10話 人質の王女
「王女……」
この時の僕は相当間抜けな顔をしていたに違いない。その証拠に側で控えていたレタがクスッと吹きだした。
「これ、レタ!」
「おひい様申し訳ございません」
シオンにたしなめられたレタは頭を下げた。
「シオン様は同盟の為にサンレーム公国に嫁ぐ事になっているのです」
「嫁ぐ……って……君、僕とそんなに変わらないだろ」
「私もシオン様も十一になります。結婚は形式上のものです。実質……人質のようなものでで……」
「そんな……」
僕がシオンを見ると、シオンはこくりと頷いた。
「それにしても、二人でサンレーム公国まで行くのは無茶ではないかの」
「ホーマさん」
「ここから馬で駆けても二週間はかかるぞ」
ホーマさんがそう言うと、二人とも顔を見合わせてため息をついた。
「そうですよね……」
シオンは俯いた。その横でレタが手をあげる。
「あの、フィルさん。一緒にサーンレーム公国までついて来ては貰えないでしょうか」
「レタ! わきまえなさい」
「でも……おひい様……」
「私達がたどり着かなければ別の姫が嫁ぐまで。私達はかの国にいくしかないのです」
そんなシオンの悲壮な決意を聞いていたら……だって、ほっとけないじゃないか。
「レイさん、ちょっと旅行に行きませんか」
「ほう?」
「サンレーム公国はワインが美味しいと聞きます」
「ほほう?」
「その道中に、二人くらい混ざってもいいんじゃないかな、って」
僕の提案を聞いたレイさんはにっこりと笑った。
「ですって。よかったですねシオン、レタ」
「フィルさん……!!」
僕ははしゃぐシオンとレタの手をとった。
「でもね、僕はシオンが人質になる事なんて望んでない。シオンが幸せになれないって思ったらすぐにでも引き返すよ。それでもいい?」
「構いません」
シオンはおとなしく頷いた。せっかく仕事が決まったばっかりなんだけど、それはもういいや。今はこの二人の女の子が無事でいられる方が先決だ。
「と、いう訳でホーマさん……」
「ああ、男は女を守るもんだ。ぼうずは立派だぞ。二階は開けておくからいつでも帰ってこい」
ホーマさんはそう言って背中を叩いてくれた。その日はもう夜になっていたのでご飯を食べて寝る事にした。二人は思いっきり恐縮していたけれど二階のベッドは明け渡して、僕とレイさんは一階の店舗の隅に毛布にくるまって寝た。
「レイさん、ありがとうね」
「いいえ、私は召喚獣として当然のことをしたまでです」
レイさんはそういいながら、まるで僕を赤子のようにトントンしてくる。最初は嫌がっていたけれどその規則的なリズムにいつしか僕は眠りに落ちていた。
「それじゃあホーマさん、行ってきます」
「おう、レイがいるとは言え気を付けてな」
「ええ」
僕達は途中に補給しながら先に進む事にして、シオンとレタのマントと少々の食料を買って積み込んで馬車に乗り込んだ。
「それじゃあ、北北西に向かって出発!」
「了解です」
こうして馬車は出発した。荷台のシオンとレタはじっと赤い卵を見つめている。
「なにしてるの?」
「竜精に祈りを捧げていました。我々は竜を信仰する一族なのです」
「へぇ、この辺は月を神様だって信仰してるよ」
「竜を信仰するティリキヤの民族の権力者は、幼少時からワイバーンの卵を育てるんだ。孵ったワイバーンはその権力者の一生の友とするんだよ」
「へーえ」
僕は宝石のような赤い卵を見つめた。そっかこれは大切に育ててきたシオンの友達だったんだ。よかった、あんな男達の手に渡らなくて。
馬車はてくてくと順調に街道を走っている。このまま何もなければ一週間後にはサイレーム公国だ。
「今日はこの辺で宿をとりましょう」
「地図によるとここから少し先に宿屋があるみたいだよ」
僕達は宿屋についた。宿の親父さんが馬を厩にしまってくれる。
「へぇ、今日はお泊まりで?」
「はい、えーと……」
「二部屋お願いします」
レイさんが僕の肩をぐいっと押さえて宿の親父さんに言った。ふう、また同じ部屋なのね。
それぞれ荷物を置いたら、夕食の為に下で集合した。
「ごめんなさいね、こんなものしかなくて」
そう言いながら宿の女将さんが出してくれたのは酢漬けのキャベツとウサギのシチューだった。
「近くの村の作物がやられてこのざまなんだよ」
「へぇ、大変ですね」
「なんだか妙な植物が生えてきて、いままでの農作物が枯れてしまったのさ」
「ふーん……」
僕達はちょっと味気ない食事を終えて、その日は床についた。
「レイさん、やっぱりこっちに来るんですね」
「もちろんです」
僕はレイさんに羽交い締めにされながら、ちょっと別の事を考えていた。
「フィル、近くの村に寄ってみようとか考えてるんでしょう」
「……やっぱりレイさんには分かっちゃうか」
「私はフィルの召喚獣ですよ?」
「ほら、一応学園で植物学の授業もあったし……僕、魔法以外の教科はそんなに悪くなかったんだよ?」
「なにか村人の役に立ちたいんですね?」
レイさんは僕の頬をつつきながら笑った。このお人好し、とでも言いたいんだろうか。
「でも今はシオンとレタの付き添いだからなぁ」
「明日、二人に聞いてみましょう」
そして明けて翌日。二人に近くの村の様子を見てから移動したいと相談すると、二人はうんうんと頷きながら了承してくれた。
「困っている村人を放っておけないなんて、やっぱりフィルさんは素晴らしいです」
「そうですね、おひい様」
「あ……そう、ありがとう」
僕はキラキラしている二人を眩しく思いながら、ギクシャクと答えた。
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