15話 身代わりフィル君

 そしてフローラの身代わりを買って出た、その日の晩。


「あの……」

「それじゃあ、私は隣の客間に寝る事にしたから。しっかり頼むわよ!」


 フローラは僕の鼻先に指を突きつけて尊大な様子で命じた。そして僕はといえば……。


「……こ、ここまでする必要はあるんでしょうか……」


 ふわりとレースとフリルたっぷりのネグリジェに金髪のカツラ。それが今の僕の格好だ。


「もしあんたの茶色い髪が布団から出ていたら侵入者が気づくかもしれないでしょ」

「うう……そうだね」


 これって女装なのかなぁ……。


「フィル、とっても似合ってます。かわいいかわいい」


 レイさんは始終こんな感じだし。


「じゃあ頼んだわね!」

「はい……」


 フローラはそう言い残して部屋から出て行った。


「レイさん、そんな訳だから今日は布団に潜り込むのは無しだよ」

「承知した。私は姿が見えないように潜んでいましょう……」


 レイさんの姿が影に吸い込まれて行く。


「レ、レイさん!?」

『ちゃんと居ますよ』


 頭の中でレイさんの声が響いた。ほっ、良かった。それにしても何でも出来るなレイさんは。


「じゃあ僕も寝ますか」


 そういってベッドによじ登った。


「うわ、ふわふわだ……」


 滑らかなシーツに雲のようにふわふわの布団。あー、まるで天国にいるみたい。


「僕、普通に寝ちゃいそうなんだけど」

『大丈夫ですよ、見てますから』

「そう……なら……頼むよ……」


 最高級の寝具に包まれて、僕はとろとろと眠りの淵に誘われていった。


「……は!? 思いっきり爆睡しちゃった」


 次に目を覚ましたのは朝。キョロキョロとあたりを見渡すと、レイさんが居た。


「なにも来なかったですよ」

「そっか、良かった」

「それにしても……」


 レイさんがふっと手を伸ばして、僕の金髪のカツラを手にした。


「金髪もかわいいですね。変えましょうか」

「えっ、やだっ。これはかあさんゆずりなんだから!」

「そうですよね、ふふ。やって見たかっただけです」


 まったく! ぼくは着せ替え人形じゃないんだからな! この日は何も起きなかった。……そしてその次の日も。そして約束の最終日。


「今日もなにも起こらなかったらさすがに気まずいなぁ。ああ、でも何もないのが一番なのか」


 これじゃ豪華ホテルにお金貰って泊ってるようなものだ。


「約束は約束なのですから、フィルはなにもせずに身代わりをすればいいんですよ」

「そ、そうかな……?」


 そしてこの日も僕はふわふわの布団に捕らわれて眠りに落ちた。


『フィル! 起きなさい!』


 レイさんの声に目を覚ましたのは深夜の事だ。


『誰か入って来ました。そのまま静かにじっとしていて下さい』


 僕はレイさんの言う通りじっと動かずにいた。たた目だけはキョロキョロとあたりを伺っていたが……真っ暗でよく分からなかった。


「アーッ!」


 窓際の鳥かごの鳥が大声を出した。するとドカッという音がして室内は静まり返る。


「フィル、もういいですよ」


 レイさんの声とともにパチンと指をならす音がして、室内の明かりが一斉に着いた。


「犯人はこの男です」

「離せっ、この馬鹿力!」

「うるさいですね。殺してもいいですか?」

「レイさん、それは駄目」


 僕は物騒な事を言うレイさんを止めた。部屋の騒ぎに外から人がやってきた。


「犯人はこいつみたいです」

「……お前は……やっぱりリードのとこの若造じゃないか……」


 ベイジャークさんが男の顔を見て息をのんだ。


「よし、証拠は押さえた。馬鹿だな……お前、いくら領主様から頂いた鳥を逃がしても町長の地位は揺らいだりせんぞ」


 続いて衛兵がやってきて男を引き摺っていった。


「……やれやれ。選挙がどういうものかよく分かっていない輩は本当に困る」

「ベイジャークさん、良かったですね」

「ああ、あれを放って置いたらフローラや私にも危害が及んだかもしれない。感謝しているよ」


 ベイジャークさんと僕は握手をした。


「民による自立、自治がこのオウマの街の誇りなのだ」

「へぇ……」

「さあ、これが今回の謝礼だ。受け取ってくれ」

「あれ、約束したのより多いですよ」


 ベイジャークさんが渡してきた革袋の中には金貨が四枚も入っていた。


「最初に勘違いして捕まえた慰謝料込みだ。すまなかった」

「そうですか……ありがとうございます」


 正直、路銀に不安のあった僕はそれをありがたく頂戴することにした。


「フィルくん、私の身代わりありがとうね。怖くなかった?」

「ううん? レイさんがいたから」

「そう……これは私から」


 フローラは去り際に緑のネックレスを渡して来た。


「魔除けの効果かあるんですって。旅人に人気のうちの商会の商品よ」

「そっか、ありがとう!」


 オウマの街の出口にはシオンとレタも待っている。


「また来てね!」

「うん、またね!」


 こうして再び、僕達は旅路へと乗りだしていったのである。

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