第二話 空家の怪

第2話 空家の怪 その一



 大学をぶじ卒業した。

 一時はどうなることかと思ったが、青蘭の機嫌がなおってよかった。


 だが、M市にいるのは、つかのま。

 とりあえず、引っ越しさきが見つかるまでという約束で、清美を龍郎のアパートに留守番させて、いざ目的の島へ——という予定だった。が、


「待ってください。おいてかないでくださいよぉ。知らない土地で家探しって言われても、保証人になってくれる人がいないと、不動産屋さんが貸してくれません!」


 清美に泣きつかれた。

 たしかに言われてみれば、そのとおりだ。


「……じゃあ、青蘭。清美さんが家を見つけられるまで、出発をのばしていいかな?」


 青蘭は、あっさり許諾した。

「いいですよ。じゃないと、僕たち、寝る場所もないですからね! なんなんですか? この大量のダンボール!」


 美しい双眸を半眼にして、青蘭は部屋中を占拠したダンボールの山を指し示す。

 たしかに、龍郎のせまいワンルームのアパートは、今や足の踏み場もない。

 旅に出ているあいだはいいが、帰ってきても、まだコレだと思うと、おちおち出立できない。


「えっ? このくらい普通じゃないですか?」

「普通じゃない! これは何?」

「マンガです」

「じゃあ、こっちのは?」

「小説かな」

「このへんの箱は?」

「うーん。アニメのグッズですね」


 青蘭は我慢の限界に達したようだ。

「今日中に部屋を決めて来て! じゃないと、ここにある箱、全部すてるから!」

「ヒイイッ! 鬼ですね。鬼ぃー!」

「文句あるなら、ダンボールにくくりつけて日本海に沈めるよ?」

「い……行ってきます!」


 というわけで、龍郎は清美の部屋探しにつきあうことになった。青蘭は留守番だ。愚民の部屋探しにつきあう気はないらしい。


 まずは市内の不動産屋めぐりだ。

 できれば龍郎自身も、これからずっと青蘭と二人で暮らすのなら、今より広い部屋に移りたい。ついでに自分の部屋も探したい所存だ。


 とりあえず、今、借りているアパートを管理している不動産屋に行ってみた。自分の部屋を移りたいという要望と、清美の引越しさきを探している旨を告げると、不動産屋の職員はひじょうに嬉しそうになった。もらった名刺には、三宮さんのみやまことと記されている。


「予算はどのくらいですか? えーと、遊佐さんのほうは……三万? 三万はムリですよ。相場は五万から六万のあいだくらいですね。本柳さんは?」

「贅沢病のひっつき虫がいるので、十万から十五万くらいで、三DKか、二LDK」

「十万ですか。それだけ出すなら、ローン組んで建て売りの一軒家を買ったほうがいい気がしますけどね。分譲マンションとかね」

「建て売りかぁ。まあ、それでもいいんですが。俺は急ぎじゃないんで、いい物件があれば教えてください。パンフレットも貰っていっていいですか?」

「はい。もちろんです。どうぞ、どうぞ」


 三宮は龍郎の前には深々とこうべをたれる。龍郎が地元の名士の出身であることを知っているし、金になる相手と見なしているのだ。


「えーと、わたしのうちは?」

 たずねる清美に対して、

「ああ、お客さんね。どうしても三万以下って言うなら、ないわけじゃないけど、そのぶん物件は古くなったり、駅から遠くなったりするけどいい?」と、あきらかに態度が雑だ。世界は金でまわっている。


「駅から遠いのは、ちょっと……古いのは我慢できるかな。案内してくださいよ。どんなとこがあるんですか?」

「じゃあ、行きますか」


 三宮が運転する車に乗せられて、そのあと数時間、市内に点在する建物を見てまわった。安いだけはあって、どれも何かしらの不便や不都合があり、なかなかコレと言った物件がない。


 清美が腕を組んで、うなり声をあげる。

「うーん。三宮さん。なんかダメですよ。ダメダメです。古いのは我慢できるけど、玄関があかないとか、床が十五センチも傾いてるとか、トイレがないとか、ちょっと住める条件じゃないですよ? トイレがないってなんなんですか? もよおすたびに、となりのコンビニへ駆けこめって言うんですか? もうちょっとマシなとこ紹介してください。次、行きましょ。次!」


 清美のパワーがどこから来るのか。

 長時間つきあわされた三宮はゲッソリした顔で、何やらブツブツとつぶやいた。「もういいか」とか「このさい、あそこでも……」とか言っているように聞こえたのは気のせいだろうか?


「……じゃあ、次、行きましょう」


 そう言って、三宮が最後に案内したのが、その家だった。

 それは市外の山間部に近い一軒家だ。造りはたしかに古いが、とても立派な屋敷だ。純和風の家屋で、少なくとも築五十年は経過している。庭も広く、周囲を黒板塀で囲まれていた。庭木は荒れていたが、平屋建ての建物は見たところ歪みもないし、手入れが行き届いている。


 ひとめ見て、清美は歓声をあげる。

「わあッ。すっごーい! お屋敷じゃないですかー。ちょっと市内から遠いのが難だけど、バス停まで歩いて五分は悪くないですね。風情があってナイスですよ! 三宮さん」


 三宮は妙な笑いかたをした。ニヘラニヘラと笑いながら、やけに意地の悪い目つきで清美をながめる。


「そうでしょ? 僕だって、やるときはやるんですよ。どうぞ、なかを見てください。管理はしっかりしてますんで」

「スゴイ。すごーい。ここ、何室あるのかな? わたし一人には広すぎるかなぁ?」


 清美は嬉々として玄関に向かう。

 しかし、そのとき、龍郎は感じていた。なんだか、この家、嫌な気配がする。

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