外伝十二話:分断されるパーティ

 宗一郎の近くに駆け寄っていく。

 あれだけの炎を浴びて、奇蹟の加護を得ているとはいえ無事では済まない。

 宗一郎は果たして、火傷は負ってはいたものの思ったよりは酷く無かった。

 

「傷を見るわね」

「ああ」

「ん、これならミディアムヒール中回復で良さそうね。あの炎の嵐の中、どうやって怪我を抑え込んだの?」

「咄嗟に俺も旋風つむじかぜを出して風の流れを作って炎をいくらか避けたんだ。しかし、完全に熱を遮断しきれなかった」

「それでも十分」


 さすがは宗一郎。

 やっぱりわたしの惚れた男だけはある。

 わたしがミディアムヒール中回復を唱えると、手のひらから柔らかな光が溢れ出し、怪我をした部分に手をかざすと光は手から離れ、怪我の部分をなぞっていく。

 すると怪我は徐々に治っていき、元の状態へと姿を取り戻していく。


「すまない、助かる」

「これが僧侶の役割だもの」


 それよりもわたしは聞きたい事があった。

 じろりと宗一郎を睨みつけると、一瞬彼はたじろいだ。


「殺気の山羊頭の騎士との戦い、妙に手こずってたわよね。あれは何?」

「いや、本当に相手が強かっただけだが」


 宗一郎は嘘が下手だ。

 あからさまに顔を逸らして、わたしの目を見ようとしない。

 宗一郎は誠実と実直をそのまま表しているような人間だ。

 少なくともダークエルフのような、口八丁で世渡りをしているような人ではない。

 こうやって嘘を吐く宗一郎は子供みたいに微笑ましくもあるけど、今はその嘘を笑って見逃すわけにはいかない。


「貴方と一緒に何年戦ってきたと思ってるの? あんまり見くびらないでほしいわね」

「……すまない。正直に話すよ。この先の探索を考えると、全力を振り絞るのは良くないと思っていた。潜在能力を引き出す霊気錬成の型・瞬息や刹那を使う事をもちろん考えたが、使用後に反動が来てしまう」

「一瞬だけ使えばいいんじゃないの?」

「一瞬でも結局は同じ事だよ。迷宮探索は始まったばかりだし、俺の後ろには今は仲間が、ノエルがいると思ってしまった。いつの間にか、俺は甘えていたんだ」


 宗一郎は溜息を吐いた。

 確かに、わたしが死んでからはパーティは解散し、宗一郎はわたしを蘇らせるためにほとんど一人で迷宮を歩いていた。

 ようやく仲間に加わったアーダルも盗賊で、戦闘時の戦力としてはあまり期待できなかった。

 一人でずっと全力を尽くして戦ってきた、孤独な侍。

 仲間が戻って来た事で気が緩むのは仕方ないかもしれないが、それでも言わなくちゃ。


「今更こんな事を貴方に言いたくないんだけど、やばい敵と遭遇したら全員が全力を尽くさないとみんな死んじゃうのよ」

「それは、わかっている」


 しょんぼりとした宗一郎。

 ちょっと可愛いと思ってしまったけど、ここで追求を緩めてはいけない。


「もうひとつあるでしょ。手加減した理由」


 聞くと、更に宗一郎はびくりと体を震わせた。


「アーダルに経験を積ませたかった?」

「その……通りだ」


 わたしは腹の底から溜息を吐いた。

 焦らずに経験を積んで欲しいという言葉は何処に行ったのかしら、全く。

 でもまあ、早く頼れる存在になって欲しいという気持ちもわかる。

 わかるけど、やっぱりムカつく。

 そんなにアーダルちゃんがわたしより大事? って言いたくなったけど、流石にそれを言ったら宗一郎も困ってしまう。

 わたしもそんな事は言いたくない。

 その一言が引き金となってパーティが瓦解して、ひいては宗一郎と別れてしまうかもしれない。

 わたしもそれは望んでいない。


「結局、山羊頭の騎士はわたしが倒しちゃって残念ね」


 皮肉の一つくらいは言ってもいいでしょ。


「そんな事はない。パーティの窮地を救ってくれたのだから」

「ありがとう。でもちょっと疲れたから、この辺りの探索終わったら休息取りましょう」

「構わない。僧侶のマナの枯渇は探索の危機を意味するしな」

「休む前にちょっと後ろの様子を見てくるわね」


 まだ昏倒しているムラクと吹っ飛ばされたアーダルがどうなっているのか、見に行かないと。

 宗一郎にはキャンプの魔法陣を張って休んでもらう。

 後ろの通路に行こうとすると、アーダルが歩いて戻って来た。


「大丈夫? アーダル」

「はい、ひとまずは」

「怪我もなさそうね」

「吹き飛ばされはしましたけど、気で覆った腕でガードしたんで大丈夫です」


 アーダルの顔色は浮かない。

 わたし達の話が聞こえるような距離には居なかったと思うけども、聞かれてないかしら。

 唇をかみしめ、キャンプを張っている宗一郎の所へと戻っていくアーダル。

 ムラクはどうなっているだろう。


「うーん……」


 ムラクの下まで行くと、ようやく起き上がろうとしている所だった。


「服焦げちゃったね」

「あ、ノエルさん。炎の玉食らった後ぜんぜん覚えてないんですけど、治してくれたんですよね。ありがとうございます」


 ムラクは何度も何度も頭を下げる。


「そんなかしこまらなくてもいいのよ。わたしの役割だもの」

「でも無傷まで治してくれるなんて凄いですよ……あっ」


 自分の焦げて縮れてしまった髭を見て、一気にしょんぼりとしてしまう。

 ノームにとっても髭は大事な部位だ。

 回復の奇蹟は怪我は治してくれるけど、流石に髪の毛や髭は元に治してはくれない。

 

「これ、伸ばすまで結構かかったのになぁ……」

「髭はまた生えるんだから気を落とさないで」

「ボクはノームでも髭が伸びるのが遅いんですよ。これだけ伸ばすのにも一年は要しましたし」


 男の人の髭がどれくらいで伸びるのか、更に人種でどれくらい違うのか、わたしには想像もつかない。

 その間、格好のつかない髭でいるのは中々耐え難い事なのかもしれない。

 ムラクを何とかなだめ、休憩してるみんなの下へとわたしたちは向かった。

 戻る前に、わたしはちらっと山羊頭の騎士の遺体に目を向ける。


「そういえば、この騎士が着てる鎧に門の所に入ってたレリーフと同じ鷹ね」

「成程。この悪魔は元はこの城の騎士だった可能性があるな」

「何者かによって姿を変容させられたって事?」

「ボクは師匠から聞いた事がありますよ。上位の悪魔は死んだ人々の魂を捕らえて、同族に変えて手下とするって」

「だとしたら、悪魔に変えられた人々を倒すのは魂の救済にも繋がるのかしら」

「そうだな。見つけ次第、倒してやるのが慈悲というものだろう」


 でも、本来の目的は忘れてはいけない。


「哀れな人々を解放するのも結構だけどもさ」

「わかっているよ、ノエル。早く腐竜ドラゴンゾンビを倒さねばな」

「え、ここに居るドラゴンってゾンビなんですか?」


 ムラクが素っ頓狂な声をあげた。

 そういえばまだ詳しく説明してなかったな。


「ええ。此処に居るドラゴンは、サルヴィの街にある迷宮から飛び去ったドラゴンゾンビなの」

「ゾンビかぁ……。ちょっと残念だなぁ。折角生きてるドラゴンが拝めるかと思っていたのに」


 すごすごとムラクはみんなが集まっている魔法陣の中に戻った。

 わたしも一緒に戻ろうかと思ったけど、ふとあの騎士が守っていた門が気になったのでそこまで見に行く。

 門は堅く閉じられており、開ける鍵になるレリーフをはめる台座には何も入っていない。


「どうした、門まで近づいて?」

「レリーフよ。最初の門の台座にはあったんだけど、ここには無いの」

「今度は探しに行かないといけないんですか」

「どちらにせよ、探索はせねばならん。ムラクの仲間も探さねばならぬしな」

「一時間ほど休みましょう。そうしたらマナもある程度回復するし……って、ムラク、何してるの?」


 せっかく休憩しようとしているのに、ちょこちょこ動かないでほしいんだけど。


「見てください。こんなくぼみに宝箱がありますよ」

「宝箱?」

 

 釣られてアーダルが宝箱に向かう。

 見れば、門の向かい側に小さな窪んでいる場所があり、そこには装飾が細かく施された立派な宝箱がこれみよがしに置いてあった。


「何が入ってるんだろう?」

「待ってムラク君。僕が確かめるから下がってて」

「ちょっと、罠だったらどうするの?」

「任せてください。僕は前職盗賊ですよ。罠が掛かってても簡単に外して見せますよ」

「何だ何だ?」

 

 アーダルは構わずに宝箱を弄ろうとし、わたしはアーダルの背後に立つ形になった。

 ムラクは言われるとおりに下がり、宗一郎はちょうどわたし達の方へ向かおうと立ち上がったその時だった。

 アーダルが宝箱のフタを触った瞬間、わたしたちの足下の床が宝箱もろともばっくりと口を開いて落ちた。

 つまり、わたしたち二人も穴に落ちるというわけで。


「やっぱり罠だったじゃないの!」

「宝箱の中じゃなくてそれ自体が罠だったなんて……」


 二人の叫びは既に遠ざかり、もう宗一郎たちには届いていないかもしれない。

 

「すぐそっちに向かう、死ぬなよ!」


 宗一郎の叫びが落ちていくわたしにかろうじて耳に届いた。

 それだけがわたしの心の支えだ。


 それにしても、まさかアーダルが罠解除に失敗するなんて。

 いや、最近は忍者としての修業ばかりで盗賊としての手技をおろそかにしていたのかもしれない。

 思わぬところに落とし穴があったわね。

 

 やっぱり自分の役割には忠実にならなくちゃ、と思ったところでもう後の祭りではあるんだけども。

 ……いや、忍者は戦いがメインだったかな? でも罠解除と探知も仕事のうちではあるはずだし、どちらにしろその技術が錆び付いていたのは宜しくないわけよね。

 そんな事を考えているうちに、わたしたち二人は地下の何処かへと落ちていったのであった。

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