3話 農村

「ふわーあ、よく寝た」


 僕は朝日を浴びて目を覚ました。大きく伸びをしてあたりを見渡して僕は仰天した。


「レイさん! なんで隣に……あっちにベッドがあったでしょ」

「つれないことを言わないの」


 気が付いたら僕のベッドにレイさんが潜り込んでいるんだもの。


「まったく油断も隙もない……」

「嫌だったか?」

「嫌とかそういう問題じゃなくてですね……」


 僕も男の子なのだ。たとえその正体が巨大なドラゴンだったとしても、きれいなお姉さんが横に寝ていたらドキドキしちゃうじゃないか。ぶつぶつ文句を言いながら僕はベッドから出てズボンと上着を着込んだ。


「僕、顔洗ってきます」


 そう言って泊っていた農家から外に出る。井戸はどこら辺だろう。あそこか。農家のおかみさん達が集まっているあたりに僕は歩いて行った。


「おはようございます」

「ああ、おはよう。もしかしてデニスの所に泊っている魔法使いかい?」

「ええ、まあ……そうです」


 正確には魔法使いの見習いなんだけど。僕が頷くと、おかみさんたちはわっと僕を囲んだ。


「へーっ、こんなに可愛らしいのにねえ」

「あの盗賊にはうちの村もほとほと困っていたんだよ」

「ありがとうねぇ」


 とっ捕まえたのはレイさんなんだけど……僕は微妙な気持ちでおかみさん達と話していた。


「じゃあ、顔洗いたいので井戸借りてもいいですか」

「ええどうぞ」


 僕は冷たい井戸の水で顔を洗う。ついでに布を濡らして上半身を簡単に拭いた。


「なんの用意もなく旅になってしまったからなぁ……この村で少し補給しよう」


 少なくとも食料は必要だ。あと食器。レイさんは物は食べないって言ってたけどコップくらい買っておきたいな。


「おおーい、ぼっちゃん」


 その時手を振りながら僕の所に来たのは昨日泊めてくれた髭のデニスさんだ。


「どうしたんですか」

「いやー、あの盗賊をどうしようか今相談していてな。あんたの連れの……」

「レイさんですか」

「ああそう、彼女はあんたに任せるって言うからさ」

「そうですか……」


 と、言ってもこんな所で盗賊を押しつけられても実際困る。


「村の方でなんとかして貰えませんか」

「いいのか? あの盗賊には二十万ゴルドの懸賞金がかかっているんだぜ」

「うーん、でも実際毎日困っていたのはここの村でしょう?」

「あんた……欲がないなぁ」


 デニスさんは呆れたように僕に言った。けどなぁ、大きな街まで盗賊を引っ張って行きたくなんてないんだよ。


「その代わりといっちゃあなんですが、旅の物資を都合して貰えないでしょうか」

「ああ、そんな事か。いいよ。うちで用意してあげるよ」


 デニスさんは人の良い笑顔で頷いた。そして朝食があるというのでデニスさんの家へと戻った。


「さあ、たんとおあがりね」

「わぁ……」


 デニスさんの奥さんが深皿になみなみとポタージュを注いでくれる。それにパンとチーズとたっぷりの果物。


「そっちのお嬢さんはいいのかい?」

「ええ、私はこれだけで」


 レイさんはお茶の入ったカップを掲げた。


「ぼうやはこれもね」


 そう言って、デニスさんの奥さんは新鮮なミルクも出してくれた。


「美味しい!」

「そうかい。ぼうやは随分痩せてるからねぇ……いっぱい食べなさい」


 僕はお腹がはち切れそうになるまで食べた。こんなに食べたのは学園での花の祭りの晩餐以来だ。


「フィル、荷物の用意が出来たそうですよ」


 僕がお腹をさすってると、レイさんが僕を呼びにやって来た。


「あ、本当ですか。奥さんご馳走さまでした!」


 僕がレイさんに連れられて村の広場まで行くと、そこには予想外の光景が広がっていた。


「おお、ぼうず。これを持って行きな」


 それは小ぶりな馬車だった。二台には干し肉にパン、チーズに干し果物と毛布に木製の食器が一揃い積まれていた。


「あの……僕達そんなにお金持ってないんですけど」

「なに言ってるんだ、盗賊を捕まえてくれたほんのお礼だよ」


 デニスさんはなんでも無いように言った。すると、村人の中から女の子がひとり。おずおずと進み出た。


「あの、これ……手慰みに作ったものなんですけど……良かったら使ってください」


 それは花の彫刻がしてある木のカップだった。


「この子は先月、盗賊にさらわれかけたんだ。貰ってやってくれ」

「はぁ……」


 僕はちらりとレイさんを見た。レイさんは無表情のままだ。


「じゃあ、頂いていきます。あの……ロージアンの街へはどちらに行けばいいんでしょう」

「ああ、それなら西に向かうと街道があるからその道沿いだよ」

「ありがとうございます!」


 僕達は村人達にお礼を言って、村を出た。


「……あの……何か怒ってます?」


 僕は手綱を握りながら無言のレイさんに問いかけた。


「……いいえ」

「嘘だー」


 僕が頬をふくらませると、レイさんは困ったようにこう答えた。


「フィルが女の子にでれでれしているものですから……」

「なにそれ! してないよ!」


 そりゃあちょっとかわいいな、くらいは思ったけどさ。っていうかそんな事でずっと黙ってたのか。訳が分からん。

 そんな僕等を乗せて馬車は、ロージアンの街にとたどり着いた。

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