第二十三話:死体の巨人
部屋に入った直後、最初に目についたのは死体の山だった。
冒険者稼業をやっていれば嫌でも死体を見るのは避けられないし、自分が死体になる事だってありえるのだが、それでもこれだけのまとまった死体の量は始めて見た。
積みあがっている死体は腐っているものや病気に侵されていたもの、傷で死んだと見られるものや骨、干乾びた
先に向かう扉の前に死体が積みあがっているものだから、妙だとは思った。
死体に詰め寄るにつれ、山が動き始める。
俺たちが部屋の中央までたどり着いた時、物凄い勢いであっという間にそれは人の形を作り、立ち上がった。
勢いが良すぎてまだ完全にはくっ付いていない死体たちがバラバラと床に落ちては、出来上がった集合体に吸い寄せられていく。
やがて寄り集まった死体は、完全な巨人へと姿を成した。
「何が出てくるかと思いきや、悪趣味な代物か……」
おそらく
死体で巨人を作ろうなど誰が考える?
寄り集まった死体の背中には長い鉄の管が突き刺さっている。
なぜそんなものが付いているのか、初めは疑問だったが謎はすぐに解けた。
何処からともなく亡霊がふらふらとやってきて、鉄の管の中に吸い込まれたのだ。
亡霊を吸う事により、死体の巨人の瞳が怪しく紫色に輝いた。
「オオオオオオオオオオオオオオオ!!」
体を亡くした霊たちは仮初めの肉体を得て、動き始める。
しかも亡霊は死体に吸い寄せられるかのように、次々とやってくる。
山のような死体がある事で、肉体を欲する霊はそこにおびき寄せられるようだ。
亡霊が宿るにつれ、死体の巨人の体には無数の光が発され始める。
それはまるで人間の体に血管があり、血がその中を流れ始めるかのように亡霊が勢いよく体内を流れる。
「さて、どう戦うべきか」
「要は不死の魔物には変わりないんでしょう? ならこいつの出番ですよ」
アーダルが意気揚々とエルフの弓で死体の頭部を狙う。
水晶の矢は放たれた後に死体まで真っすぐ飛んだかと思うと、急激に上昇する軌道を描き、死体の巨人の額に突き刺さる。
だが、突き刺さった部分の死体が灰化したのみで巨人は依然として元気に立っている。
「あれ?」
確かにエルフから貰った武器は、不死系の魔物には絶大な威力を発揮するが、あくまで単体にしか有効ではない。
この巨人のように無数に集まったものに対しては効果が薄いだろう。
僧侶の
それでも巨人は一撃を受けた事により、侵入者である俺たちを認識し睨みつけた。
攻撃を仕掛けてきたアーダルを睨みつけ、拳を振りかぶる。
「やばっ」
不死の魔物は緩慢な動きをするものが多い。
死体の巨人も同じように普段の動きは鈍いが、攻撃だけは妙に鋭い動作をする。
思いのほか速く振り下ろした拳は地面にひび割れを作り、大きな衝撃音を周囲に響き渡らせる。
反応の良いアーダルはすぐさま後方に跳躍して回避したため、拳を喰らう事はなかったものの巨人の攻撃の痕を見て戦慄していた。
あれをまともに喰らった時には、全身の骨が砕かれて潰されるのは間違いない。
「アーダル、なるべく遠くに下がるんだ。俺がこいつの相手をする」
「は、はい」
アーダルは巨人系の敵と戦った経験が無く、加えて威力を目の当たりにしたせいか完全に腰が引けてしまっている。
ここは俺がやるしかないな。
アーダルは壁際まで下がり気配を消す。
死体の巨人はそれだけで容易くアーダルを見失った。
代わりに俺が前に出ると、死体の巨人は俺の方を見て動き始める。
「憤!」
野太刀を抜き、試しに俺は死体の巨人の脛を斬ってみる。
足を構成している死体の群れが真っ二つになり、いとも簡単に切断できた。
かに思えた。
斬った瞬間、本体と斬られた足から死体が現れて傷口を繋ぎ、瞬く間に足は結合された。
斬られた死体達は再度死体に吸収され、体の一部を構成する素材として復活を果たす。
「なるほど、これは中々一筋縄ではいかん……む?」
背中に突き刺さっている鉄の管が何やら振動し始めている。
ぶるぶるとしばらく震えたように思えたそれは、やがて強烈な爆裂音と共に亡霊を吐き出した。
今まで集めた亡霊を強制的に融合させて怨霊玉を作って発射した、のか?
二体の怨霊玉はゆっくりと飛んで怨嗟の雄叫びを上げながら俺に向かってくる。
ただちに俺は呼吸を整えて霊気を刀に練り込み、襲い掛かる怨霊玉を睨みつける。
刀が鈍く光を発し輝き始めた。
「溌!」
怨霊玉に霊気を込めた刀の一撃を加えると、二つに分かれたかと思いきや一気に亡霊たちが分離してバラけてしまった。無理やり一つにくっ付けていたせいだろうか。
しかし斬られても分離しただけでそれぞれの亡霊はまだ敵意をもって襲い掛かってくる。肉体を求め来る亡霊たちを切り伏せる。
霊たちが集う事でこの広い空間でも冷えきって、俺の吐く息が白くなる。
霊は多少アーダルの方にも向かったようだが、水晶の儀式剣で迎撃しているようでとりあえずは大丈夫そうだ。儀式剣に斬られた霊は灰化ではなく、光に包まれて消えるようだ。
成仏しているのだろうか。
しかし吸収した亡霊を集めて玉として発射するとは、どういうカラクリだ。
悪趣味な玩具にも程がある。
「オオオオオオオ……」
次いで死体の巨人はまたも腕を振りかぶった。
芸の無い振り下ろし攻撃かと思い、俺は刀を構えて様子をうかがう。
振り下ろした拳を躱したら斬撃を加えてやる。
「オオッ!」
雄叫びと共に、やはり拳を振り下ろして来た。
俺は落ちてくる拳を右に躱して刀を構える。
瞬間、腕から伸びてくる何かの存在を俺は見た。
「!?」
拳を振り下ろしてくると同時に、死体の一つをこちらに射出してきたのだ。
真っすぐこちらに突っ込んでくる死体。しかも
絵面が最悪すぎる。
咄嗟に俺は横っ飛びで死体を躱すが、勢いがついた
あんな不衛生極まるものとぶつからなくて良かった。
さて、どう攻めるかを考えながら足元をうろついていると、死体は今度は俺めがけて踏みつけを仕掛けてくる。
大きな衝撃と共に地面が揺れる。
踏みつけられる瞬間に俺は前方に転がって逃れ、立ち上がろうと足に力を入れる。
だが何かに引っ張られて立ち上がれない。
どうしたことかと背後を確認すると、足の甲から死体の一つが這い出て手を伸ばし、俺の足を掴んでいる。
「この野郎!」
死体を斬り、難を逃れるが死体の巨人本体にまたも吸収されてしまう。
本体に痛手を受けた様子は見られない。
いくら個別の死体を斬ってもこれでは俺が疲れるばかりだ。
「ふむ……だが特徴が見えて来たぞ」
いくらでも再生して動き回る魔物、と言えば思い当たる奴がほかにも居る。
あれは土を素材とし、
素材が死体なだけで、これも人形の一種であるはずだ。
「となれば、どこかに核があるはずだな」
死体を繋ぎ合わせて巨人とし、動かすと言う命令を下している
人形系の魔物は本能的にそこを守ろうとする。
「憤!」
俺は両足の切断を試みた。
足に仕込んであれば防御か回避をするはずだが、先ほど攻撃した時と同じように巨人は無防備だった。
他の部位を攻撃しようにも、巨人は俺の背丈の何倍もあるのでまずは背丈を縮めなければならない。
両足を野太刀で膝からぶった斬ると、だるま落としのようにズズンと地面に膝の断面から着地する。
次いですぐに腿の付け根まで切断する。
更にだるま落としされて背丈は俺の二倍程度にまで縮まった。
ようやく胴体を狙えるようになった。
腹を突くが、貫いて風穴が見えただけで反応は鈍い。
「それなら胸か」
俺は心臓を狙う為に上段霞の構えを取る。
刀の切っ先を胸に向けた瞬間、死体の巨人は敏感に反応して腕で胸を守るかのように十字を描く形で腕を構えた。
そして背中の鉄の管から亡霊が吐き出される。
「やはりな!」
俺は亡霊玉を切り伏せつつ、両腕を分断して胸の防御を解かせる。
「アーダル!」
「は、はい!」
「弓で心臓を射抜くんだ!」
それまで壁際で俺と巨人の戦いを観察していたアーダルが弓を構え、矢を放つ。
水晶の矢は真っすぐ巨人へと向かい、目標の胸、心臓に位置する場所まで上昇する。
無数の死体を貫き、矢は巨人の中心部である核を穿つ。
鉄の管の振動が止まり、巨人は呆けて天を仰ぐ。
体中を流れていた亡霊の動きが止まり、体を飛び出して亡霊たちはどこかへと散っていく。集まって塊を成していた死体は解けてばらけ、地面に大量に転がり再度山を作る。
死体の山の中の一番上には水晶の矢が突き刺さった死体があった。
腐臭と血にまみれた黒い
「グググ……私の芸術品が……」
黒い
近づいてよく見れば、一階で見たような
「お前があんな悪趣味な玩具を作った張本人か」
「何が玩具だ。あれこそが私の生涯、いや現代まで費やしてついに生まれた研究成果だ。これさえあればどのような街、いや国であろうとも蹂躙できるに違いないと言うのに……こんな盗掘者たちに敗れるとは」
「俺たち二人にやられる程度の作り物じゃ、国を蹂躙など到底無理だ」
「グ、ガガッ」
口から血を吐き出す黒い
こういう事が出来るのは
倫理観が致命的にずれていて、死者の肉体や魂への敬意が欠片も無い。
だからこそ死体を弄べるわけだが。
「お前は眠れる王とやらの配下か」
「ふはは。王はもうすぐ目覚める。その時がお前らの最後だ……」
そう言って
辺りが静まり帰った頃、どこからともなく鍵の開く音がして、先へと進む扉がゆっくりと開いていく。
「戻る方の扉は開くか?」
アーダルに確かめさせるが、扉はうんともすんとも言わない。
「駄目ですね。こっちは鍵が掛かったままです」
「先に進むしかないという事か……」
俺たちは死体が溢れた大部屋を後にし、通路へとまた歩を進める。
地図の空いた場所を見るに、まだこういう守護者が他にも居るように見られる。
「やれやれ。あとどれくらいこういう敵と戦わなければいけないんだろうな」
「説得できるような相手が居るといいんですけどね」
「流石に無いだろう。理性的なのはいるかもしれんが、二階のエルフのように王に支配されているだろうな」
「でしょうねえ……」
これから先を待つ強敵に、今からうんざりする俺たち二人組だった。
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