第百二十話:初夜が明けて
俺とアーダルは
倒れた彼女に対し、俺は膝立ちになって覆いかぶさる形になる。
彼女の羽織っている
激しく脈打つ心臓の鼓動が感じられる。
薄く赤みを帯びていた肌は更に赤く染まり、触れている手にはしっとりとした感触が。
体の熱が更に上がっていく。
お互いに顔をそっと近づけ、口づけを交わす。
彼女の目をじっと見つめると、静かに頷き、身を委ねてきた。
* * *
「……朝か」
一夜を明かした。
まだ傍らには眠っているアデーレこと、アーダルが居る。
薄い布だけを羽織り、寝息を立てている。
その下は素肌だ。
深い眠りに陥っていて、少しくらい物音を立てたとしても目覚めないだろう。
無理もない。
初めてに加え、あれだけ激しく愛し合ったのだから。
「初めてにしては大分積極的だったな……」
俺とノエルの一夜を覗いていたらしいし、好奇心は旺盛なのかもしれない。
昨夜の事を思い出していると、また欲望がむくむくと立ち上がって来る。
まだ地平線から太陽が頭を出している時。
もう一戦くらいは交えられるかもしれない。
そんな事を考えていると、扉を拳で叩く音がした。
朝の
「う、うん……。朝?」
思いの外扉を叩く音が良く通ったせいか、アーダルが起き上がった。
「もう少し寝てていいぞ。俺が対応する」
寝ぼけ眼で俺を見た後、また寝台にゆっくりと倒れるアーダル。
「御苦労様、何の用で……!?」
扉を開けると、立っていたのは宿の従業員ではなくノエルだった。
「おはよう宗一郎。よく眠れたかしら」
終わった。
俺の脳内にはその一言が全てを占めていた。
今すぐに机の上に置いていた打刀の脇差の方を手に取り、浴衣の前をはだけて腹を晒し、正座する。
けじめをつけなければならない。
腹を斬り、みずからの謝罪として命を投げ打つ。
それが侍の責任の取り方だ。
「ちょ、ちょっと待って宗一郎!」
刃を抜き、いざ腹に突き立てようとした所でノエルが慌てて止めに来た。
その時、まどろんでいたアーダルが起き上がる。
「騒がしいなぁ」
ノエルの視線が、アーダルの方へと向いた。
修羅場が始まるのか。
俺の背筋に冷たいものが走り、額に冷や汗が浮かび上がる。
女同士の喧嘩は、男にとっては非常に頭の痛いものだ。
特に男を巡ってとなれば、日頃取り繕っている態度なんかはどこへやら。
敵意と憎悪を剥き出しにして口ぎたなく罵り合い、取っ組み合いとなるのが相場だ。
以前、父親の側室同士が喧嘩となった時、家来たちが無理やり引きはがすまで髪を引っ張りあったり、爪で引っかいたり絹を裂くかのような叫び声が上がったりとかなり騒々しかった事を覚えている。
そうでなくとも、平時から聞きたくもない陰口を叩き合ったり、陰湿な嫌がらせを仕掛け合ったりと、傍から見るだけで辟易するものがあった。
すわ、迷宮探索もここで仲間割れとなって終わってしまうのか。
そう思っていたが。
「アーダル、おはよう。昨夜はどうだった?」
「どうと言われても……凄かったとしか」
アーダルは頬を赤らめ、俺の方をちらと見て顔を伏せる。
それに対し、満足気な笑みを浮かべるノエル。
一体どういうことだ。
俺の頭の中には今度は困惑の文字が浮かび上がっている。
ノエルが俺に対して微笑みかける。
「貴方が責任を感じて腹を斬る必要なんて何もないわよ。わたしとアーダルとの間で既に話が付いてるから」
そういう事なのか?
知らぬは俺ばかりなりという訳か。
(注:ノエル外伝十六話:ガールズトーク参照)
「それにさ、貴方がわたし以外の彼女を一人二人作った所で大した事じゃないわ。最後にわたしの所に居てくれれば良い。貴方の人生の最後まで添い遂げるのは、わたしだけ」
噛み締めるように、呟くように。
ノエルは俺の目を真っすぐに見た。
ハーフエルフの長き寿命ゆえの運命。
エルフほどではないにせよ、三百年ほどの寿命があるハーフエルフ。
大病や大怪我で寿命を縮めるような事が無い限り、共に暮らせば俺たち只人のような短命種の人生を何度か見届ける事となるだろう。
愛する者の行く先を見届け、また愛する者が出来れば共に生きる。
長命種は幾度となく永遠の別れを経験する。
その思い出を幾つも心の中に作り、長き生の慰めとし、長い夜を過ごす為に過去を慈しむ時間を持つのだとノエルは語る。
「二人の間で合意があるのなら、それは良かった」
「昨夜はアーダルと楽しんだのだから、今夜はわたしとね」
ん、どういう事だ?
訝しむと、ノエルは懐から小瓶を取り出してにまっと笑った。
中には粉末状の薬が入っているようだが。
「これ、何だと思う?」
「薬だろう。だが何が入っている?」
「これね、ドラゴンの睾丸から成分を抽出した強壮剤。昨日、これを宗一郎の料理に混ぜました」
いたずら小僧がいたずらを見つかった時のような顔をするノエル。
「昨日の昂りはまさか」
「ごめんね。全部わたしたちが仕組んだことなの」
アーダルが深刻そうな顔をしていたのも、俺の注意を引く為だったのか。
なんてこった、俺はハメられていた。
「だがしかし、俺の料理に何か混入しようとしていたのならフォラス老が咎めるはずだ」
「わたしもそれが懸念だったんだけど、あのおじいさん、堅物そうに見えて意外とお茶目よ。わたしとアーダルが目配せしただけでこっちの意図を理解したのか、全部知らんぷりしてくれたわ」
あの老人め、面白そうな事が起きるなら全て見届ける気質の方か。
ついでに、机に鎮座しているアラハバキもなにやら文字を光らせていた。
(昨日の君達の営み、生殖行為と言うらしいな。実に興味深いものだった。私の同類と生命体と遭遇する事があれば、是非とも試してみたいものだ。我らに雌雄の区別があればの話だが)
「覗きとは感心せんぞ。最中は押し入れの中に仕舞い込んでいたはずだが」
(あの程度で私の視覚を遮られると思っているのなら浅はかだ。君達のいわゆる目から得られる情報より、私の視覚はもっと幅広い情報を得られるのだから)
成程、おみそれした。
アラハバキには全てがお見通しと言う訳だったのか。
「じゃあ、そういうわけだからこの薬、あとで飲んでね。今夜は寝かさないから」
そう言って、ノエルは小瓶の薬を部屋に置いて去って行った。
普通その台詞は俺が言うものじゃないのか。
今日は既に先が思いやられる。
「あのう、朝食をお持ちしましたが……」
入れ替わりに、本当の従業員が朝食を持ってきた。
「すまない、ついでに元気が出る食材をもう少し追加で頼む。例えば、
「構いませぬが、朝からそのような物を食べるのですか?」
訝しむ従業員に、俺は答えた。
「ああ。少しでも精のつくものを食べて戦いに備えなければいけないからな」
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