26頁目 依頼受注と粘性体

「なるほどのぅ、それで旅を」


 結局私は、ベランドさんに経緯けいいを説明した。


「しかし、新米の監督に鉄火竜てっかりゅう、そして誘拐疑惑ゆうかいぎわくとは、中々濃い旅路たびじを歩んでいるようじゃの?」

「私としては、もっと平和でのんびりとした旅の予定だったのですけどね」

「まぁ、何事も思い通りに行くことはあるまいて、それも含めての人生じゃ」

「私よりも年下ですのに言いますね」

「なぁに、種族関係なしに、歳を取れば自然と口うるさくなるものよ」

「そういうものですか」

「お前さんも……あー後どれくらい生きれば高齢になるのじゃ?」

「私の里のおさは、七八〇歳になりましたね」

わしの一〇倍近くかの……儂ら人間からすると、気が遠くなる時間じゃのぅ」


 しばらく話をしていたが、私はそろそろ依頼を受けようと、座っていたソファから腰を上げる。それに合わせてベランドも「よっこいしょ」と言いながら、ゆっくりと立ち上がった。


「それでは、行ってきます」

「うむ、気を付けてな。また遊びに来てくれ……あー仕事がまっていない時にな」

「分かりました」


 結構な時間話し込んでいたが、仕事溜まっていたのか。執務室を出た私は廊下を渡って階段を降りる。階下では、未だに多くの冒険者が依頼ボードを眺めたり、交流していたりと騒がしかった。


「これにしようかな」


 ボードをざっと見渡した私は、手頃な討伐とうばつ依頼を見つけたので、木札ではなく紙の依頼票をボードからがして受付へと持っていく。対応は眼鏡を掛けた男性がしてくれた。


「これをお願いします」

「はい、確認しますね。タグの提示をお願いします」

「はい」

「ありがとうございます。小飛竜しょうひりゅうの討伐ですね。お一人でよろしいですか?」

「はい」

「馬車の手配はいかが致しましょう?」

「馬車借りられるのですか?」

「ギルドの紹介状を持っていけば割引でご利用になれます」

「うーん……いえ、結構です。歩いて行きます」

「オボス村周辺ですと、西門から数刻は掛かるかと」

「せっかくですが、歩いて行きます」

「分かりました。では承認します。お気を付けて」

「ありがとうございます」


 ギルドを出た私は、防具の改造を後回しにし、先に依頼をこなすべく西門へ向けて歩き出した。

 門に到着すると、衛兵が出入りの検査を行っていた。私は依頼証明書とタグを見せて、都市の外へ出る。見通しの良い草原が広がる街道を道なりに進み、依頼のあったオボス村を目指す。王都周辺は草木が豊かだが、西部のタルタ荒野は北の山脈からの乾燥した吹き下ろしの風の影響で、年間を通して乾燥している。この景色ももう少し歩いたら一変するだろう。


「王都が近いからかな、粘性体ねんせいたいも結構いるね」


 粘性体スリーンム。前世ではスライムという名前で有名な生物と思われる物体である。

 大きさや色については地域、環境によって様々だが、人の往来が多い地域に特に生息していることが多い。これは、天敵となる怪物モンスターを冒険者達が討伐してくれるので、その数を増やすことが出来ていることに起因する。

 危険度は低いが、戦闘行為を行わない訳ではなく、うっかり野宿をして知らない間に飲み込まれて消化されるというショッキングな事件が、少なくとも年に一回は発生する程度には危険。夜の行軍はパーティで行い、常に見張りが周囲を警戒出来る状態にしておかないといけない理由の一つである。

 しかし、スリーンムをえさとする怪物は多いので、そういった怪物、特に準中型以上のサイズの縄張りの中での野宿なら襲われる心配は少ない。その怪物に襲われる可能性については言及しない。

 目、鼻、口といった器官は見当たらない。相手におおかぶさってそのまま窒息ちっそくさせて飲み込む。

 小さい物はてのひらサイズから、大きい物になると二ファルトを超える物まで存在する。身体の中に心臓の役割を果たす核が存在し、それを破壊することで倒すことが出来る。逆に、それを破壊することが出来なければいつまでも戦い続けることとなる。


「弱いからと油断していると足をすくわれるからね」


 スリーンムの体力は無尽蔵むじんぞうだ。しかし動きはゆっくりと這うように動き、攻撃といっても動かない相手、主に死体や排泄物はいせつぶつ老廃物ろうはいぶつだが、それに覆い被さって捕食する。フィールドの掃除屋の役割を持っている。

 危険性は低く、かつほぼ一方的に攻撃出来ることから、討伐難易度なんいどは低いが、新米冒険者デビューしたばかりの駆け出しは、まずスリーンムをサンドバッグにして練習にはげむ。粘液ねんえきで守られた身体は意外と弾力性だんりょくせいがあり、並の攻撃でははじかれてしまうのだ。そして核を破壊しない限り倒せない為、より短時間で相手の弱点を突くかの練習にもなる。

 ロールプレイングゲームの主人公がいるとするなら、まず王都スタートで周辺のスリーンムを狩りながらレベルとお金稼ぎをして、ルックカへ行って装備を新調、そのまま新米卒業試験をして、魔王と戦う旅へ出るといったところだろうか。


「まぁこの世界に魔王いないけど」


 そんな粘性体だが、年に一度、乾季から寒季に掛けて大増殖をする。理由としては越寒えっかんであると考えられている。

 多くの生物は活動をひかえ、それによって死体などの餌が減るにも関わらず増殖をすることに意味はあるのか不明だが、寒い中、少しでも子孫を生き残らせようという本能による知恵なのかもしれない。

 しかし、スリーンムの生息域は人間の里に近い地域。大増殖をすれば、人間側に被害が出る恐れがあり、また街道を埋め尽くすので交通にも邪魔だ。ということで、せっかく増えても討伐依頼が出されて多くの命を散らすことになる。


「街道がベタベタで埋め尽くされるから、気持ち悪いのよね」


 討伐依頼によってその多くが狩られるも、結局スリーンムの数自体はさほど変動なく、街道を歩けばそれなりの数を目にする。不思議な生き物だ。

 そもそもどのようにして子孫を増やすのか、寿命はどのくらいなのか、雌雄しゆうはあるのか、そもそも生物なのかなど疑問は尽きない。巨大な微生物びせいぶつか細胞と思えば良いのだろうか。

 巨大な時点で微生物ではないが。


「まだ暑季だから、数は普通かな?」


 人間の居住区に近い場所を住処すみかとしている為、当然ルックカの周辺にも存在する。しかしその数は少ない。理由としてはルキユの森とキダチの森が近く、どちらも小飛竜や闘飛虫とうひちゅう夜猛鳥やもうちょうが縄張りを持っている上、ルックカとキダチの森の間の街道は、年二回の足蹴鳥あしげちょうの大移動があるからだ。

 一方で、町から北にあるタルタ荒野も生存競争が激しい。よって、いないことはないという程度である。討伐依頼が出されることも少なく、あるとすれば、南方にある農耕地帯でウシやブタが、襲われる被害によって依頼が出されるくらいだ。


「暑季だから当然だけど、日差しが強いわね」


 ジリジリとした太陽光が肌に突き刺さるが、あまり寒暖の影響を受けない私は、すごく暖かい程度にしか認識しておらず、足取りそのままに村への道のりを進んで行く。

 周りの景色を楽しみながらピクニック気分で歩くのも良いが、せっかく到着まで時間があることなので、新魔法の練習の前の呪文の試作に取り掛かる。先程ギルドで見返していた時に見つけた粗を少々修正し、暗唱あんしょうする。


「うーん、何か違うなぁ」


 紙の切れ端を眺めながら、何度もうなりつつ、手にした筆ペンのような字を書く道具を用いて、書き加えていく。何度も上から重ね書きしている為、紙面は真っ黒だが、私は気にせず思い付いたことをどんどん書いていく。

 呪文とは、ただの言葉の羅列られつであるが、言霊ことだまとあるように言葉にはたましいが乗る。その魂を自身の魂、魔力と共鳴させることで発動まで導くというプロセスがあると、昔読んだ魔法書に記されていた。実際そうなのだろう。過去にオリジナルで作成した魔法も、上手くいった時はすごくピッタリ来る感じがしたし、失敗した場合、仮に発動したとしてもいまいちしっくりこない場合が多い上、その威力も小さい物であった。


「これも違う感じがする」


 そういった呪文詠唱えいしょうを、魔導具であったり、呪具じゅぐに秘薬であったり、私で言う魔法陣まほうじんなど様々な詠唱の代替だいがえを使用して発動する詠唱破棄はき

 共鳴するまでの時間を短縮させる為に、詠唱そのものを短くする短縮詠唱、簡易詠唱。

 そしてそれらを全て省いてイメージのみで共鳴させる無詠唱となる。


「無詠唱でも、一応最後の魔法名をつむがないといけないから、完全に無言で発動出来る訳じゃないのよね」


 そこまで行くと無言呪文とか呼ぶのかもしれないが、あいにくと私はまだそこまで到達出来ていないし、使える人がいるという話を今も昔も聞いたことがない。


「今思い付いたことだしね」


 つまり、新魔法を創造出来たとしても、それを完全に習得するには、長い修行が必要であるということだ。先はまだまだ長い。とはいえ、私は現時点でいくつもの無詠唱を覚えてきているので、その手順、段取りは身に付いている。初めて無詠唱に取り掛かるよりは、ずっと短い時間で手にすることが出来るだろう。


「とりあえずこんなところかな」


 新魔法の作成に目処めどが立った頃、丁度目的地であるオボス村が見えてきた。村の外観は、他の王都周辺の村とそれ程違いはなく、木造の家々が不規則な位置に点々と建っている。小さくはないが、決して大きな村ではない。

 荒野の中にあるとはいえ安定した水源があるからか、周囲は割と自然に満ちており、酪農らくのうも行われている様子であった。

 王都が近いことから経済も安定しているようだが、どこか村の雰囲気ふんいきが沈んでいるように感じるのは気のせいだろうか。

 このことに首をかしげるも、小飛竜の被害にっているのだから仕方ないかと思いいたる。

 私がこの考えが間違いだと気付いたのは、もう少ししてからであった。

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