二人組アイドルユニットの片割れが相方に劣等感やらなんやら抱いていたけれど紆余曲折の末にハッピーエンドになる百合

虹星まいる

二人組アイドルユニットの片割れが相方に劣等感やらなんやら抱いていたけれど紆余曲折の末にハッピーエンドになる百合

 都内、とあるマンション。家具の少ない純朴な室内では少女が一人、携帯端末とにらめっこを繰り広げている。


「う、ぐぎぎ…………」


 少女はその顔を徐に渋面へと変え、終いには獣のような唸り声をあげた。

 画面には『モノクロームのエリナとリノ あなたはどっち派?』の文字。


 ところでこの少女、名前を「黒曜こくよう 恵莉菜えりな」という。名が体を表すように美しい黒髪を腰まで伸ばし、切れ目の大きな瞳と薄桃色の唇は凛とした花を連想させる。

 彼女が持ち前の美貌を武器にアイドル界へと飛び込んだのが今から二年と半年前。エリナが十七の時だ。

 二年間の下積みを経てようやく「モノクローム」という二人組ユニットでデビューさせてもらえることになったが、彼女にはある悩みがあった。


『エリナ派:33%  リノ派:67%』


 某大手アイドル総合サイトで取られたアンケートを前にエリナは肩を震わせる。

 彼女の悩み────────それは、自分よりも相方が明らかに人気であること。二人組ゆえに生じる悲痛な運命にエリナは敗北を喫していた。


「ううぅぅ!!」


 エリナはうつ伏せにベッドへ身を沈ませると、死んだようにピタリと動きを止めた。

 アンケートに「二人とも推し」という選択肢があれば結果は大きく変わってきたのだろうが、エリナはそのことに気が付かない。

 ただ、明確に数字として表れた人気の差は、コンプレックスを刺激するには充分で────────


「あああああ!!!!」


 携帯端末を放り投げたエリナは思い出したようにじたばたとする。

 その様子は駄々っ子というよりは暴れ馬……もとい陸に打ち上げられた活きのいい魚。


 五分ほどはしゃいだエリナはそのままほどよい疲労感に包まれて眠りに落ちていくのだった。


 ◆


「ということがありまして」

「またエゴサーチですか。エリナさんはメンタルが弱いのでやめた方がいいと言っているではないですか」

「うぐ……でも、気になるじゃないですか」

「気持ちはわからなくもないですが、それこそ調べたってどうにもならないことです。エリナさんは十年に一度の美少女と謳われていますが、リノさんは千年に一度の天才美少女と呼ばれています。相手が悪いです。美少女西暦が百倍違います」

「美少女西暦ってなんですか……というか佐藤さん傷心中の私に手厳しくないですか」

「慰めてほしいアピールしてくる女には容赦しないと決めているので」

「えぇ……」

「それに、エリナさんの悩みは杞憂です」


 エリナがアンケート結果に頭を悩ませた翌日。地方でのライブイベントを終えたエリナはマネージャーの佐藤に相談を持ち掛けていた。

 しかし、結果は先の通り。佐藤は無表情とジト目でエリナの言葉をバッサリ切り捨てると、シルバーフレームの眼鏡を軽く持ち上げた。


「私はエリナさんとリノさん、お二人に大きな期待を寄せています。貴女達はこのアイドル界を背負って立つような素質を有しているのです。匿名掲示板の衆愚にかまけている暇は在りませんよ」

「ふぁ、ファンの人を衆愚呼ばわり……」

「それでは、私はスタッフの方々に挨拶をしてくるので失礼します。この後、十七時半からミーティングを行います。エリナさんとリノさんはバスで先に事務所へ戻っておいてください」

「は、はい! お疲れさまでした!」


 佐藤は一礼して踵を返す。

 エリナも小さく息を吐くと、帰りのバスのもとへ向かうのだった。




 エリナがバスへ乗り込むと、そこには既に先客がいた。


「あ。エリナおそーい!」

「おっとと、ごめんねリノちゃん」


 エリナの姿を認めると突進するように抱き着く少女の影が一つ。

 少女の名は「天羽あもう リノ」。新進気鋭の美少女アイドルにして、エリナの頼れる相方である。


 エリナは飛びついてきたリノを宥め、彼女と並んで座席へと腰を下ろす。

 リノは尚もエリナから離れようとせず、腕を絡めて体を寄せた。


「ねえ、なんで遅くなったの」

「佐藤さんと少し話をしていて」

「な……あの女に酷いことされなかった?」

「されないよ!?」


 何を言い出すのかとエリナはリノを見返す。

 肩口までの白銀の髪は透き通るように美しく、翡翠の瞳は見る者全てを狂わせる魅惑の宝石。見惚れる前に、エリナは急いで目を逸らした。


 上気した頬を冷ますようにエリナは深呼吸する。


(うぅ、慣れないとダメだとは分かっているけど……)


 圧倒的美少女であるリノを前にすると、エリナは毎度のごとく顔を赤くしてしまうのだ。

 一人の時は「目指せリノちゃん人気」を掲げるエリナであるが、いざリノと肩を並べるとその決意も形無しである。

 さすが千年に一度の美少女と言われるだけあってその美貌はすさまじい。天使以外に形容のしようがない見た目は万人を虜にする。エリナも虜にされた一人であり「モノクローム」としてデビューして以来ずっと目を奪われっぱなしだ。


 エリナにとってのリノとはコンプレックスであり憧憬であり可愛い妹のような存在である。

 もしもリノが「モノクローム」に見切りをつけてソロで活動したいと言い出せば誰にも止められないだろうし、その時エリナの存在意義は────────


「どうしたのエリナ? 怖い顔してる」

「へ、あ、ごめん、ちょっと考え事してて」

「ふーん……あ、やっぱりサトーに酷いこと言われたんだ! よしよし、リノが慰めてあげる」

「だから違うってば、ひゃっ、頭撫でないで!」


 ────────ただでさえリノちゃんには差をつけられてしまっているんだ。私は置いて行かれないように、今よりもっと努力を重ねなきゃ。歌も、ダンスも、トークも。


 エリナはそっと心の中で誓った。

 いつか「モノクローム」として二人でアイドル界のトップに立つことを。


 ◇


「モノクローム」の活動は主に地方でのライブ、ラジオや店舗でのトークイベントだ。千里の道も一歩からというように、地道な努力は実を結んでいるようで、とうとうセカンドシングルの発売と同時に大きな会場での仕事が舞い込んできた。


「ライブの後、十五時から十六時までの一時間で握手会を開催することになりました」

「握手会ですか?」

「はい。握手と共にファンをがっちり掴んできてください」

「サトー、それ、リノがやる分にはいいんだけど、エリナもやるの?」

「当然です。モノクロームとしてのイベントなので」

「……どうしても?」

「どうしても、です」

「むぅ……」


 リノは佐藤の言葉を聞くと、腕を組み、貧乏ゆすりを始めた。眉間にも皺が寄り、いかにも不機嫌と言った様相だ。

 佐藤はリノの態度を気に留めるでもなく、話を進めていく。それから十分ほどでミーティングを終え、佐藤は席を外した。


 握手会の話が出てから一向に機嫌が直らないリノを見かねて、エリナは声をかけることにした。


「ね、ねえリノちゃん」

「なになにエリナ?」

「その、握手会なんだけど……リノちゃんは嫌なのかな」

「ううん、リノは嫌じゃないよ。むしろファンの人との交流って大切だと思ってる。

「あ、そうなんだ」


 なんだ、握手会が嫌なわけではないのか、とエリナが気を抜いた瞬間、リノは再び顔を顰めた。


「リノは握手会楽しみなくらいだけど……エリナは嫌じゃないの?」

「え、私? 私はどうとも思わないけど……」

「そ、そうなんだ。うぅ、うー」


 リノは短く呻き声を漏らすと、エリナの手をとった。


「リノが……リノが初めてだから! エリナの初めての握手はリノだから! 覚えておいてよね!」


 リノは捨て台詞のように吐くと、そのまま逃げるように飛び出していった。

 取り残されたのは紅潮して呆けたエリナのみ。


「え、初めてって何がだろう……握手くらい私でもしたことあるけど…………」




 そして迎えたライブ当日。

 黒を基調としたドレスを纏ったエリナと、対比するように白を纏ったリノは舞台裏で最終打ち合わせを行っていた。


「モノクロームの単独ライブでは過去最大の動員数です。間違っても緊張で体を竦ませないようにしてください」

「大丈夫だって。サトーは心配性だなー。たかだか五百人でしょ?」

「リノさんはその調子でお願いします。エリナさんは大丈夫ですか」

「はい。この日のために努力は重ねてきたつもりです」

「そうですね。貴女の頑張りは私が保証します」

「おいサトー、エリナの彼女面しないでくれる?」

「してません。さて、エリナさん、リノさん。お二人にとってこのライブはゴールではなく、スタートです」

「ふふん、最終的にはアイドル界のトップでしょ? 私たちなら余裕だよ、ねぇ、エリナ?」

「うん、そうだね」

「その意気です。時間になりました、行ってらっしゃい」


 マネージャーに背を押され、エリナとリノは表舞台へと上がっていく。

 大きく熱い歓声が二人を迎えた。


 ◇


 ライブを終えて小休憩となる。舞台裏のベンチに腰を下ろしたエリナは手元のドリンクボトルをぼぅっと眺める。

 思い出すのは先程のこと。


「やっぱりリノちゃんはすごいなぁ」


 歌の上手さもダンスのキレもエリナはリノに劣っていた。勿論、エリナのパフォーマンスも人々を魅了するには充分だったが、それ以上にリノが神がかっていた。

 ライブに来ていた観客は、皆リノを見に来ているのではないか。私はオマケもいいところで、リノの邪魔なのではないか。

 エリナはどうしても疑念に駆られる。


 はぁ、と息が漏れた。


「ため息をつくと寿命が縮むらしいですよ」

「佐藤さん……お疲れ様です」

「はい、お疲れ様です。先程のライブ、良かったですよ」

「……ありがとうございます」


 佐藤は近くの自動販売機でコーヒーを買うと、心地良い音を立ててプルタブを押し上げた。


「何かお悩みですか」

「あの、さっきのライブ、本当に良かったですか?」

「ええ。ただ、エリナさんの笑顔がやや固かったですが」

「やっぱりですか……」

「問題でもありましたか」

「いえ、そういう訳では無いですが、自信をなくしてしまって。あの子と舞台を共にする度に、私はこれからも彼女の隣に立ち続けることができるのか不安になっちゃうんです」

「なるほど」


 佐藤は一度コーヒーを呷ると暫く間を持たせて「これは慰めとかそういうのではないですが」と前置きしてから口を開いた。


「モノクロームは一人では成り立ち得ません。エリナさんが強い芯を持っている限り、リノさんも私も貴女の味方です。今一度、エリナさんが目指すべきものを確認してみてください」


 佐藤は空になったコーヒー缶を潰し、ゴミ箱へと放る。その口元は見て取れぬほどに微細ではあるが緩んでいた。


「気休めにはなりましたか」

「……はい、ありがとうございます」

「……多少はマシになりましたかね。そろそろ握手会の時間です。ガッチリしっかり手堅くファンを獲得していきましょう」


 ◆


 パソコンのディスプレイだけが光源の暗い部屋。壁に照らし出されたのは人気急上昇中のアイドル「モノクローム」のポスター────────からエリナだけを抽出したもの。部屋の小物も、その多くがエリナのグッズである。


 カタカタとキーボードを叩く音が不気味に響いた。


「はぁ~、エリナはやっぱり綺麗だなぁ~」


 カチ、カチ、とマウスを操作し、ライブ映像をトリミング。エリナが映っている部分のみを抽出していく。


「……っつうか握手会の時のアイツら赦せねえ全員顔覚えたからな。ベタベタベタベタ触りやがって。やだな。エリナ手を洗ったかな。消毒したかな。エリナに触れていいのは────」


 画面の前に座る人物はぶつぶつと独り言を零しながら作業を進め、ふと時計を見遣る。時刻はとうに日付変更線を跨いでいた。


「もうこんな時間なの。今日はここまでにしておきますか」


 パソコンをスリープ状態に維持。映像編集を中断し、バタリとベッドへと倒れ込む。


「エリナ、エリナぁ~。好き、んっ、大好き」


 うわごとを漏らしながら抱き枕へと身体を擦り付ける。カバーにプリントされたエリナの顔は皺によって僅かに歪んだ。


「明日もお仕事頑張ろうね、エリナ」


 ちゅっ、と口づけを落とし、部屋の主は意識を夢へと落としていった。


 ◆


 ライブから数日たったある日のこと。

 エリナはボイスレッスンのために事務所専有の施設を訪れていた。そこはエリナが所属する事務所の人間であれば誰でも利用できるため、他ユニットのメンバーに遭遇することも珍しくはない。


「お疲れ様です!」

「お、エリナちゃんおひさ~」


 エリナが挨拶をしたのはオリコンチャートで上位を叩き出す実力を持った有名ユニットのボーカル。

 先輩後輩関係なくエリナにとっては頭が上がらない存在だ。


「そういえば結構大きめのライブしたらしいじゃん、どうだった?」

「え、と、凄く緊張したんですけど、なんとか上手くできました」

「おー、よかったじゃん。というかモノクロームのライブはウチらの方まで噂が来てたからね」

「そうなんですか?」

「そうそう、『歌もダンスも超絶クオリティ! 天才美少女リノあらわる!』ってね」

「……っ、そうなん、ですか」

「うんうん、いやぁ、業界大注目だからね。エリナちゃんもうかうかしてられないよ?」

「はい、頑張ります」

「あ、連れが来たからそろそろ戻るね。それじゃ、レッスン頑張って」

「失礼します」


 エリナは深々と礼をして先輩アイドルの背を見送る。

 俯いたエリナの表情。その唇は血が滲むほど強く噛み締められていた。


 ◇


「わん、つっ、ターン!」


 キュッ、キュッ、とシューズが床を擦る音の響くレッスンルーム。

 先日のライブで改めてリノとの実力差を感じ取ったエリナは休憩と睡眠の時間を削り、居残り練習と称して夜更けまでレッスンを行うようになっていた。


 ────────エリナさんが強い芯を持っている限り、リノさんも私も貴女の味方ですよ。


 ────────エリナちゃんもうかうかしてられないよ?


「私は、ハァっ、私に、はぁ、はぁっ、できることを」


(考える暇があったら、自分の技術を高めないと)


 ぽたぽたと汗の粒がフロアに落ちていく。空調は効かせてあるが、それ以上にエリナの熱と運動量が凄まじいのだ。


「次のライブまで三週間しかない……もう一回だけ」


 焦燥感が身を焦がす。

 彼女の夜は、まだ終わらない。


 ◇


「おつかれさまでーす!」


 撮影の仕事を終えたリノは営業スマイルを浮かべてスタジオを後にする。前回のライブ以来、リノには単独の仕事が増え始めていた。

 千年に一度の美貌を持つ美少女がいると一部で話題になり、各業界の人間が飛びついたのだ。今までリノの存在が知られていなかったのはひとえに「モノクローム」の知名度の無さに起因していた。


「エリナ!」

「あ、リノちゃん」


 レッスンルームに顔を出すと、既にエリナが準備を始めていた。リノは「ぱぁっ」と表情を明るくすると、エリナの横に並ぶ。


「えー、今日は合同レッスンだが、残念な知らせがある。天羽の仕事の都合で暫く時間が取れないため、次回のライブまでに今回を含めても三回しか合同練習ができない」

「そうなんですね……わかりました」

「あ、その、エリナ────」

「大丈夫だよ、リノちゃんは仕事頑張ってね。ではコーチ、時間も惜しいので早速指導の方よろしくお願いします」


 エリナはリノの言葉を遮り、先を促した。

 リノが忙しいから……リノが忙しいから時間が取れないのは仕方が無いこと。エリナは心臓のあたりがキュッと締まる感覚を覚えるが、無理やり笑顔を浮かべてレッスンに取り組んだ。




「「ありがとうございました!」」

「はい、お疲れ様。二人ともいい動きになってきた。特に黒曜エリナ、前回とは見違えるほどに上達しているな」

「……ありがとうございます」

天羽リノは相変わらず文句なしの出来栄えだ」

「ありがとうございます!」

「この調子なら来週のライブに心配はないが、体調管理にだけは気をつけろよ」


 一通りレッスンの感想を述べたコーチはエリナとリノを置いて場を後にする。

 リノはエリナの方へ向き直ると、大きな瞳をキラキラと輝かせた。


「ねえエリナ、ちょっと遅いけど今から遊びに行かない? ディナー限定のパフェが────」

「ごめんリノちゃん、この後予定があるの」

「ぁ……そっか、ごめん」

「埋め合わせはするからさ」


 エリナはリノに目をくれることもなくレッスンルームから出ていった。

 向かう先はトレーニングジム。リノに追いつくための時間を、エリナは一秒でも長く確保できるように努めた────────それこそ、リノとのコミュニケーションの時間を削ってまで。



「なんだか最近、上手くいかないな……」


 最後にぽつんと取り残されたリノ。

 ぽつりと零れた彼女の言葉は誰の耳にも届くことは無かった。


 ◆


「それじゃ、モノクロームのライブ成功を祝って、かんぱーい!」

「乾杯」

「はい」

「テンション低くない!?」


 ライブを終えたその日の夜。無事に成功を収めた事を祝して、エリナ、リノ、そしてマネージャーの佐藤の三人で小さなパーティが開催されていた。場所は佐藤の自宅マンション。発案者はリノだ。


 リノの音頭によって始まった祝賀会であったが、エリナの頭の中はライブのことでいっぱいだった。


(あれだけ練習を重ねたのに、まだリノちゃんに見劣りしていた……)


 佐藤から貰ったライブ映像を確認したところ、やはりエリナのパフォーマンスはリノに一歩譲るところがあった。


(ダンスも歌も、リノちゃんの水準に追い付いてきた。でも、何かが足りない)


 エリナは手元のシャンパンを傾ける。喉を焼く炭酸の感覚も、どこか遠いものに感じられた。

 ふと、エリナは隣のリノを一瞥する。手と口元を油だらけにしながらフライドチキンに齧り付く無邪気な姿が映った。


「ん、エリナも食べる?」

「私は胃がもたれちゃいそうだから遠慮しておく」

「えー、こんなに美味しいのに勿体ない。あ、サトーにはあげないから」

「いりません」

「ほれほれ、本当にいらないの?」

「いりませんって。リノさん肉臭いので近寄らないでください」

「アイドルに向かって臭いとはなんだ!」


 佐藤とのやり取りでリノは眩しいほどの笑顔を浮かべた。ひまわりを連想させるその表情は、今のエリナには眩しすぎる。

 嘆息するほどの可愛さに、エリナの脳裏に邪なことが過った。


 ────────私にもリノちゃんほどの美貌があればな。


 一瞬浮かんだ考えを、頭を振ることでエリナは打ち消した。


「ねえ、やっぱり私にもチキンちょうだい」

「あ! エリナも食べる?」

「それでは私もいただきましょう」

「サトーの分はありませんー!」


 ◇


「くぅー、すぅー」

「リノちゃん寝ちゃいましたね」

「お疲れのようでしたし、仕方ありませんね」


 始終喋り通していたリノはとうとう疲れがピークに達したのか、食卓に突っ伏すようにして眠りに落ちた。


 佐藤はリノの姿を確認すると、冷蔵庫から缶チューハイを取り出してグラスに注いだ。


「エリナさんお酒大丈夫でしたよね」

「はい、一応は。でも、マネージャーさんがアイドルに勧めていいんですか?」

「間違いさえ起こさなければいいんですよ。それに、今から少し真剣な話をしたいのでお酒の力を借ります」

「なるほど。あ、いただきます」


 未成年のリノが居眠りする隣で、佐藤とエリナは二人で盃を交わした。

 重たくなり始めていたエリナの瞼を、フルーツの酸味が持ち上げる。


「今日のライブ……エリナさんは振り返ってどうでした」

「ええと、悪くは無いと思います。ファンの皆さんにも盛り上がっていただけましたし」

「それがエリナさんの評価ですか」


 佐藤はメガネのフレームを軽く持ち上げると、エリナの顔を鋭く見据える。幾らか口を開閉させ、やがて意を決したように言葉を紡いだ。


「私はそうは思いません。ライブの出来は悪いです。エリナさんに関しては過去最低と言ってもいいかもしれません」

「な……そんな筈はありません! パフォーマンスは高い水準で纏まっているとコーチにもお墨付きを頂いているんです」

「確かにパフォーマンスの観点から言えば、問題は無いでしょう。むしろ、我が事務所のエースたちと遜色ない出来栄えです」

「それなら何がダメなんです」

「心、ですよ」

「心って……ここに来て精神論ですか?」

「……アイドルにとって大切なものをエリナさんはご存知ですか。自分の歌を聴いてほしい、人々に勇気や愛を与えたい。一流と呼ばれるアイドルたちは皆なにかしらの信念を持っています。アイドルが持つ熱い想いは伝播して、人はそこに惹かれるのです」

「…………」

「今日のエリナさんには信念が感じられませんでした。何処にも魅力が無かったです。ただ歌うだけ、ただ踊るだけ、ただトークイベントをこなすだけ。自分のことしか考えていない────」

「バカにしないでッ!!」


 エリナは立ち上がると佐藤を睨みつける。交錯した視線の間で、チリリと火花がちらついた。


「私だって…………私だって────────!」


 しかし、あとに続く言葉はなかった。エリナは拳を握りしめ、顔を俯かせる。


「……すみません。今日は失礼します」

「タクシーは下に着けてあります。領収書の発行は事務所にお願いしますね」


 エリナは荷物のハンドバッグを取ると、逃げるように部屋を飛び出して行く。

 佐藤は玄関扉が閉まる音を聞いてリノへと向き直った。


「すぅー、すぅー」

「はぁ……リノさんも狸寝入りをしていないで帰宅の準備をしてください」

「バレてたかー」


 リノはむくりと上体を起こすと、悪戯っぽく笑みを浮かべた。しかし、その笑顔に力はない。


「サトー、姑みたいだった」

「……少々、嫌味な言い方になってしまった自覚はあります。ですが、レッスンを重ねる毎に、ライブを終える度にエリナさんの歪みは大きなっていますから、誰かが言わないと自重で折れてしまいます」

「……やだな。エリナとは笑いあって活動したい」


 リノはエリナのグラスをコツンと指で弾く。飲み残された果実酒が揺れた。


「リノも、エリナのために必死に頑張ってきたけど……この努力のせいでエリナを苦しめることになるなんて、悔しいし、辛いよ」

「どうすれば気づいて貰えるのでしょうか……」


 佐藤は肩を落とす。リノのまなじりには涙が薄く浮かんでいた。


「エリナと話、してみるね」

「リノさんは無理をなさらずに────」

「ううん、一回ガツンと言わないとダメかも。正面から想いをぶつけ合わなきゃ」


 祝賀会の雰囲気は消え去り、沈痛な空気だけが重たく広がっていた。


 ◆


 アイドルになりたくて一人で上京してきた。

 どうにか事務所に入れてもらえて、安心したのも束の間。アイドルとして必要な素養を叩き込まれる日々が始まった。毎日毎日、レッスンと先輩アイドルの手伝い。加えて、生活費を稼ぐためのアルバイト。私の日常に自由時間なんてものはない。

 私と同じようにアイドルを目指す子は大勢いて、彼女たちはそれぞれが光るものを持ってこの業界に飛び込んできていた。ゼロからスタートした私は日々の鍛錬が精一杯で、私より後から事務所に入ってきた子がアイドルとして表舞台へと駆け上がっていくのをただただ見ているしかなかった。


 それが二年間。


 私の所属する事務所には三年契約というものが存在する。

 最低でも三年間は事務所との契約を保証する。ただし、三年経ってもアイドルとしての芽が出なかったら、契約打ち切り───クビを宣告される。

 残酷で優しい世界だった。いつまでも夢を追っていないで現実に帰りなさい。君には才能が無いのだから。

 アイドルという憧憬を追いかけて、夢やぶれる先輩を何人も見てきた。仲の良かった先輩も、レッスンの手伝いをしてくれた先輩もいた。その人たちがここを立ち去る度に泣き腫らした。

 研修生として二年もの間、日の目を見ることがなかった私は悲しさと悔しさと押し寄せるプレッシャーで吐くこともあった。

 そんな時、とうとう声がかかった。


「二人組ユニットですか?」

「はい。天羽リノさんという方で、先日の入社オーディションで優秀な成績を収めた子です」

「つまり、その子は下積み無しにいきなりデビュー……」

「はい」

「えっと、どうして私なんですか……その、天羽さんは言うなれば事務所のホープじゃないですか。二年間もくすぶっていた私なんかと一緒でいいんですか……?」

「二年間も努力を積んできたことが評価された、ということではないですか。自信を持ってください、今日から貴女はウチの看板を掲げて舞台に立つアイドルなのですから」

「……は、はいっ!」

「いい返事です。私は佐藤さとうゆかりと申します。この度モノクローム及びエリナさんとリノさんのマネージャーを務めることになりました。よろしくお願いします」

「黒曜恵莉菜です! お世話になります!」


 その後、相方となるリノちゃんと初めて対面した時は驚いたものだ。こんなに可愛い人がいてもいいのかと。

 彼女はキラキラした瞳で私に挨拶してきた。私も彼女に負けじと満面の笑みで対応した。


 初めての合同レッスンで私たちの持ち曲となる振り付けを練習した時は楽しくて仕方がなかった。リノちゃんは非常に器用で、センスに富んでいた。

 もしかして私たちなら凄い場所までたどり着けるのではないか。


 ────エリナ、頑張ろうね!


 ────うん、リノちゃんとなら何でもできる気がする!


 だけど、私はデビューしてすぐに現実へと引き戻された。リノちゃんは事務所期待のホープというだけあって、スペックが高すぎた。まるで私と釣り合っていない。

 きっかけは地方でのミニライブだったか。明らかに観客の視線がリノちゃんに偏っている。その時は意識しないようにしていたが、営業を重ねる度に顕著になっていった。


 私の中に焦りが生じる。思い出すのは辛くて苦しい下積み時代。プレッシャーに押しつぶされそうになる日々。

 もし、このままリノちゃんに人気が集中して「モノクローム」が機能しなくなったら?

 私の存在は必要なくなる?


 嫌だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ────!!


 私はまだ何も成し遂げていない。こんなところで終われない。

 私がアイドルになったのは────




 ────私がアイドルになったのはどうしてだったっけ


 ◆


「ん、ぅ……」

「ナ………リナ…………エリナ!!」


 意識を浮上させるエリナの近くで、名を呼ぶ声が聞こえる。目を開けると、エリナの視界にはリノの顔が映し出された。


「綺麗……」

「え、ちょ……」


 ぼんやりとした意識の中でエリナは思ったことをそのまま口に出していた。

 対するリノはエリナの言葉に顔を赤らめる。


「え、えへへ、エリナに美人って言われた……じゃなくて!! エリナ大丈夫なの!?」

「大丈夫って何が?」

「何がもクソもないよ! エリナったら突然倒れて、五時間も目を覚まさなかったんだよ? ここは病院!」

「うそ……」


 エリナは徐に体を起こすと、視線巡らせる。白で統一されたここはどうやら病室らしい。一人部屋のようで、他の患者の姿はない。


「エリナ、あんまり急に動いちゃダメ」


 エリナの背を支えるようにリノは手をかざす。


「サトーから聞いたんだけど、エリナは過労で倒れたんだって。倒れた場所が事務所の中で、たまたま通りがかった人が救急車を呼んでくれたらしいけど、もし一人の時に倒れたりしたら……」

「危なかったんだ私……」


 その後病室を訪れた医師の話では三日間の入院が必要で、オーバーワークを見直すように厳重注意を受けた。


「そういえば佐藤さんは?」

「サトーは一回事務所に戻ってる。書類を作らなくちゃって」

「そっか、迷惑かけちゃってる……謝っておかないと」

「そんなことより!」


 リノは声を上げるとエリナにグイッと身を寄せた。


「なんで倒れたか分かってるの?」

「え、と……生活習慣が悪かったから────」

「誤魔化さないで!!」


 リノはとうとうエリナのベッドにまで身を乗り上げる。のしかかられたエリナは、リノの不機嫌な顔を上目で見る形となった。

 エリナは唇を浅く噛む。


「過剰にレッスンをしていたから」

「自分でもオーバーワークだって分かってたってこと?」

「うん、まあ……」

「どうして倒れるまでレッスンしたの?」

「それは、上手くなってライブで成功するために────」

「嘘つかないで」


 リノの目は真剣そのものだった。

 いつもならリノに見つめられるだけで耳を赤くするエリナだが、今日は違った。

 詰問口調のリノに対して苛立ちが募る。普段は温厚なエリナも言葉が険しくなった。


「ねえ、さっきから責め立ててくるけど何を言わせたいの?」

「何もかもだよ。エリナが考えてること全て」

「……そう、じゃあ、言ってあげる。リノちゃんばかり人気で悔しいから私も目立とうと特訓してました。はい、これで満足した?」

「ふーん、リノに嫉妬してたんだ」

「……っ!! 何その言い方、私を煽ってるの?」

「いや、別に。くだらないこと考えてるんだなーって」

「────っ!!」


 リノはくだらないと言ってのけた。エリナの悩みを。恐怖の種を。

 バキリ、とエリナの中で何かが割れる音がした。


「ねえ、もう一度言ってみなさいよ今の言葉」

「何度でも言ってあげる。あーあ、エリナの悩みはしょうもないなー、くっだらないなー」

「────!! しょうもない? くだらない? アナタに置いていかれないようにこっちは必死で努力してたの! アナタに何が分かるのよ!?」

「何も分かんないからいてんじゃん」

「分かんないなら分かんないで放っておいてよ! 私に関わるな!」

「関わるな……?」

「そうよ、赤の他人が首突っ込んで来るなって言ってるの!」

「────ッバカ! バカエリナ!」

「バカ!? バカって言った方がバカじゃん!」

「はぁ? そんなわけないじゃんバカ」

「このっ……!!」


 瞬間。


 パァンッ!


 振り抜かれたエリナの右手はリノの頬を叩いていた。


 エリナは目を丸くした。まさか手が出るとは自身でも思っていなかったのだ。エリナが謝ろうと口を開いた瞬間、彼女は胸ぐらを掴まれてベッドに叩きつけられた。


「いっつ……!」

「痛いのはこっちだバカ! バカだバカだとは思っていたけど、まさかアイドルの顔を叩くなんてマジでエリナはバカだよ!」

「痛いっ、離して……離せ!」

「離すもんか! さっきから聞いてればエリナは結局怖がってるだけじゃん! なに、そんなに自分に自信が無いの!?」

「無いに決まってるでしょ!? 二年間も耐えてようやくチャンスを手にしたのにっ、いざデビューしたら相方のほうが年下のくせにスペック高くて比較されてッ、こんなのでどうやって自信を持てって言うのよ!」

「だからその考え方がくだらないって言ってんじゃんバーカ! 比較する必要なんて無い! リノとエリナで、二人でアイドルやってんの! 赤の他人とか言ったこと撤回しろ!」

「……っ!! でもアナタは一人でもやっていけるでしょう? 本当は心の中で私のことをさっさと切り捨てたいとか思ってるんじゃないの!?」

「────思うわけないッ!!」


 パシンッ!!


 今度はリノの手がエリナの頬を叩いた。


「……このっ!」


 エリナも負けじとリノの胸ぐらを掴む。互いが互いの胸ぐらを掴む状態になった。


「私知ってるんだからね、最近ソロの仕事ばかり受けてるらしいじゃない! そんなに一人がいいなら早く独立すれば?」

「はァッ? 雑誌の取材もラジオの収録も全部モノクロームの宣伝になればと思って受けてるんだけど? いじけてレッスンばっかりやって、ユニットの利益にならないエリナが辞めれば?」

「私はモノクローム辞めたら崖っぷちって言ったでしょ人の話聞いてんのかバカ!」

「そんな信念も何も無いような薄っぺらいアイドル辞めた方がいいわバカ!」

「……このガキっ!!」


 エリナはリノの服が伸びるほどの力で引っ張って上下を入れ替えた。リノの上にエリナが乗る形になる。


「私には……私にはっ、世界中を笑顔にできるようなアイドルになりたいっていう崇高な夢があるの……! 私の夢を侮辱するな!」

「その夢を語る人間が笑顔でアイドル出来なくてどうすんのさ!」

「────っ、そ、それは」

「何かに追い詰められたように過度にレッスンして、ぶっ倒れてたら世話ないじゃん!」

「だから、夢を少しでも叶えるために、アナタに置いていかれないようにレッスンを────」

「ああああああもおおおお!!」


 ぐるん、と再びリノとエリナは上下を入れ替える。


「なんか勘違いしてるみたいだから訂正しておくけど、リノは何があってもモノクロームを辞めるつもりはない!」

「ど、どうしてそう言いきれるの」

「リノがエリナのことを愛してるから!!」

「……っ、愛してるなんて急に大げさな」

「本当だよ! 誓ってもいい」

「……分かんないよ、私に執着する理由なんてないでしょう!」

「分かれ!」

「分かんない!」

「……!」


 リノは胸ぐらを掴んでいたエリナの手を引き剥がし、ベッドへと押さえつける。

 両手を押さえつけられた状態で馬乗りにされたエリナは恐怖で顔を引き攣らせ、ギュッと目を瞑った。


 んっ


 唇に触れた柔らかい感触にエリナはビクリと身体を震わせ、目を開ける。


「んっ!? んっ!!」

「暴れないで!」


 リノは己の唇でエリナの口を塞いだ。

 二度、三度、繰り返される口付けにエリナは口元を弛緩させた。

 その隙を見逃さずリノは舌をねじ込む。

 ぬるりとした感覚にエリナは身を竦ませるが、執拗に繰り返される舌の挿入で力が抜け始めていた。

 何分経っただろうか。

 リノは唾液を吸い上げるようにエリナから口を離した。


「へ、ひゃ、わらひ、はじめてらったのに」

「リノもだよ。どう、これで分かった?」

「わかんらい……」

「ふーん、じゃあもう一回ね」

「ちがっ、そういういみじゃ……んっ」


 ◇


「リノが言いたかったこと、ちゃんと伝わった?」

「き、キスで全部飛んでいった……」

「はぁ……まあ、要するに、リノはどこにもいかないし、モノクロームとして活動するし、エリナのことが好き。んで、エリナはリノと競い合うんじゃなくて、協力し合うの。ゆっくりでいいからさ、二人で呼吸を合わせていこう。今のリノたちに足りないのは協調性だから。皆を笑顔にできるアイドル、二人で目指すの」

「う、ん……その、ごめんなさい。私、リノちゃんのことを信用出来てなかったのかも。そうだよね、二人で一つのモノクロームだもんね。あと、さっきは色々と暴言を吐いたり、手を出したりして……ごめんなさい」

「それこそ、こっちがごめんなさいだよ。本音を聞き出すためとはいえ、わざと怒らせるようなことばかり言って……エリナに嫌われたらっ、ひっぐ、ぎらわれだらどうじようっで、ひぐっ、ぐすっ」

「なんで、なっ、ひぐっ、リノぢゃんがっ、泣ぐの」

「エリナも、ひっぐ、泣いでんじゃんっ」


 エリナとリノは抱き合って、わんわんと大声をあげて、涙をこぼす。

 溢れ出した感情はとめどなく流れて行き、二人の絆を確固たるものにした。モノクロームが本当の意味で完成した瞬間でもあった。


 雨降って地固まる。


 この後、騒ぎを聞き付けた医師に「過労で倒れた患者が何をやっているのか」と、こっぴどく注意を受け、両者とも頬にモミジを咲かせたことに対して佐藤は激怒した。




「ねえ、そういえばなんで、キ、キスしたの?」

「キスはリノがやりたかっただけ。んふふー、エリナ大好き!」

「!?」


 ◆


『モノクローム! モノクローム!』


 ステージ裏にまで響く声援は、たった二人に向けられたもの。大観衆は彼女達の登場を今か今かと待ち侘びている。


「お二人とも、準備は出来ましたか」

「リノはバッチリだよ」

「私も大丈夫です」

「とうとう一万人規模のステージです。緊張で体を強ばらせないようにしてください」

「大丈夫だって、サトーは心配性だなー。リノたちが二人三脚でどれだけの死線をくぐり抜けてきたと思ってるのさ」

「三人四脚です」

「サトーは入ってくんな」

「リノさんはその調子でお願いします。エリナさんは大丈夫ですか」

「はい、問題ありません……ふふっ」

「どうかしましたか」

「どうしたのエリナ。サトーの顔が面白かった?」

「いえ、その……変わらないなって」

「あー、こんな感じのやり取り、ずっと昔にやったことあったね。ふふん、サトーは成長しないなー」

「エリナさんは変わりましたけどね。どんどん魅力的になっていって、今ではリノさんと並んで引く手あまたのトップアイドルですからね」

「ちょっと、エリナはリノの彼女だから口説かないでよサトー」

「口説いてません。さて、そろそろ時間です。思う存分楽しんできてください……行ってらっしゃい」

「よっし、行くよエリナ!」

「行こう、リノちゃん!」


 黒と白の対比的な衣装を纏った二人は手を繋いで駆け出す。


 その先の光へ向かって。


 世界を笑顔にするために、今日も彼女達は舞台へと上がっていくのだ。


 ◆


 『天羽リノ』とタイトルが付けられたファイルを開く。

 中には、彼女が事務所のオーディションを受けた際に書かれた履歴書が挟まっていた。


『志望動機:私に元気を与えてくれたエリナさんと一緒に、世界中を笑顔にしたいです!


 備考:エリナさんの大ファンです! グッズとかいっぱい持ってます!』


「願い、叶いましたね」


 佐藤はオフィスでクスリと微笑む。滅多に笑うことのない佐藤の笑顔に、居合わせたマネージャーたちはドギマギとした。

 佐藤が『黒曜エリナ』のファイルに手を伸ばしたところで、デスク端に置いていた携帯が振動した。


『サトー! 早く! 祝賀会始めるぞ!』


「まったく、恋人同士なら二人きりですればいいものを」


 リノからのメッセージとともに添付されていた画像にはクラッカーを持ってはしゃぐリノの姿と、宥めるエリナの姿。


「手のかかる子たちです」


 佐藤はパタンとパソコンを閉じると、リノとエリナが待つ場所へと向かうのだった。

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