第二十五話:王の暗殺者

 じりじりと近づいてくる「何者か」を前に、俺はどうすべきか決めかねていた。

 ある程度は傷を負わせるのは仕方ないと割り切って戦うか。

 それとも体に傷を負わせぬよう、手加減して戦うか。

 何かに操られた仲間を傷つけてでも自分の身の安全を図るのは、本来なら正しい。

 傷を治してくれる僧侶が居れば、俺も心を鬼にしてそうするだろう。

 

 ここに居るのは俺とアーダルの二人きりだ。

 そして正気なのは俺ただ一人だ。

 俺が倒れてしまった場合、もはや冒険の継続は不可能だ。それどころか人生が終わってしまい、俺たちは不死の眷属に仲間入りだ。

 

 やはり操られたアーダルを斬り捨てるしかないのか。

 死体を置き、財宝を持ち帰った後に再び潜って亡骸を回収するのが一番探索の成功率が高いように思える。

 だが、それで寺院で確実に復活出来るかと言うと、それは否だ。

 確実に蘇らせる術は現在は失われてしまっている。

 それに、殺した相手と一緒に再度冒険できる人間など居るだろうか。

 例え操られていたとしてもだ。

 そもそも、今のアーダルの意識が完全に抑えつけられているのかもわからない。

 なにより俺が仲間に手を掛けたくなかった。


「なんだ? 来ないんならこっちから行くぜ」


 何者かは得物の間合いに入ると、一気に距離を詰めて来た。

 逆手に持った脇差を下から振り上げてくる。

 腕に刃が隠れて軌道が見えづらい。

 狙いは正確。俺の喉を切り裂いてくる。

 打刀で脇差の一撃を弾くと、今度は右手の手斧ハンドアクスで頭を叩き割らんと刃を振り下ろす。

 俺は左腕の篭手で刃をずらしながら受ける。

 軌道をズラしたおかげで頭に刃が食い込む事は無いが、それでも肩の鎧に斧は当たる。

 鎧で防護していても、衝撃はそれなりに体に来る。


「ぬうっ」

「どうした。腰が引けてるぜ」


 人を舐め腐ったかのような、アーダルはけしてしない笑顔で俺に言った。

 しかしこいつの腕前は本物だ。

 武器の扱いが手馴れており、人に刃を向ける事に一切の躊躇が無い。

 斧の振り下ろし。脇差の突き、からの斬り上げ。回し蹴り。

 俺が捌ききっても、更に距離を詰めて頭突き、肘打ち、脛蹴りからの再びの脇差の突き。

 武器のみに頼らず、己の肉体をも駆使して戦う。

 この戦い方を俺は身をもって知っている。


「暗殺者、か。それも相当な手練れの」

「良く気づくね。アンタ気に入ったよ」


 だからさっさと死んでくれ、と言って更に打ち込みを鋭く仕掛けてくる。

 速い。疾い。捷い。

 一撃、二撃、三、四、五、六、七、八。

 一呼吸の間にここまで打ち込んでくるとは。


「しぃっ!」


 呼吸を一つ整え、上段回し蹴り。

 刀を構えて弾く気構えでいたが、なぜか俺のわき腹に蹴りが叩き込まれる。


「ぐぶっ」


 いきなり軌道が変化して見切れなかった。

 呼吸が乱れる。


「これは見切れなかったか? じゃあたっぷり喰らいな!」


 足技で俺を翻弄する暗殺者。

 加えて武器の攻撃も混ざるのだから厄介だ。

 だが何度も蹴り技を繰り出してくれたおかげで、少しは慣れて来た。

 蹴りは確かに拳よりも威力はあるが、隙が大きい。

 何よりも片足だけで体重を支えるので重心を崩しやすい。


「調子に乗るなよ!」


 俺はあえて前に踏み込み、蹴りを胴で受けて左手で蹴り足を取った。

 打点を本来の箇所からずらしてしまえば、打撃の威力は下がる。

 元々アーダルはそれほど体重は重くない。 

 素早い攻撃には目を見張るものがあるが、一撃の重さは無い。

 ある程度の痛みは覚悟の上で組み付いてしまえばいい。


「こ、のっ!」


 脇差で突きに掛かるが、俺は刀を持った右の篭手で払いのける。

 がら空きになった所を峰打ちで胴体に打ち込もうとすると、アーダルの瞳に一瞬だけ光が戻った。


「ひっ!? や、やめてください!」


 正気のアーダルの声色。

 つい俺は刀を止めてしまった。


「馬鹿め!」


 暗殺者は手斧ハンドアクスで斬りつけて来た。

 俺は足を手放し、身を後ろに反らす。

 斧の刃は俺の首には当たらなかったが、咄嗟に防御姿勢を取った為に刃は左腕に食い込んだ。

 

「ぬうっ!」

「ようやくまともに当たったな。どうだ、痛いか。痛いだろうな」


 鮮血が左腕からほとばしる。

 骨までは至っていないが、痛みで腕にあまり力が込められない。

 着ている服が血で染まり、地面に血の滴が落ちる。


「貴様……」

「おっと、卑怯とか言うなよ。殺し合いは生き延びた方が勝ちなんだからな」


 いいや、卑怯だなどとは言うつもりはない。

 あそこで刀を止めてしまったのは、結局俺の心に迷いがあったからだ。

 一旦俺は距離を取って間合いを大幅に離す。

 相手の方も何度も打ち込みを続けたせいか呼吸が乱れており、追撃には来ない。


 俺は呼吸を整えて腰の道具袋から傷薬を取り出し、傷口に押し込む。

 傷を軟膏で埋める事で出血は多少は抑えられたが、まだ血は止まっていない。

 傷薬が薬効を発揮するまでは多少時間を要する。

 どうするか。


「お主、相当な手練れだったのだろう?」

「ん?」


 一か八か、無駄話でも仕掛けてみる。

 やたらと喋るのでこうやって水を向ければ、少しは時間が稼げるかもしれない。

 俺は構えを解いて刀を降ろした。


「名は何と言う。ここまで俺を追い詰める奴は久しぶりだ。聞いておきたい」

「へへへ……答えるとでも思ってンのか?」


 やはり無理か?


「その様子では、お前はオレに本気の攻撃は仕掛けられんだろう。オレの勝ちは揺るがない。冥土の土産に聞かせてやる」


 やはりお喋りだったようだ。

 これは助かる。


「オレは王に仕えるまで名が無かった。貧民窟の孤児だったからな。ネズミだとか、虫だとかそんな風に呼ばれていた。王に仕えてからイスマイルという名が与えられた」

「イスマイルか。俺は三船宗一郎と言う。東国からやって来た侍だ」

「サムライね。オレの生きていた時代にも来ていたよ。身なりはだいぶ異なるがな」


 侍が昔にもこの大陸に来ていただと?

 それは驚きだ。


「殺しの仕事それ自体は偶然始めた事だ。オレは生きていくには人から奪う以外に術を知らなかった。奪う為に殺しを重ねていくうちに、いつしか暗殺者と呼ばれるようになって仕事を受けるようになった。とはいっても、暗殺を個人でやるのは暗殺教団との競合を招く事になって不味いと気づいた」


 暗殺教団、か。俺とも因縁がある奴らだ。いつかはケリを付けねばならない。


「教団に入った後はどんな仕事でもこなしたよ。ガキだろうが老いぼれだろうが関係なく殺した。無理と言われた状況の仕事でも成功させた。そうしたら評判が王の所まで届いたのか、オレは王のお抱え暗殺者になったわけだ」

「腕前一本で成り上がって来た訳か」

「そうだ。王の下についてからは楯突こうとする重臣、国を売ろうとする裏切り者、或いは王の望まぬほどに成長して地位を脅かそうとする息子たちも殺した。とにかく何でもしたよ。オレにとっては暗殺は生きがいであり、生き様だった」

「それがなんでこの様になっている?」


 俺の問いに、暗殺者は天を仰いで笑う。


「お前は我が王の事を何か知っているか?」

「何一つ知らぬ」

「だろうな。栄華を誇った王都も今は昔だ。王の威光も時を経れば薄れてしまう」


 諸行無常か。どんな人も国も、永遠に続く事などありえない。


「王は残酷で酷薄だったが、偉大な存在だった。そんな王を、この手で殺せるか試したくなってきてな」

「王は強かったのか?」

「強かったよ。王の寝所まで忍び込んだのは良いが、気配を察知されて部屋に入ってすぐに背後を取られて喉元に刃を突きつけられていた」


 これほどの手練れをあっさりと返り討ちにする王か。

 相まみえる時が楽しみであり、恐ろしくもある。


「それで始末された後は、罰として地縛霊としてずっと現世に留め置かれていた。が、最近になって王が現世に復活する準備が整った。そして再び王に仕える事を許してくれた。ついでにこの墓所にも侵入者が来たから、撃退しろと命令を受けてな。とはいえ霊の状態では大した事は出来ん。そこで王は仕掛けを施してくれたわけだ」


 なるほど。それで片方の体を奪うような罠を置いたわけか。

 そして見事に引っかかった。


「さて。お喋りはここまでだ。怪我の具合は良くなったか?」


 俺は再び刀を構えて軽く振ってみる。

 傷に響きはするが振れない事はない。


「この通り、すっかり動かせるようになった」

「怪我をごまかした所でどうするつもりだ? お前はこの体を殺す覚悟は無いように見える。それでは勝てぬぞ。潔く殺されてオレの体となれ。このガキも不死者として未来永劫使ってやる。侵入者への処置としては有情だと思うがね」


 イスマイルは脇差の刃を俺の首に向ける。


「そうか」


 俺は刀を鞘に納め、打刀と野太刀を外して地面に置いた。

 それを見て、にんまりと下卑た笑みを浮かべるイスマイル。


「ミフネとやら。ついに降参するか」

「いいや。ここからが本当の勝負だ」


 俺は左手を前に開いて構え、拳を軽く握った。

 足も肩幅程度に開き、左足を前に、右足は後ろにおいて重心をわずかに右足側に置く。


「サムライが武器を捨てて暗殺者に勝てるとでも思ってるのか?」

「お主程度の腕前なら、武器など使わずとも勝てると気づいたのよ」


 瞬間、イスマイルの笑みが消えて暗殺者としての冷徹な顔が再び現れる。


「なるほど。つまりお前はオレを舐め腐っていると言う訳だな」


 ぶち殺す、とイスマイルは叫び一足飛びに突っ込んでくる。

 手斧ハンドアクスで斬りかかるが、突っ込んでくるのに合わせて俺も一足飛びに大きく、しかし横に半歩分ずらして踏み込んでいく。

 こうする事で刃を頭部から左肩の鎧部分にずらして受けて致命傷を避ける。

 

「ぐっ」


 衝撃が傷に響くが、歯を食いしばり我慢して拳の間合いに入り込む。

 イスマイルは斧で致命打を加えられなかったのを見て、すぐに脇差で突きを繰り出す。

 先に増して鋭く、速い。

 しかし正確である故に狙いは読みやすい。

 俺のわき腹目掛けて貫かんとする刃を、右腕の篭手で跳ね除ける。

 金属同士が衝突し、甲高い音が辺りに響き渡った。

 イスマイルの手から脇差が零れ落ち、体をのけぞらせる。

 大きな隙が生まれた。


「な、にっ」


 驚愕の顔色をわずかに浮かべるイスマイル。

 しかし正気に戻ったように叫ぶ。


「やめて! 殺さないでミフネさん!」


 悪いなアーダル。殺すつもりはないがちと痛いぞ。


 俺は息を思い切り吸い込み、丹田にふっと力をとどめる。

 霊気が急速に体を巡り、拳に霊気の渦が巻き起こる。


「三船流徒手格闘奥義、菩薩掌ぼさつしょう!」


 霊気の宿った掌底を腹に真っすぐ叩き込むと、体に俺からの霊気が流れ込み渦を描きながら全身を駆け巡る。

 アーダルの体は膝からくず折れて倒れ、イスマイルの霊は体から追い出された。


 菩薩掌ぼさつしょうは邪な存在である悪霊や魑魅魍魎が憑りついた人を殺さぬように、かつ祓う為に考えられた技である。

 体に霊気を送り込み満たされた事で、悪霊は体に留まれなくなったわけだ。

 イスマイルは霊体では戦う術を持っていない。

 必死に俺に命乞いをしてくる。


「た、頼む。見逃してくれないか。オレは本当は王なんてどうでもいいんだ」

「どうでもいい癖に俺を殺そうとし、アーダルさえも亡き者にしようとした」

「それは冗談、一種の冗談って奴だよ。は、はは」


 この期に及んで見苦しい真似を。

 潔く死ぬという発想は無いようだ。


「面白い冗談だな」

「そう思うか! 見逃してくれるんだな?」


 俺は打刀を拾い、抜いて一刀のもとに斬り伏せた。


「げ、げえええええええええええっ!」


 悪霊は耳障りな叫び声をあげながら真っ二つになり、徐々に姿を薄れさせて虚空へと消えていった。

 消えるのを見届けた後、鞘に刀を納めて倒れているアーダルの様子をうかがう。

 胸が上下し、呼吸をしているのがわかる。生きてはいるようだ。

 ほっと安堵した瞬間、傷が痛みだした。


「全く……少しばかり疲れた」



* * *



「……あれ?」


 しばらくしてアーダルが目を覚ました。

 身を起こし、周囲の様子を伺っている。


「確か僕はペンダントを首に提げて、その後は……だめだ。何も覚えてないや」

「罠に引っかかって気絶してたんだよ」

「あ、ミフネさん! どうしたんですか、怪我してるじゃないですか!」


 お主にやられたんだよ、と言いかけて口を閉じた。

 体はそうであっても中身はまるで違う。アーダル本人がやったわけではない。

 赤い宝石は輝きを失い、くすんだただの赤い石ころに姿を変えていた。


「なんで僕はこんなものを良さげだと思ったんだろう」


 アーダルは首から外し、宝箱の中にしまい込んだ。


「あの後、何があったんですか?」

「その後はそれはもう動く鎧リビングアーマーが大量に現れてな。お主を守りながらだから大変だったよ。それで左腕に傷を受けた」


 俺は嘘を吐いた。

 むやみに真実を伝えない方が良い時もある。

 体を操られていたとはいえ、俺を傷つけたとあってはアーダルも気に病むだろう。

 負い目を感じて欲しくなかった。

 迷宮探索には、冒険にはこんな事だってある。


「まだ傷が痛む。もう少し休んでから行くが構わぬか?」

「ええ。僕も賛成です。なんだかお腹が痛むので」


 その痛みについても、俺は口を噤むしかなかった。

 許せ、アーダル。


 それにしても、操られていたアーダルは思いのほか強かった。

 成長して盗賊から更に暗殺者などに職業を変え、能力を花開かせた場合どうなるのであろうか。

 イスマイルのように、いやそれ以上の強さを持つのであろうか。

 楽しみであり、恐ろしくもある。

 若者の成長を見ていく師匠の気持ちとはどのようなものであるのか。

 

 かつて師事していた師匠の事を、俺は少し思い出していた。

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