第三話:守護者と名状しがたき存在
休息後、地下三階の通過に挑む。
挑むと言うのは文字通りの意味合いで、四階へと降りる階段を守っている連中が居る。
彼らが何時からそこを守っているのかは誰にもわからない。
一説には、迷宮を造った魔術師が守護の為に置いたとか、あるいは冒険者の選別の為に都市の長によって設置されたとか言われているが、どれも真偽不明の噂話だ。
また興味深い事として、彼らは一度倒されてもしばらく時間を置けばいつの間にか復活しているのだ。呪いか亡霊の類か? とも言われたが彼らとは話をしようと思えばできるし、剣でぶった切る事も出来るので少なくとも霊では無い。
詳しい事はまるでわからないが、いつしか彼らは冒険者の間では守護者と呼ばれるようになった。
地下三階の部屋構成はほぼ一本道で、通路と大部屋を交互に繰り返す形になっている。
迷う要素が無いのは良い事なのだが、その代りに大部屋に必ず何かしらの魔物が待ち構えている。しかも大抵数が多く、面倒な組み合わせで居る事が多い。
一番参ったのは
当然、火の息は後衛に控える二人にも容赦無く吹きつけられ、少ない体力を削られて一時は瀕死に陥った。
戦闘終了後、なんとか回復薬と
「この扉を抜ければ、地下四階への階段に続く通路だ」
扉を開き、長い通路の先には階段が見えた。
一歩一歩近づいていくたびに、おぼろげに人影が浮かび上がってくる。
それは徐々にはっきりとした人の形を取り、単独ではなくこちらと同じように徒党を組んでいるのがわかる。
前衛には戦士二人に暗殺者、後衛には僧侶と魔法使い二人組が控えている。
装備から見るに暗殺者は相当な手練れ、僧侶も
後衛に控えている以上、こちらの物理攻撃は届かない。
魔法使いや僧侶の呪文のみが頼りなのだが、ディーンは支援で手一杯だろう。となればアンナの呪文が先に決まればいいのだが、一撃で倒せるかどうかが不安材料だ。
迷宮探索の構成としては、前衛に戦士三人、後衛に僧侶、盗賊、魔法使いとなる編成が良く取られる。物理攻撃を重視した組み合わせだが、戦士一人の代わりに僧侶を入れるか魔法使いを入れるかは、それぞれの好みで変わる事もある。
魔法使い二人組はかなり攻撃的な編成で、しかもこちらは人数が少ない。
しかし、ゼフは今までの戦いぶりを見る限りでは戦士としても相当な実力なのは間違いない。
後ろの二人も使える呪文を見る限りでは三階をうろつく段階はとっくに過ぎており、なるほどこれなら四階も充分に探索できる腕前なのは間違いない。
俺も三階の敵などに負けるつもりはない。
個々の実力ならこちらが上のはず。とはいえ油断は禁物だ。
はっきりと姿を現した六人組は、まず戦士と暗殺者が無言で武器を構え、後ろの僧侶と魔法使いは呪文詠唱を始めた。
俺とゼフはそれを見てすぐさま突撃を計る。
前衛で一番厄介な暗殺者は俺が相手する。
暗殺者は俺を見て短刀を逆手に持ち、もう片手は前に出して構える。籠手を装備しておりそれで刀の攻撃を払い、すれ違い様に短刀の一撃を叩き込むつもりだろう。
暗殺者の武器には、だいたい毒が仕込まれていると見た方が良い。かすり傷一つ付けられないようにしなければならない。
俺は通路を走り抜け、暗殺者と一度二度と切り結ぶ。
思った通り、中々の使い手だ。こちらの方が武器の長さが有利なのだが、それを意図してか刀の距離よりも密着して短刀を振ってくる。
弾き、受け流し、切り結び、密着して来た所を柄で胸を突き、距離を離す。
打撃で一瞬怯んだ暗殺者の隙に、俺は首を狙って刀を薙ぎ払った。
短刀による受けは間に合わず、暗殺者の首は跳ね飛ばされた。
しかし体はまだ動こうと前に歩いている。それを蹴り飛ばし、倒れたのを確認して俺は大きく息を吐いた。中々に手ごわかった。
ゼフの方をちらと見やると、敵戦士の
大振りの一撃は、受けた長剣をぶち折りさらには兜ごと頭を一刀両断にした。
戦士の一人は膝からくずおれて倒れ、血を地面にぶちまけた。
その様子を見て慌てた魔法使いたちは詠唱に乱れが生じ、その間にアンナの「
アンナの両手から発された吹雪の嵐はあっという間に魔法使い二人組を凍り付かせ、僧侶も寒さによって手足に凍傷を負う。戦士の一人は魔法をかいくぐってきたが、返す刀で俺が戦士を切り伏せる。
最後に残った僧侶もゼフが叩き潰し、戦いは終わった。
「思ったよりも簡単に片付いたな」
「ああ。だがこんなにうまくいくとこの後が怖いぜ」
良い事があった後には悪い事が来る。
そんなことわざがあったような気がするが、今はあまり気にする必要もないだろう。
俺たちの攻撃が決まり、相手は立て直す暇もなく終わった。ただそれだけの戦いだ。
「さあ、降りよう」
そして地下四階。
今までは建物の地下のような造りになっていたが、この階層は岩肌をむき出しにした洞窟のような造りになっている。それだけに落盤や落とし穴が多く、足元と天井の不穏な動きには注意したい。
この階層には壁の隙間から這い出てくる大きな虫や、地上に居る獣よりも二倍、三倍以上より大きい獣たちが生息、徘徊している。
その上、この階層独自の存在に警戒をしておかねばならない。
「旧き神々の住処」と呼ばれている神殿がなぜかこの地下四階にあり、その信者たちが巡回しているのだ。略して旧神教とかなんとか呼ばれているらしい。
最初は彼らは都市の外に居たらしいが、いつしかここを住処と決めたのか迷宮の中に神殿を建立した。
旧神教の信者は基本的に神殿から出ない。たまに外を歩いている時もあるが、神殿のそばから離れようとしない。ごくまれに食料や生活必需品を調達するために迷宮外に出る事もあるようだが、都市には入ろうとはしない。どうやら独自の調達網があるようだ。
サルヴィの支配者たちも彼らが表立って何かをするわけでもないので、こちらに何か仕掛けてこない限りは放置しており、お互いに不干渉のまま年月が経っていた。
彼らは神殿で何をしているかと言うと、崇めている神々か何かに祈りを捧げている。
なので彼らと出会いたくない時はそもそも神殿に近づかなければ良い。災いを避けるならそれが賢いだろう。
万が一、彼らと遭遇した場合は直ちに逃げた方が良い。
彼らは冒険者と遭遇すると、有無を言わさずに「
なお、何故彼らが冒険者をここまで敵視しているかと言うと、地下五階に行く為の階段が神殿の礼拝堂のど真ん中にあり、神聖なる神殿に信者でもない輩がズカズカと入ってくるのが許せないという、どうしようもない事情によるものだったりする。
案の定、俺たちは信者の熱烈な歓迎を受けた。
神殿に近づいた瞬間からこちらを見つけた信者による呪死の言葉は、「
彼らはそれ以外の呪文は持たず、封じられれば
呪文が使えなくとも、武器を持って果敢に挑んでくる彼らを斬るのは少しだけ心が痛む。だがあちらから問答無用で襲い掛かってくるのだから仕方ない。
死に物狂いで掛かってくる信者を斬って捨ててを繰り返して、ようやく俺たちは礼拝堂の中までたどり着いた。
礼拝堂の中には、幸い誰も信者は居なかった。
祭壇に掲げられている逆十字には、人間のような、しかし顔だけがタコのような形をした神を模した何かが掲げられている。あれが旧神教の信ずる神なのだろうか。何とも奇妙な形をした神だ。
礼拝堂のど真ん中に一つだけ模様の違う床があり、そこをずらせば地下五階への階段が見えてくる。
「また迷宮に呑まれる哀れな者たちが現れたか」
「何だ、誰だ?」
どこからともなく声が聞こえて来た。
信者たちか?
しかし周囲に信者の姿は見えない。彼らは俺たちを見かけたら話しかけてくるよりも呪文詠唱をしてくるから違うと思われる。
「前を見よ。”我ら”はここにある」
祭壇の方向から聞こえる声。顔だけがタコみたいなアレから明らかに声が発されている。あれを見た冒険者たちは、こいつの事を悪魔と言っていたが、俺からすればありゃタコ人間みたいなもので恐ろしさよりも可笑しさの方が先に来る。
「哀れなお主たちは迷宮の餌食となり、迷宮を通じて我らの糧となるのだ。全くもって光栄に思うが良いぞ。うむ」
「やかましいぞタコ野郎」
俺は懐に持っている小刀を投げつけた。
額に突き刺さったがまるで意に介さない。
神とはいかなくとも魔物か悪魔かそれらに似たような存在には違いない。
「ふははははは。我らの実体がこの世界にあると思うのが愚かよの」
「じゃあ今のお前の姿は何なんだよ」
「これは人間の肉体を借りただけだ。とはいえ、人間は我らがこの世に顕現するには器になりえぬ。このように変容してしまうようでは、肉体の次元がまだまだ低い。人間はいずれ我らの次元まで引き上げねばならない」
「訳の分からない事を抜かすな!」
「おい、ミフネ何やってんだよ!」
ゼフが俺に向けて叫んだ。この声はどうやら他の三人には聞こえて居なかったのか?
信者が礼拝堂に入って来てしまった。クソ、どうも礼拝の時間のようだ。
俺がちょうど小刀を投げつけているのを見てしまったようで、明らかに怒り狂っている。
呪死の言葉を投げつけられる前に、俺たちは急いで地下五階へと降りる。
しかしあれが喋るとは思わなかったな……。
信者たちのただの飾りだと思っていただけに、意志をもっているとは露ほども思わなかった。
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