10頁目 訓練の反省会と今後の方針

 戦闘訓練を行い、新米冒険者四人の内の三人が昏倒して、最後の一人が降参したことで訓練は終了となった。


「それじゃあ、怪我人の治療をするから、気絶してる人を起こしてきてね」

「……分かった」


 一足先に、左足の治療を終えたセプンは、その足で気絶した三人を起こしに草原の中を歩き回っていた。その間、私は離れた木に立てかけておいた矢のたばを回収して、ひもほどいて矢筒に納めていく。


「全員集まったぞ」

「ありがとう。それじゃあ、怪我の治療をしながら反省会をするので、固まってね」


 全員が、近くに寄ったことを確認して、手短に詠唱えいしょうをして回復魔法を掛ける。


「嘘、短縮詠唱?」

「じゃあ、とりあえず皆、演習お疲れ様。何とか吐かずに最後までやりきることが出来たようで、良かったわ」


 コールラの驚きの声を無視し、四人にねぎらいの言葉を掛ける。

 ちなみに、短縮詠唱も簡易詠唱も似たような物だ。その他にも短文詠唱や詠唱破棄はきというのもあるが、こちらは元々呪文の短い魔法である短文詠唱と、手順を踏んで省略する詠唱破棄と違いがある。短縮、簡易の場合は、元々ある呪文を、必要な文言もんごんだけ抜き取って、独自に改良を行った呪文であることが多い。

 これは本に載っていることもあまりない。何故なぜなら、呪文だけを真似まねしても成功しないからだ。ただ、実力のある冒険者は皆、身に付けているスキルなので、これは鍛錬たんれんを繰り返す他ない。ただ闇雲に鍛錬をしているだけでは駄目である。ちなみにもう一つ大事なことがあるのだが、今はその段階ではない。

 これを極めて更にもう一歩踏み出すことが出来れば、無詠唱へと辿り着くことが出来る。どちらにせよ、無詠唱を除く、他の短縮、簡易、短文、破棄のことをまとめて、短い詠唱の魔法ということで一括ひとくくりにされることが多い。


「さて、じゃあ一人ずつ良かった点と悪かった点を挙げていこうか。と言いたかったけど、皆は多分それどころじゃなかったと思うから、今日は私が総評するわね。じゃあとりあえず座って」


 木々の周辺は、草花が少なく、座ったところで草が身体を隠すこともないので問題ない。


「じゃあ、まず全体で良かった点。一日であれだけの連携に仕上げたのは流石さすがね。昨日組んだばかりなんでしょ?」


 一同コクリと頷くだけ。

 連携が良かったとめられても、結局は全てかわされるか反撃されるか対処されてしまったので、嫌味に聞こえるのだろうか。しかし、それでも飲み込まなければ先へは進めない。

 万年新米でいるつもりなら、話は別だが……彼らは、こんなところで足踏みをしているような器ではない。ならば、乗り越えてもらうしかない。


「セプンの奇襲の時機タイミングは良かったわ。そこからのエメルトの追撃も及第点きゅうだいてん。短い時間で、しっかりと呼吸を合わせられていたわ。そして、その後のコールラの魔法からの槍の流れも問題ない。間合いの内側に入られた時の判断の早さと手段も良かったわ。無手むてでの攻撃と、エメルトの土魔法。あれが誘いだったのか偶々たまたまだったのかは分からないけど、チャロンは私が空中へ逃げた時機をさずに見事に狙撃そげきしたわ。視界が草で満足にかない中で、あの一瞬の好機チャンスを見極められたところは褒められることよ。後は、最後まで大崩れすることなく、見事ちゃんと戦えていたと思うわ」


 一通り良い点を挙げてくくるが、やはりと言うか皆納得していない模様である。


「教官、良い点は分かったわ。じゃあ悪かった点は?」


 やはり、この場で真っ先に質問をするのはコールラだった。委員長キャラっぽく挙手をしてから発言して欲しかったと思ったことは内緒だが、まぁいいかと質問に答える。


「連携の練習不足。後は体力を付けること。以上」


 あまりにも簡潔過ぎて、四人とも絶句したようだ。そもそもエメルトはほとんどしゃべらないので言葉を失っているのか分からないが、表情から驚きが見て取れる。


「はぁ? んな訳ねーだろ! だって、あんだけ攻撃したのに、全然当たらなくて……」

「そうよ! 矢の数が一〇本しかなかったし、剣を抜いたのは最後だけってセプンが言っていたから、教官が攻撃したのは、わずか一〇回! それで鎮圧ちんあつされたのよ。しかも木の枝。これが本物の矢だったら、更に少ない本数で終えられたってことでしょ?」

「よく見ていたわね。矢筒の矢の本数まで頭に入れていたとは。観察力も高いということで、花丸を上げるわ」

「ふざけないで!」

「ふざけてないわ。相手の得物、攻撃手段、そして弱点。少ない時間で、より多くの情報を手にしておくことは戦いの基本よ。私は木の枝……まぁ、この場合、矢と言うけど、矢の本数を制限していた。つまり、その本数をどうにかしのぐことが出来れば、私は剣を使うしかなくなるから、もしかしたら一発逆転があったかもしれないわよ」

「んなこと出来る訳が」

「出来なければ、これが実戦だったらあなた達、全員死んでいるわ」

「「「「っ!」」」」

「良い? いつでも自分達が有利な状況で戦えるとは限らない。不利だから待ってくれというのは出来ないのよ。いつでも一発勝負。だから生存率を上げる為に、少ない時間でより多くの情報を得ることが大事と言ったのよ。まぁ情報を集めるだけじゃなく、それを仲間で共有し、かつそれを生かす立ち回りをしなければ意味ないけどね」


 前世の世界で言う、宝の持ち腐れというやつだ。まさに情報は宝。前世でも今でも情報はお金で買える。つまり、お金以上の価値があるのだ。

 更に改善点についてもう少し補足する。


「その為には、今のままの体力や筋力では全然足りない。空白期間ブランクはあるけど、これでも一〇年間冒険者としてやってきた先輩よ。色んな人とも組んだし場数も踏んできた。情報も技術も魔法も大事だけど、やっぱり最終的にはおのれの基礎能力が物を言うのよ。まぁすぐに身に付く物じゃないから努力し続ける必要があるわ」


 何事も一朝一夕いっちょういっせきとはいかないものだ。

 良かった点と悪かった点を総評し終え、各々の能力を見た時に、やはりコールラが頭一つ抜けている印象だった。


「観察力。自身の体格を生かした武器とその立ち回り。そして多彩な攻撃手段。魔法の使い方。おそらく、この中で一番に新米を卒業出来るのはコールラかもね」

「え?」

「槍だから中衛ということに固執こしつせず、柔軟じゅうなんに動けていたからね。ただ、さっきも言ったけど一番の課題は基礎体力と基礎筋力ね。これは全員に言えることね。それと魔法もね。今すぐに簡易詠唱を使えとは言わない。どうせ無理だし。これは、長い期間じっくりと研鑽けんさんを積んで得た結果よ。そんな一足飛びで手に入る程、甘い物じゃないわ」

「う、うす」

「はい」

「は、はい」

「……ん」

「じゃあ、まずは毎日走ろうか。剣術だ魔法だ足捌あしさばきだと小手先こてさきの技術ばかりを追い求めがちだけど、土台が出来ていないと、結局は中途半端ちゅうとはんぱになるんだから。ということで、毎朝走り込み半刻」

「げぇ」

「距離や速さは求めないわ。持久力を付けることが目的なのだから、その時間を走りきることを念頭に置いてね。その後に筋力強化。それから訓練よ。技術とか魔法とか。これを……そうね。三ヶ月続けてもらおうかな」

「三ヶ月……三ヶ月で、あたし達は使い物になるということ?」

「少なくとも、新米卒業が出来るくらいになるということは保証するわ」

「え! たった三ヶ月でか!」

「その間、何か依頼をこなしたりとかは?」

「ないわ。私が依頼で、訓練を見ることが出来ないことはあるかもしれないけど、遠出とおではしないから怠けサボらないように」

「で、でも、その、ワタシ達も、その、かせがないと……えぇと、生活費が……」

「大丈夫よ。あなた達の世話係を押し付けたのはギルドよ。じゃあギルドに全部請求せいきゅうしてやるわよ。私が引き受けると言った以上は育て上げるまで責任持つわ。だけどそのやり方に口を挟むようなら、最初から丸投げするなってね。だから、今の内に思いっ切り贅沢ぜいたくしておくことよ。新米卒業したら極貧生活が待っているのだから。あ、でも食べ過ぎは駄目よ。訓練で動けないと困るのはあなた達なんだから」


 すると、四人はそれぞれ顔を見合わせて、笑い出した。

 突然のことに、思わず目を丸くしてしまう。一体どうしたというのだ。どこに笑う要素があったのか。自身の言動を振り返るが分からない。ただ、えらそうな言葉を選んで口にしていただけだ。その疑問はすぐに解消した。


「あんた、いや、教官。あんたとんでもない奴だったんだな。まさか俺らの生活費をギルドからぶん盗るとか」

「そうよ。訓練をやって依頼をやってじゃ効率が悪いわ。やるなら短期間でみっちり。じゃないと効果が現れないわ」

「だからと言ってもなー」

「そうね。あたし達をこんな鬼教官に押し付けたギルドに責任があるんだから、しっかり面倒見てもらわないとね。何せあたし達、新米だから」

「……うむ、異議なし」

「え、えと、訓練、頑張ります!」


 流れからにくまれ役になったつもりが、何故かしたわれる鬼教官の立ち位置に変わってしまった気がする。まぁどちらでも構わない。彼ら彼女らがやる気を出して、短期間で新米卒業してくれないと、私の旅が一向に再会出来ないのだ。

 とりあえず今朝の戦闘訓練で、それぞれの課題は見えたので、早速演習場に行って訓練だ。流石に、草原の中で炎や風の魔法をバンバン使わせる訳にはいかない。そう思い、所々焼けげた一帯と、草刈りをしたかのようにスッパリと切られている一帯を振り返る。

 さて、せっかく鬼教官の称号をいただいたことだし、その名に恥じぬ鬼っぷりを発揮するとしよう。エルフだけど。いやハーフエルフだけど。

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