宇宙は青蘭の夢をみる3(旧題 八重咲探偵の怪奇譚)『アザトースと賢者の石編』〜迷宮の青蘭〜

涼森巳王(東堂薫)

序章

序章



 明けそめる陽光がステンドグラスを通し、鮮やかな色彩を十字架になげる。

 祭壇を前にして、セオドア・フレデリックはひざまずいた。


 そこに立つのは、現在、新生薔薇十字団のトップ。リエル・ガブリエラ・ソフィエレンヌだ。表向きそう呼ばれてはいるが、偽名の可能性はすてきれない。


 年齢は二十代なかばだろうか?

 少年のように細身で中性的な美青年だ。やわらかなプラチナブロンドの巻毛と淡いエメラルドグリーンの瞳は、まるでフランス人形のようだが、どこか青蘭せいらに似ている。そう思うのは、性別を超越したような美貌のせいだろうか?


 セオドアはこれまで一度も、この若きリーダーが誰かに似ているなんて考えたことなどなかったが、それほど、青蘭の印象が強かったということだろう。


 美しかった。青蘭。

 星流せいるの息子ということを置いても惹かれる。

 同じほどの美貌にもかかわらず、リエルを前にして、そんなふうに感じたことはなかったのだが。

 リエルはどこか潔癖なふんいきが漂い、近づきがたい。見目麗しいが色恋の対象になるとは考えられない人物だ。機械的というか、妙に非人間的に見える。


 もっとも、彼に対面することが許されているのは、組織のなかでも数人だけだが。


「報告に参りました。ソフィエレンヌさま」


 声をかけると、彼は壇上からセオドアをかえりみた。エメラルドグリーンの瞳は氷のように澄みきっている。光のかげんのせいか、片方の瞳は青い。


「で、なんと?」

「お断りします、だそうです」

「ふん。そう言われることはわかっていただろう? そのために、おまえを行かせたんだ。ちゃんと手なづけてはいるな?」

「まだ、そこまでの信頼関係は築けません。しかし、時間をかければ……」

「我々の側にとりこめる、と?」

「そのつもりです」

「失敗しましたじゃすまないぞ?」

「自信はあります」


 リエルはコツコツと靴音を響かせながら、祭壇の前を右に左に歩きまわる。長らく思案に暮れていた。


「いいだろう。どっちにしろ、おまえのなかにアレがあるかぎり、彼らの玉が完成形になることはない。その件はとうぶん、おまえに一任しよう」

「ありがとうございます。必ずやご期待に添います」


 これで好きなだけ、青蘭とともにいられる。セオドアは内心の喜びを抑えて立ちあがった。

 だが、きびすをかえすと、背後からリエルに呼びとめられた。

「フレデリック」

「はい?」


 かえりみると、ステンドグラスの青や赤の光が、リエルの麗しいおもてに、言うに言われぬ複雑な陰影をつけていた。それは天上の主のように神秘的でもあり、死者を地獄へつきおとす死の神のように非情にも見える。


「いいか? 賢者の石を悪魔に渡すくらいなら、手段は選ばない。おまえの失敗はヤツらの死だ」

「心にとめておきます」


 セオドアは一礼し、退出した。

 ふたたび、日本へ。

 青蘭に会いに行くために。

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