4頁目 縄張り争いと森の息遣い

 二度目の冒険者生活を送るべく里を出た私は、森の中を歩いていた。すると早速小飛竜リヨバーンを発見したので、生態調査をすべくあの個体の巣まで追跡してきた。

 巣で眠ることしばらく、そこに元々その巣のあるじであろう怪物モンスターが現れたのである。


「来た」


 期待に胸をおどらせつつも、ジッと身をひそめて成り行きを見守る。すると、眠っていた小飛竜も近付いてくる気配に気付いたのか、顔を上げた。すると、そこには、明らかに怒っているだろう、もう一体の小飛竜の姿があった。

 まずはお互いに咆哮ほうこうし合い、威嚇いかく。上空を飛ぶ小飛竜は、そのまま周囲を旋回せんかいしながらも、警戒を続ける。巣から上空を見上げる小飛竜も、しっかりと上をにらみ付け、すぐにでも飛び立てるよう姿勢を低くする。

 先に仕掛けたのは、後から来た小飛竜であった。素早く落下してきたと思えば、そのするど鉤爪かぎづめで、相手の首を狙って飛び込んできた。だが、もう一頭もただ待っていた訳ではない。首をひねってかわすと、今度はカウンターとばかりに、無防備の脚に勢い良く噛み付いた。

 体勢を崩された小飛竜は、そのまま空中から引きずり下ろされ、そのまま地面へと叩き付けられた。それにより、互いの位置が上下逆転する。それは物理的なものだけでなく、まるで、お互いの立場を表すようにも見えた。


「強い……」


 声に出さないように気を付けているが、それでも口の中でつぶやくことは止まらない。傷が少ない若い個体だからと見誤みあやまっていた。天才肌の小飛竜だ。少ない戦闘で戦い方を数段飛びで吸収し、それを応用する。

 戦いとは、いかに相手の弱点を突けるかが勝負のきもとなる。相手が守りに入っていれば、守りを崩す。攻撃を仕掛けてきたら、その隙を突いてカウンター。もしくは躱す、防御をするなどして、相手の体勢を崩すことを優先する。逆にわざと隙を作って、相手の攻撃を誘うこともある。

 そういっ、一瞬の判断で駆け引きを行わなければ、生き残ることは出来ない。どれだけ多くの選択肢を持ち、そして相手に選択させる余裕を失わせるか。力量差も考慮こうりょに入れなければならないし、常に一対一とは限らない。それによって戦い方もどんどん変わっていく。

 ただ剣を振る、魔法を撃つだけでは、新米冒険者からは卒業出来ない。

 確かに小飛竜は、魔法が弱点だ。上手く距離を取って戦うことが出来れば、勝つことは難しくない。しかし、必ずしも相手よりも有利な状況で戦えるとは限らないのだ。乱入者があるかもしれない、気候や土地の環境によっては、満足に距離を取ることが出来ないかもしれない。また、相手が一体とは限らない。

 ゲームではないのだ。いついかなる状況も想定して、常に先を読んで行動する。それこそが新米冒険者に学んで欲しいことであり、それを教えてくれる怪物の一つとして、小飛竜の討伐とうばつが卒業試験として扱われるのだ。

 戦いを見守っていたが、若い小飛竜の優勢は変わらないようだ。傷だらけのベテラン小飛竜も経験の差を生かし、相手の攻撃を急所に食らわないように上手く立ち回り、何とか反撃に転じようとするも、その隙を突かれて再びカウンターを食らい、慌てて防御に回るという悪循環である。

 果たして決着は間もなく付いた。やはり、あのまま若い小飛竜が勝った。

 ベテラン小飛竜は、フラフラとした動きながらもまだ飛ぶ力は残っていたようで、ゆっくりと森から飛び去っていく。若い小飛竜はそれを見上げ、勝利の雄叫おたけびを上げたのだった。

 新しい森の主の誕生である。この個体を卒業試験でてられた新米冒険者がいるとするなら、同情してしまう。確かに同じ小飛竜であるが、彼は明らかに他の個体よりも強く、駆け引きも出来る。頭が良い。あの時、のんきに巣で寝ていたのは強者としての余裕からだったか。

 私は風向きが変わらない内にその場を離れて、かろうじて彼が見える位置に陣取って観察を続けた。

 今の森の王者は、あの小飛竜であるが、この森には、もう一種、準大型の怪物が存在する。闘飛虫とうひちゅう。それは、暖季ではまだ姿を現すことが少なく、早くても暖季の終わり、通常なら暑季に入る前の雨季頃に現れて餌を探す。

 その二種の縄張り争いを見たいとは思うが、流石さすがにそこまで長居ながいするつもりはなく、後は、軽く巡回ルートや水飲み場、主な狩り場などを観察する。

 冒険者ギルドでもある程度の情報は得られるし、本屋に行けば、図鑑にも情報は載っている。しかし、そこから得られる情報は攻撃手段や弱点、後は簡単な生息域くらいと、詳しい生態情報はない。

 考えれば分かることだが、そういったことを知りたがるような学者は基本怪物には近付かない。いや、近付けない。危険だからだ。学者の中にはフィールドワークを主な活動とする人もいるかもしれないが、それでもわざわざ獰猛な肉食怪物に接近しようというおかすことはしない。

 一方冒険者は、任務の達成を優先する為、そこまでしっかりと観察することはしない。

 攻撃出来そうなら攻撃するし、タイミングが悪ければ隙が出来るのを待つくらいで、生態調査をすることはあまりしない。もちろん、学者兼冒険者という人もいるだろうが、そういった成果が図鑑などに反映されていないということは、満足な活動が出来ていないか、公開していないことになる。

 怪物の詳しい生態が分かれば、それだけで任務だけでなく、一般市民の危険性が減らせるのだが勿体もったいない。国としては怪物の脅威きょういよりも、やはり同じ人が怖いのだろう。風の噂で戦争が起きるなどのデマが定期的に流れてくるくらいには、隣国を警戒していることか。

 さてと、本当はもっと観察したいし、出来れば他の同種の個体の様子も見て、生活の違いなどを検証したいところだが、私の主な目的は町巡り、国巡りだ。怪物や動物の生態調査も含まれるが、それよりも人々の文化、習慣の観察の方が優先だ。こんな所で足踏みしている場合ではない。

 日が落ち、辺りが真っ暗になったが、あまり近くにいて気付かれても厄介やっかいだ。静かに立ち去ることとしよう。そう思い、荷物の元へ戻り簡単になくなっている物や忘れ物がないかと確認して、歩き出す。


「真っ暗だなぁ」


 木々が生いしげっているので月明かりは届かないし、星もどうにか枝葉の間から見える程度だ。だが問題ない。ハッキリと見える訳ではないが、ここは故郷の森で、私にしてみれば庭なのだ。暗闇程度で迷うことはない。

 エルフは成人するまで、里の外に出ることは出来ないとおきてがあるが、当然抜け穴はある。未成年のみでの外出が禁止されているだけで、保護者の監視下であれば森から出ることさえしない限り、割と自由に動けたのだ。それは、狩猟しゅりょう民族であるがゆえに、狩りの練習をしたり、食べられる野草や木の実などとそうでない物の見分け方などを覚えさせたりする為には、実施訓練した方が手っ取り早いからだ。

 私もその抜け穴を存分に利用し、まだ存命だった頃の父を連れ出して魔法や剣、銃の練習をしたり、母に弓矢の使い方や採取の方法を学んだりしていた。時々、何故なぜか族長が私を連れ出して隠れん坊や組み手をさせたり、ただひたすら森の中を散歩したりして数日家に帰ることが出来ないこともあった。その時は、普段温厚な母であっても流石に怒り、笑顔でお怒りのポーズを取って、私を連れ回したあげく仕事をサボりまくった族長を二刻に渡って説教していた。

 そういった経験、そしてある程度は星も見えるので道標みちしるべもある。その上、自身の雷魔法の応用で微弱な電流を発し、周囲の生物を探知しているので索敵さくてきも問題ない。しかし、旅に出て早々、思わぬ道草を食ってしまったことで、このまま歩き続けても、森を抜けられるのは明日の夜ということになる。そこから町まで行ったとしても、門は閉ざされ、入ることは許されないだろう。森の出口が近くなってきたら、一回そこで野営することにする。


「とりあえず一休み」


 どれくらい歩いていただろうか、空が明るくなっており、日の光が枝葉の隙間から差し込み、それに草花に付着した朝露が反射し、とても幻想的な景色を作り出していた。


写真機カメラとかあればこの光景を記録に残せるんだろうけど。写真機、あるのかな。こんな銃があるくらいだから、あると良いなぁ……」


 しばらく歩いたところで、一回休憩も兼ねて荷物を下ろし、木の上に登る。


「太陽の位置がこっちだとすると、今の時間は五刻から五刻半といったところかな。方角は合っているね。特に異常もないみたいだし、雲の動きや湿気の具合からして、天候の崩れもなさそう。うん、予定通り、今夜には出口に到着出来そうね」


 この世界には時計のように細かい時間をきざむ機械は存在しない。古代中国などのように、こくとして大体の時間を刻んでいる。

 昼と夜が丁度同じ間隔の時に、太陽が昇って沈むまでの時間を六刻とした。現代の時間だと約一二時間である。それを六分割して、時間として活用している。つまり、一刻は二時間であり、半刻もしくは刻半は一時間、四半刻は三〇分ということになる。この世界には、まだ秒や分の概念がいねんまではない。一応秒に近いものはあるが、実用性が皆無であるのでほとんど使う人はいない。

 何故六刻としたのかは諸説あるが、この世界にいて六という数字は縁起が良いものらしい。

 現代の地球と大きく異なることは、一年が三六〇日であるということである。一月は三〇日ピッタリだ。この影響で、この世界では一週間を表現するなら六日ということになる。それに合わせて曜日も存在しており、日が昇って沈むまでの一連の流れを六日間で表現し、日曜日にちようび火曜日かようび水曜日すいようび木曜日もくようび祈曜日きようび地曜日ちようびとなっている。

 日の出と共に目覚め、火を起こし、水を汲み、木を切って(働いて)、家に帰って一日の感謝として祈りをささげ、日没と共にとこに就く。この言い伝えより、祈曜日は家で祈りの為、地曜日は休みを表すことから、この二つの曜日の日を休みとしている職もある。まぁ、これを採用しているのはほとんどが、人間族や、それに近い生活を送る獣人族、そして一部の職種であったりするのだが。

 ギルドや宿屋は、基本年中無休なので、曜日の感覚がズレている私のような冒険者でも安心である。

 ところで、一年が三六〇日ということは、この惑星の自転速度や角度、体積など、地球とは結構違うのだろうか。天文学者ではないので、そういった知識はサッパリであるが、特にそれで問題が発生している訳ではないし、私自身も何も影響は受けていないので、相変わらず気にせず生活している。

 そもそも春夏秋冬と表さず、暖季だんき暑季しょき乾季かんき寒季かんきとしている辺り、似てるようでやっぱり違うという部分はいくつもある。

 ちなみに、前世の日本では、年始である一月は冬であったが、こちらの年の始めである一月は暖季である。一月~三月が暖季、四月~六月が暑季、七月~九月が乾季、十月~十二月が寒季で、三月の中旬、もしくは下旬に差し掛かる頃から四月に入る前後まで雨季となり、数日間雨が降り続くことも珍しくない状態となる。


「時計、便利だと思うんだけどなぁ」


 転生前の記憶はほとんど残ってないが、きっと、現代社会の波にまれ、ブラックな企業で時間に追われて昼夜と仕事をしていたのだろうと思う。それが、こっちの世界に来てから、時間を気にする必要がなくなり、それだけでも非常に解放された気分である。

 時計云々うんぬんはともかく、時間の概念に関しては、天文学者の研究がもっと進むことを祈ろう。それとも機械技師か、魔法細工師か。存在するか分からないが、せっかくの異世界だ。あるかもしれないと妄想するのは楽しいし、実際にあると分かり、目にした時の感動はどれ程のものだろう。仮に、出会うことがなかったとしても、それはそれ。残念に思うことはないだろう。そういうものだ。

 葉で器を作り、枝や葉に残った水滴すいてきを集めていく。コップ一杯にも満たないが十分だ。朝露は、それを水分とする植物や虫達が優先して得るべき物である。私はその残りを少し分けてもらうだけで良い。天の恵みをありがたく頂き、祈りを捧げる。


「それじゃあ、行きますか」


 森の中では、ウサギやネズミなどの小動物が動き回り、チョウやハチなどの昆虫が飛び回り、そしてそれを餌とするタカなどの猛禽類もうきんるいが空を旋回している。遠くで、時折ギャアギャアと聞こえるのは、昨日新たにこの森の主となった小飛竜のものだろう。また縄張り争いをしているのか、それとも餌にあり付けたことによる喜びか。いずれにせよ、距離は遠く、巡回ルートからも完全にはずれているので、大丈夫だとは思うが、世の中絶対はない。活動しているというのなら、十分警戒して、出来るだけ空から見つからないよう木々が密集しているところを選んで歩く。

 この辺りは、イノシシの縄張りらしい。それも数頭の群れを作っているようだ。木に着いている体毛、似ているが微妙に質感が違うし、高さも違う。親子だろうか。そしてふんも見つけた。匂いの感じからすると、まだそんなに離れていないらしい。進行方向は……向こうか。様子を見に行きたいが、すでに本来の予定より遅れているのだ。と、自分自身に何度も言い聞かせ、欲望をおさえる。

 日が落ち、二日目の夜を迎えたところで、視線の先に草原が見えてきた。月明かりに照らされ、また微かな風にサラサラと揺れている。


「森、抜けた……さて、ちょっと戻って野営の準備しなきゃ」


 明かりは当然点けず、暗闇の中、荷物を下ろしてコートや防具を脱いでインナー姿になる。そしてコートを布団代わりに掛け、手頃な木にもたれ掛かる。


「明日は、ルックカに行って、冒険者ギルドで再登録をして、宿も取って……後は、出来れば美味おいしい物を食べたいけど、お金は大事に使わないと……適度に任務をこなしていかないといけないけど、出来れば手近なものがあると良いなぁ」


 商隊護衛ごえい任務は、それに合わせて移動することで次の集落に行くことが出来る。お金も入るし、移動の足もあるしで便利だ。機会があれば活用したいと思う。

 大きい町に行けば、それなりに情報は得られるだろうし、今後の行動の指針に出来る。だが、いきなり移動はしない。少なくとも数日はルックカにとどまり、町の様子などを観察するのだ。それと、やっぱり美味しい物は食べたい。母には否定したが……間違ってなかった。やはり母はすごい。私のことなどお見通しのようだ。

 そうして、明日以降の予定を組み立てていたところで、そろそろ眠気がやってきた。


「さて、明日もまた歩くし、今日はこのくらいにして、寝ようかな。一応、匂い消しをいとこう……まぁイノシシくらいしか来ないだろうけど、念の為……それじゃあ、おやすみなさい」


 そう言い残し、私は眠りに就いた。

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