第一話 終末の音

第1話 終末の音 その一



 自分の過去とむきあってみる——そう決意した青蘭だったが、やはり気乗りしないようすだ。

 ここ数日、青蘭はホテルの一室にこもって鬱々うつうつと暮らしている。

 毎日、何をするでもなく、ため息ばかりついている青蘭を見るのは、龍郎たつろうもツライ。


「青蘭。とりあえず、おれのアパートに帰ろう。卒業式に出なくちゃ」

「卒業式……僕のことなんか、ほっといて行けばいいよ」

「何言ってるんだ。ほっとけないだろ。いつまた、悪魔がやってくるかわからないのに。おまえが悪魔の匂いをかぎつけるように、悪魔もおまえの匂いをかぎつけるんだ」

「僕のなかの快楽の玉の匂いを……」

「そうだよ。だから、おまえを一人にはしておけないだろ?」

「…………」


 このところ、青蘭が恨みがましげな目で龍郎をながめるのは、いったい、なんなのだろうか?

 とにかく、最近の青蘭は沈んでいる。


「ああ、残念。お二人とも帰っちゃうんですね。さみしくなるなぁ」と言ったのは、清美だ。

 青蘭の従兄妹であり、先日、家族をややこしい事情で亡くしたばかりの万年オタク少女だ。けなげにホテルから職場の税理士事務所に通っている。


 清美は強がっているが、龍郎はここで清美と別れることが気がかりだ。

 青蘭と清美の祖母の霊は、龍郎に彼らを守ってほしいと言った。つまり、青蘭だけではない。清美も悪魔に狙われるなんらかの要因がある。一人にするのは危険な気がした。


「清美さん。あの、一人で大丈夫なの? 生活はできるの?」

「できますよ? 定職もあるし、家は一人暮らしのアパートですから」


 社会的な意味では問題ない。

 だが、悪魔に襲われたとき、清美一人ではどうにも抵抗できない。龍郎はそれを案じているのだが。


「いや、そうじゃなくてさ。悪魔が現れたときに、どうするのかって話だよ。なあ、青蘭? 清美さんを残していくのって心配じゃないか?」


 龍郎が声をかけると、青蘭はまた憎らしそうな目をなげてくる。


「まあ、そうだね。あのとき、おばあさまは最後に変なことを言っていた。なんとかの戦士と、夢のなんとかと、なんとかの巫子って」


 なんとかのなんとか、ばっかりだが、たしかに、そんなことを言っていた。消えいりそうな声で、よく聞きとれなかったのだ。


「あれって、僕たちのことをさしてると思うんだ。ちょうど三人だし。ということは、清美も何かしらの力を持っていて、僕らの将来に対して重要なパーツである——ということになる。だから……置いていくわけにはいかない」


 なんだか、そう言わなければならないのが悔しくてしかたないような口調だ。もしかして、青蘭は清美が好きではないのだろうかと、今さらだが、龍郎は思った。


 清美自身はそれを感じているのかどうかわからないものの、

「でも、わたしにも仕事がありますし、仕事辞めると暮らしていけないっていうか……」と、遠慮がちに反論した。たしかに、それはもっともだ。


「……しかたないな。おまえ、司法書士の資格があったよな? 僕の秘書に雇ってやるよ。おまえは月々にこれで充分だ」


 青蘭が指を一本立てる。これは月に百万という意味である。龍郎の月給の半分だ。


 いちおう、龍郎は青蘭の探偵の仕事の助手であり、今のところ、二人の関係はそれ以上でも以下でもない。龍郎はこの比類なく美しい雇い主に首ったけだが、青蘭のほうはそう思ってくれていない。

 何度か二人で悪魔退治をして、絆も少しずつ深まってきたと思っていたのだが、このごろの青蘭のようすを見ると、愚民と罵られていた以前に逆戻りしたような気すらする。


「えっ? ほんとですか? 雇ってくださるんですか? じゃあ、ついていきますけど、住むとこは、どうしましょう?」

「清美は近所に部屋を借りればいいだろ? まさか、僕らの家に押しかけてくる気?」


 僕らの——というか、龍郎の借りているアパートだ。でも、以前、青蘭は言っていた。僕は定住しない、家なんていらない、と。龍郎のアパートのことを“僕らの”と口をついて出るのは、やはり少しは龍郎に気をゆるしている証拠だろうか。


 だが、「お二人の愛の巣をジャマなんてしませんよ! ちょっと覗きたい気はしますが……い、いえ、覗きません」と、清美が口走ると、青蘭はそっぽをむいた。とにかく、強烈にご機嫌ななめだ。


「じゃあ、わたし、引っ越しの準備と、職場に辞表出してきます。帰ってくるまで待っててくれますか?」

「いいだろう。急いで行ってこい」

「はーい。行ってきまーす」


 清美は溌剌はつらつとホテルの一室から出ていった。すっかり、いつもの清美である。もうあまり、両親を亡くした悲しみも感じさせない。


 そのうしろ姿を見送ってから、龍郎は聞いてみた。

「青蘭。清美さんのこと嫌いなの?」


 青蘭は美しい眉間にしわをよせて、ますます難しい顔つきになる。

「なんで?」

「いや、なんとなく」

「別に……清美のことは嫌いじゃないよ。ちょっとうるさいけど」

「ふうん。ならいいけど」


 すると、青蘭はとつぜん、両手で髪をかきまわした。

「ああッ! イライラする! 僕、出かける!」

「えっ? ちょっと、待てよ。青蘭。どこ行くんだよ?」


 龍郎はあわてて、青蘭のあとを追いかけた。

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