第二十六話:鎧の騎士

 休息を終え、俺とアーダルは再び立ち上がる。

 傷は完全には癒えない。回復ヒールを掛けてもらうか、或いはもう少し上等な薬でもなければ。薬草も齧ったが自然治癒力を上げるだけで、傷がふさがりかかるには二日ほど要するだろう。

 出血はなんとか収まった。

 腕を動かせるまでには戻ったが、痛み自体は衝撃があれば容易に蘇る。

 泉に戻れればな。

 あの水には不思議な力があった。傷と疲れを癒す、金色の泉。

 せめて水筒に汲んでこれれば良かったのだが。


 大部屋を出て通路を歩く。

 先ほどと同じ、変わり映えのしない長く長く続く道。

 しかし更に古びているのか、くすんだ赤はもはや色が落ちて灰色と変わらない色になっている床に、ひび割れた壁や天井。

 

 その先に並んでいる戦士たちの墓も勿論見える。

 戦士たちの墓も先ほどとは少し毛色が違う。

 剣や大剣、棍棒や杖、槍など様々な武器が石碑の代わりに突き刺さっている。

 武器の中には壊れているものが多数あり、墓に眠っている使い手がいかに激戦の最中に倒れたかを想像させられる。


「何だか今までとはちょっと雰囲気違いますよね」

「ああ。この場所は敵意や殺意、悪意みたいなものは感じないな」


 墓の前を通りがかっても、墓の下から戦士たちのなれの果てが這い出して来る事は無い。

 ただし一人だけは違った。

 錆び付いた大剣が刺さった墓の前には、袈裟切りに斬られた鎧を着た骨人スケルトンが座り込んでいる。

 骨人スケルトンはうつらうつらと眠っていたような動きをしており、俺たちの来訪に気が付くと顔を上げた。


「よお。あんたらも戦いに来たのかい」

「しゃ、喋った?!」


 アーダルが驚き慄き、思わず俺の背後に隠れる。

 骨人スケルトンは大抵知能が低く、高位骨人ハイスケルトンと言えどもある程度の意思があるだけで喋ったり、意思疎通が取れたりは普通はしないものだ。

 肉体を失って骨だけでどうやって声を伝えているのか、俺も興味がある所だが。

 古く高貴な屍リッチであれば念のようなもので意思を伝えていたように思う。


「この先に、やはり誰かが待ち受けているのか」

「ああ。いるぜ。べらぼうに強い奴がな」


 べらぼうに、か。

 骨人スケルトンの着ている鎧は剣と同じく錆び付いているものの、そこそこ上等な部類であるのは間違いない。

 各所に細やかな装飾が施され、鎧自体にも厚みがある。

 職人の技が確かになされている良い鎧だ。

 となれば、この骨人スケルトンも中々の使い手であったことは予想出来る。

 その鎧を容易く斬り裂いているとは、一体どのような相手であるのか。


「お前がどれだけ戦えるのか、じっくり見ててやるよ」


 そう言って骨人スケルトンは立ち上がり、先へと歩き出した。

 後をついていくと、ほどなくして大部屋へと繋がる扉が現れた。

 骨人スケルトンが両手を預けて体重を掛けながら、扉を開けている。

 扉が開くと、果たしてその先には同じように大きな球状の空間が広がっている。

 違うのは観客席がある事だ。出入り口以外を円状にぐるっと席が作られている。

 どこかの国で見た、闘技場らしき趣きがある。

 観客席は地面よりも少し高く設置してあり、観客が出てこれないように天井まで届く結界によって仕切られている。


 それで観客席に誰が座っているかというと、やはり骨人スケルトンだった。

 彼らはいずれもどこかに傷を負っているか部位を欠損しており、恐らくはここの守護者に挑んだ人々なのだろう。

 死者となってもどういう訳か、彼らはこうやってまだ現世に留まっている。

 新たな挑戦者である俺たちを見て、彼らはカタカタと顎を鳴らした。

 どうやら盛大に笑って歓迎の意を示しているらしい。

 流石に死者に慣れたはずのアーダルも、多くの骨人スケルトンを見て後ずさり、俺の背後でぼそりと呟く。


「ある意味壮観ですが……一体なんで彼らはここに居るんですかね」

「多分だが、あいつらは悔しいんだろう。負けたのがな。ここの守護者が負けるのを見たいんじゃないか」


 道理で墓が並んでいる通路で何らかの意思を感じないわけだ。

 彼らはここに集まっていたのだから。

 自分を負かした奴が、誰かに負けるのを見たい。

 その一念で彼らはなおも現世にかじりついて離れない。

 それはもはや一種の呪いのようにも思える。


 死者たちが騒ぐ最中、部屋の中央には背もたれの無い石造りの椅子に座っている者がいた。彼がこの部屋の守護者であろう。

 彼は全身鎧フルプレートに身を包んでいた。

 剣が彼の傍らに、地面に斜めに突き立てられている。

 なぜ斜めにかというと、それは彼の背丈ほどに長かったからだ。

 鎧の騎士は見るからに大柄だったが、それ以上に剣は大きい。

 刃も冗談かと思えるほどに分厚く、一振りすれば牛馬の胴体ですらも一刀両断できるくらいに思えた。

 人間相手に振るうには大袈裟に過ぎ、また用途に合っていない。

 あれは魔物、それも大型の魔物を相手取る時にこそ真価を発揮する武器だ。

 彼の鎧から尻尾がはみ出している。

 尻尾の形状からして蜥蜴人リザードマンの類に見える。

 

 亜人か。


 故郷を出てからというもの、人に近しい種族が居るという事を知った。

 エルフやドワーフ、ハーフフットやノームは言うに及ばず、犬人コボルト豚人オークといった魔物に近しいものや、その中間に位置するもの。

 蜥蜴人リザードマンは魔物に近い種族と俺は認識しているが、あれらはどうも個体によって知能に幅がある。獣同然に襲い掛かってくる連中も居れば、言語を解し、文化を築いて部族として成り立っているのも存在する。

 目の前に居るのは間違いなく、高い知能を持つだろう。

 座して俺たちを観察し、腕前と武装がいかほどかをすっぽりと顔面を覆う兜の奥から値踏みしているのだ。


 やがて骨人スケルトンたちの狂乱が終わり、場が静まると彼は特大剣グレートソードを地面から抜いて立ち上がった。

 只の人とは異なる、地響きのような低い声で話しはじめる。


「お前たちか。先ほどから騒いでいるのは」

「騒ぎたくて騒いでいるわけではない。俺たちはこの盗賊の父親が隠したと言う宝を探しに来ているだけだ」

「その宝、王の寝所に隠されているぞ」

「知っているのか」

「王直々に知らされた故にな。変なものが置かれていると激怒しておったわ」


 やれやれ。会ったら早々に面倒くさい事になりそうだ。


「王は未だ我をおとなしく眠りにつかせようとせぬ。生前も散々働かせておきながら、死後までも働かせるつもりか」


 そう言いながらも、目の前に現れた挑戦者を見て彼は闘志をみなぎらせている。

 持った剣を両手に構えて俺に刃を向けているのが証拠だ。


「死後、という事はお主も不死か」

「無論その通りだ。そちらの盗賊のわっぱは何やら不死に特別効く武器を持っているようだが、果たして我に刃を通す事ができるかな?」

「アーダル、下がっていろ。お主の腕前ではこの騎士には通じぬだろう」

「……わかっています。ミフネさんの足手まといになる事も」


 アーダルは大人しく扉まで下がる。

 如何に一撃必殺の武器を持っているとはいえ、その間合いまで近づけなければ意味が無い。俺が儀式剣を持つことも考えたが、流石に短剣の間合いでは全力で戦えぬ。

 弓もあの分厚い剣が盾代わりとなり、有効ではないだろう。

 俺は背中の野太刀を抜いて構えた。

 

「久方ぶりの戦いだ。せいぜい楽しませてくれよ」


 ぶん、と剣を振るう鎧の騎士。

 その風圧がこちらにまで届く。

 あれを軽々と振り回すか。

 亜人は只の人よりも力に勝る種族も居る(ドワーフなど)が、それにしても並外れている。

 鬼人オーガ辺りでもなければあの大きさの武器は取り扱えないだろうに。

 野太刀がいかに厚く頑丈に鍛えられているとはいえ、まともにあの特大剣グレートソードを受けたら折れてしまうかもしれない。

 俺がふっと息を吐いて気合を入れると、鎧の騎士はわずかに首を傾げる。


「おい。お前、怪我をしているではないか」


 血に濡れている俺の左腕を指さす。


「これしきの傷、怪我のうちにも入らぬ。いざ尋常に勝負と参ろう」

「いや、待て。お前が良くとも我が気に入らぬ」


 腰に提げている道具袋から何かを取り出したかと思うと、こちらに投げてよこした。

 小さな円状の金属製で出来た入れ物で、蓋を開けると軟膏らしきものが入っている。


「それを傷口に塗るんだ。毒などではないぞ。毒殺など我の流儀に反するからな」


 軟膏は乳白色をしており、匂ってみても特に刺激臭などは無い。

 それどころか香しい匂いがする。

 しばらくは訝しく軟膏を見ていたが、この騎士は先ほどの暗殺者とは違い、一定の矜持を持ち合わせているように思える。

 意を決して傷口に塗ってみる。

 すると傷口が途端に痒くなった。


「ぬうう! やはり何かを仕込んでいたのか!」

「落ち着け。傷が急速に治っている副作用だ。それくらい我慢せい」


 傷口をよく見れば、確かにみるみるうちに傷が塞がっていく。

 驚いた。まるで回復ヒールの魔法をかけてもらった時のようだ。

 薬を投げて返すと、騎士は袋の中にしまい込みながら言った。


「竜の逆鱗の下にある脂肪を取って軟膏に仕立てた薬だ。アースドラゴンの物が特によく傷に効果がある。逆鱗膏とでもいうかな」

「その軟膏は、一般世間にはもちろん出回っておらんだろうな」

「当然よ。我が竜狩りをして得た物ゆえにな」


 竜狩りの亜人騎士、か。

 実に興味深い存在だ。


「お主に興味が湧いてきた。話を聞いてみたい所だが」

「ふん。ただ話などを交わすよりも、我らはこちらで語り合った方が良く理解できるというものだ」


 魂の底からな、と言いながら騎士は特大剣グレートソードを再び構える。

 

「確かに。侍と騎士なればこそ」


 俺も野太刀を構え、騎士と対峙する。

 観客である死者たちも戦いが始まるとなれば騒ぎはじめ、さながら闘技場の試合の様相を呈し始める。

 いや、これは命のやり取りなのだ。

 死合いと言うのがふさわしいだろう。

 果たして、始めに一太刀浴びせるのはどちらなのか。

 先に動いたのは鎧の騎士だった。

 騎士は叫び、踏み込んで剣を振るう。


「我が竜狩りの剣の錆となるが良い!」

 

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