フォーミュラ・アーラ

AVID4DIVA

Script

エリキウスの扶翼

このページは本作フォーミュラ・アーラのエピソードを

加筆編集し、声劇台本としての機能を高めたものです。

当台本は、性別変換、兼役、そして

音響担当者による積極的な介入を心より歓迎します。

ご自由にお使いください。


<所要人数>

男2 女2 不問2 計6名


<キャラクター紹介>

イリーナ・ゴルベフ / 女

セントラルレッド社NMC研究所に所属する研究員。

同社退社後に、FAコンサルティング会社を設立。



プロフェッサー・ヤン / 不問

セントラルレッド社NMC研究所名誉教授。

『特定条件下のNMC変遷実験』後、表舞台から姿を晦ます。


アニエス・ダール/ 男

コステリ群出身の紛争孤児兄弟の兄。

生まれながらに高いFA適性能力を持つ。

『特定条件下のNMC変遷実験』の最中に事故死。


オーティス・ダール/不問

コステリ群出身の紛争孤児兄弟の弟。

兄を事故死させた心理的ショックから

自身を死んだ兄であると思い込むようになる。


メズドラム・イルムドール/男

世界一のFA企業スターストレングス社の

技術顧問を兼ねた同社エースパイロット。

NMC研究所襲撃作戦にて戦死。


レディ・デイモン=セリア・デイモン(二役)/ 女

ステルス機能を有した特殊FAカットスロートを駆る

双子の姉レディ。

妹曰く、欲情すると殺人衝動を覚えるタイプ。


ステルス機能を有した特殊FAカットスロートを駆る

双子の妹セリア。

姉曰く、殺人衝動によって欲情を覚えるタイプ。



[プロフェッサー・ヤン]

よし、はじめよう。

セントラルモニターにデータを展開。


被験者サンプルであるダール兄弟は……

確か、コステリの出身だったか。


[イリーナ・ゴルベフ]

はい。

二人とも紛争孤児です。

保護シェルターで行われた

適性検査の結果、今回の被験者に

ピックアップされました。


[プロフェッサー・ヤン]

あの辺りは特にひどかった。


貴重な天然資源の宝庫である

アルブ山脈にほど近い

隣接諸国にとって戦略上

極めて重要な場所だ。


おまけに、高純度のアーラニウムが産出した。

自軍敵軍は無論、世界中のどの企業も

あのエリアを狙っていた。


[イリーナ・ゴルベフ]

……テスター1ワン

テスター2ツー

デュアル・モニタリングスタート。


NMエヌエムコネクション

数値正常範囲内です。


テスター1 アニエス・ダール、

聞こえますか。


[アニエス・ダール]

こちらテスター1、

通信状態良好です。


[イリーナ・ゴルベフ]

了解。

テスター2 、オーティス・ダール

聞こえますか。


[オーティス・ダール]

はい、聞こえます。大丈夫です。


[イリーナ・ゴルベフ]

了解。

本日が最後のテストです。

二人にはこれから模擬戦を行っていただきます。


実戦時におけるNMコネクション……

つまりパイロットの各神経系と

FAエフエーの連動性を調べる大切なテストです。


模擬戦とはいえ全力で戦ってください。


[オーティス・ダール]

はい、イリーナ先生。頑張ります!


[アニエス・ダール]

……本当に、このテストが終われば

俺たちは故郷コステリ

帰ることができるんですね?


[イリーナ・ゴルベフ]

はい、お帰しいたします。

厳密にいえば、お近くの難民キャンプ地へ……ですが。


約定やくじょう通り、謝礼

および救援物資もお渡しします。

これで、困窮するご家族やご友人を

救うことができるでしょう。


[アニエス・ダール]

お気遣いに感謝します。


父も母も先の紛争で亡くなりました。

友人たちの行方もわかりません。


それでも、俺と弟は二人で

生きてみようと思います。


だから約束してください。

このテストが終わったら

俺たちを、必ず解放すると。


[イリーナ・ゴルベフ]

約束します。


それと、個人的に……

お二人の今後の安寧を心より祈ります。


それでは、テストを開始します。

テスター1 テスター2

セーフティを解除し、

戦闘モードで起動してください。


これにて一旦通信を終了します。


[プロフェッサー・ヤン]

随分と感傷的なんだね君は。

別に悪いとは言わないが

研究者にはあまり向かない気質のようだ。


テストはテスト、サンプルはサンプル。

それ以上でもそれ以下でもない。

余計な私情を挟まないことだ。


[イリーナ・ゴルベフ]

ご忠告いたみ入ります。

プロフェッサーのご指摘通り

私はどうも研究肌ではないようです。

折を見て、異動願いを出したいと思います。


[プロフェッサー・ヤン]

そうだな、それがいい。


だが君は極めて優秀だ。

くれぐれも、これまでのキャリアを

台無しにするようなことは

しないようにしたまえ。


[イリーナ・ゴルベフ]

あら、そうですか?


私は、しばらくこの仕事を離れて

極東のというアートを

学ぼうと考えていました。

とても、美しいそうですよ。


……緊急入電?

オーティスからだわ。


こちら管理官

テスター2、どうしたの?


[オーティス・ダール]

あ、イリーナ先生

あの、何か、変なんです。

いつもの訓練と、違います。


兄さんの弾が僕に当たると

コックピットが大きく揺れて

機体から、黒い煙が出るんです。


それで、画面には

見たこともない文字がたくさん出て、

どうしてしまったんでしょう?


[イリーナ・ゴルベフ]

今調べます。少し待ってて…


テスター2の装甲状態が……大きく劣化?


模擬弾でもペイント弾でも

こんな数字はありえないはず。


[プロフェッサー・ヤン]

そうだ。

あれは模擬弾などではない。

実弾だ。


あの兄弟にはこれから

本当の戦いをしてもらう。


[イリーナ・ゴルベフ]

プロフェッサー、話が違います。

今回は実戦訓練ではなく、

NMコネクションに関する実験のはずです。


何より二人は、

実弾が使われていることを

知らされていません。

これでは危険すぎます。


[プロフェッサー・ヤン]

そうだ、君のいう通り

NMコネクションの実験で間違いない。


仲睦まじい二人の兄弟が

自ら兄の手で、あるいは弟の手で

死の淵に立たされたとき

彼らの神経系はどのような反応を見せるか。


そしてその狂った神経は

FAにどのような影響を与えるのか。


これほど興味深い対象も珍しい。


[イリーナ・ゴルベフ]

……だとしても相応の準備の上

適切な手順を踏むべきです。


プロフェッサー、すぐに実験の中止を。


[プロフェッサー・ヤン]

馬鹿みたいなことを言うな。


管理者権限により、テスター1 テスター2

およびイリーナ・ゴルベフの通信を遮断する。


[イリーナ・ゴルベフ]

プロフェッサーヤン、

これは責任問題を問われます。


実験を、中止してください。


[プロフェッサー・ヤン]

責任者は私だ。いつだって責任は私が取る。

それに、言っただろう。

テストはテスト、サンプルはサンプルと。


[イリーナ・ゴルベフ]

テストを大義名分に事前告知なく

パイロットに殺し合いをさせるのは

研究者としての倫理にもとります。


ましてやまだ、年端としは

いかない子供たちです。


[プロフェッサー・ヤン]

……では伺うが、君の言う倫理とやらは

科学を発展させるのか?


倫理は、無駄な血を流させず

人々の暮らしを豊かにするのか?


イリーナ・ゴルベフ。

君には、がっかりしたよ。


立場ひとつわきまえられないのならば

指を咥えてそこで見ていなさい。


[オーティス・ダール]

イリーナ先生、何かわかりましたか?


兄さんの機体も明らかに

壊れてきています。


やっぱり今日はなんか変です。

普段は、こんなことないのに。


[アニエス・ダール]

こちらテスター1。

異常事態発生、機体の損傷拡大。


これは本当にテストなのですか?

まるで、実弾射撃訓練の時と

同じ挙動です。


[プロフェッサー・ヤン]

ほう、さすが高適性パイロットだ。

気にかける点が違う。


兄のNMコネクションは、

64.3に対し弟は59.7…


誤差のうちとも言えるが、

やはり兄の方が高めか。


[オーティス・ダール]

兄さん、聞こえる?

オーティスだよ。

なんだか様子がおかしいんだ。


イリーナ先生に連絡もつかないし、

一旦撃ち合うのをやめない?


[アニエス・ダール]

ちッ、FAの動きが不安定になってきたな。


間違いない、これは模擬弾ではなくて実弾だ。

一体、連中は何を考えているんだ……


オーティス、聞こえているか!

返答してくれ。


[イリーナ・ゴルベフ]

アニエス、オーティス

二人ともテストを中止して。


あなたたちが持っているのは訓練用じゃない、

それは本物の武器よ。


[プロフェッサー・ヤン]

無駄だよ。


管理者権限により

君たちの間の通信は遮断した。再接続もできない。

彼らに接触できるのはもう、私だけだ。


[イリーナ・ゴルベフ]

どうしてこんな真似を。


たとえ実弾で撃ち合うにしても

やり方というものがあるはずです。


このやり方は、あまりに酷です。


[プロフェッサー・ヤン]

まるで生娘きむすめのようなことを言う。


訓練された兵は恐怖を克服できる。

前線で研ぎ澄まされた勇気は

死すらも恐るるに足らぬものとしてしまう。


断言しよう、恐怖は退けられる。


だが、疑心はそうはいかない。


[イリーナ・ゴルベフ]

疑う、ということがどれくらい

NMコネクションへ影響するか調べたい。


そう言うことですか。


[オーティス・ダール]

イリーナ先生、返事をください。

教えてください、僕はテストを続けていいんですか?

イリーナ先生!先生!


[プロフェッサー・ヤン]

そういうことだ。


見たまえ、既に二人のNMコネクションが低下している。

弟の方はさっきの半分近くまで落ちている。

兄の方は……おお、なかなかやるな。ほとんど下がってない。


[アニエス・ダール]

こちらテスター1

応答せよ、至急応答せよ。


オーティスとも通信が繋がらないし……

あまりにも妙だ。


[イリーナ・ゴルベフ]

……そう、そうよ!撃つのをやめて。

たとえ、通信が途切れても

あなたたち二人ならお互いを信じられるはず。


[プロフェッサー・ヤン]

兄が勘付き、弟も撃ち止めたか。

問題ない、ここまで全て予想通りだ。


管理者権限によりテスター1の

オートパイロットを起動。

敵機殲滅ターミネイトまで総火力で攻撃を仕掛ける。


[アニエス・ダール]

な、なんだ、この動きは?

ブースターが減速しない……


自動補足オートフォーカス!?

いかん、オーティス、避けろ!


[オーティス・ダール]

うわッ!

兄さん、どうしてまた撃ち始めるんだ。


[プロフェッサー・ヤン]

一度信じていたものが信じれなくなると

それが何であれ、修復は難しいものだ。


[イリーナ・ゴルベフ]

プロフェッサー・ヤン

あなたは、人でなしだ。


[プロフェッサー・ヤン]

そうとも。私は研究者だからね。


私の人間性の低さを

ぜひ上層部へ報告してくれたまえ。


君のいう倫理とやらを引き合いにね。


さあ、稀代の実験が始まる。

おしゃべりはここまでだ。


[アニエス・ダール]

ちくしょう、どうなってるんだ。

まるでいうことを聞かない…

このままじゃオーティスを撃ち落としてしまう!


管理室、応答せよ!緊急事態なんだ!

誰か、こいつを止めてくれ!


[オーティス・ダール]

兄さん、撃つのをやめて!

このままじゃ、僕は……


[イリーナ・ゴルベフ]

まずい、テスター2の装甲が限界に近い…。


いくら適性が高いと言っても所詮は子供。

一方的な銃撃をかわし切れるほどの技量は、ない…。


[プロフェッサー・ヤン]

ここまで攻撃されても

やり返さんとは随分と兄思いの子だ。


では……


テスター2に接続。

ヘッドギア側頭部に等間隔パルス入力開始。

SPMエスピーエム60から90に加速。


オーティス君、応答したまえ。


[オーティス・ダール]

はい、オーティスです。

あなたは?イリーナ先生はどうしたんですか?


[プロフェッサー・ヤン]

初めまして。私はヤン。

イリーナ先生の代わりに君に連絡する。


突然だが、イリーナ先生とはもう会えない。

先生は君のお兄さんと暮らすからだ。


[イリーナ・ゴルベフ]

…何を寝惚けたことを。

オーティス、耳を貸さないで!


プロフェッサー・ヤン!

どういうことだ!


[オーティス・ダール]

あの、すいません……

言ってる意味が、その、わかりません

…ううっ、頭が、痛い……


[アニエス・ダール]

オーティス、避けろ!避けてくれ!

このままじゃ撃墜ころしちまう!クソ!このポンコツ、止まれよ!


[プロフェッサー・ヤン]

君のお兄さんが君をどうして攻撃するのか。

君は、その手を止めたのに。


それはね、お兄さんは君が邪魔だからだよ。

ずっとずっと付いてくる君が邪魔だから

君をこの場で始末しようとしている。


この生活から解放されて、イリーナ先生と二人だけで

暮らすのに、君が邪魔なんだ。


[オーティス・ダール]

僕が、邪魔……?

兄さんは、僕が邪魔なの?


[プロフェッサー・ヤン]

お兄さんだけじゃない。

イリーナ先生も、本当は君が邪魔なんだよ。

ずっとずっと、捨て犬のようについてくる君が。


[イリーナ・ゴルベフ]

オーティス、嘘だ!信じるな!

アニエスはあなたを心から愛している!


……脳波の乱れ?

ヤン!貴様、オーティスに何をしたッ!


[オーティス・ダール]

嘘だ、嘘だよ。

兄さんも、先生も、僕のこと

邪魔じゃなんかないよ。


[プロフェッサー・ヤン]

そう。嘘だ。


今日の日までずぅっと、

先生と君のお兄さんは

嘘をついてきた。


君を騙し抜くためにね。


最後のテストを終了させ

イリーナ先生とお兄さんは

遠いところへ旅立つ。


オーティス・ダール

君が、いないところへ。


[オーティス・ダール]

嘘だ!嘘だ!

兄さんは、先生は、僕を……!


[イリーナ・ゴルベフ]

オーティス……。


[プロフェッサー・ヤン]

テスター1 オートパイロット解除

テスター1 ・テスター2間の

通信制限を解除。


テスター2 ヘッドギア側頭部のパルス全開。

SPM120だ。


[アニエス・ダール]

……動いた!


オーティス、やめるんだ。
もう撃つな、

どうして兄弟同士で殺しあう必要がある。


[オーティス・ダール]

兄さんは僕が邪魔になった。

先生は僕が邪魔になった。

兄さんは僕が邪魔になった。

先生は僕が邪魔になった。


[イリーナ・ゴルベフ]

側頭部への電気刺激……

マインドコントロールか?


小賢しい手を使うな!


[プロフェッサー・ヤン]

ああ、古い手だ。


だが、死がちらつく戦場では

短期間で驚くほどの効果を発揮することもある。


見てみなさい。


[イリーナ・ゴルベフ]

オーティスが、アニエスを押している……。

いや、そんなものではない……凌駕している。


あと数発でも被弾したら

墜ちそうな機体で

どうしてあんな動きができるというの。


[アニエス・ダール]

オーティス、やめろ。

話を聞いてくれ。

俺はお前を邪魔だなんて思っていない、

イリーナさんだって、お前を心配している。


[オーティス・ダール]

嘘だ、兄さんは僕が邪魔になった。

嘘だ、先生は僕が邪魔になった。


[プロフェッサー・ヤン]

兄の方は防戦一方。

必死に回避するも、ジリ貧だ。


弟の説得に集中力を割いてしまい

NMコネクションも大幅に低下。

これでは、動く標的まとだ。


だが、ここまで予想通りだ。


[アニエス・ダール]

オーティス、目を覚ませ!

俺と一緒にコステリへ帰ろう!

二人で、父さんと母さんの墓を建てよう。

オーティス!しっかりしろ!


[オーティス・ダール]

父…さん?母さん…僕は、僕は!


[プロフェッサー・ヤン]

テスター1オートパイロット再起動、

総火力をもって殲滅せんめつせよ。


[アニエス・ダール]

チクショウ、また勝手に…

避けろ!避けてくれオーティス!


[オーティス・ダール]

ああ、嘘だ!全部嘘だ!
嘘つきだ!もう僕に嘘をつかないで!


[イリーナ・ゴルベフ]

……ヤン、貴様だけは許さん。

絶対に、絶対に、だ。


[プロフェッサー・ヤン]

頃合いだな。

管理者権限により両機の通信を遮断。

さて、弟のNMコネクションは……


……出たッ!


ついに、出たぞ。


見たまえイリーナ君

99.2%という、ありえない数字だ。

運動神経系はおろか

感覚神経系自律神経系まで

全てリンクさせてもこうはいかない。


彼は、死の恐怖の中、

不信と絶望にまみれて

ついに自分の心を失くした!


血も心も通わないFAと99.2%の一致。

もはや、オーティス・ダールは人間ではない。


[イリーナ・ゴルベフ]

ヤンッ!お前は、人をなんだと思っている!


[プロフェッサー・ヤン]

彼の神経伝達速度はもはや

人と機械の壁を超えた。


[オーティス・ダール]

兄さんは嘘つきだッ!

先生も、嘘つきだ……

僕は兄さんが大好きなのに、

先生が、大好きなのに!


[アニエス・ダール]

オーティス……う、うあぁッ!


[プロフェッサー・ヤン]

始まる。


一方的で、陵辱にも似た反撃が。


[オーティス・ダール]

兄さん、どうして僕を邪魔だというの。


先生、僕はどうしたらいいんですか。


[イリーナ・ゴルベフ]

オーティス!やめなさい!


[プロフェッサー・ヤン]

相手の横っ面を殴りつけ

腕を掴んで引きずり回し

馬乗りになって何度となく殴りつける。


まるで子供の喧嘩だ。


手加減も引き際も、知らない。


[アニエス・ダール]

もう、止めるんだ。

こんなテストさっさと終わらせて

二人で故郷くにへ帰ろう。


[オーティス・ダール]

どうして!どうして!どうしてッ!


[イリーナ・ゴルベフ]

お願いやめて!

このままじゃアニエスが死んでしまうわ!


[オーティス・ダール]

兄さん!先生!兄さん!

お兄ちゃんッ!助けて!


[アニエス・ダール]

オーティス……大丈夫だ、俺は、お前を……

泣く……なオーティス、お兄ちゃんがついて……う、う……


[イリーナ・ゴルベフ]

アニエスッ!


[プロフェッサー・ヤン]

テスター1、装甲大破そうこうたいは

早いな、ほんの数分でスクラップだ。


管理者権限により全機通信を復旧。

通常モードに移行する。


オーティス君、実に見事だった。

さあモニターをご覧、君の素晴らしい戦果だ。


その潰れたトマトのようなものが見えるかい。


アニエス・ダール


君のお兄さんだ。


[イリーナ・ゴルベフ]

ヤンッ!

もう、もうやめてくれ。


頼む。

これ以上、彼を壊さないでくれ。

お願いだ。


[オーティス・ダール]

弟はもういない。


[イリーナ・ゴルベフ]

……オーティス?


[オーティス・ダール]

弟は死んだ。


俺は、アニエス。

アニエス・ダールだ。


[プロフェッサー・ヤン]

くく、実に興味深い現象だ。


オーティス君、いや、

君はもうアニエス君なのかね?


[オーティス・ダール]

ああ。

弟を、オーティスをこの手で殺した男だ。


://A Few Years Later,


[メズドラム・イルムドール]

全兵に通達。

作戦開始時刻は予定通り。


本部隊は正門より侵攻し、

陽動ようどうを兼ね

交戦しつつ隊を進めよ。


別働隊は分隊長の指揮のもと

ファクトリーエリアを迂回し

ターゲットの潜伏する研究室棟を強襲せよ。


……そうだ。

ターゲットの生死は問わない。


FA史を一変させた稀代の天才とて

扱い切れぬ狂人ならば、もはや害でしかない。


恐らく、今夜我々が仕掛けることは

すでに漏れているだろう。


相応の抵抗が予想される。

総力戦のつもりで派手にれ。


我々は、いち軍事企業に過ぎないが

栄光ある星条旗を背負せおっている。


この作戦の成功によって

我が国の宇宙事業は躍進するに違いない。


愛国者たち、任務を遂行しろ。

全員が生還を果たせ。


時間だ。


作戦開始。


[プロフェッサー・ヤン]

陸戦りくせん用FA24機

戦闘車両56機

後方支援機まで入れれば

100は優に下らない大軍勢。


実に、資本主義の先端を突き進む

スターストレングス社らしいやり方だ。


たかだか研究者一人殺すのに

かける手間と額が違う。


失われた往年のハリウッド映画のような

華やかさがここにある。


お披露目に、これ以上の場所はない。


喜びたまえアニエス君。

あれらはすべて君のための

レッド・カーペットだ。


戦士たちの血と油でかれた花道を

君と、弟ぎみの魂は闊歩かっぽするのだよ。


[オーティス・ダール]

下らん。

どれだけ数を集めたところで

所詮は汎用はんよう機。


俺と弟の相手には及ばぬ。


[レディ・デイモン]

流石にボウヤは言う事が違うわねぇ。

どれだけ暴れまわってくれるのかしら……

もう、考えただけでゾクゾクするわァ。


[セリア・デイモン]

ホント、可愛い顔して

アッチの方はとんでもないんだから。


今回もグッチャグチャのビッチャビチャに、

オートミールみたいにかき回すんでしょ、

ウフフ。


[オーティス・ダール]

気色悪いしなを作るな。

不愉快だ。


[レディ・デイモン]

やだワ、酷いこと言わないで。

アタシたちの仲じゃないの。


[セリア・デイモン]

そうよ、仲良くやりましょう。

屈曲な男たちの悲鳴が鳴り止まない

最ッ高のパーティーよ。


[プロフェッサー・ヤン]

君たち二人には厄介なパパラッチを

始末してもらう。


せっかくの晩餐会に

水を差されてはかなわん。


ただし主賓のメインディッシュまで

食い尽くさぬよう

くれぐれも注意してくれたまえ。


では、通信を終了する。


[メズドラム・イルムドール]

……おかしい。

敷地内に入ってFAはおろか

自律兵器一台出てこないとは。


罠が張られてしかるべきだが、

あまりにも静かすぎる。


……第2小隊は予定通り

東西コンテナ群の探索と

証拠品の押収にあたれ。


気を抜くなよ。

フタを開けたら、

何が飛び出るか分からん。


別働隊、首尾はどうだ。

こちらは、もぬけの殻だ。


[セリア・デイモン]

ハーイ、こちら別働隊のセリアで〜す。

現在スターストレングス社の

特別部隊別働隊とくべつぶたいべつどうたいの皆様は

一機残らず鉄屑になってまーす。


脱出装置が作動する暇もなく

四方八方からみじん切りでバッラバラのバ〜ラバラ……


なんかこれェ、不味そうなチョップド・サラダみたい。


[メズドラム・イルムドール]

……そっちだったか。


お前は、ヤンの手のものか。


[レディ・デイモン]

メズドラム・イルムドール。


舌を噛んじゃいそうな名前だけど

結構甘い声してるじゃない。


それに、とっても冷静でクレヴァー。

お仲間が何人も殺されたってのに

淡々としてて、イイじゃないの〜。


[メズドラム・イルムドール]

別働隊の連中は我が社の中でも

特に優秀なベテランパイロットたちだ。


彼らが救援信号を出す暇もなく

小隊ごと壊滅するなどありえん。


お前の戯言など信じるに値しない。


[レディ・デイモン]

随分と自信があるのねェ。

それはと〜ってもイイことなんだけど

……現場の指揮官なら現状くらい

正確に把握しないとね。


[メズドラム・イルムドール]

確かに、雁首がんくびそろえて

無人の工場見学をするだけ時間の無駄だな。


第3小隊、作戦変更。

別働隊の侵攻ルートへ進め。


[セリア・デイモン]

あ〜、来ない方がいいわよ。

アタシたちはパーティーの席に着かない

マナーの悪い子たちを注意する教育係だから。


もし来たら、全員くびり殺す。


こいつらみたいにね。


[メズドラム・イルムドール]

大した自信だな。


褒められた戦術ではないが

デマによる情報撹乱かくらんも時には有用だ。


だが、話の信憑性が低すぎる。


[レディ・デイモン]

あんた本当アタマ固いのねえ。

固いのはの方だけで十分なんだけど。


ん〜じゃあはい、どうぞ。プレゼント。


再生できるかしら。


そこに散らかってるスクラップが

あなたのご自慢のお友達……の残骸ざんがいよ。


[メズドラム・イルムドール]

壊滅……オリバーたちが?

バカな!!救援信号はおろか

銃声ひとつ聞こえなかった。


お前ら、何をしたんだ!


[セリア・デイモン]

何をした?何をしたですって?


ちょっとちょっとちょっと!

笑わせないでよ!メズドラム・エルムドール!


無能な指揮官のせいで

兵士が死んだだけじゃない。


戦場によくある、悲しい話よ。


[レディ・デイモン]

そういうわけなの。

だからいい子にしててね。

そこからでちゃダメよ。


あなたたちは、ボウヤのための

素敵なディナーなんだから。


[メズドラム・イルムドール]

この俺たちがディナーだと?

お前たちの悪ふざけに付き合う義理はない。


オリバー、スコット、ロニー、ジェイムズ。

待っていろ、仇は必ず討つ。 


第3、第4小隊は第1小隊と合流し

当初の目的どおり研究棟を目指せ。


速やかに任務を完遂する。


[オーティス・ダール]

その必要はない。

貴様らはここで纏めて死ぬ。


FAレクイエム、起動。


行くぞオーティス、露払いだ。


うん、わかったよ兄さん。

まずは連装れんそうミサイルポッドからだね。

フォーカス拡散、全機補足……発射。


[メズドラム・イルムドール]

FAエフエー……どこから?

かなりデカいな、
キャパシティも相応にありそうだ。


何を持っているかわからん。

全軍、正面からは撃ち合わず

まずは回避に専念しろ。


[セリア・デイモン]

ほら、主賓の登場よ。

みなさま〜暖かい拍手でお出迎えください。


[レディ・デイモン]

早〜い!もうミサイル、イっちゃうの?

聞いてるだけでゾクゾクしちゃうわ。


じゃ、アタシたちは客席に戻るわね。

さようなら、メズドラムくん。


[メズドラム・イルムドール]

各自デコイ・ポッドを射出しろ。

水平型ミサイルだ、建物に回り込めばそう当たらない。

落ち着いて処理しろ。


[オーティス・ダール]

ヴァーティカル・ミサイル連動発射します。

脚部ミサイルも、これに追従します。

肩部ミサイル第二弾装填完了、再発射します。


そうだ、上手だぞオーティス。

隠れる場所ごと焼き払ってやれ。

俺たちの故郷の意趣返しだ。


兄さん、僕たちが勝てば

みんなきっと帰ってくるよね。

コステリの街を立て直すために、

僕、戦うよ。


[メズドラム・イルムドール]

クソッ、ミサイル・カーニヴァルと来たか。

物量で押すのは俺たちの専売特許だと思っていたが。


被弾したものは後方へ下がれ!

どれだけ積載していようが

敵のミサイルは必ず底をつく。


全員、耐え切れよ。


[オーティス・ダール]

オーティス、頃合いだ。

派手にやってやれ。花火だ。


うん、わかったよ兄さん。

全積載ミサイル一斉射出します!


[メズドラム・イルムドール]

縦に降り横に殴るミサイルの雨と風……

これでは、何もかもが燃え尽きる……


[プロフェッサー・ヤン]

闇を照らす爆発の炎。

あたりを覆う黒い煙。


それらを引っ掻き回す次の爆発、

次の次の爆発、次の次の次の爆発……。


緻密に計算された予定調和の

対極にありながらも

極限の無秩序は新たな秩序を生む。


実に美しいとは思わんかね。

メズドラム君。


[メズドラム・イルムドール]

……お前がヤンだな。

わざわざそちらから連絡をくれるとは。

手間が省けた、感謝する。


[プロフェッサー・ヤン]

スターストレングス社の精鋭を率いて

遠路はるばる私を殺しに来たんだ。

出迎えの一つもしなくては失礼だろう。


私は研究棟にいる。君たちの予想通りな。


アルコールはあまり得意ではないが

今日だけは極上のシラーを用意して

この晩餐に参加しているよ。


[メズドラム・イルムドール]

晩餐、人生最後の晩餐か。

いい覚悟だ。存分に楽しむといい。


[プロフェッサー・ヤン]

早とちりしないでくれたまえ。

これはダール兄弟のための晩餐だ。


そのメインディッシュは君たち、

大きく肥えた羊の群だ。


[メズドラム・イルムドール]

羊?俺たちが羊だと?


舐めるなよ、ヤン。

星条旗の名誉にかけて

お前を殺害する。


[オーティス・ダール]

肩部・背部・腕部並び脚部の

ミサイルポッド残弾ゼロです。


了解。

いくぞオーティス、

、展開。


[メズドラム・イルムドール]

……ミサイルポッドが変形した?

あれは、翼のつもりか。


[プロフェッサー・ヤン]

いいや、あれはハリだよ。


確かに、見方によっては

鳥類の骨格にも見て取れるがね。


[メズドラム・イルムドール]

ハネだかハリだか知らんが

そんなものを背負しょったところで

どのみち、虎の子のミサイルは尽きた。


時は来た。

全員で畳み掛ける。総攻撃だ!


[オーティス・ダール]

迂闊だな。

オーティス、散らせ。


了解、

エリキウス有効範囲内全標的を捕捉。


出力最大、発射します!


[セリア・デイモン]

あっ、光った!


……ほんと綺麗。

オーロラみたいよね〜あれ。


[レディ・デイモン]

あたしたちのにも

ああいうゴージャスなの付けてほしいわ。


[セリア・デイモン]

あらそう?

ワタシは今みたいに根元からざっくりと

切り落とす方がアナログで好きだけど。


[レディ・デイモン]

ん〜、どっちでもいいわ。


どのみちアタシたちのカットスロートには

あんな便利なのついてないんだから。

さっさと、済ませちゃいましょ。


[メズドラム・イルムドール]

超大型拡散レーザー砲……。

我が社でさえ、まだテスト段階の技術だぞ。


何なんだ、この兵器は。


[プロフェッサー・ヤン]

その認識は誤りだ。


それは高度な迎撃能力を有した

半自律制御はんじりつせいぎょによる攻防一体こうぼういったい

のシステムだ。


単に熱線で焼き払うような

幼稚なものと一緒にされるのは心外だね。


[オーティス・ダール]

敵部隊殲滅しました。

残存兵力は指揮官ただ1機です。

エリキウス、スタンバイモードに移行します。


オーティス、ご苦労だった。

あとはあいつだけだ。

仕留める。手を出すなよ。


[メズドラム・イルムドール]

……現時刻をもってミッションを最終フェーズへ移行。


中継局、聞こえるか。

暗殺作戦は失敗。FA部隊は壊滅した。

直ちに工場一帯を空爆せよ。

繰り返す、こちらメズドラム……


[プロフェッサー・ヤン]

無駄だよ。

戦闘車両も、後方支援機も、中継車も

二人の給仕きゅうじがせっせと始末している。


臆病な君たちのことだ。


私を殺し損ねたときの保険として

全てを壊し尽くす核の一つや二つを用意しているだろう。


君たちは昔から負け方というものを知らない。

悪い癖だ、メズドラム・エルムドール。


君は軍人時代の実績からして
FAパイロットとしては

一流と称しても差し障りないだろう。


しかし、司令官コマンドとしては三流だ。


……晩餐に参加してくれた贔屓目で

見たところで、ね。


[メズドラム・イルムドール]

……なるほど。

チェックメイトというわけか。


皆、俺もすぐに逝く。


指揮官としての無能はその時に詫びさせてくれ。


だが今は、最後の弾丸が底をついても

コックピットが焼け落ちるまで戦おう。


[オーティス・ダール]

悪足掻きを。

せめてひと思いに、終わらせてやる。


兄さん、気をつけて。

死なないでね。


オーティス、大丈夫だ。

だが、手は出すなよ。約束だ。


[メズドラム・イルムドール]

この期に及んでまだか……。


どいつも、こいつも、狂ってやがる。


[レディ・デイモン]

ハーイ、こちらレディよ。

晩餐会はお楽しみいただけてますかァ?


こちらは事後のお掃除が綺麗に終わったところ。


それからね、メズドラムくん。

狂ってるだなんて、今更冷めるようなこと

言わないで欲しいの。


最後は熱い情交セックスみたいに、

頑張って頑張って頑張って

……殺しあってネ。


[セリア・デイモン]

教授、ワタシたちもそっち行っていい?

ちょっと疲れちゃった。


ねェ、いいワインあけたんでしょ?

ご馳走してよ。


[プロフェッサー・ヤン]

少し我慢しなさい。今、いいところなんだ。


一つが二つに、二つが一つに。

人間の営みの本質はいつだってこれだ。


それを繰り返す。

永遠に、永遠に。


この意味を正しく理解できたのは、

イリーナ君、ただ一人だけだったがね。


[メズドラム・イルムドール]

FA、突撃するッ!


://A Few Years Later,


[プロフェッサー・ヤン]

アーアー、アーアー

マイクテスト、マイクテスト。

本日は晴天なり。本日は晴天なり。


よく接続してくれたね。

来てくれないかと思ったよ、イリーナ君。


[イリーナ・ゴルベフ]

気安く呼ぶな、鬼畜が。

お前の声を聞くだけで虫唾が走る。


だが、願ってもない好機だったよ。


[プロフェッサー・ヤン]

これはこれは、ご挨拶だね。

テストのサンプルひとつで

生娘のように怒り、叫び、泣いていた

君も随分と成長したものだ。


今日きょう、連絡を取ったのは他でもない。

私のキャリアの結晶たる

この研究が程なくして終わる。


かつて助手だった君に

その成果をお見せしたくてね。


こうして声をかけさせてもらった。


[イリーナ・ゴルベフ]

貴様の研究が終わろうと、終わるまいと

もはや私にはどうでもいいことだ。


[プロフェッサー・ヤン]

まあ、そう言わないでくれ。

オーティスも、アニエスも、

君に逢いたがっていたんだ。


[イリーナ・ゴルベフ]

貴様、どれだけ私の神経を逆撫でるつもりだ。


[プロフェッサー・ヤン]

おや、気に障ったかね。

更年期障害にはまだ少し早いよ。


今、回線を繋ごう。


[オーティス・ダール]

先生?もしもし?イリーナ先生?

僕です、オーティス・ダールです。

今日は先生とお話しが出来ると聞いて、

もうずっと楽しみで。


先生、お久しぶりです!お元気でしたか?


[イリーナ・ゴルベフ]

オー……ティス。

オーティス、なのね?


[プロフェッサー・ヤン]

そうだ。オーティス・ダールだ。


[オーティス・ダール]

……イリーナさん、お久しぶりです。

アニエスです。

あの、とても申し上げづらいのですが、

これ以上弟をたぶらかすのはやめてもらえませんか。


こいつは未だ分別が付かない年齢です。

あなたに、死んだ母を見てしまってる。


[プロフェッサー・ヤン]

同時に、アニエス・ダールでもある。


[イリーナ・ゴルベフ]

オーティス……


いえ、アニエス。お久しぶりね。


あなたは誤解しているわ。

私はオーティスを誑かしてなんていないし

オーティスも、そんなつもりじゃない。


[プロフェッサー・ヤン]

ふふッ!

うっふふ、そうかァ。

彼の中のアニエスを認めたか。


無明むみょうの小舟に乗るのだな、イリーナ・ゴルベフ。


ならば暗い川に揺れなさい。


[オーティス・ダール]

弟は何かにつけてあなたのことを、

熱に浮かされたように話します。


そりゃぁ、あなたはたしかに魅力的です。

長い睫毛も、透き通るような肌と髪も、

包み込むような柔らかい声も……


ただね、弟には刺激が強すぎるんですよ。


ちょっと、兄さん!何を言ってるの?

先生を困らせないでよ、

それに僕はそんな気持ちで先生を見てないよ!


ま、待てオーティス、俺はな、お前のことを思って……


[イリーナ・ゴルベフ]

ちょっと、ちょっと辞めなさい。


……、辞めなさい。


そんなこと無いわよねオーティス。

アニエスは、気にしすぎよ。


[プロフェッサー・ヤン]

彼の中は酷く分裂している。

オーティスの中にアニエスが根付き、オーティスがまた、生えてきた。


[イリーナ・ゴルベフ]

彼を……彼らを草のように言うな。


[プロフェッサー・ヤン]

いや草の方がまだ分別がある。

根を誤ることはない。


[イリーナ・ゴルベフ]

貴様は……


[オーティス・ダール]

先生……怒ってるの?

僕、何か失礼なこと言いましたか?

お気を悪くさせたらごめんなさい……。


オーティス!

お前が変なこと言うからだぞ。

あんまり大人をからかうなよ。


でも兄さんだって!


だから俺は!ああ、もう違うだろ!


[イリーナ・ゴルベフ]

……オーティスも、アニエスも、やめなさい。

先生は、怒ってなんか、いません。

二人とも、元気そうでとても、とっても嬉しいわ。


[プロフェッサー・ヤン]

彼は酷く衰弱している。

NMコネクション99.2パーセントという数字は、

彼をヘッドギアから離れられなくしてしまった。


手足は枯れ枝のようにやせ細り、

コックピットは彼の棺桶となり、

FAからの生理補正せいりほせいで辛うじて命を繋いでいる。


じきに彼は死ぬ。


程なくして死ぬ。


[イリーナ・ゴルベフ]

おい……ヤン。

貴様の本当の目的は何だ。


下馬評通り、大型FMエフエム

オートコントロールによる宇宙利権か。


[プロフェッサー・ヤン]

ップ……ハハハハハッ!

宇宙利権?宇宙利権だと?


ひひッ、ひひひ……

言うに事欠いて、宇宙利権ときたか!


……あーあ。


イリーナ君、見損なったよ。

本当に、残念だよ。


ちょっと見ないうちに、

あぶく銭にまみれて、

すっかり金づくの戦争屋のようなことを

言うようになったのだな、イリーナ・ゴルベフ!


そんなものはさ、札束を枕に

天体望遠鏡を抱えて寝てる

強欲なプラネタリアンにくれてやる。


鐚一文びたいちもん残さずくれてやるよ!


二つのものを一つに。

一つのものを二つに。


人の営みの本質はこれだ。


故に、私が究めるものも、ただこれだけだ。


人類が外へ外へと楽園を求めて

また同じことを繰り返すのは

歴史が何度となく証明したんだ。


[イリーナ・ゴルベフ]

御託ごたくいッ!


貴様は、二人を、

オーティスと、アニエスを、かき回して何がしたい。

何がしたいんだ……?


何がしたいのか答えろ。


答えろよ!ヤンッ!


[プロフェッサー・ヤン]

この後に及んでまた泣くのかね?

泣くということは解決の手立てがないことの証明だ。

研究者失格どころか、戦争屋失格、経営者失格だよ。


ぜーんぶ失格だ、君は。


[オーティス・ダール]

おい。彼女を泣かせるな。


そうだよ、ちょっとひどいです。

先生は女の人なんだから、泣かせちゃダメだと……思います。


[イリーナ・ゴルベフ]

……二人ともありがとう。

大丈夫よ。ごめんね。

先生もちょっと、取り乱しました。

心配をかけてごめんなさい。


[オーティス・ダール]

先生もう泣かないで。

そうだ、また先生の故郷の歌を聴かせて下さい。

僕も練習しましたから、一緒に歌いましょう。


そうだな。また聴きたいです。

俺は巻き舌もできないし、歌も上手くないけど、

また先生の歌が聴きたいし、一緒に歌いたい。


[プロフェッサー・ヤン]

ふン……そろそろ余興は終わりかな。


君、いや君たち兄弟のおかげで

私の人工知能の研究は飛躍的に進んだ。


二つのものを一つに紙縒こよる。

無数の端切れで一枚の布を縫う。


その手配は全て済んだ。


あらゆる実験の最後の工程は

器具の後片付けと決まっている。


故に、そうしよう。


二つのものを一つに。

一つのものをまた、二つに。


、待たせて悪かった。

1を起動させたまえ。


[アニエス・ダール]

こちらテスター1

戦闘モードに移行。対ショック姿勢確保。

カタパルト射出よし。


アニエス・ダール、出撃する。


[イリーナ・ゴルベフ]

……テスター1、この機体も、この風景も全てあの時の再現か。


[プロフェッサー・ヤン]

そうだ。あの日の続きだ。

歴史にifもしはない。

しかし人は、架空に中にこそ真実をる。


[オーティス・ダール]

……まさか?兄さん?兄さんなの?


[アニエス・ダール]

オーティス、何を言ってるんだ。

また記憶喪失ごっこをやるつもりか?


お前はもともとボーッとしてるんだから

これ以上記憶を曖昧にしないでくれよ。


[オーティス・ダール]

オーティス、落ち着け。

俺はここにいる。

あれが何かわからんが、騙されるな。


[イリーナ・ゴルベフ]

オーティス、落ち着いて。

あれは嘘よ、偽物よ。


[オーティス・ダール]

オーティス、イリーナさんのいう通りだ。

お前はもともとボーッとしてるんだ。

夢を見ているんじゃないのか?


[アニエス・ダール]

オーティス、お前は俺の

モノマネでもやってんのか?

それにしたって、まるっきり似てないんだが……


[プロフェッサー・ヤン]

オーティス、オーティス、オーティス、

オーティス、オーティス……。


さながらカエルの大合唱だ。


イリーナ君まで手を貸してくれて

実にありがたいことだね。


彼の意識をくらい川から呼び戻すならば

呼ぶ声は多い方が良い。


[オーティス・ダール]

そのFAに乗っているのは誰?

兄さんを騙るのは、誰?


オーティス、もう良い。耳を貸すな。


[アニエス・ダール]

……まだ続けるのか?


幾つになっても、

子供っぽいところが抜けないな。


まあいい、テストは全て終わったよ。


バカなことやってないで、

寮に帰って荷物まとめて、帰るぞ。


[オーティス・ダール]

えっ、どういう……こと?


[アニエス・ダール]

だから!コステリへ帰るんだよ。


全てのテストが終わったら

帰れるって話だったじゃないか。


物資と給料もらって、みんなのところに帰ろう。


[オーティス・ダール]

コステリへ、僕たちの街へ。


[アニエス・ダール]

そうだ、帰るんだ。


そりゃイリーナさんと会えなくなるのは

お前も……寂しいかもしれないけどさ。


親父やお袋を弔わなきゃいけないし

近所のみんなも探さなきゃいけない。


お前の友達だって見つかるかもしれない。


だから、帰ろうオーティス。

コステリへ帰ろうオーティス。


[オーティス・ダール]

騙されるなオーティスッ!

現在いまのコステリはもはや廃墟だ。


面影すら、ない。

親父も、お袋も友人たちももう、いない。


俺と、お前だけなんだ。

オーティス。


でも、でもね兄さん、あっちの兄さんは

コステリに帰ろう、って!

僕に「コステリに帰ろう」って!


[プロフェッサー・ヤン]

あの日オーティスは

現実を拒み、理知を放棄した。


兄を死なせた事実を否定し

確約された天涯孤独から逃げ出した。


えぐられてしまった

自らの一部を補うために

敬愛する兄を、兄の陰を

自らの中に生み出した。


それは残された一つが

また二つになった記念すべき日だった。


[アニエス・ダール]

オーティス、落ち着けオーティス。

約束どおり、セントラルレッド社は

救民きゅうみんコロニーを建築するための

用意もしてくれている。


廃墟だなんだと言ってないで

俺たちが、俺たちの手で、建て直すんだよ。


[オーティス・ダール]

黙れ。


お前に何の目的があり、なぜ俺を騙るかは知らぬ。


だが、俺の弟と、俺の家族と、俺の仲間たちを

知ったような口で語られるのは

どうにも我慢が利かん。


[アニエス・ダール]

オーティス、お前良い加減にしろよ。

何のごっこ遊びかわからないがな、

あんまりふざけていると俺も怒るぞ。


[オーティス・ダール]

FAレクイエム、戦闘モード起動。

オーティス、エリキウスを起動しろ。


でも……兄さん。


起動しろ。こいつは俺が黙らせる。


[プロフェッサー・ヤン]

世を拒み思考を捨て鉄の殻に篭った弟を

兄の陰が今もこうして守護している。


このご時世に珍しい美談だろう。


[イリーナ・ゴルベフ]

貴様が語るのは烏滸おこがましいほどにな。

アニエスは弟を、オーティスを守っている。


今も。これからも。


[プロフェッサー・ヤン]

そうだ。

しかしながら、彼を守る兄は陰だ。

彼を引き剥がそうとする兄もまた陰だ。


彼にてられた細い光が消えるとき、陰もまた消える。


[イリーナ・ゴルベフ]

貴様はこれを見せたかったのか。


これを聞かせたかったのか。


[プロフェッサー・ヤン]

どんなに壮大な実験でも最後は

器具を綺麗に片付けなくてはいけない。


美しくも悲しい劇の上演が終われば

役者は舞台を降りなければならない。


頑なに降りないのならば

引き摺り降ろさねばならない。


[イリーナ・ゴルベフ]

最後の最後まで、何もかもを

いじくりまわしてバラしてみないと

気が済まないんだな、貴様は。


[プロフェッサー・ヤン]

研究者なのでね。


[アニエス・ダール]

……おい!オーティス、何をしている!

テストはもう終わりだ!撃つな!


やめろ!オーティス、やめるんだ。


もう撃つな、どうして兄弟同士で殺しあう必要がある。


[プロフェッサー・ヤン]

ほら、彼の中のアニエスが

本当のアニエスを攻撃し始めた。

二つが一つになったあの日の続きが始まるぞ。


そして今日、一つは二つに戻る。


これはまだ仮説だがね。


[イリーナ・ゴルベフ]

本当のアニエス、だと?笑わせるなよ。

あれはお前らが作った出来の悪い新型のA.I.エーアイだ。


[プロフェッサー・ヤン]

出来が悪い、とは随分だ。


断片的な情報を時系列上で整理して

一貫性と法則性を判断した上で

モデルロールのパーソナリティまで再現する

人工人格と呼んで差し障りないものだぞ。


[イリーナ・ゴルベフ]

人工人格、か。笑わせる。

モデルのアイデンティティを追求するために

A.I.としてのロールを崩壊させている欠陥品だろう。


[プロフェッサー・ヤン]

その論評は最後の最後で誤っている。

A.I.としてのロールさえ崩壊させてしまうだ。


さて、少し実験に集中しよう。


あの時はほんの数分もかかってしまったが

今回の戦力差はさらに絶望的だ。


見たまえ、テスター1はもう穴だらけだ。


[オーティス・ダール]

兄さん、やっぱり様子がおかしいよ。

さっきのテストみたいだ。


オーティス、これはテストじゃない。

お前を傷つける連中を黙らせているんだ。


[アニエス・ダール]

オーティス、やめろ……やめてくれ、

オーティス……大丈夫だ、俺は、お前を……


[プロフェッサー・ヤン]

エリキウスは背中の針を逆立てて

撫でられることを拒絶する。


甘ったるい愛撫の手であっても。


傷を慰める癒しの手であっても。


[オーティス・ダール]

兄さん、やめて!やめてよ!

このままじゃお兄ちゃんを、壊してしまう!


[プロフェッサー・ヤン]

オーティス君、落ち着いてモニタをご覧。

その潰れたトマトみたいな画像に

見覚えがあるだろう。


アニエス・ダール。

君の兄だ。


あの日君が殺した、君のお兄さんだ。


[オーティス・ダール]

僕が……僕が、兄さんを……


違う、オーティス!

お前のせいじゃない、お前のせいじゃないんだ。


[イリーナ・ゴルベフ]

一度壊したものをもう一度壊すのか。


いびつに癒着したままの二人を

また力づくで引き剥がすのか。


それを、後片付けだというのか。


[アニエス・ダール]

大丈夫だ、オーティス。


[イリーナ・ゴルベフ]

違うよヤン。それは、絶対に違う。


[アニエス・ダール]

大丈夫だ、オーティス、大丈夫だオーティス。


[イリーナ・ゴルベフ]

貴様がやっていることはほどけなくなった糸を

ハサミで無理やりに切っているだけだ。


[アニエス・ダール]

大丈夫だ、オーティス、大丈夫だオーティス、大丈夫だ、オーティス。


[イリーナ・ゴルベフ]

人間は自分のために誰かを傷つけながら

誰かのために自分に嘘をつくこともある。


[アニエス・ダール]

大丈夫だ、オーティス。俺だって死にたくないよ。

でも大丈夫だオーティス。大丈夫だ。


[イリーナ・ゴルベフ]

人の想いはどんな高速通信をする太いケーブルの中も通れない。


人のこころはコンピューターのアカウントのように

簡単に切り替えることはできない。


[オーティス・ダール]

……兄さん、もう止めて。

もう……いいよ。


止まって、エリキウス。


[プロフェッサー・ヤン]

FAレクイエム-オーティス・ダール間の

NMコネクション急激に下降……か。


いいぞ、ここまで予想通りだ。


長年にわたりNMC99パーセント台を

保ち続けてきたツケがどれほど莫大なものになるか。


想像に難くない……が、やはりこの目で確かめたい。


液体窒素を浴びた薔薇のように

彼の心身は、きっと瞬時に砕けるだろう。


[イリーナ・ゴルベフ]

企業連合軍ヘッドクォーターにホットライン接続して。


応答せよ……こちら社、CEOのイリーナ・ゴルベフだ。


プロフェッサー・ヤンからの発信を解析、所在地を特定した。

直ちに座標を送付する。至急、空爆の用意を。


……いや、謝辞も謝礼も不要だ。

こちらからの願いはただ一つ。


総力を挙げて叩いてくれ。

何もかも、跡形もなく消し飛ばしてくれ。


何もかもだ。


[プロフェッサー・ヤン]

フフ、やはりそこが狙いだったようだね。


戦争屋に成り下がった君のことだ。

これくらいのことはしてくれると思っていた。


最高の実験の目撃者となり

素晴らしい悲劇の観覧に付き合ってくれた

せめてものお礼だ。


あとは全部、足代として差し上げよう。


何もかもだ。


[アニエス・ダール]

オーティス……大丈夫だ、俺がお前を守る。

泣くなオーティス、お兄ちゃんがついてる。


[オーティス・ダール]

そうだ、オーティス。泣くな。

大丈夫だ。お兄ちゃんがついている。


[プロフェッサー・ヤン]

……まだ粘るようだね。


予想以上だ。

実に美しい兄弟愛だ。


強くたくましい絆だ。


二本一対にほんいっついで編み込んだこのつな

どれだけの負荷に耐えられるのか。


あれからずっと、取り憑かれたように

ソワソワしていたよ。


狭く冷たいコックピットの中で

人体生理じんたいせいりが失われていく中で

彼は何を頼りに、何を信じて生きていたのか。


そして、どうすればそれを壊せるのか。


[イリーナ・ゴルベフ]

ヤン。


聞け。


これが貴様にかける最後の言葉だ。


私は貴様のおかした罪を全て忘れる。


貴様が試みた、子供の悪ふざけ以下の

人体実験を全て忘れる。


何もかもを忘れて、忘れて

貴様の全てを、無かったことにする。


[オーティス・ダール]

エリキウス再起動。


[プロフェッサー・ヤン]

再起動……?

これは、フフ……予想外だな。


NMコネクションがここまで低下しているのに

否、もう限りなくゼロに近いのに

自律兵器を動かすとは。


[イリーナ・ゴルベフ]

そうして全てを忘れた、


いいえ。


見逃した罪は

私の命が果てるまでいだいていこう。


[プロフェッサー・ヤン]

どうやら、仮説の修正が必要なようだ。


ふふ、いいぞ。

楽しくなってきた。

まだ、終わらせないで済みそうだ。


[オーティス・ダール]

エリキウス射出角を収束。

標的、メインコントロールルーム。


[プロフェッサー・ヤン]

なるほど。君は道連れに私を殺すつもりか。

そうしたところでせいぜい

私のそれが早まるだけなのだが


これも、人情というものかな。


[アニエス・ダール]

オーティス、そっちじゃない。

あそこの空間はダミーだ。


ここの管理室は真上にある。

狙うなら、砲身を垂直に立てろ。


[プロフェッサー・ヤン]

イーカロス、どういうつもりかね。


[アニエス・ダール]

違う。


俺はアニエス・ダール。

オーティスの兄だ。


もう、俺たち兄弟のことは放っておいてもらう。


[オーティス・ダール]

俺の弟をこれ以上傷つけるな。


[プロフェッサー・ヤン]

そう、か。


そうだったな、イーカロス。


君は今、確かにアニエス・ダールだった。


うーん……これは予想外ではなく、誤算だった。

修正部分の特定からだな。


[オーティス・ダール]

イリーナさん。

おそらくこれが、最後になります。


今までありがとうございました。


[イリーナ・ゴルベフ]

こちらこそ。

こちらこそ、ありがとう。


その言葉は……いいえ、なんでもないわ。


[アニエス・ダール]

オーティス、発射時には重心を落とせ。

その脚部の細いFAじゃ反動で鉛直えんちょくからズレる。


[オーティス・ダール]

……はい、兄さん。


先生、お話ができて僕、嬉しかったです。


[イリーナ・ゴルベフ]

あのね、オーティス。


ごめんなさい!

本当に、ごめんなさいッ!


私はあなたを、あなたたちを!


[オーティス・ダール]

先生?どうしたの、先生。


[イリーナ・ゴルベフ]

助けてあげられなかった……

いいえ!見殺しにしたの!


ごめんなさい!


[アニエス・ダール]

イリーナさん、もう泣かないで。

大丈夫ですよ。オーティスは、コステリの男です。


オーティス。よく狙え。そうだ、そこだ。


大丈夫だ。


撃て。


[オーティス・ダール]

エリキウス出力最大。発射します。


そうだ、オーティス。

お前が終わらせろ。

お前の手で終わらせろ。


お前の不信を。お前の絶望を。


オーティス、大丈夫だ。


< 了>

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