46話 最後の学校

「……あ、ちょっと待った」

「どうしたフィル」

「先にちょっと学校に寄りたい!」


 馬車が森を抜けた頃、僕はようやく思い出した。


「学校にお金を返さなきゃ!」

「はぁ、フィル。それはもういいじゃないですか」

「そういう訳にはいかないよ。悪魔をみつけてどうなるか分からないんだから」

「でしたら」


 レイさんはひとつため息をつくとドラゴンの姿に変身した。


「一気に行って片付けますよ」

「その姿で行ったら……」

「フィルの学校なら一度ドラゴンの姿で現れています」

「そっか……」


 そんな訳で僕達はドラゴンの姿のレイさんに乗って、バスキの国境を越えた。


「あー、あれ温泉の村だ」


 小さく下に見えるのはシオンとレタと立ち寄った温泉の村だ。白い湯気が立ち上っているのが見える。


「こっちはロージアンの街だ」


 アルヴィーが指を差した。馬車だと何日もかかるのに、レイさんに乗って移動するとあっという間だな。


「そして……あれがグレナストゥ魔法学園だよ」


 黒い尖塔、蔦の這った懐かしい校舎、複雑な階段を上った先の寮棟。レイさんはその学園の周りを旋回した。


「ねぇ、レイさん! 少しだけ離れた所に降りてよ!」

「分かりましたよ」


 レイさんは学園の手前の開けた道に舞い降りた。ここを……レイさんと二人であてもなく西に向かって歩いたっけ。そんな風にぼんやりと思い出にふけっていると、学園の門が開いて人が出てきた。


「もしかして、フィルか!?」

「……クリス先生……」


 そんなに何年も経っていないはずなのにな。これまでの時間が濃かったせいかなんだか懐かしく感じる。クリスせんせいの後ろからは生徒達もこっちの様子を覗いている。


「何をしに来た?」


 けれどクリス先生からはそんな言葉が出てきた。僕はちょっとがっかりした。でもその目がドラゴン姿のレイさんに注がれているのに気づいて、僕はレイさんを振り返った。


「レイさん、人型になってくれる」

「はい、分かりました」


 レイさんの姿がいつもの人型になると、クリス先生が近づいてきた。


「フィル、どうしたんだ?」

「お金を返しに来ました」

「ああ、あの金ならフィルにあげたものだから……」

「そうじゃなくて、学校を壊したお金です」

「……!? 本気で言っているのか? 三億ゴルドだぞ」


 クリス先生が目を見開き、隣の先生と顔を見合わせる。


「ええ、本気です。お納めください」


 僕は収納魔法で父さんの遺産を出した。


「これで足りるでしょうか」

「あ、ああ……。フィル、さっきのは収納魔法か?」

「はい、僕魔法が使えるようになりました」


 僕は学園の門の前に向けて、手を広げた。地の力、そしてそこに芽吹く草木の力を操作する。


「……な、なんだこれは……」


 僕が手を下ろした頃には、校門の前には赤い薔薇が咲き乱れていた。


「魔法陣も呪文もなく……しかもまがい物じゃない。本物の薔薇だ」


 クリス先生は薔薇に手を触れると驚きの目で僕を見た。


「金を返しに来た、という事はフィルはここに戻るのか? 是非、これを研究したい」

「残念ですけど僕、もうここで学ぶ事はないんで。借金が気になったので返しにきただけです」

「そんな……」


 僕はそう言い残してきびすを返した。後ろでクリス先生と他の先生が揉めているのが聞こえる。


「だから、あんなドラゴンを使う生徒を追い出すなんて愚行だと言ったんだ!」

「放校の決定は満場一致ではなかったですか!」


 あーあ、ちょっとがっかりしちゃうよ。あんまりみっともない所見せないで欲しいな。


「フィル、もう良いのか」

「ああ、アルヴィー。うん、用は済んだ」

「あれが魔法学園かー」

「入学してみる?」

「いーや、俺には合わなさそうだ」


 アルヴィーはこっちを伺っている生徒達の顔を見てふるふると首を振った。


「じゃあ、行きますか」


 再び、レイさんがドラゴンの姿に変化した。僕達はその背中に乗った。ふわりと風に乗って魔法学園が下に小さくなっていく。


「……さよなら」


 僕は、数年を過ごしたその懐かしくも悲しい思い出の場所に別れを告げた。

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