9頁目 清々しい朝と戦闘訓練
宿屋を出た私は真っ直ぐ西門へと歩き、門番のおじさんに挨拶をする。
「おはようございます」
「おう、昨日のエルフの
「はい、おかげさまで」
「それは良かった。だけどこんな朝からどうした?」
「いえ、今日は朝から西の街道沿いの草原で、戦闘訓練をする予定でして」
「南の演習場じゃなくてか?」
「教官の指示で、こちらで行うと」
「ほー、だからそんな軽装なのか。まぁ頑張ってな?」
「ありがとうございます」
嘘は言っていない。
街道を少し進んだところで脇に逸れて草原へと足を踏み入れる。草原と言っても、草しか生えていない訳じゃなく、木々や花々もしっかりと根付いている。暖季の始まりから急成長した草花は、腰より少し上まで生えていて足下が見づらい。視界が良くて他者もいる演習場よりも、こうした条件の方がより実戦的であると考える。
私は所々に生えている木の下まで歩き、ある物を探す。すぐに目当ての物を見つけて手に取った。
「この木の枝とか良いね。このぐらいのをいくつか……」
程度の良さそうな長さや、出来るだけ真っ直ぐな物を
「矢尻が付いていると危ないからね」
即席の矢尻のない矢を数本作り、
一通りの作業を終えると、休憩も
「まぁ寒さは感じないけどね」
西を眺めるも、故郷の森は地平線の向こう側。更にその奥の山脈がずっと横に広がっている。
「森は見えないけど、あそこにある。まぁ出発したばかりだから、まだそっちに行くつもりはないけどね……何年かかるか分からないけど、いっぱい
ふと吹いた東からの風に、前髪が揺れるのを手で押さえながら願う。今の独り言が、風に乗って森まで届きますようにと。
「ここにいたの? 教官」
少女の声に釣られて振り返ると、昨日の昼に別れた四人の新米冒険者が立っていた。その手には、それぞれ自身の
セプンの武器は予想通り大剣であったが、想像よりも大きい。まるで盾かと思う程の大きさで、彼自身を隠せるのではないだろうかと思われる。
エメルトの双剣は、
コールラが手にしているのは、昨日聞いた通りの槍なのだが、彼女の身長からしたら
そして、最後はチャロン。武器は
一通り武器を見、昨日自己申告させた魔法をそれぞれ思い浮かべ。彼らが取るであろう戦術を脳内で
「朝食はしっかり食べてきた? 準備運動は大丈夫? 寝起きは身体が硬いからね。しっかり
「問題ねぇよ。それよりさっさと始めようぜ」
「ここで教官、あなたを倒せば、あたし達は無事一人前として認められるということよね?」
「えぇ、そうね。倒せればね。武器はそのまま使って。私は剣と弓矢を使うわ。ただし、魔法は使わない」
その発言に、四人は一様に驚いた様子であった。
「魔法を使わない。それは魔法がなくても勝てるということ?」
「えぇそうね。逆に、私に魔法を使わせるまで追い込むことが出来ても合格とするわ」
「やっぱ気にくわねぇ……」
「そもそも昨日の防具じゃないじゃない。そんな軽装で問題ないってことなの?」
「これはエルフの民族衣装でね。こっちの方が動きやすいのよ。それと、寸止めとかしなくて良いわ。そのまま振り切ってね。つまり、本気で殺しに掛かってきなさい。お
「え、で、でも、実剣……」
「問題ないわ。それに、怪我したところで、死なない限りは
チャロンが
「さて、やる気になったかしら? それじゃあ、すぐこの場で始めようか。それとも距離を開けた方が良い?」
その言葉を確認と取ったか挑発と取ったか。セプンは後者と
しばらく四人でコソコソと話していたようだが、もう少し距離を取るか声量を
よし。
元々準備は出来ていたが、空いた時間が
「では、少し離れるわ」
結局は、コールラの説得に応じた形で、セプンが
「朝食をしっかりと食べたところ申し訳ないけど、吐かないで
これも、
果たして、私はこんなにサディスティックだっただろうかと疑問に思うが、まぁいいやと気を取り直す。こうなったのも全部ジルが悪いのだ。昨日の分も含めて、ずっと嫌味を言ってやる。
周囲を見渡すも、彼等は草むらに身を
今回は初回なので、いきなりそれで
そう思いながらぼんやりと歩いていると殺気を感じた。まぁ殺気と言うにはまだまだ弱いが、意思を乗せた気配だ。素早く振り返り、身体を半歩ずらす。すると、目の前に大剣が振り下ろされ、地面を
「奇襲の
「うるせー!」
叫んだセプンの影から、素早く飛び出してきたのは獣人族のエメルト。その動きを目で追いながらも、残り二人の位置を探る。気配は
エメルトの双剣を
このまま下がれば炎に
炎魔法に当たれば
そんな余計な考えが出来る程度には余裕があり、その伸びきった槍を躱して
これには
筋力が足りないので、意表を突くことしか出来ないだろうがそれで十分だ。何故なら、この戦いは一対一ではないのだから。となると、次に来るとしたら……と思ったところで、妙な音がした為、すぐさまコールラが突き出した拳を掴み、そこを支点として自身を空中へと投げ出す。その直後、私が立っていたはずの地面が隆起していた。
「土魔法。エメルトね。じゃあ次に来るとしたら……」
空を自由に飛べる訳でもないのに空中へ回避してしまったということは、今の私は満足な動きが出来ない。そして、草原内では狙いが付けられなかったであろうが、今私の身体は空中にある為、格好の的である。気配からチャロンの方を見ると、今まさにクロスボウから矢が発射されたところであった。
「甘いわね」
その矢を私は目の前でつかみ取り、そのまま姿勢を立て直して地面へと着地する。矢を捨て、一瞬の出来事に驚き、固まっているコールラの背中を
狙いは弓を構える前から付けていた。だからその場所にただ弓を置いて引き
草むらの中から咳き込む音が聞こえる。幸い、
「良い動きをするわ。でも、まだ組んだばかりのパーティだから連携が未熟ね。作戦会議で、おおよその動きの打ち合わせはしたのだろうけど、
コールラの槍の猛攻の間を
私は二本目の木の枝を、魔法を使おうと呪文
その隙に再び薙いで来た槍を今度は背面跳びの要領で躱し、そのまま三本目をコールラの
これで、相手は残り二人。木の枝の数は七本。
ここで、セプンが距離を取る。動きが
エメルトが前に出てくる前に、セプンを追うべく駆け出す。そして、足からスライディングする形で滑り込みながら弓を構える。その真上を風魔法が通過していくのが分かる。草が切られていることから、かまいたち系だろうか。草が舞う中、放った木の枝は、吸い込まれるようにエメルトの右手へと当たり、右手の片手剣を
それでも、獣人の身体能力を生かして接近し、左手の剣で攻撃を仕掛けてくる。視界が
身体機能向上魔法のおかげで、その動きは獣人並で、かつ破壊力の高い大剣を軽々と振り回すので、
前衛のセプンが復帰したことで、剣を片方飛ばされてしまったエメルトは支援に回る為に後ろに下がる。その一瞬の移動の時間が、私とセプンを一対一の構図を作り上げることとなる。
素早く接近してきた私を、迎撃しようと大剣を振るうセプン。それをすんでのところで躱して横に跳ぶ。そして、矢筒から木の枝を出して、セプンに向かって発射する。彼は大剣を盾のようにして防ぐが、その体勢では一時的とはいえ、相手を視線から外すことになる。相手を一瞬でも見失うことは、イコール死に繋がるケースも珍しくないのがこの冒険者の世界だ。それを身体で知ってもらう為に、木の枝を放ち、相手がそれを防ぐのを目にするよりも先に既に構え、がら
倒れた彼を見送る間もなく、私は更に続けて弓を構え、二射連続でエメルトへ放つ。一本目は反応して、上手く
「もう一発」
残り一本のところで、そろそろ強打から回復したであろうチャロンに向けてロングショットをし、遠くで「きゃあ!」と悲鳴を上げながら、再び地面に倒れる音がした。これで残りの木の枝は〇本。そして、
セプンは、驚き、悔しさを
これにて、第一回フレンシア教官による戦闘実技訓練の終了である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます