第九十六話:彼らの足取り


 AztoTHの日記を読み進める度にリーンハルトの顔が険しくなっていく。

 

「読み進めるのが苦痛なら、ある程度飛ばし飛ばしで読んでもかまわぬのだぞ。目的はあくまでパスコードなのだから」

 

 俺の言葉に、リーンハルトは首を振って言い切った。


「これは我の罪の証だ。彼がどのような歩みを経て来たのかを知るのは我の義務でもある。結局我のせいで世界を崩壊させてしまったのだから、この程度で辛いなどと言っていたら彼らに申し訳が立たない」

「難しい事言ってるけど、貴方がそうしたいのならそうすべきよ。何より貴方が内容を読んでくれる事で、わたし達もあの上位者とかいうのの考え方とかが分かったら、戦いに役立つでしょ」


 ノエルの言う事に俺も頷いた。

 確かに相手の思考や性格をこの日記から読み取れるのなら、対峙した時に行動をある程度読めるようになるかもしれない。

 続けてリーンハルトは読み進める。


”X月X日。寄生体に対する反撃に出るものの、異常な再生力に加えて寄生された者が敵対して襲い掛かって来る事に対し、こちらは劣勢を強いられ続けている。見知った者が変わり果てた姿となり、襲い掛かって来るのを冷静に対処できる者はそう多くはない。自分も家族を手に掛けるまではそうだった。”


”X月Y日。あらゆる生命体に寄生し増え続ける寄生体に対し、我々は成す術も無かった。既に一つの星を支配され、我々は脱出したものの寄生体は宇宙船に忍び込み、本拠の星であるXXXXにまで寄生体が侵入してきてしまった。絶望的な戦いを強いられる。”


”Y月Z日。遂に我々はある地方の一つの建物に押し込まれた。自らの尊厳を踏みにじられたくない者は皆が自決した。そして寄生された者が襲い掛かって来る。地獄の釜が開き、亡者が襲い掛かって来るような光景。自らの尊厳を保つべきか、最後まで抵抗すべきか。迷っている間にもどんどん敵は迫って来る。残り少ない銃の弾丸を放ちながら、自問自答は続いていた。”


 そして、不意に彼に奇蹟のようなものが訪れる。


”Y月Z日AA時。

 全ての生命体が寄生体に支配され、絶望の世界が訪れた。

 それなのに私だけは寄生されたものの未だに意識をはっきりと保ち、それどころかかつての姿とは大幅に様変わりをしてしまった。

 寄生体に支配されているどころか、まるで新たな生物に生まれ変わったかのようだ。

 自分以外にも、私とはまた違う形に変異した者たちもいる。

 これは一体なんだ?

 と疑問を持つ前に私の目の前に姿を現した者が居た。

 これこそが「神」だと私は直感した。

 「神」は元々いつでも私達の側にいたらしい。

 私達に存在を感知する能力が無かっただけで。

  

 その神曰く、進化を促して君達を世界の滅亡から救いたかったのだとのたまった。

 

 救いたいと言われ、全身の毛穴から蒸気が沸騰するかのような思いを抱いた。

 神からの言葉は直接脳に伝えられ、何もかもが鮮明に理解できた。

 それでも、寄生体を送り込んで阿鼻叫喚の地獄に世界を陥れるのは何が救いなのか、自分にはわからなかった。

 いっそのこと死んだ方がマシだ。

 言われた滅びの時が訪れるまでは数万年も先であった。

 俺たちにはまだ時間があったが、神は何を焦ってこんな事をしでかしたのか。

 最後まで私達が足掻くのを待てなかったのか、奴は。


 負の感情が爆発し、思いのままに放出した。

 すると神は一瞬にして肉体が消滅し、精神、魂だけとなってしまった。

 瞬間、おぼろげに自分でも感じられた気配があった。


 世界が崩壊する。


 宇宙がさらさらと別の何処か、虚無へと零れ落ちていく。

 誰にも止める術はない。

 目の前にいる神ですらも。

 もちろん自分では成す術もないのがすぐに理解できた。

 故に少しでも自分たちと言う存在をつなぎ止め、次の世代を迎える為にも異空間・異次元間移動を行える船を作るのは急務だった。”


”世界崩壊後、数か月経過。

 船は完成し、眷属へ変化した仲間と変化しかけている仲間を船へと招き入れ、崩壊し続けている世界から脱出を果たす。

 今この瞬間から、私達は故郷を失い放浪する身の上となった。

 新たな故郷となる場所を果たして見つけられるのだろうか。”


”世界崩壊後、もはや幾年経過したかも定かではない。

 恐らく数千年は過ぎているように思う。

 眷属となった仲間は私の言う事を忠実に聞いてくれるが、心を打ち明けて何かを話し合えるような間柄では無くなってしまった。

 というのも、彼らの考えている事は全て私には分かってしまう。

 自分の考えを知らず知らずのうちに読み取られているというのは、相手からしたら不安を覚えるだろう。

 だからあえて眷属とはある程度距離を取っている。

 最早、彼らと私は同じ種族ではない。

 昔の腹の底からお互いに笑いあえるような間柄にはなれないのだ。”


”世界崩壊後、恐らく一万年経過。

 私の同種の仲間を作れないかと、船内の施設で色々試してみたものの、やはり進化の手だてにはあと一つ足りないように思う。

 私を進化させた寄生体の事も調べているが、どうにも船内の施設では調べきれそうにないのが現状だ。

 崩壊前の世界にあった、遺伝子分析機でもあればもっと詳細が分かろうというのに。

 出来る限り寄生体を改良してみたが、結論から言えば進化には全く寄与しなかった。

 進化しかけた仲間たちにこれを植え付けてみたが、スライムのように体が崩れて不定形になってしまうばかりだった。”


”世界崩壊後、二万年くらい過ぎた後。

 自分はいわゆる上位者になったと認識している。

 しかし未だに自分の感覚は以前の生命体であった頃を引きずっている。

 進化したからと言って、出来るようになったことと言えば相手の思念を読み取る事と自らの思念を相手に飛ばすくらいだ。

 あとはこの世界の成り立ちや次元の在り様を知見を得て理解したことにより、体の位相を意図的にずらす事も出来るようになったが、それが何の役に立つのかは今の所わからない。

 もうひとつの上位者であった「神」はいまや私達と同じ世界線には存在せず、誰も何も教えてはくれない。

 眷属たちは私ほど長く生きられるようではないので、コールドスリープ施設で交代で眠りに着いている。

 私は眠る事すら忘れてしまった。

 いや、正確には眠っていても第三の目というべきものが私の体から離れて辺りを眺めているのだ。それは便利なのだが、全く今までと感覚が異なり未だに慣れていない。”


 日記の内容は「彼」の此処までに至る苦労の内容を記している。

 だが、まだパスコードとやらの仔細には至っていない。


「まだ記載はないのか?」

「まだだ。もっと読み進める」


 そして内容は、こちらの世界へ来てからの記述へ変わっていく。


”世界線を何度か移動して数か月。

 暗黒の宇宙を放浪するばかりであった我々に、ようやく一筋の光明が見えた。

 かつて我々が住んでいたような、水と空気が存在する星を見つけたのだ。

 星には生命体も多数存在し、中にはかつての我々のような知的生命体が存在するのも確認した。

 うまくいけば、私の仲間を作れるかもしれない。

 しかし気がかりな事に、最近船の調子が悪い。

 エンジンのコアとして使っているものが機嫌を損ね、航行が不安定になりつつある。

 どうにか機嫌を直してもらわなければ。

 星は目前にあるというのに、こんな事で諦めたくはない。”


”世界線を移動して一年。

 ついに船のエンジンがダメになった。

 とはいえ、惰性による航行で星へ突入できる軌道に入ったのは確認した。

 いよいよ我々は入植する。”


”世界線を移動して一年半。

 星へ突入したはいいものの、その内容は墜落と言っていい程にひどいものだった。

 幸い船はバリアフィールドを展開する事で衝撃を和らげ、船内に被害はなかったものの地中深くまで埋め込まれてしまい、地上がどのような様子であるのか全く判断できない。

 そして墜落した場所は、どうやら人の手によって作られた地下施設らしいことが判明した。

 大体は生物が微妙に変化したものが生息しているが、たまに機械に似ているものや私と同様の存在――いわゆる神や悪魔を名乗るもの――が居るのも確認している。

 そして上層には、怪しげな宗教を信ずる者達が居たが、彼らの信仰するものをみて私は仰天した。

 信仰の対象たる御神体は、あの「神」を模したものだったからだ。

 同時に、明確にあの「神」の気配を感じた。

 忘れかけていた憎悪が一瞬にして蘇り、今こそ奴を滅する時と私の魂は告げている。

 手始めに、この信者達を実験ついでに連れていく。

 奴が情に篤いのは知っている。

 きっと取り返しに来るはずだ。”


 日記の記載はここで終わっている。

 だいぶ興味深い内容であったが、パスコードなるものの記載はついになかった。

 アーダルが首を傾げながら言う。


「彼は上位者としてはまだ日が浅いんですかね」

「まだ幼年期と言ってよい。我の年齢を君達の基準に直して言えば、恐らくは十数億年くらいだろう」

「十数億年って……気の遠くなるような年数ね」

「だから前の世界の彼らの時間感覚との違いが理解できずに気が逸り、世界を滅ぼしてしまったのだ」


 それは最早神の如き存在と言ってもおかしくはないだろう。

 十数億年生きる存在など、上位者という言葉で例えられるようなものではない。


「だが、それでも我は神などではない」

「何故だ。AztoTHはお主を神と言っていた。俺から見ても神のようなものと思ってしまうくらいんは、存在として超越しているだろう」


 俺が言うと、リーンハルトは自嘲気味に笑った。


「真に我が神であるのなら、このような失態は犯さない。時をも操ってみせ、世界の崩壊が訪れないようにするであろう」


 リーンハルトは日記を閉じて、机の中に仕舞い込んだ。


 引き出しの他の場所を探していくと、何やら見た事の無い道具を見つける。

 この船内にあるものは大抵見た事がないものであるのだが、何といえばいいのか。

 黒い金属の箱のようなもので、所々に出っ張りがある。

 でっぱりの一部に触れてみると、目のような場所から光が投影されてそこから映像がうかびあがった。

 それはAztoTHの姿であった。

 声と共に、AztoTHの日頃行っている報告のようなものが映し出されている。


「これは映像記録だな。日記以外にもこんなものを残しているのか」

「随分とマメな性格なんですね」


 異形の声は果たして聞き取れるものなのかと思いきや、意外とそんな事はなく声として聞けるものではあった。

 だが勿論言語が何であるのかは全く判別は付かない。

 リーンハルトが映像を分析していると、途中の所で一旦映像を止め、また数秒戻してから再生を始める。

 そして急いで言葉を紙にメモし、我々にわかる言語で書き直して見せてくれた。


「パスコードがわかった。この四桁の数字の並びだ。パスコードは定期的に変更されるらしいが、今映像を確認した限りではこれが現状最後の変更されたコードらしい」

「汚い文字だな」

「走り書きだ。仕方あるまい」


 それにしても、ミミズののたうったような文字はどうにかした方がいいと思うが。

 ともかく、4286なる数字の羅列を得た。

 次には目を得る方法だが……。


「次はどうするんだ?」

「船の下層には培養槽がある。そこに向かうぞ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る