27頁目 珍しいモンスターと疑惑

 村に到着した私は早速動く。

 馬車代ケチって徒歩で来たことで時間を掛けてしまったこともあるので、迅速じんそくに解決しなければならない。


「さて、まずは聞き込みね」


 依頼があったのはオボス村の村長からだが、まずは小飛竜しょうひりゅうによる被害の確認と、遭遇そうぐうまたは認定箇所かしょ、そしてその他の怪物モンスターの存在の有無うむなど見るべきことは色々ある。


「すみません、王都ギルドから派遣された冒険者ですが、村長に会えますか?」


 村内の井戸で洗濯をしていた主婦に声を掛ける。私の姿を見た彼女は驚いた表情をするも、こころく教えてくれる。


随分ずいぶんと可愛い冒険者ね。村長はね、ほらあの家、あそこが村長の家だよ」

「ありがとうございます」


 礼を言って、指差された家に向かうが、その途中も背中をジッと見られているようで落ち着かなかった。

 村長宅に到着すると、家の前に犬っぽい獣人の老夫婦が並んで立っていた。


「あの、村長はご在宅でしょうか?」

「おお、冒険者ですか? 私がこの村の長をつとめております、イーパスと言います」

「妻のイアザです」


 男性の方が村長だったらしい。夫婦の案内の元、家の中へ入って詳しい内容を聞く。

 応接間おうせつまに通された私は、あてがわれた椅子に腰掛け、テーブルをはさんで反対側に夫婦が着席した。


「では、実際にった被害についての詳細をお聞かせ下さい」

「はい、分かりました。ただ一つ先にお聞きしたいのですが?」

「何でしょう?」

「派遣された冒険者はあなたお一人ですか?」

「えぇ、そうですが?」


 その答えに、村長夫婦は困惑した様子であった。

 小飛竜の討伐とうばつには大体二、三人以上の冒険者のパーティでのぞむのが普通だ。新米卒業試験では一人で討伐させたりするが、危険であれば監督役のベテラン冒険者が間に入って試験中止とする為に、問題となることは少ない。

 女一人でいどもうということで心配なのだろうか。


「私一人では不満ですか?」

「あ、いえ、気分を害したのでしたら、すみません」

「いえ、大丈夫ですよ。実力の方も、これでも少なくとも一〇年以上冒険者を続けていますし、ランクも金ですのでご心配なく」

「はぁ」


 それでも不安の色は消えない。信用されていないのだろうか。ただ、このままここでのんびりしている訳にはいかない。


「分かりました。では、出現箇所をお教え下さい。討伐に入るかどうかは置いておいて、情報収集に入らせていただきます。もし可能であれば、そのまま討伐に移行します」

「……分かりました」


 村から北西へと移動した場所に、つがいで巣作りをしているらしい。

 二体討伐は依頼書にっていなかったが、記述漏きじゅつもれだろうか。それとも依頼を出した後に増えたか。あるいは……これは出来れば考えたくないが、あえてせた可能性もある。

 一体と二体とでは危険度も変わることから、依頼料もその分加算される。私の馬車代のようにケチったのだろうか。それか、ただ単にお金がないのか。とりあえずこのことは後ほどギルドへ報告するとして、今は依頼通りに小飛竜の番の討伐へとおもむくことにする。

 村長宅から出ると、何人もの村人が家の前に集まっていた。私を視界におさめると、頭の先から爪先つまさきまで見、私の後ろを見てどこか落胆らくたんしたような不安そうな表情をする。先程の村長夫婦の反応に似ている。

 私はつどった人達を無視して、北西を目指して早足で歩き出した。


「ここが住処すみかかな」


 歩くこと一刻程っただろうか。到着した場所は、岩陰いわかげに隠れていて見つけづらいが、確かに小飛竜の巣と思われるくぼみが見つかった。


「……変ね」


 周囲をチェックするも、小飛竜の姿はどこにもないどころか、現在も使用されている感じはない。恐らく巣のあとなのだろうと予想する。


「状態を見ても、それ程古くはないようね」


 巣の場所を変えたのだろうか。周囲の警戒を続けつつ、巣や痕跡こんせきを探して歩き回る。

 辺りには、小飛竜程度であれば余裕で身を隠せそうな程の岩山も点在しているので、特に注意を払うが収穫しゅうかくはない。


「あれ?」


 途中で発見したのは、中型程度の怪物なら出入り出来そうな巨大な穴のいた岩山であった。


洞窟どうくつ……かな?」


 不用意ふよういに近付くことはせず、二〇〇ファルト程の距離の所で腰を下ろし、手のひらサイズの小型単眼鏡を取り出して覗き込む。

 穴の周りには、食べかすらしき動物の骨などが見えた。


「洞窟を巣にしているのかな。珍しい」


 洞窟の出入り口と思われる穴の周りを遠くから観察し、変化がないか様子を見る。

 穴の周りに落ちている骨にも視線を向ける。この距離では分かりづらいが、少なくともそんなに古い物ではないだろう。小飛竜の巣であるかいなか分からないが、何かがあそこにいると思われる。

 気配を殺して、ジッと様子を見る。そうして数刻、日がかたむき始めた頃、洞窟の奥で何かが動く音がしたように感じた。


「動いた……」


 緊張しながら、穴から出てくるのを岩陰に隠れながら待ち続ける。そうしてしばらく、穴から顔を覗かせたのは小飛竜ではない全く別の生物であった。


「あれは……」


 思わず驚いて声を上げようとしてしまい、慌てて両手で口をふさぐ。

 その生き物は、全身がキラキラと碧色あおいろ翠色みどりいろにも輝く羽毛でおおわれた一羽の鳥であった。

 翡翠鳥ひすいちょうの別名を持つ中型の怪物。正式名はカワセミ。

 前世では小鳥サイズの可愛らしくも綺麗キレイな鳥であったが、こちらの世界で同名を持つこの怪物も、見た目だけならば負けずおとらずの、それどころかまさに宝石のように光を反射するその羽毛は、本来のカワセミ以上の輝きを放っていた。

 しかし大きい。この姿のままサイズダウンすれば、間違いなく貴族や王族のペットとして人気が出ただろうに。

 渓谷けいこくや川の上流などに生息しているとは聞いたことあるが、目撃例が少ないので確かなことは分からない。しかもここは水辺ではなく荒野のど真ん中だ。

 存在自体は本などで目にしたことがあるが、実際にこの目で見るのは初めてだ。

 珍しい怪物に遭遇したことに感動した私は、討伐依頼のことを頭のすみに追いやり、観察を始めようとする。すると、ゴソゴソと洞窟の中に首を突っ込んで何やらあさっていた翡翠鳥は、何かをクチバシにくわえて穴の外へと放り出した。穴の周りに落ちているものと同じ、餌となったであろう動物の骨だった。


「いや」


 違和感いわかんがある。あの骨の形状、そして先程穴の前に放置されていた骨をもう一度見て、そのの正体に気付いた。

 小飛竜の夫婦は、この翡翠鳥の餌食えじきとなっていた。どの程度の強さかは分からないが、少なくとも二頭の小飛竜を物ともしない戦闘力を持った怪物ということは確定した。次の行動はどう出る。

 観察を続けると、翡翠鳥は周囲を何度もキョロキョロと見渡していた。警戒しているのか、それとも餌を探しているのか。するとおもむろに翼を広げ、その巨体から考えられない加速で一気にスピードを上げて、北の方へと飛んで行ってしまった。

 それを見送った私は、さてどうしようと考える。戻ってくるまで待つのも良いが、いつ戻ってくるか分からない。それよりも討伐依頼である小飛竜の番がすでにいないことを先に村に報告する必要があるだろう。

 珍しい怪物で、あまり弱点なども出回っていない程である。是非とも観察したいところだが、任務中である。先に済ませることは済ませ、趣味は後回しにすべきである。それに気になることもある。それを確認しなければ、依頼達成に支障を来す可能性がある。


「でも、カワセミって聞いてた割には、ちょっと見た目が思ってたのと違うかな」


 今振り返ってみると、カワセミという名前であるが、その姿形は本来のカワセミというよりも、ワシやタカに近いように感じられた。その大きな理由はクチバシの形状である。

 小鳥の方のカワセミは、主食が小型の川魚であることから細長い形をしているのに対し、翡翠鳥の方は、丸みを帯びた太いクチバシで、肉をついばむのにてきした形をしていた。小飛竜のうろこごと食べたのかどうかは分からないが、あれだけキレイに食べられるくらいには、む力もクチバシの硬さも尋常じんじょうではないのだろう。

 周囲の様子を探り、他に怪物などがひそんでいないことを確認した私は、オボス村へ向けて、来た道を戻っていった。


「ではまずは報告から」


 日が落ちて、村に戻った私は真っ直ぐに村長宅へおとずれ、最初に村に来た時と同様に応接間に通された私は、報告を行う。


「結果として、小飛竜の番は死亡していました。よって、村への脅威きょういとはならないでしょう」


 翡翠鳥のことはあえて伏せ、端的たんてきに依頼内容にあった小飛竜の討伐の話にのみしぼってしらせる。


「そ、そうですか、それは良かった」


 村長は私が戻ってきたことに安堵あんどの表情を浮かべながらも、どこか浮かないというか落ち着きがない様子であった。


「イーパスさん、どうかしましたか?」

「い、いえ……別に……」

「そうですか。それで、依頼の話に戻りますが、この場合、討伐依頼は出したものの、結局対象の怪物は既に死亡しており、依頼は無効となります。えぇと、ギルドを通して正式に依頼を出し、依頼料も納められたのに申し訳ないのですが、既にこうして冒険者を派遣させてしまった以上、全額が戻ってくることは難しいでしょう。この場合、討伐依頼から調査依頼へと変更になりますので、その手続きの為の手数料が徴収ちょうしゅうされることは覚悟していて下さい。ただ、返金された分でおぎなうことも可能だと思いますので、新たに支払う必要はないと思われます」

「そう、ですか。いえ、仕方ないですね」


 私の説明を、しっかりと聞いているようで、どこか他に気になることがあるのか、反応がどうにもにぶい。ここは手っ取り早く、切り込んでみようと思う。


「ですが、ここで一つ問題があります」

「え、と、言いますと?」

「ギルドに正式に出された依頼は小飛竜一体の討伐とありました。しかし、こちらに来てみれば、実は番の討伐でした」

「そ、それは……」

「えぇ、もちろん、依頼を出した段階で一体だったが、その後に二体になったとも考えられます」

「そ、そうです。それで依頼の修正が間に合いませんで……」

「ですが、実はその二体、依頼を出した時点で既に死んでいたのではないですか?」

「え?」


 ここで、ようやく落ち着きなくソワソワとしていた村長の表情は固まり、こちらを凝視ぎょうししてきた。


「小飛竜の死体を確認したと言いましたね? 冒険者には討伐依頼だけでなく採取依頼に調査依頼も出されることも普通にあります。よって死体の検分けんぶんなども行えるのですが、どうにも依頼を出された日付を考えれば、あまりにも古いのですよ」

「……」

「一体、何を隠しているのですか?」

「……」


 重い沈黙が続く。村長の妻も、村長の隣の席で心配そうに夫を見つめている。私はその間に、出されて時間が経ち、冷めてしまった紅茶を口に付ける。美味しい。

 死体の検分に関しては半分本当で半分嘘だ。実際に手にとって調べればある程度の状態は分かるが、流石に二〇〇ファルトも離れた位置から単眼鏡を覗いただけで把握はあく出来る程、私はぶっ飛んでいない。あくまでこれはブラフ、はったりである。

 どれくらい時間が経っただろう。前世時間にすると体感五分程だろうか。長いようでいて短い沈黙の後に、村長の口が開いた。


「申し訳ありません冒険者さん。あの謎の大きな鳥を討伐して下さい」

「話を聞いても?」

「もちろんです。元々は、小飛竜の討伐依頼の為に依頼を出す予定でした。しかし、その直前に小飛竜が姿を消したのです。不思議に思った村の若い衆の何人かで、様子を見に行ったのですが、既に……その時に、アレと遭遇したのです」

「アレとは?」

「分かりません。私も生き残った若い者から聞いただけですので……とにかく、碧色に光る大きな鳥だったと聞いています」

犠牲ぎせいは?」

「カロのところのせがれと、ルーレの弟の二人です」

「そうですか」

「謎の鳥に襲われたとしても、精々が調査になります。ですが、一刻もアレを倒してもらいたかったので、当初の予定通り、小飛竜の討伐として依頼を出したのです」

「なるほど。分かりました。今回のことはやむを得ないことだったとしても、虚偽きょぎの情報と依頼については、相応そうおうペナルティがあることを、あらかじめご覚悟下さい」

「分かっています」


 そこで私は一息吐いて、椅子の背にもたれ掛かる。


「では、ここまでは過去の話です。ここからは未来の話をしましょう。アレは恐らく翡翠鳥と呼ばれる怪物です」

「知っているのですか!」

「えぇ、この目でも確認しました。私には気付かずに、おそらく餌探しでしょう、どこかに飛んでいきましたが」

「知っていたのに何故……?」

「その存在を伏せたかですか? そうですね。当初は悪意による情報の改ざんだと思っていました。その時点で不用意に得た情報を開示かいじすることは、交渉の主導権をにぎられることに繋がりますので、意図的いとてきに伏せさせていただきました」

「申し訳ありませんでした」

「ですから、未来の話をするのです。その討伐依頼、ギルドを通さず私に直接依頼と出すという形でなら受注することも可能です。その分、お金はいただきますが」

「良いのですか?」

「はい、元々討伐依頼で来ましたので、対象が変わっただけです。それに珍しい怪物ですので、その素材はとても貴重な物。是非とも確保しておきたいです」

「分かりました。申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします」

うけたまわりました」


 そう言って、私は真っ暗闇の中、再び翡翠鳥の縄張りである洞窟を目指して村を出たのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る