第四話 ダゴンの娘
第4話 ダゴンの娘 その一
清美からの電話が切れると、龍郎は早々に身支度して、外へとびだした。
めざすのは、清美の告げた町だ。
冨樫という相手を探さなければならない。名字だけでは、ほとんど手がかりがないが、しかし、夢で船に乗せてもらっていたということは、相手は漁師である可能性が高い。きっと漁港へ行けば会える。
カーナビを頼りに進むと、目的の町には、すんなり辿りついた。
なかなか大きな港町で、活気に満ちている。漁港にはたくさんの人や船が出入りしていた。朝の早い時間だが、これから漁へ出航する船が多く、あわただしい。
「すいません。人を探しています。冨樫さんというかたを知りませんか?」
忙しい人たちに邪険にあつかわれながら、あちこちで尋ね歩く。しかし、目当ての人物はなかなか見つからない。そもそも、ほとんど相手にさえしてもらえないのだが。
海面に白い
だが、龍郎があまりに必死だったからだろう。あらかたの漁船が港を出ていったあと、ひとかたまりになって残っていた年寄りや女たちが声をかけてきた。
「兄ちゃん。あんた、なんでその人を探してるんだね?」
「はい。ある島へ行きたいんですが、冨樫さんって人が、その場所を知ってるはずなんです」
すると、急に年寄りの何人かが黙りこみ、顔を見あわせた。
龍郎は聞いてみた。
「何かご存知なんですか?」
年寄りたちは答えない。とつぜん耳が聞こえなくなってしまったかのようだ。
「冨樫さんをご存知ですか?」
もう一度、聞いてみる。一人が口のなかで、もごもごと言ったきり、やはり返事はない。しかも、そのモゴモゴが、くわばらくわばら、と聞こえた気がする。それは悪いことをさけて通りたいときに使う厄除けの言葉ではないか。
強く問い正すべきか迷っていると、一人の女が龍郎の手をとった。おどろいてかえりみると、長い茶髪をうなじのところで一つに縛った女が立っていた。化粧っけは少ないが、南国らしい目のパッチリした可愛らしい容貌だ。褐色に日焼けした肌も、どこかエキゾチックで魅力的だ。年は、たぶん、龍郎より二つか三つ上。
「えーと、なんですか?」
「しッ。こっち来て」
龍郎の手をにぎったまま、波止場を離れて、灯台のある防波堤まで歩いていく。人目につかない場所まで来ると、女は口をひらいた。
「誰も教えてくれないよ。かかわりあいになりたくないからね」
「みんな、冨樫さんのこと知ってるんですか?」
知ってるのに話してくれないのは、龍郎がよそ者だから警戒しているのだろうか?——と考えた。が、返ってきた答えはこうだ。
「知ってる。このへんじゃ有名な話だからね。でも、そのことを噂にすると、祟られるんだって」
「祟られる? なんでですか? だって、普通の一般人なんでしょ?」
「さあ、そんな話だから。あたしはちょくせつ見たわけじゃないしね」
「何をですか?」
「人魚、よ」
人魚——
その名称は、龍郎にとっては、とても衝撃的だ。忌魔島の事件を思いだすからだ。あの島に巣食っていた人魚たちを……。
声をひそめて、たずねる。
「人魚?」
女も真剣な顔でうなずく。
「そう。人魚」
「人魚がどうしたんですか?」
「冨樫さんの娘、人魚に呪われてるんだって。若いころにお金持ちの屋敷で家政婦をしてたんだけど、そのとき、人魚の肉を食べたとか、なんとか。それで、帰ってきたときには、親にも姿がわからなかったって……」
人魚の肉を食って、自分も人魚に……その話がほんとなら、その屋敷には悪魔がひそんでいたことになる。いや、悪魔というよりは、クトゥルフの邪神か。
「ちなみに、冨樫さんの娘さんが働いていたのって、誰の屋敷かわかりますか?」
女は首をふる。
「知らない。でも、どっか太平洋にポツンとある島だったって」
そんな気はしていた。
おそらく、青蘭が子どものころに住んでいた屋敷のことだ。
「冨樫さんの家、知ってますか? 冨樫さんに会いたいんです」
「いいよ。つれてったげる」
女はニッコリ白い歯を見せて、あたりまえみたいに龍郎の腕をつかむ。
「あたし、冴子。あなたは?」
「えっ? おれは、龍郎だけど」
なんだか、ボディタッチがスゴイ。これが県民性なのだろうか? それとも、冴子の個性なのだろうか?
ギュッと腕を組まれると、豊満なバストがあたって……困る。龍郎だって男だから嬉しいは嬉しいのだが、今は困る。半年前ならともかく、今は龍郎には、青蘭という心に決めた相手がいるのだ。
「あ、あの……冴子さん。悪いけど、手、離してもらってもいいかな?」
「なんで?」
「なんでって……」
すると、冴子はクスクス笑いだす。
「やだ。イケメンだから、もっとチャラいんだと思ったのに、わりとマジメなんだぁ?」
「うん。まあ、マジメだと思う。少なくとも他に好きな人がいるときに、別の人と手をつないだりはしない」
「ふうん。そうなんだ?」
清美とは手をつないだが、清美はどっちかと言うと妹みたいなものだ。年は清美のほうが上のようなので、姉のようなものと言うべきか。
頭のなかで考えていると、冴子が手を離した。ほっとしたところで、冴子が背伸びしてきた。頭突きをされると思った自分の愚かしさが恨めしい。
次の瞬間、冴子の肉厚の唇が、龍郎の呼吸をとめてきた。
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