ラストバトル

クロバンズ

第1話

『——お前が魔王を倒すんだ』


大きくて逞しい、父の背中。

どんなに頑張っても追いつかないくらいに、その背中は大きくて。

そんな父が自分にかけてくれたその言葉が、今でも心に残っている。


『——約束だ』


そう言って、父は村を出て行った。

遠ざかる父の背中を今も尚、忘れることはない。



世界のどこか。誰も近寄らない荒野。

灰色の空に覆われたその場所には剣戟と爆発音が鳴り響いていた。

周囲は焼け野原となり大地はひび割れていた。

音の発生源は二人の人物。

一人は人類の誇る最強の英雄、"勇者"。


「【雷神剣】っ!」


勇者の剣から凄まじい速度でもう一人の人物に向かって巨大な雷が放たれる。


「オオオオオオオオオオッ!」


その人物は手に持った黒の魔剣でそれを薙ぎ払う。

彼こそが魔族の絶対主にして世界を支配しようと企む"魔王"だった。


「クックック。勇者よそろそろお互いに本気を出さぬか?」

「……!気づいていたのか。俺が本気じゃないことに」

「当たり前だ。我とて本気など出しておらん」

「……知っていたさ」


勇者と魔王はお互いに腹の探り合いをしていた。

相手の全力がどれほどのものかお互いに試していたのだ。


「ここから先は全力だ。嘘偽り無くな。だが、俺は自分の全力に三分間しか身体が持たない」


勇者は魔王に剣の切っ先を向ける。


「——この三分間の間にお前を倒す」


すると魔王は笑みを浮かべる。


「クハハハハッ!倒すだと?できるものならやってみるがいい!小僧!」


魔王もまた勇者に向かって剣の切っ先を向けた。

すると、勇者の体が淡い光に包まれる。

やがて全身に薄っすらとした光の鎧を纏った勇者は、目の前の魔王の姿を見据えた。

そして、地を蹴って、驀進する。


「——ハァッ!!」


瞬間。魔王の視界に閃光が走った。

だが、剣の腹で閃光——勇者の刺突を受け止める。

聖剣と魔剣が火花を散らした。


「どうやらハッタリではないようだ……な!」


魔王の腕の怪力を振るい、勇者の体が空中に吹っ飛ぶ。

すかさず魔王は地面を蹴りつけ勇者に肉薄した。

魔剣が勇者の体を貫こうとする。


「——!」


勇者は咄嗟に剣を真一文字に一閃し、刺突を回避する。

勇者は空中で一回転し、後退しながら地面に着地。

反撃を試みる。


「……ッ」


しかし、魔王はその隙を逃さない。

再び地面を蹴りつけ驚異的な速度で肉薄し、両者の距離が詰められる。


「【氷結剣】ッ!」


勇者が振るった剣から凄まじい冷気が放たれる。

詰められた距離を逆手に取りその冷気は魔王に直撃する。


「ヌッ!」


冷気を至近距離から浴びた魔王は体が凍結し、一瞬自由を奪われた。


勇者はその隙を狙い、首に向かって剣を一閃させようと——


「ヌゥンッ!」

「な!?」


バキン!と、氷が砕け散る音が鳴り響く。

力ずくで凍結を解除し、自由を取り戻した魔王は勇者に生まれた一瞬の隙を突き、腹に拳を叩き込んだ。


「ガッ!?」


勇者はあまりの衝撃に視界が点滅する。

だが魔王はすかさず追い討ちをかける。


「オオオッ!」


凄まじい速度の回し蹴り。

勇者の体は弾丸のように吹っ飛び、木に激突する。


「くッ!」

「どうした。はやくしないと三分立ってしまうぞ」


今もなお悠然と佇む魔王に対して、勇者の息は乱れていた。全身が軋み、痛みが込み上げてくる。


(くそっ!)


これ程までに隠していた実力には差があったというのか。

魔王の圧倒的な力の前に、勇者の脳裏に一瞬嫌な言葉が思い浮かんだ。


——敗北。


それだけは絶対にあってはならないと必死に己の考えを振り切る。

自分の敗北は人類の敗北。

世界を魔族に渡すなどあってはならない。

人類を救うことは"勇者"である自分にしかできない。

孤児だった自分を救ってくれた村の人々。

この戦場に来るまでの旅の中で助けてくれた仲間達。

彼らを救えるのは自分だけなのだ。

——そして父との約束の為にも。


「お前を倒して……世界を救うッ!」


勇者は再び剣を構える。


「まだ立ち向かうって来るか。圧倒的な力を前にして。何故我に抗おうとする」


勇者はその瞳に不屈の闘志を宿す。


「それは俺が、人々を救う為の"勇者"だからだ!」


そう言い切った。

魔王はその言葉を聞き、フッ、と嬉しそうに笑った気がした。


勇者の周りに光の粒子が集まっていく。

勇者の周りには風が吹き荒れ、剣が徐々に光輝いていく。

【英雄ノ剣】。

それは勇者の持てる、最強の一撃。

己の全ての力を剣に込め、解き放つ最後の必殺技。

勝負を決める一撃に全ての力を収束させていく。


「よかろう……受けて立つ!」


魔王もまた、己の魔剣に力を集中させる。

黒く禍々しい瘴気が魔剣の周りを渦巻く。

【邪神ノ剣】。

勇者のそれと同種の技であり、己の持てる最高の技。


光の輝きと黒き瘴気がお互いの得物に収束していく。


そして。


「はあああああああああああああっっ!!」


「オオオオオオオオオオオオオオッッ!!」


光の一撃と闇の一撃が激突する。

凄まじい衝撃波が周りに広がり、周囲の木々が薙ぎ倒され、大地がひび割れていく。


「く、うぅぅうッ!」


徐々に勇者は押され始める。

地を踏みしめどうにか持ちこたえるがその差は広がっていく。


「ッッ!」


脳裏をよぎるこれまで出会った人々の顔。


「みんなの為にっ!負けるわけには……いかないんだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「なん……だと!?」


勇者の一撃がさらに威力を増した。

魔王の一撃は少しずつ押され始める。


「オオオオオオオオオオッ!!」

「い、けええええええええええええ!!」


その瞬間。

魔王の勇者の剣は更に輝きを増し、凄まじい光撃を放つ。

魔王は完全に押し負け、光に飲み込まれていく。


(……あぁ……)


光の一撃に飲み込まれ、身体が消滅していく中魔王は勇者を見て思った。


(強くなったな……息子よ)


そう言葉を紡いで、光の中に消え去った。



勇者と魔王と対決から半年、世界は平和になりつつあった。

魔族は自分たちを統率する存在がいなくなったことで世界の支配を諦めたらしい。

かつて世界を支配していた灰色の空は晴れ、今では青空が広がっている。


「……」


そんな中、勇者は自分の村の墓地でとある墓の前で手を合わせていた。


「勇者様」


勇者は声の方に視線をやると村人が駆け寄ってきていた。


「魔王討伐から半年。あなたのお陰であれから世界は救われました 。本当に感謝の仕様がありません」


村人は一礼し、勇者に感謝の表情を浮かべる。


「ああ……本当に、よかった」

「その墓は、お父上の?」

「うん」


勇者はうなづいた。


「小さい頃、行方不明になっちゃったけど……約束は果たせたからね」

「約束?」


村人は首を傾げる。


「父さんが行方不明になる前に約束したんだ。『必ずお前が魔王を倒せ』って」


勇者は目の前の墓に視線を移す。


村の英雄として数々の偉業を成したという父。

そんな中、呪われた魔剣を破壊すると言って旅に出て行方不明になってしまった英雄の背中に、自分は少しは追いつけただろうか。


(俺も少しは、あなたのようになれたかな……父さん)


燦々と輝く太陽の光が勇者の背中を優しく照らしていた。

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