4頁目 縄張り争いと森の息遣い
二度目の冒険者生活を送るべく里を出た私は、森の中を歩いていた。すると早速
巣で眠ることしばらく、そこに元々その巣の
「来た」
期待に胸を
まずはお互いに
先に仕掛けたのは、後から来た小飛竜であった。素早く落下してきたと思えば、その
体勢を崩された小飛竜は、そのまま空中から引きずり下ろされ、そのまま地面へと叩き付けられた。それにより、互いの位置が上下逆転する。それは物理的なものだけでなく、まるで、お互いの立場を表すようにも見えた。
「強い……」
声に出さないように気を付けているが、それでも口の中で
戦いとは、いかに相手の弱点を突けるかが勝負の
そういっ、一瞬の判断で駆け引きを行わなければ、生き残ることは出来ない。どれだけ多くの選択肢を持ち、そして相手に選択させる余裕を失わせるか。力量差も
ただ剣を振る、魔法を撃つだけでは、新米冒険者からは卒業出来ない。
確かに小飛竜は、魔法が弱点だ。上手く距離を取って戦うことが出来れば、勝つことは難しくない。しかし、必ずしも相手よりも有利な状況で戦えるとは限らないのだ。乱入者があるかもしれない、気候や土地の環境によっては、満足に距離を取ることが出来ないかもしれない。また、相手が一体とは限らない。
ゲームではないのだ。いついかなる状況も想定して、常に先を読んで行動する。それこそが新米冒険者に学んで欲しいことであり、それを教えてくれる怪物の一つとして、小飛竜の
戦いを見守っていたが、若い小飛竜の優勢は変わらないようだ。傷だらけのベテラン小飛竜も経験の差を生かし、相手の攻撃を急所に食らわないように上手く立ち回り、何とか反撃に転じようとするも、その隙を突かれて再びカウンターを食らい、慌てて防御に回るという悪循環である。
果たして決着は間もなく付いた。やはり、あのまま若い小飛竜が勝った。
ベテラン小飛竜は、フラフラとした動きながらもまだ飛ぶ力は残っていたようで、ゆっくりと森から飛び去っていく。若い小飛竜はそれを見上げ、勝利の
新しい森の主の誕生である。この個体を卒業試験で
私は風向きが変わらない内にその場を離れて、かろうじて彼が見える位置に陣取って観察を続けた。
今の森の王者は、あの小飛竜であるが、この森には、もう一種、準大型の怪物が存在する。
その二種の縄張り争いを見たいとは思うが、
冒険者ギルドでもある程度の情報は得られるし、本屋に行けば、図鑑にも情報は載っている。しかし、そこから得られる情報は攻撃手段や弱点、後は簡単な生息域くらいと、詳しい生態情報はない。
考えれば分かることだが、そういったことを知りたがるような学者は基本怪物には近付かない。いや、近付けない。危険だからだ。学者の中にはフィールドワークを主な活動とする人もいるかもしれないが、それでもわざわざ獰猛な肉食怪物に接近しようという
一方冒険者は、任務の達成を優先する為、そこまでしっかりと観察することはしない。
攻撃出来そうなら攻撃するし、タイミングが悪ければ隙が出来るのを待つくらいで、生態調査をすることはあまりしない。もちろん、学者兼冒険者という人もいるだろうが、そういった成果が図鑑などに反映されていないということは、満足な活動が出来ていないか、公開していないことになる。
怪物の詳しい生態が分かれば、それだけで任務だけでなく、一般市民の危険性が減らせるのだが
さてと、本当はもっと観察したいし、出来れば他の同種の個体の様子も見て、生活の違いなどを検証したいところだが、私の主な目的は町巡り、国巡りだ。怪物や動物の生態調査も含まれるが、それよりも人々の文化、習慣の観察の方が優先だ。こんな所で足踏みしている場合ではない。
日が落ち、辺りが真っ暗になったが、あまり近くにいて気付かれても
「真っ暗だなぁ」
木々が生い
エルフは成人するまで、里の外に出ることは出来ないと
私もその抜け穴を存分に利用し、まだ存命だった頃の父を連れ出して魔法や剣、銃の練習をしたり、母に弓矢の使い方や採取の方法を学んだりしていた。時々、
そういった経験、そしてある程度は星も見えるので
「とりあえず一休み」
どれくらい歩いていただろうか、空が明るくなっており、日の光が枝葉の隙間から差し込み、それに草花に付着した朝露が反射し、とても幻想的な景色を作り出していた。
「
しばらく歩いたところで、一回休憩も兼ねて荷物を下ろし、木の上に登る。
「太陽の位置がこっちだとすると、今の時間は五刻から五刻半といったところかな。方角は合っているね。特に異常もないみたいだし、雲の動きや湿気の具合からして、天候の崩れもなさそう。うん、予定通り、今夜には出口に到着出来そうね」
この世界には時計のように細かい時間を
昼と夜が丁度同じ間隔の時に、太陽が昇って沈むまでの時間を六刻とした。現代の時間だと約一二時間である。それを六分割して、時間として活用している。つまり、一刻は二時間であり、半刻もしくは刻半は一時間、四半刻は三〇分ということになる。この世界には、まだ秒や分の
何故六刻としたのかは諸説あるが、この世界に
現代の地球と大きく異なることは、一年が三六〇日であるということである。一月は三〇日ピッタリだ。この影響で、この世界では一週間を表現するなら六日ということになる。それに合わせて曜日も存在しており、日が昇って沈むまでの一連の流れを六日間で表現し、
日の出と共に目覚め、火を起こし、水を汲み、木を切って(働いて)、家に帰って一日の感謝として祈りを
ギルドや宿屋は、基本年中無休なので、曜日の感覚がズレている私のような冒険者でも安心である。
ところで、一年が三六〇日ということは、この惑星の自転速度や角度、体積など、地球とは結構違うのだろうか。天文学者ではないので、そういった知識はサッパリであるが、特にそれで問題が発生している訳ではないし、私自身も何も影響は受けていないので、相変わらず気にせず生活している。
そもそも春夏秋冬と表さず、
ちなみに、前世の日本では、年始である一月は冬であったが、こちらの年の始めである一月は暖季である。一月~三月が暖季、四月~六月が暑季、七月~九月が乾季、十月~十二月が寒季で、三月の中旬、もしくは下旬に差し掛かる頃から四月に入る前後まで雨季となり、数日間雨が降り続くことも珍しくない状態となる。
「時計、便利だと思うんだけどなぁ」
転生前の記憶はほとんど残ってないが、きっと、現代社会の波に
時計
葉で器を作り、枝や葉に残った
「それじゃあ、行きますか」
森の中では、ウサギやネズミなどの小動物が動き回り、チョウやハチなどの昆虫が飛び回り、そしてそれを餌とするタカなどの
この辺りは、イノシシの縄張りらしい。それも数頭の群れを作っているようだ。木に着いている体毛、似ているが微妙に質感が違うし、高さも違う。親子だろうか。そして
日が落ち、二日目の夜を迎えたところで、視線の先に草原が見えてきた。月明かりに照らされ、また微かな風にサラサラと揺れている。
「森、抜けた……さて、ちょっと戻って野営の準備しなきゃ」
明かりは当然点けず、暗闇の中、荷物を下ろしてコートや防具を脱いでインナー姿になる。そしてコートを布団代わりに掛け、手頃な木にもたれ掛かる。
「明日は、ルックカに行って、冒険者ギルドで再登録をして、宿も取って……後は、出来れば
商隊
大きい町に行けば、それなりに情報は得られるだろうし、今後の行動の指針に出来る。だが、いきなり移動はしない。少なくとも数日はルックカに
そうして、明日以降の予定を組み立てていたところで、そろそろ眠気がやってきた。
「さて、明日もまた歩くし、今日はこのくらいにして、寝ようかな。一応、匂い消しを
そう言い残し、私は眠りに就いた。
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