23話 それぞれの幸せ

「ちょ……ちょっと……シオン、落ち着いて?」

「お願いします、フィル様」

「一体どうしたのさシオン」

「レタが私の為に犠牲になるのが、私にはやはり耐えられません……」


 シオンがばっと僕の手を掴んだ。


「あの子は私の都合になんて付き合わせてはいけなかったんです。このままだと彼女は結婚もせずに私に付き従う事になります……。フィル様といればレタは自由で居られると思うんです」

「それを……レタが望むと思う……?」


 僕がそう聞くと、シオンはしくしくと泣き出した。……ああ、もう!


「つい離れがたくて、ここまで来てしまったのがいけなかったです……」

「シオン、いいから顔あげて」


 まったく、この二人は……互いに互いを思いやっている。僕がそういってシオンの肩をつかんだ瞬間だった。


「あーーーー!」

「!?」


 なんだこの絶叫。どっかで聞いた事のある声だ。するとドアがバターンと開いた。


「フィ、フィル殿! その手を離したまえ!」

「ん? あ、はい」


 そこの現れたのはバージル王子だった。


「どうしてここに……?」

「シオン姫がこちらに来たので鍵穴から覗いていたのだ」


 まじか、という空気が僕とレイさんとシオンに流れた。


「と、いう訳でバージル王子が迎えに来たよ。レタの事はレタ自身に決めて貰おう」

「でも、フィル様……」


 シオンはそれでも抵抗した。すると、ベッドの下からレタが出てきた。


「ひい様……なにを勝手な事を……」

「ひっ!? レタ??」


 這い出して来たレタにシオンはビクッとした。


「おひい様、私は王家に従う身。シオン様が嫌でもシオン様の近くにいます!」

「レタ……!」


 シオンはレタの手をとった。ふう、やれやれ……行き違いは収まったようだ。この国に留まるにしてもこの国を去るにしても二人は一緒だ。


「ちょっと待て。シオン姫の近くにいるのは俺だぞ」


 そこに声を上げたのはバージル王子だ。どうしたんだこの人。


「あのー……一個確認なんですが、王子はこの結婚には乗り気じゃないのでは……そのシオンはまだ子供だから」


 するとバージルは激しく首を振った。


「そんな事は無い! むしろ大歓迎だ」

「そう……なんですか」


 え、という事はロリコン……? と、僕は思った。シオンとレタも同様だったようでバージルをじっと見ている。


「あ、いやそのー……シオン姫はまだ子供だが非常に美しい。この人をいずれ妻に迎えられる事を嬉しく思っている」

「その、へんな意味じゃないですよね?」

「私は子供好きの変態ではないぞ! ただ、この人なら大きくなれば相当な美女になると思ってだな……」


 バージルは説明しながら顔を真っ赤にしていた。


「そうですか、侍女から嫌がらせされていたというのはっていますか?」

「なんだって? そいつら全員首にしてやる! 俺はシオン姫の為にならなんだってしてやるぞ」

「……ですって」


 僕はシオンの方を振り返った。するとシオンも顔を真っ赤にしている。


「シオン姫、異国での花嫁修業、辛い事も困った事もあるかもしれません。だけど、私が付いている事を忘れないで下さい。私はあなたの為になら、父上を的に回しても構わないです!」


 バージルの一世一代の告白が炸裂した。


「シオンどうする。バージル王子はこう言ってるけど、それでも僕達に付いてくる?」

「……ごめんなさい、フィル。私いけそうにありません」

「ひい様が行かないなら私も行きません」


 シオンとレタはそう言って頭を下げた。二人とも、この国に骨を埋める決心がついたみたいだ。


「……そっか」


 そして僕の決心も。


「フィル様、私は幸せは作る物じゃないかって思いました。私はこんなに自分を思ってくれてる人に囲まれて幸せです」

「シオン、約束してね。幸せになるって」

「……はい」


 そうして騒がしい人達は僕のへやから出て行った。急に広くなった部屋でレイさんを振り返る。


「レイさん、帰ろっかロージアンに」

「……はい」


 レイさんはニッコリといつものように微笑んだ。


「自分を思っている人か……」


 その夜、僕はベッドの中でシオンの言葉を反芻していた。その言葉で今、思い浮かぶのは僕にとってはレイさんだ。


「幸せ……か……」


 学園でいつもひとりぼっちだった頃に比べると……今は、幸せ……だな……。レイさんの規則正しい呼吸に釣られるように、僕のまぶたも閉じていった。

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