が生い茂るようになれば、シカなどの草食動物が移動してくるようになるだろう。そしてそれを狙って肉食動物や、怪物が移動してくる。そして場合によっては縄張り争いに発展したり、周囲に被害を及ぼすようになったりして冒険者に依頼が来る。
寒季にこそ活発になる怪物もいるにはいるが、全体的な数からするとその数は少なく、また決まってそういう個体に限って強力な怪物だったりするので、ランク制限が設けられたりする。よって、寒季は銅ランク以下の冒険者にとって死活問題だ。
一応、貴族の男子も結婚相手となりうるのだが、大体が跡取りとして同じ貴族の娘との結婚を望む親が多く、また次男以下にしてもプライドが高かったりするので、自身よりも強い女性を嫁にと考える貴族男子は、そう多くはなかったりする。
まぁ、
「ん? これは……」
それっぽい場所に当たりを付けて歩いていたら、気になる場所を見つけた。
地面が踏み固められ、草が倒されている。まだ
「そう遠くないのかも。アネモネはどう思う?」
「はいですわ」
その呼び掛けに反応して、精霊姿のアネモネが姿を
「うーん、近くではないので確証は……それに、多くの生き物が行き来していますので、本当に
「ということは、昨日の
「分かりましたわ」
そう返事して周囲へトコトコと可愛らしく索敵しに行く娘を見やり、自分はもう一度地図を広げる。
「このムス村からの依頼で、
食べかすだろう。
「獣道を作った獣は、移動しやすいように余分なゴミや障害物は道の上に残さない」
移動の邪魔になったりするからね。
作物の跡は見られるが、家畜の痕跡はみられない。確か、ウシ一頭のはずだけど
そうなると、両手が
どちらにせよ、ウシは諦めるしかないだろう。というか、仮に生きていたとしても持って帰ることは出来ない。歩ける状態だったとしても、こんな危険な自然の中でウシを引いて歩くとか自殺行為過ぎる。
「タルタ荒野の時よりは、移動が楽だから良いわね」
「あの時のお母様達、何か手をヒラヒラさせてましたわね?」
「あれは、
前世の一般企業の昇格試験のようなもので、銅ランクならこの程度の手信号、銀ランクならこの難易度と設定されており、それをクリアしないと昇格出来ない。
新米から銅ランクになるには、主に規定の怪物の討伐を行えばそれで終わりだが、あくまで冒険者としてやっていける
「依頼をこなすだけでは上には行けないわ」
「大変なんですのね」
「そうだよー」
依頼のこなし方も、討伐、採取、調査、その他雑用など、ほどよくバランス良く行わなければならない。ただ、調査や雑用は、季節や状況によって依頼に上がることもないので、最低一回でも出来ていたら大体クリア扱いされる。
討伐や採取に関しても、特に決まった回数がある訳ではない。それよりも質だ。と言っても、ただ強力な怪物を倒せば良いということでもないので難しいところ。
私は、以前は一〇年という短期間でジストの最高位、
「お母様、そろそろ」
「
「多分ですわ」
「多分?」
「これがお母様の言う鬼? かどうかは分かりませんわ。見たことがありませんもの」
「確かにそうね」
まだ私の五感と魔法のいずれの索敵にもヒットしていないが、彼女が言うのならこの先に何かがいるのだろう。あくまでそれっぽい何かがいるというだけで特定までは出来ていないが、十分過ぎる索敵能力である。
どうやって探っているのか聞いたことがあるが「風の流れですの」と言われて諦めた。風魔法使いなら風を読んで索敵が出来るのだろうか。それとも精霊であるアネモネ特有の能力か。今度、ギルドに行った時に風魔法が使える冒険者に聞いてみることにする。
「あれ、かな?」
「だと思いますわ」
地面に
遠くにそれらしい姿は見える。巣穴や家などがある訳ではなく、言われなければあれが巣だとは思わない。平原の開けた場所にポツンと
周囲をチェックするも、他に鉄大鬼の姿は見えない。これだけ開けた土地であればあの巨体は目立つので、とりあえず乱入ということは避けられそうだ。いや、戦鐸鬼はそもそも乱入させないように鐘を鳴らす習性があると言っていたので、
距離はおよそ五〇〇ファルト……さぁ、戦闘開始だ。
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