71頁目 迷い道と古代の産物

 処女で未婚みこんでありながら、アネモネノトスという一人娘が出来た私は、彼女の感じる違和いわの正体を突き止めるべく、当初の予定通りに山頂を目指すのであった。

 手掛かりとなるのは、アネモネが持つ岩人形ゴーレムに使われていた魔石ませき。私には分からないが、彼女いわく、これのおかげで道が開けるらしい。

 その私の娘はというと、楽しそうに私の周りをフワフワと浮かびながら道案内をしてくれている。しかし、その一応下着が見えちゃっているから隠しなさい。

 そう指摘すると……


「でも、お母様もやっていましたわ」

「あ、うん」


 反論出来なかった。

 元々剣なのだから、人としての羞恥心しゅうちしんという感覚がないのは分かるが、こう堂々と見せ付けられるのも何か違う気がする。もし私が異性の変態であれば、また違ったかもしれないが、生憎あいにくと私にはそのような趣味嗜好しゅみしこうはない。


「こっちで良いのよね?」

「はいですわ」

「この道は気付かなかった……というより、今まで隠されていたということ?」


 魔力探知でも発見出来ない程にまで高度な隠蔽いんぺい。もし岩人形が現れていなかったら、もっと長い時間をこの山で彷徨さまようことになっていたと思うと、あの戦闘も無駄ではなかったと安心する。


「というか、本当に道ね」

「道ですわね」


 そう、これまで一切の痕跡こんせきが見つけられなかったにも関わらず、現在、道と思われる整備された場所を歩いている。雪の堆積たいせきもみられず、うっすらと地面を白く染めている程度の積雪である。

 整備されていると言ったが状態は悪く、ただ石がめられているだけで、何となく石畳いしだたみに見えなくもないという感じであった。しかし、それでも山の中腹で見かけた石門の跡地を思い浮かべれば、まだマシという状況である。


「これも結界けっかいの効果?」

「分かりませんわ」


 私の疑問の言葉に、彼女も首をかしげる。それは仕方のないこと。アネモネは、まだ魔剣として誕生してから半年近くしか経っていない。特に言葉を発する姿を得たのも昨日のことだ。そんな彼女に魔法のあれこれを聞いても分からないのは当たり前である。

 魔法と向き合う際に、まず呪文から入る私達は言葉として理解しているのに対し、精霊であるアネモネは、魔法の存在そのものであるから言葉で理解するということが理解出来ない。

 さいわい頭は良いようで、彼女は魔法を言葉で理解するということが理解出来ないということを理解しているので、多少の齟齬そごはあれどさほど問題にはなっていない。流石さすが私の娘である。いや、親の私が全然駄目なのであるが……


「んーと、こっちですわ!」


 道は一本ではなくあちこち様々な方向へ伸びており、その先がどうなっているのかは分からない。恐らく認識阻害そがいの結界を突破しても、それは第一段階で、まだ人をまどわす結界が続いているのだろう。

 私には心強い味方がいるので、今のところ順調に進むことが出来ているらしい。らしいというのは勿論もちろん、私が全く把握はあく出来ていないからなのだが。


「ねぇアネモネ、違う道へ行くとどうなると思う?」

「分かりませんわ」

「即答だね」

「勿論ですわ。わたくしは、通れる道が分かるというだけで、通れない道がどうなっているかまでは分かりませんわ」

「そう」


 時間の感覚がなくなってきた。上空にたたずむ太陽は一切の動きを見せず、周囲からは生命の息遣いきづかいも聞こえない。周りの景色はハッキリと見えているはずなのに、枝分かれする道の先がどうなっているのかまるで分からない。進んでいるのか後退しているのか、のぼっているのかくだっているのか。

 もしたった一人でこのような状況におちいったことを考えると……いや、考えたくない。それはとても怖いことであることは、考えるまでもなく理解出来るからだ。


「アレですわ」

「え?」


 声を掛けられて目を向けると、いつの間にか先程までの道はなく、後ろを振り返ると石の道が一本だけ下に向けて伸びているだけであった。上を見ると太陽がいきなり大きくかたむいているように見えて違和感がある。


「お母様?」

「あ、ごめんね」


 呼ばれて前を向くと、何の変哲へんてつもないただの山の天辺てっぺんのように見える。


「見えませんの?」

「え?」


 指差された場所へ目をらして見るも、変な物は見えない。


「もしかして、これも結界? ごめんね。私では見つけられない」

「分かりましたわ。お任せ下さいですの!」


 そう言って、アネモネはずっと手に持っていた魔石に魔力を送り込む。すると、魔石が何かに反応するような甲高かんだかい音を発した。

 その耳鳴りのような音に思わず耳をふさぎ、目を閉じてしまうが、私の娘が優しく肩を叩いてくれたことで、ゆっくりと目を開けて前へ向き直る。すると、その光景に絶句してしまった。


「何……これ……」

「分かりませんわ」


 アネモネは知らないだろうが、私はこれを知っている。いや、この世界の私は見たことがないが、前世での私はテレビやインターネットなどでその姿を見たことがあった。

 山頂部には、石造りの祭壇さいだんのような物がもうけられている。それは中心部にひっそりと佇むそれをおおい、守るかのように建てられていた。そして、注目すべきはその中心。まつられている物。


「これって……ヒコウキ?」


 この世界ではあり得ない物がそこにあった。


「それは何ですの?」


 娘の疑問に答えず、フラフラとその存在に近付く。

 そして実際に目の前にすると、その大きさはとても大きい。所々壊れており、とても飛べるような状態ではないが、これは間違いなく飛行機である。それも、一人乗り用のプロペラエンジンで飛ぶ戦闘機だ。

 単葉機たんようきと呼ぶのだったか。その翼は片翼かたよく一枚ずつ。不時着した状態らしく所々破損しており、特に大きな部分として右側が半分千切ちぎれているのか、なくなっている様子である。

 航空機に関する知識はないので、これと同一種が前世にもあったかどうかまでは分からないが、少なくともテレビでよく見た零戦ぜろせんではないっぽいが、自信はない。

 全体的に腐食ふしょくか酸化が進んでいるのでハッキリとは言えないが、元々の色は恐らく銀色と思われる色合いで、形は若干じゃっかんずんぐりとした印象。

 金属部のさびの色は、色褪いろあせた白っぽい感じ。白錆ならばアルミニウムなどだろうか。海外の戦闘機は知らないが、日本の昔の戦闘機の装甲は主にジュラルミンだとテレビでやっていたような気がする。確か、アルミの合金ごうきんだったはず。しかし、ジュラルミンはびにくいとも聞いたことがある。どっちだろう?

 実際に表面を軽く触れてみると、ボロボロと崩れそうなのだが何らかの作用でバランスが取れているのか、形を保持し続けている。


「状態保存の魔法……?」


 これもまた知らない魔法だ。一応、前世の知識のおかげで、ある程度予想は出来るが、純粋にこの世界の住人ならまず予想すら出来ないだろう。そもそもここに辿り着ける人がどれだけいて、そしてこの物体が空を飛ぶ為の機械、乗り物であることを理解出来るだろうか。

 しかし、その状態保存の魔法も完全ではないのか、それとも長い年月の中で劣化しているのか分からないが、完全な状態を保持することは出来なくなっているようで……


「ちょっとごめんね」


 こうして少し力を入れると、簡単にビスケットを割るように壊すことが出来た。壊したといっても、ほんの一部分、主に錆となっている場所を選んでいるので、全体の状態への影響はないと思う。


軽銀アルミが錆びたところは見たことがないから何とも言えないけど、多分こんな錆び方はしないと思う」

「そうなんですの?」


 私が手に持った欠片かけらを、横から興味深そうに覗き込むアネモネ。彼女にはこれがどういった金属、いや物体かも分かっていないようで、時折指先でツンツンとつつくなどしている。


「これは多分、軽銀と呼ばれる金属と何か別の金属を合わせた、合金と呼ばれる物だと思うんだけど、これまで生きてきた中でこの金属は見たことも聞いたこともないわね」


 そもそも軽銀すらも存在しているかも怪しい。ただ、こうして目の前にあるのだから、昔はあったのかもしれない。ここで問題となるのは、昔とは、一体どれくらい前であるかということだ。


「ちょっと周囲を見て回ろうか」

「お供しますわ!」

「うん、お願いね。何か気になる物とかあったら言ってね」

「はいですわ!」


 私は娘を連れて、この巨大な石造りのやしろと思われる建物か神殿の周りを散策する。石の大きさ、形はある程度近い物を使用しているようだが、レンガのようにちゃんとした直方体ではなく、簡単な加工のみで組み上げられている。

 これは、中腹で見かけた石門と同じ方式のようだ。ということは、劣化具合に差があるが、アレとコレは同じ時代の物と想定して良いだろう。


「えぇと、認識阻害に状態保存、幻覚もあるか。でも一応幻覚魔法は今でもあるけど、ここまで高度な物ではなかったはず。それと岩人形。ここまで来ると、アレはここを防衛する為の存在だったと見て良いわね」

「きっとそうですわ。あの人型の何かこう感じ? とここ、何となく似ている気がしますの」

「そう。そうなると、今度は何故なぜアレが結界を通って外に来たのかだけど」

「お母様ずっと同じような場所で、何日も歩いていましたわ」

「あ、もしかして、私は気付かなかったけど、ずっと結界の近くを彷徨うろついていたから、様子見か排除の目的で出て来たということかな?」

「恐らくそうですわ」


 ここの遺跡のことについてどころか、ここに通じる道に関することさえ資料には残っていなかった。一体、どれくらい昔からあるのか想像も出来ない。

 痕跡を見逃さないように、慎重に建物を見て回る。しかし、戦闘機一機分を丸ごと覆う程の大きさなので、時間が掛かってしまう。

 手掛かりになる物はないかと、上に下に視線を動かしながら壁沿いに歩いて行く。すると、ある点で気になる物があって足を止めた。


「これって……」


 それは何なのかは分からない。しかし、それは見たことがある物。いや、正確には似た物を見たことがある。それも前世ではなく今世でだ。そして、それはとても身近な存在であった。


「もしかして、これ、古代エルフ文字?」


 代々ルキユの森のエルフに伝わる、既に失われ、誰も読むことが出来ないとされている文字、古代エルフ文字と思われる文字のような記号のような物が壁にきざみ込まれていた。

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