第百三十三話:マスター・イーストウィンド
ようやく仲間たちと合流した。
しかしこのまま城を出るわけにはいかない。
何せ武器を取り上げられたままなのだから。
「今すぐ
詰所に転がした兵士たちも、俺たちの武器の在処までは知らされていないようだった。
「若やお仲間が持っている武器はいわゆる逸品でしょう。おのずと何処に保管されているかは想像できるのでは」
貞綱の一言に、俺たちも何処に置かれているかは予測がつき始めた。
「宝物庫、あるいは武器庫か」
「武器庫はどっちかっていうと一般兵が扱うような雑多な武器が置いてある印象があるわね。一品ものならやっぱり宝物庫じゃない?」
ノエルの言葉に、誰しもが頷いた。
「とはいえ、確証は欲しい所ですね。我らの隠密に情報を集めさせましょう」
貞綱が首から下げている犬笛らしきものを吹くと、何処からともなく音もなく数人の隠密が集まって跪いた。
隠密は兵士の姿に擬装はしているものの、立ち居振る舞いは間違いなく俺が故郷で見ていた忍者そのものである。
音も気配も悟らせず動き、上の者の指示には忠実に従う。
貞綱は、既にシルベリア王国の者達にしっかりと忍者の教育を叩き込んでいるのだ。
「そなたらには没収された武器が何処に収められたかを探って欲しい」
貞綱の言葉に静かにうなずき、散れとの言葉で風の如く四方八方へと隠密は駆け出して行った。
俺たちはこれ以上騒ぎが広まぬよう、ひとまず地下牢の兵士たちを詰所に集めて押し込み、牢屋の一つに潜んで息をひそめる。
いつか兵士らの交代の時間が訪れるだろう。
それまでには何処に武器があるかを探って欲しいが、果たして。
「貞綱様」
牢屋に潜んですぐ、何時の間にか鉄格子の向こう側に隠密が立っていた。
もう情報を掴んだのか?
速い。いや、速いのは有難いがそれにしても優秀すぎる。
もしシルベリア王国と事を構える国があったとして、この情報収集力がある国を相手にするのは中々大変だろうな。
「首尾はどうか」
「はっ。兵士の一人にそれとなく聞いてみた所、宗一郎様たちから没収した武器はやはり、宝物庫に収められたようです」
「やはりか」
一度入った事のある場所だが、世界の希少かつ強力そうな武器防具、道具がこれでもかと言わんばかりに集められていた。
アーダルが賜った風魔手裏剣も、その収集物の一つであった。
とはいえ、俺の野太刀はただ代々受け継がれてきたと言うだけで見た目は何の変哲もない刀に過ぎない。
いや、宝に囲まれて暮らしてきたフェディン王には恐らくわかるのだ。
その武器の持っている力が。
長らく鬼を斬り祓い、魔の者をずっと退けてきた刀である。
観測者はこの野太刀には呪いにも似た力が宿っていると言っていた。
上位者、もしくはそれ以上の存在である者をも斬る事が出来る刀。
宝を集めてきた大盗賊の子孫の目は伊達ではない。
そして竜骨の大槌は、その素材からして貴重そのものである。
「宝物庫には魔術を阻害する紋様は描かれていなかったはずだ」
「でも、あそこは常に兵士が巡回してますよね」
「宝物庫前にも兵士が張り付いてるわ」
騒ぎを起こさずに侵入するのは不可能か。
宝物庫に侵入するには警備している兵士を排除し、なおかつ中を巡回している兵士も無力化しなければならない。
宝物庫を守る兵士は地下牢を守る兵士とは異なり、身なりが整っている。
城の中でも中々の腕前を持つ者であることは間違いない。
足止めをされている間に増援を呼ばれる事も考えられる。
貞綱が居れば兵士の排除は苦労なくできるかもしれないが、そもそも宝物庫の鍵は特殊な作りだった記憶がある。
如何にアーダルと言えども、鍵を破るのは難しいように思えた。
「兵士の排除は某がやるにしても、宝物庫の鍵の形状を聞く限り、ただ鍵開けの技術を持つだけでは無理でしょうな」
「錠前と数字を並べて開ける鍵はともかく、金属板を使った鍵は恐らく魔術を利用したものと考えられます。流石にそれは僕でも開けられません。魔術に通じた鍵屋でもなければ」
魔術に通じた鍵屋、と言えば錠前破りエルガドを思い出す。
看板を出さず、
どんな鍵でも複製できると豪語するだけの技術を持つ上に、鍵開けの技量も右に出る者は居ない。
魔術によって施錠された鍵すらも、魔術師に師事して鍵開けの魔術を習得したおかげで開錠できるという、まさに鍵開けの達人である。
だが、そのような鍵開けの達人も、ある国で下手を打ち追われる身となって命からがらイル=カザレムまで逃れてきた。
逃げる際に片足を失う羽目となり、泣く泣く盗賊稼業は引退したのだという。
「流石にエルガドを雇う暇はないな」
フェディン王は今この瞬間にも迷宮を進んでいるだろうし、暗殺教団とてどれくらい保つかもわからない。
鍵開けは諦め、壁を破るしかないだろうか。
それも時間はかかるが、今の所他の手段は思いつかない。
「その辺りは心配せずとも大丈夫です」
「どういう事だ、貞綱」
「確証が得られたのなら、もうこの地下牢に用はありません」
貞綱には何か策でもあるらしい。
言葉に従いつつ、周囲に気を配りながら地下牢から城一階へと通じる階段を上がっていくと、人影が見える。
兵士かと身構えながら近づくと、それは見慣れた老人であった。
「ようやく上がって来たか。さっさとこの城から脱出したいのに待たされるとはの」
「フォラス殿! 戻ってこられたのですか」
「お主らを見捨てて逃げる訳が無かろう。全員が掴まったら全てが終わる。仕方なく脱出したまでじゃ」
「ご老人、お待たせ致しました」
「面識があるのか?」
貞綱に問うと、にやりと笑って答える。
「隠密と共に急いで城に向かっている途中、ちょうど自分の前にこの御方が転移して現れまして。何事かと思ったのですが、若の仲間と聞きまして我らの事情を話しました」
「みすぼらしい老人の戯言と思われてもおかしくはなかったが、儂を信用してくれて助かったわ」
「例え罠としても、この国の兵士如きに囲まれるくらいなら難なく撃退できますしね」
その言葉に違わぬ実力を持つ貞綱だからこそ、見知らぬ老人の言葉も信用出来たのであろう。あるいはフォラスの事も、イシュクルに聞いていたのかもしれない。
「フォラス殿と合流出来たのなら、宝物庫にも容易に入れるな」
「城の作りは昔から変わっておらん。しっかり座標を把握しておるよ」
頼もしい言葉である。
宣言通り、さっそく空間転移を行ってもらうと、宝物庫の隅っこに転移した。
兵士の巡回がある。
質の良さそうな長剣に鎧兜と、しっかりと装備が整った兵士だ。
巡回という退屈な仕事であろうとも、気を抜かずに一つ一つ場所を確認している。
例え鍵を破ったとしても、一介の冒険者程度なら難なく撃退するであろう兵士に間違いなかった。
しかし、今ここに居るのは手練れの忍者と侍である。
アーダルと貞綱は音もなく兵士の背後に忍び寄り、首を絞めるなり当て身で気絶させるなりして次々と兵士を片付けていく。
感心した様子でアーダルと貞綱の処理を見る、フォラスとノエル。
「手品みたいにバタバタ倒れていくわね。こういっちゃなんだけど面白いわ」
「忍者とやらも凄い手技を持ってるもんじゃの。貞綱殿も侍ながらやるものじゃ」
「忍びは当然でありますが、侍も無手でも戦えなければなりません。戦場においてはいつ武器を壊すか失うか、分かったものではないので」
「その心構えは大事じゃ。儂ら魔術師も、近接戦闘を挑まれた時でも戦えなければならぬ」
そんなやり取りをしている内に、あっという間に制圧してしまう二人。
相手を殺さずに無害化するのは難しいのだが、いとも簡単にやってしまうのは素晴らしい。
無力化した後は急いで宝物庫を物色する。
古今東西から集められた武具や道具の山を探り、ようやく俺たちの武器がある場所に辿り着いた。
部屋の中央の台座に置かれており、それは間違いなく三船家の無銘の野太刀、竜骨の大槌、そして風魔手裏剣であった。
「短い間なのに手に馴染んだ武器が無いと言うのは、やはり心細さを覚えるものだった。不本意ではあったが手放してしまい、すまない」
武器を回収し、各々が手に持つ。
やはり一番手に馴染んだ武器が良い。
「もうこんな所に用はなかろう。さっさと脱出するぞ」
フォラスが言い、空間転移で城から脱出した。
さて、改めて暗殺教団の、アル=ハキムの居室に向かう。
暗殺教団を潰すとは即ち、アル=ハキムを殺す事を意味する。
頭さえ潰せば、組織は大抵瓦解するものだと城の連中も考えている事だろう。
「とはいえ、何処から行くべきか」
「お店の真正面は城の手先で一杯でしょう。無用な争いは避けるべきです」
貞綱の言葉はもっともである。
これから迷宮にも突入しなければならない以上、消耗はできる限り避けたい。
アル=ハキムの首を狙っているように、俺たちも相手の頭を狙って叩き、兵士の士気を挫いて撤退させるのが最上だ。
「だったら、僕たちが以前通った道を使いましょう。井戸の中にある暗殺者になるための試練の道のりを」
その道には覚えがあった。
店の枯れ井戸から入り込み、隠された昇降機がある。
それは地下闘技場に直接通じている。
「鍵はあるか?」
「最近マスターキーをもらいました。ハキムさんの居室以外の鍵なら全て開けられます」
「随分信用されてるのね」
「イシュクルさんが作ってくれたんですよ。何かあったら自分が責任を取ると」
イシュクルはアーダルを心底気に入っているのだな。
その恩に報いるべく、アーダルは戻って来るぞ。
「急ごうか」
俺たちはアル=ハキムの店の裏口に回る。
正面は流石に多くの兵が詰めかけていたが、裏門はさほどではない。
それらの兵士を音もなく排除しつつ、枯れた井戸のくぼんだ石を手で押し込む。
井戸の壁がせり出し、梯子と変わった。
「そんなに昔の事じゃないのに、妙に懐かしく感じますね」
「全くだな」
あの頃のアーダルはまだ盗賊だった。
いまや忍びとして日が浅いとはいえ、立派に成長している。
感慨深いものがあるな。
井戸の中を今度は五人で降りていく。
じめっとした空気の中に漂うかび臭さは相変わらずだ。
一歩一歩、足元を確かめながら降りていく。
渇いた井戸の底に辿り着いた。
アーダルが以前と同じように井戸の壁を探り、微妙に出っ張っている石をひねると、壁の一部が上へとせり上がって先へ続く道が開けた。
灯りの奇蹟を唱え、遠くまで見渡せるようになる。
当時と変わらぬ、石畳が敷かれた床に岩を利用して作った壁と天井。
隠し扉の先を歩き、今度は鉄製で作られた扉の上を、アーダルは鼻歌を歌いながら開錠する。
次にあるのは警報機だったか。
一歩踏み出せば警報機が鳴る、かと思いきや不発であった。
「以前はこの床を踏むと警報が鳴る仕組みだったんだが、壊れたか」
「それか試験なんかやってる場合じゃないって事でしょうね」
勝手に納得しつつ、この付近の壁にあった隠し扉を探ってもらう。
よくよく探してみると、隠し扉の目印となる物はわかりやすかった。
入り口付近の壁の中に、妙に小奇麗な一部分があるのだ。
他の壁はくすんで汚れているというのに。
その綺麗な一部分の岩をぐっと押すと、やはり上にせり上がり、昇降機が姿を現した。
昇降機の鍵を開き、中に入り込む。
「どの
「この中にはありません」
アーダルは言うと、釦の付いている覆いを外した。
その下から、階層が書かれていない無地の釦が姿を現した。
「何もかも隠しているのね。当たり前だけど念入りなのが恐れ入るわ」
ノエルが呟くと、アーダルが返す。
「簡単に辿り着かれたら商売あがったりですからね。昇降機の場所が暴かれても、知らなければこうやって闘技場に簡単には辿り着けるようにはならないですし」
「アル=ハキムは用心の塊のような男なのだな」
そうでなければ暗殺など稼業として務まらないだろうと貞綱は頷く。
昇降機は音もなく、速度を速めながら地下へ落ちていくかのように降りていく。
階層を示す針もいつしか、仮の最下層を指してからは動かない。
それでも昇降機は下へ下へと降りていく。
さながら地獄へと繋がっているのではないかと錯覚するくらいに。
やがて、不意に速度を緩め始める昇降機。
唐突にガコンと大きな音がし、停止した。
昇降機の扉が自動で開き、その先には血で赤黒く錆びた、鋼鉄製の大きな扉がある。
闘技場の扉。
それを数人で体重を掛けながら、ゆっくりと開いていく。
ぎしぎしと、錆を落しながら開く扉。
完全に開ききり、闘技場の中にはいると既に城の兵士たちが詰めかけていた。
青い魔光灯の光に照らされた闘技場の中央には、倒れている者達がいる。
統一された兵士達とは異なり、それぞれが全く違う装備を身に着けているが、共通しているのは誰もがなるべく身軽である事だった。
どうやら、暗殺者たちの死骸であるらしい。
暗殺者は正面切っての戦いには必ずしも強くない。
中にはディーンやアンナのような、冒険者顔負けの強さを誇る者もいる。
しかし大体は、標的の不意を打って暗殺を仕掛ける者が多数だ。
故に真正面からの、純粋に技量や力の強さが問われる戦いとなると脆い。
もちろん集められた兵士は、精鋭が揃っているに違いない。
雑兵とは異なる質の良い装備と、兵士たちの肉体が鍛え上げられているのがその証拠だ。
また先日、暗殺者の選別が結果的になされた事もあり、単純に数も減っていた。
戦力的に劣勢となり、削られて最終的に残ったのがイシュクルのみとなったのだ。
暗殺者の死体の山のただ中に、無表情を保ったまま立っているダークエルフの忍び。
彼の胸中や如何ばかりか。
「アサシンとやらも大した事はないのう」
大声を上げながら前に出てきたのは、迷宮の入り口で俺たちに偉そうに応対した大臣である。
禿げ頭を光らせながら、短く整えた顎鬚を撫でつけて勝ち誇った笑みを浮かべている。
わざわざこのような場所に出てくるのは殊勝な心掛け、なのか。
ただ兵士たちはいかにも煙たがっているような顔をしているが。
その時、イシュクルの目が細められる。
「なんだ、アーダル。お前ら迷宮に行ったんじゃなかったのか」
その一言で、周囲の視線がこちらに集まる。
反射的に俺たちは身構えた。
「貴様ら脱獄などして命は惜しくないのか。だがこれで、貴様らを殺す大義名分が出来上がったな。国を揺るがす反逆者が脱獄し、抵抗が激しかったためやむなく殺害した。うむこのような筋書きで行こう」
大臣はほくそ笑む。
やはり俺たちを生かすつもりはなく、最終的には殺すつもりだったのだな。
「初めて大臣の御顔を拝見いたすが、欲に塗れた顔つきでこれは国を動かすには相応しくありませぬな」
貞綱の言葉に、流石に顔をしかめる大臣。
「何者だ貴様」
「某は闇に生きる者、とだけお答えしておきましょう。してイシュクル殿。如何致しますか」
貞綱が水を向けると、イシュクルはふっと笑みを作った。
「何を笑っている。アサシンギルドはもはや風前の灯。貴様らはこれから先のイル=カザレムには不要なのだ。大人しく滅びの運命に従え」
大臣が叫ぶと、イシュクルは更に大きく犬歯を露わにするほどに笑った。
「運命だと? 運命なんてのはな、誰かに決められるものじゃねえ。てめえの力と運で以て、自らの願う結果を引き寄せるんだよ!」
俺はこの時、誰かが言った言葉を思い出していた。
笑顔とは、元は肉食獣が獲物を前にした時に牙を剥きだしにする行為であると。
その時の獣の感情が如何なるものであるかは思いも寄らないが、イシュクルが今抱く思いについては、幾許かの想像はできる。
瞬間、イシュクルの周囲の空気が大きく歪み、闘技場全てに殺意が満ちた。
その殺意はさながら、脊髄や脳髄に氷を詰め込まれるが如く。
「傲慢にも思い上がる連中に思い知らせてやろう。何故、俺がマスター・イーストウィンドの別名を賜ったかを。その眼によく焼きつけ、冥土の土産にするがいい」
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