俺が倒しに来たラスボスが目の前でスライムに殺られるまで。
はろるど
彼女の街
アキユキが彼女について尋ねた相手は、うつろな眼差しで言った。「ハロディの話は勘弁してくれ・・・・・・もう関わりたくねぇ・・・・・・」その手は、小刻みに震えていた。
ある者は、壁や天井に何か恐ろしいモノが居るかのようにおどおど周囲を見回し、通路の隅の水たまりを見つけた瞬間「ひっ」と叫んで逃げ出した。
またある者は、重ねて置かれたチップを突き返しながら「お客様、悪いことは言いません。この一件から手をお引きなさい。この街で彼女を怒らせちゃいけません」と囁いた。
彼女は、眠らない街のルール。この街は、彼女に
そんなルールに挑むように、聞き込みを繰り返していた男――アキユキ。彼は今のところ、ほぼ何も成果を得られずにいた。オーセンティックバーの重い扉を押し開けて出て来た男は、ため息をつきつつ顎髭をさすった。次に行く先も決まっていないのか、暫し視線を彷徨わせた後、ゆっくりと高架下に向かって歩き出した。
彼が足をとめた場所には、ホームレスが一人。雨傘で街灯のくすんだ明かりを遮り、壁に向かって横たわっていた。
アキユキは雨傘の隣に立ったまま、ごそごそとスーツの懐を探ってタバコとライターを取り出した。所々に細かい傷の付いた丸い角のライターが、鈍くオレンジの明かりを反射した。品の良いミッドナイトブルーの
かちん、しゅぼっ!
小気味よい音を立てて点った火を煙草に吸い込んで、一拍後に、ふぅ、と息をついた。伏せられた切れ長の目と通った鼻筋、白い煙を吐き出す気怠げな唇は、無造作な印象を与える顎髭と相まり、四十をとうに過ぎた彼に色気を与えていた。
かたっ、
コンビニでいくらでも売っているような真っ黒で重い雨傘が動いた。
「旦那、良いの吸ってるじゃないか。どーせ聞きたいことがあるんだろ。さっさと寄越しとくれ。ヤニはやめれねぇのが厄介だぁな」路上で生活しているにしては些か清潔すぎる程に白い手が、ふらりふらりと報酬を求めて伸びた。手の主は、まだ三十かそこらだろうと思われる男だった。
アキユキは無言でケースを取り出し、煙草を一本渡した。火を貸してやり、相手が一服するのを待った。やがて静かに口を開き「ハロディについて調べている」と、耳底をくすぐるバリトンで告げた。
ホームレスは無言でもう一度煙草を吸い、煙混じりに「んなこったろうと思ったぜ」と掠れたタメ息をついた。ぼりぼりと頭をかきながら「なんせ、あんたみたいな羽振りよさげな人が俺んとこまで来るのがおかしいんだ」と続けた。
「彼女が違法な薬物を取り扱っているという噂がある。彼女絡みで人死にが出ているという話もな。本当ならば、野放しにはできん」吸い終わった煙草を携帯灰皿に落としながら、独り言のようにアキユキが言葉を落とした。
ホームレスは傘の柄を指で叩きながら「踏み込んだ話はできねぇ。言えるとこまでだ。それでも良いなら」と囁いた。アキユキは了承の印に軽く頷き、相場に上乗せした対価を渡した。金を受け取ると、ホームレスは煙草を路面でもみ消して一度深呼吸をした。
「ハロディがこの辺りの警備だの、飲食店だのの元締めなのは知ってんだろ。で、そういう所には情報も行く。だから情報屋の元締めも当然兼ねてるわけだ。んで、ハロディのとことトラブルになった奴が地の果てまで追いかけられるって話しはマジだと思う。そんだけのコネはあるしな。あと実際、おイタが過ぎた奴は見なくなった。どうなったかは知らねぇ。薬の話は、この辺によく居る野良スライムで実験してるんじゃないかみたいなやつだろ?確かに変な色の個体はいるしな。まあ、今のところ変な色だってだけで害はねぇよ。俺が話せるのはこれくらいだ」
そう告げて雨傘を戻そうとした彼の手を押しとどめ、アキユキは「その妙な色の個体っていうのは、何色だ?」と聞いた。眉をしかめたホームレスは「黒だよ」とだけ答え、今度こそ傘の奥に引っ込んで行った。
それ以上の問答を諦めたアキユキが踵を返すと、つま先を掠めるように黒く丸い物体が転がり抜けていった。
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