第24話「悪い報せ」

 助けたミミ族の集落には、更に細分化された二つの種族があった。それはウサミミという種族とブタミミという種族であった。


 お互いの関係は共生に近く、細かい作業はウサミミが、力作業はブタミミがしているようであった。


 住んでいる家の方はと言うと、かやぶき屋根と土で塗り固められた壁があり、文明レベルは低く思えた。しかし、土の壁の方が暑い日は涼しく、寒い日は暖かい。住むだけなら、こちらのほうが合理的なのかもしれない。


 ロクスレイは家の中に案内されると、木の板に被せられた草で編んだらしきシーツに座る。座る時は固いと思いきや、それは実に柔らかい。どうやら草だけで編んだものではないらしい。


 ウサミミが木のお盆の上に土でできたコップを持ってくる。やや濁ったその水は湯気が出ており、聞けばキノコを煎じた物を煮だしてできた水らしい。つまり、キノコ茶だ。


 話には聞いたことがあったロクスレイであったが、なじみのないお茶に躊躇しつつも、失礼あってはいけないので口に付けた。


 すると、どうだろう。意外に上手い。癖はあるものの、湧かしただけのお湯などよりもずっと良い。


 聞けばキノコを干して粉末にした物らしい。これは、戦に行く兵士にも支給しておけば、不衛生な飲み水を摂取するリスクを下げられるのではないかと、ロクスレイは思った。


「ロクスレイ、さん。この度は感謝の念が絶え、ない。私はこの村で村長をしているスースという者、だ」


 独特なイントネーションで村長を名乗るスースは、年長者らしい。ただしロクスレイには一見して違いが分からない。どうにも毛の濃さに関係があるようではあるが。


 剛毛といって差し支えないスースは、それでも他のブタミミと比べて、毛の上からでも分かるほど筋骨隆々だ。とても年老いた、とは言い難い人物である。


 やや肥満体型なのを差し引いても、その膂力は同じ身長のトーマスの上を行きそうだ。


「ご丁寧にありがとうございます。こちらこそ命が危ないところを助けていただいて感謝しています。どうやら、モグリスタ共和国軍はブタミミ達を恐れているようですね」


「何度か返り討ちにした、からな。だが今回は他の集落の援軍に行っている隙をつかれ、た。敵を侮っていました、な」


 スースは鼻を鳴らしている。怒っているようだ。ロクスレイからしてみれば、餌を欲しがっているようにしか見えない。


「しかし何故モグリスタ共和国軍は集落を襲撃しているのですか? まさかフサール王国を攻め込むための拠点を造っているのですか?」


「その様子はありません、な。あればスース達が壊してい、る。奴らの目的はミミ族を捕まえることのよう、だ」


「捕獲のため……?」


 ロクスレイは思い出す。王国では既に禁じられているが、モグリスタ共和国にはまだ奴隷制度が残っている。とはいえ、比較的に人道や権利が守られているらしく、フサール王国側の奴隷達への工作はことごとく失敗している。


 ならばミミ族達が売られる理由も納得だ。物珍しさや労働力としては格好の的なのだ。それも自主独立で他の国の干渉がなければなおさらだ。


「最初は奴らも強引な手段は取ら、なかった。言葉巧みに移住や旅を勧めてスース達の身柄を拉致して、いた。それに気づいたスース達は奴隷商人を捕らえることに、した。同胞の居場所を聞き出すため、にな。そうすると今度は、兵隊たちが、来た。スース達は戦っ、た。今も戦って、いる」


「やや強引ですね。モグリスタ共和国がそこまでする理由が分かりません」


「スース達はどうやら高く売れる、らしい。それにスース達を獣人と言って、獣や家畜と同じレベルだと話して、いる。スース達には自由や権利がない、とも」


「……お気持ち察するばかりです」


 スースは手持ちの分厚い土のコップを割らんばかりに力を込めている。それでも自制しているのだろう。あの分厚い手の平が本気で握られれば、ロクスレイの手など木っ端にされる気がする。


「私に決定権はありませんが、ミミ族の独立保証を要請しましょう。ゆくゆくはミミ族の人権や自由、王国への入国の権利も。可能であれば軍事同盟を結んでモグリスタ共和国の侵入を阻止できるように図らいます」


「……正直に言え、ば。スース達は他の人間達を信用でき、ない。だがスース達の恩人、だ。話だけでもして、みよう。そして部族の長老連合にも紹介して、みよう」


 ロクスレイは確約でなくとも、その力強い言葉だけで十分だった。


 さて、そうなると外交官としての仕事もしなければならない。例えば、ミミ族の風俗についての調査だ。これを知らなければ外交の場面でミミ族に対して不快な対応をしかねない。


  ミミ族は放牧、狩猟が中心の部族だ。ただ規模は小さいものの、わずかに栽培しているのはキノコとイネ科の植物で、灌漑農業も行っているようだ。


 放牧は戦いの時に騎乗していたウマムシという生き物だ。大きさは鹿の二倍もある大きさだ。タルーゴ共和国で見た牛よりも更に大きい。


 性格はかなり穏やかで、大きな刺激を与えぬ限り動きもしない。だからブタミミは木のこん棒で乱暴にウマムシを叩き、動かしている。


 虐待ではないかと思うが、スースによればウマムシは外皮が固い。そのうえ、わざと熊や狼の目の前に現れて襲われるほど、強い痛みを欲しているらしい。被虐体質なのだろうか。


 その一方で食事はキノコだけ。騎乗して走らせると、鹿よりもわずかに遅い程度で、中々頑張り屋のようだ。


 また、養蚕にも使えるため繭を張るらしい。これは寝るために毎日出すため、ミミ族は藁の寝床を用意する代わりに糸を拝借して、服などに利用しているようだ。他にも草のシーツに編み込んで、緩衝材のようにも使えるらしい。


 更に、ウマムシからはミルクが取れる。量は少なく頻度もまちまちで生活必需品と言うより嗜好品のようなものだそうだ。


 追記するなら、ウマムシのミルクは昆虫の体液にヤギミルクを混ぜたような味でかなり不味かった。


 冶金技術を見れば、意外にミミ族の水準は高い。剣や槍を見ればどれも鋼をつかってある。


 ただ剣は研磨されておらず、これはわざとらしい。ブタミミの力では薄く研磨すると剣が折れてしまうため、打撃に使っているそうだ。


 こん棒と言えば弱そうに見えるが、威力はすさまじい。ロクスレイほどの大きさの岩なら一振りで縦に砕き。採掘にも使えるようだ。


 冶金についてはそれだけではなく、銅や錫の扱いに長けていることが分かった。装飾のために真鍮を作成することができ、細かい金属細工もお手の物だった。


 これはブタミミとウサミミが共同で行うそうで、ミミ族の連携の強さもうかがえた。


「絶理の箱で知っていましたが、真鍮は王国にない合金ですね。できればミミ族と技術的な交流も行いたいですが、よろしでしょうか」


「訪れるだけならスースの許可があれば、いい。スースは、許す」


 スースから快い承諾を受け、ロクスレイは喜んだ。普通、技術の伝承は不利になる部分の方が多く。断られる方が当たり前なのだ。ミミ族はその辺の損得勘定より他者の利益を考える人情があるようだ。


 いつも駆け引きと騙しあいを行っているロクスレイにとって、それは新鮮なことだった。


「今日はゆっくりとするが、いい。もしよければ長いこと滞在しても、いい。スースは歓迎、する」


「お気持ち感謝します。ですが、ここに滞在するのは他の仲間たちが来るまででよろしいです。きっと、すぐに来てくれるでしょう」


 ロクスレイはそう感謝して、スース達にその日の寝床を与えてもらうことになった。




 次の日、ロクスレイが考えていた通り派兵部隊の面々はスース達の集落に合流した。


 メイはロクスレイに跳びついて喜び、ミリアは心底安堵した顔をしていた。トーマス、ミラー、ウィルの三名はロクスレイがそう簡単にくたばるとは思っていないらしく。ミミ族に食われていないか心配だった、と軽口を叩いていた。


「まさかミミ族を懐柔しているとはな。こいつは驚いたな」


「懐柔とは聞こえが悪いですね。単なる人助けをしたまでですよ。ですが確かにそれはいいですね。トーマスを助ける時は弱みでも握りましょう」


「おっとっと、そいつは手厳しいな」


 トーマスは一本取られたとばかりに大笑いをしていた。


 それから派兵部隊は一時的な休息をとった後、再出発することになった。トーマスによればここからアルマータ帝国の傘下にあるディアーヌ部族連合の領土は近いそうだ。本格的に派兵部隊を休ませるのも、情報収集をするにしても、そこの方が最適ならしい。


 ロクスレイは最後に、スースに挨拶をしていくことにした。


「短い間でしたが、一晩泊めていただきありがとうございました。この恩は忘れません」


「いや、こちらこそこの程度で恩を返したとは思って、いない。必ず、ロクスレイの恩に報い、る。スース達も恩は忘れな、い」


 短い挨拶を終えて、派兵部隊は森の中を更に北東へ向かった。


 しばらく行くと、森を抜けて草原地帯へと出た。どうやらディアーヌ部族連合は放牧を生業としており、時期によって放牧のための移動と定住を繰り返しているらしい。半遊牧民、と言ったところだろうか。


 なので、彼らにも街という存在はあり、トーマスの道案内はそこを目指した。


 たどり着くまでの時間はそう長くかからなかった。日が落ちる前にはディアーヌ部族連合の街にたどり着き。全員の宿はとれぬかったものの、久しぶりに野営以外の食事にありつけ。派兵部隊の士気は少しだけ良くなった。


 その街には三日滞在して、トーマスは情報を収集した。すると、どうだろう。聞こえてきたのは悪い話ばかりだった。


「どうやらアルマータ帝国の首都が反体制派、つまり王女側の軍に包囲されてしまったらしい。しかも、数日前には援軍に来た連合が返り討ちにあい。包囲の解除は難しいそうだとも聞いたな」


「援軍が敗北? 何があったんですか?」


「戦場ではよくあることさ。兵が多く、策を講じても裏目に出ることがある。体制派の援軍は数で勝り、反体制派を包囲殲滅させるために中央を薄く、側面を厚くしたようだ。問題はそれが事前に悟られ、対策を練られたことだな。

 反体制派は中央に熟練の兵士を配置することで中央突破を狙った。元々体制派の中央は薄かったので、突破は容易かっただろうな。中央を突破された後は、分断した軍を逆に包囲。そうなると勝敗は明らかだ。体制派の援軍は、そこで塵尻となった」


「援軍の再編は望めないのですか?」


「無理だろうな。この戦で名だたる将軍はほとんど戦死するか、捕まった。残るは敗残兵。束ねる者がいれば良いのだが、勝つ見込みもない以上難しいだろう。後の援軍は俺達だけだ」


「それで、反体制派の軍はどのくらい残っているのですか?」


「戦によって多少は減ったが、それでも約二万。ちなみに包囲されているこちらの正規兵は三千人だそうだ」


「……」


 これは勝てない。負け戦だ。例え包囲を突破して合流したとしても、こちらは五千人。敵がわざわざ犠牲の出る攻城戦をしてくれるわけもない。包囲によって中の人間が干からびるか打って出るまで、それは続くだろう。


 しかし撤退はあり得ない。このまま状況を坐して待っていても、フサール王国の危機は去らないのだ。


「どうしたらいいの、ロクスレイ」


 派兵部隊を指揮する立場にあるミリアは弱音を吐いた。その気持ち、分からないでもない。


 けれども、ロクスレイがそれに共感するわけにはいかない。


「まずはアルマータ帝国の首都近辺まで移動しましょう。話はそれからです。現場に行けば、光明が見えるかもしれません」


 ロクスレイはそう楽観を口にするのが精いっぱいであった。

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