第二十九話:決着
”それはとても昔の事だ。竜の命は永遠と言われるほど長いが、竜人の寿命はいかほどか知っているか? 我も知らぬが、少なくとも我は二千年は生きて来た。
竜の父は我を成した後すぐに姿を消し、母は竜と人の子である我の存在を疎ましく思って山に捨てた。
山に捨てられた我はまだ赤ん坊であった。
しかし竜は生まれてすぐに立ち上がり、歩く事は出来る。我も同様であった。
幸いなことに山は恵みに満ちており、泉が湧き木の実があり、獣も豊富に存在していた。
泉で渇きを癒し、幼いうちは木の実や果実で飢えを満たし、数年後には獣を狩るようになった。
だがそれは山に棲んでいる獣となんら変わらぬ生活に過ぎない。
人里には降りなかった。
出れば必ず騒ぎになるからな。
山から山へと点々と渡っているうちに、国をも渡っているらしいようだった。
気づけば我は西から東の国へといつの間にかやってきていた。
別に国を渡ったとて、我の暮らし方は何ら変わらなかったがな。
そんな獣同然の暮らしを送っていたある日、我は一人の男と出会った。
男は既に老いて久しく、髪の毛は長く結わえてあったが真っ白になっていた。
一振りの長剣だけを持ち、山に糧を得に入っていたようだった。
我はその頃になれば縄張りを獲得し、山に生きる獣の中では頂点に立っていた。
縄張りに足を踏み入れた愚か者を成敗するために襲い掛かった。
だが気づいた時には、我は地に伏していた。
どうして転がされたのか理解できなかった。
起き上がり、再度襲い掛かったがまたも転がされる。
得物すら使われず、素手の老いた只の人にいいようにされるなど思わなかった。
後でわかったことだが、どうやら我は投げられていたらしい。
何度向かっても敵わない。
そんな事は初めてだった。
くたくたになった頃、老人は何を思ったのか我に話しかけて来た。
「竜人など初めて見たわい。連れ帰ってみるか。おい、お前ワシの言葉はわかるか?」
言っている言葉などわからなかったが、行かなければ殺されるような気がしたのでとぼとぼとその男の後をついていった。
山の中にある粗末な小屋で、我とその老人の奇妙な生活が始まったのだ。
最初はペットでも飼うつもりでいたのだろうが、我の知能が人間並みにある事を知ると、言葉を教えてくれ、人としての振舞い方も叩き込まれた。
話し相手が出来るのは久方ぶりだと嬉しそうにしていた。
そして老人は獣を狩る際に我を連れて行くようになり、その中で武器の使い方も教えてくれた。
老人の家には何故か様々な種類の武器が置かれてあり、身の丈三倍以上の長さの槍や大斧、我の使っているような
彼は数百年は生きているとうそぶいていたが、老人であれだけ動けるからにはあながち嘘でもない気がする。
そしていつしか我は彼を師匠と呼ぶようになり、本格的に剣の手ほどきを受ける。
と言っても型を教えてもらうわけでもなく、立ち合いの最中で師匠の剣を躱しながら、あるいはそれを見よう見まねに打ってみながら自分なりの剣を確立していった。
我は本物の
やがて我の体格が更に良くなり、師匠の頭二つ分を超えたあたりで、師匠は忽然と居なくなった。
一枚の置手紙だけを残して。
手紙にはこう書いてあった。
ここも住みづらくなったので別の国へ行く事にする。
お前は強くなり、成長した。そのうち自分よりも強くなるだろう。
だから山から降りろ。
まだ見ぬ強者たちと会うが良い。
それがお前をより強くし、より人として成長させるだろうと。
師匠とはそれ以降会った事は無い。
我は言いつけ通りに山を降りて、竜人の傭兵を自称して国を渡り歩いた。
あえて竜人である事を示し、他に同じ仲間が居ないかを探してみたかったのだ。
最初は異様な風体に驚いたか怖気づいたかわからぬが、中々雇おうとする者も居ない。
それでも戦場に辿り着き、武勇を示せばあっという間に人は賞賛した。
傭兵として名を挙げてから国を渡り歩いて数年。
我は偶然、故郷の国へと行く機会が出来た。
竜人の傭兵ともなれば当然珍しい。どこへ行っても人だかりが出来た。
ある村へ行った時、我を見て固まった女が居た。
その女が我の母親だった。竜人を生んだ本人以外、誰が母親などとわからぬよな。
我はその反応を見て即座に母である事に気づいた。
母を問い詰め、父が何処へ行ったのかを聞いた。
何処へ行ったのかは知らぬが、この国で一番高い山が故郷だと聞いた事があると言った。
竜は基本的に縄張りから出ない。雄はつがいを求めて例外的に外へ出る事はあるが、子どもが出来ればあとは雌に任せて縄張りへと戻る。
我は山へと赴き、父と会った。
しかし父は我に対する情など無かったよ。
事も無げに、お前の事などどうでもよい。好きに生きるが良いと言ったきりそっぽを向いた。そういう生態であるとは聞いてはいたものの、我はその竜の身勝手さに腹が立って仕方が無かった。
母は竜人を生んだが故に虐げられた。
我は竜人であるが故に捨てられた。
なのに目の前の竜はのうのうと生きている。
許せなかった。
顎の下の逆鱗をこの剣で斬って、首を落としてやった。
驚くほど簡単に斬れて、逆にあっけなかったくらいだ。
父を殺した事で、我は竜狩りを成した者として瞬く間に国の内外へと更に名声が高まった。更に幾度か竜狩りの為にパーティを組んだ事もあったよ。
しかし、それでも我と同じような仲間に出会える事は無かった。
唯一会えたのはわずかに竜の血を引いていると言われる少数民族で、彼らは一応竜人と呼ばれてはいたものの、ほぼ人間と同じような姿だった。
只の人と異なるのは背中に機能しない、ごく小さな竜の羽根があるくらいだ。
我はその民族の女性と契りを結び、子を成した。
その後も国を渡り歩きながら生きていたが、ついにこの王国の近衛兵として招かれ、骨をうずめるつもりで働いていた。
その矢先に異変は起きたのだ。”
* * *
「異変とは何だ?」
「王がある剣を手にしてから豹変してしまったのだ。国民に対して重税を課し、でっちあげの罪を擦り付けて人を投獄しては残虐な方法で処刑し、また近隣の諸国へ無暗に戦争を仕掛けるようになった。戦争自体は王の得体の知れぬ力によって勝ち、領土は広がっていったが国民は疲弊する。やがて王が老いると、今度は永遠に生きる方法を求め始めた。そうすると王は更に人を訳もなく大量に虐殺し始め、国民はほとんどが他国へと逃げ出し、最終的には国の体を成さなくなった。ついには王国は他国の侵攻を許し、支配される」
力を持った王が老いて求めるのが永遠に生きる方法とは、為政者の考える事は東でも西でも変わらぬようだ。
「しかし、王はそれでも滅しなかった。すでに不死として転生を果たしていたからな。永遠を生きる存在にはまだなれてはいないが、休眠しては復活するという術法は見出した。このまま時を経れば、いずれは完全なる不死に至る術を会得してしまうだろう。そうなった時こそ、世界に仇成す災厄となるであろう」
「だから王を止める存在を求めていたと?」
「そうだ」
「それはわかるが、お主では止められなんだか?」
「子供を人質に取られていてな。結局生きているうちには出会えなんだ。不死となって蘇ってでも、我はもう一度、一目でも子供と会いたかった。その為に今も戦っている。聞く所ではどこかに囚われているらしいのだがな」
その時、俺の脳裏には地下二階にあった竜の仔の死体の姿が浮かび上がる。
「魂の契約により、我は王を護るためにこの場に縛られている」
「二階に居たエルフと同じか」
「そうだ。だが我は契約を破棄するつもりはない。元より我を倒せぬような輩では王を倒すなど有り得ぬ話だからな」
それは道理だ。
話を聞く限り、王は強大な力を持っている。
「俺はお主とは違う形で出会って見たかったよ」
「叶わぬ夢だったな」
そう言って
体から発される闘気が、先ほどより更に膨らんでいる。
俺も再び霊気を体中に、刀に巡らせる。
しかし、俺の体は限界に近づいていた、
刀を全力で振れるのも、あと一度くらいか。
次の一撃で決めなければ命は無い。
剣を鞘に納めたかのように構えている。居合に似ている。
しかし、両手で柄を握っているのが違う。
地面を鞘の代わりに剣を走らせて速度を増すつもりか。
俺は刀を上段に構え、霊気の回転を更に速くする。
「呼!」
一歩を先に踏み出したのは俺だ。
今まで見せていた一歩の歩幅よりも大きく、跳ねるように踏み出していく。
瞬く間に俺は
刀の間合いまであと半歩。
どちらの剣が先に相手の体に到達するのか。
固唾を飲んで見守る骨の観衆とアーダル。
俺と
剣戟の音すら俺たちには聞こえない。
瞬間、俺の左腕が宙に舞った。
鮮血がほとばしり、地面に血だまりを作る。
「ぐおっ!」
「ミフネさん!」
アーダルの絶叫が響き渡り、左腕が地面に落ちる。
駆け寄ってくるアーダル。
「大丈夫ですか!? くそ、僕が次が相手をする!」
アーダルが懐から儀式剣を抜いて構えようとし、目を丸くした。
胸に一筋の刀傷。
そこから青い血が流れている。
「奥義の三、妖斬閃……」
刀に対する霊気の巡りを極大にまで上げ、妖魔に対する効果を更に高めた斬撃を繰り出す技である。
また体への霊気の巡りも速める事になるので、限界以上に体の動きや反射神経も上がる。
だが、それは諸刃の剣であり、霊気の巡りを上げすぎると体には反動が来るのだ。
限界を超えて稼働した体は疲弊し、まともに動けなくなる。
今回はそれで構わない。命のやり取りをする時に反動など気にしてはいられなかった。
限界以上の力を振り絞らなければこの男には勝てなかったのだから。
「出血が酷い……。どうにかして止めなきゃ」
持ってきた包帯と薬草で止血を行うが、果たして出血を何とか抑えた所でこのまま先へ進めるか。
とはいえ、止めねば確実に死はやってくる。
「傷口を焼くんだ。そうすれば出血は止められる」
「その必要はない」
「それを使えば出血も止まり、左腕も繋がるだろう。量的には全部使わないといかんだろうがな」
「いいのか?」
「ああ。我は負けた」
そう言った瞬間、骨の観衆の興奮が頂点に達し、みな手を叩いたりして騒いでいる。
「故に、王に立ち向かうからには完全な状態で行って欲しい。それが、我を倒した者の使命だ」
「ああ……。それなら、俺もお主に渡したいものがある」
俺は道具袋から竜の仔の牙と角を取り出し、投げ渡した。
「もしや、これは。おお、おお。やはり生きてはおらなんだか」
例え死んでいたとしても、身内の形見を得られるかそうでないかで、心の在り様というものは随分と変わる。一部分でもあれば、それを持つ事で心の支えになる事もある。
しばらくは目を瞑り牙と角を握っていたが、やがて目を開くとそれを俺に投げ返した。
「折角の形見だぞ。要らないのか?」
「形見と言えど、死後の世界に持っていけるものではない。それに、竜の牙には血を作る効能もある。血を大分失ったお主にこそ必要だ。
「我を王の呪縛から解き放ってくれて、礼を言うぞ。我らは本来は過去の時の中に消えゆく存在であったはずなのだ。それを愚か者の王が無暗に抗った故に、今現在まで生き延びようとして歪んだ存在を作り続けている。王そのものも含めてな。過去が現在に、そして未来に禍根を残すような事があってはならぬのだ」
「……ああ」
過去が未来に禍根を残してはならぬ。
それはもっともな事だ。
だが俺の母は、俺は、そう言う事をしようとしていなかっただろうか。
「ミフネさん、腕です」
アーダルが俺の左腕を拾ってきた。
俺は傷口と左腕に軟膏をべったりと塗って繋いだ。
軟膏の効果はやはり抜群で、傷口はすぐにつながった。安静にしていればそのうち動くようにはなるだろう。
ふと
霊気は生命の力そのものであり、不死にとっては致命的とも言える程の力である。
今まで霊気による攻撃を喰らって無事だった不死は、いない。
「おお、ひとつ言い忘れていた。竜の牙や角は陽の気に満ちている。お前が使っている霊気とやらにそっくりな気にな」
「ああ」
「故に、我らの牙や角は時に闇を祓う為の道具として使われた事もあるのだ」
「……覚えておこう」
「地獄に来る事があれば、いずれまた会う事もあろう。達者でな」
わずかに笑みを作ると、
音を立てて地面に転がる、
気づけば、いつの間にか観客の骨たちも姿を消していた。
席に遺されているのは彼らが身に着けていた鎧や剣だけである。
そうであれば良いと俺は願わずにはいられなかった。
鍵の音が響き渡り、次の通路へと誘う扉が開く。
ようやく先へと進める。
「……ミフネさん、行くんですか?」
アーダルが不安そうに俺の顔を覗き込む。
いくら傷を即座に治す薬で腕を繋げたとて、失った血は即座には戻らない。
疲労も体に重くのしかかっている。
「まさか。今日はもうここで休む。流石に疲れたよ」
「ですよね!」
俺たちは焚火を作り、食事を取って寝床を敷いた。
俺は食事の後に牙を煎じて飲んだが、血を作るのは即座に効果が出るものではない。
それでも飲んで少し時間が経つと、顔色が少し良くなったとアーダルに言われた。
やはり効果はあるのだな。竜人の牙。
……財宝探しのただの探索から、いつの間にか壮大な話に俺たちは巻き込まれている。
ここまで来たからには、因縁を全て片付けてやる。
首を洗って待っていろ。古き呪われた不死の王。
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