第642話

「皆さん、長時間お疲れ様でした。また数日後にお迎えに上がりますので、それまでどうぞご旅行をご満喫下さい。」


「えぇ、お疲れ様でした。それではまた。」


 軽い挨拶を交わして御者さんが運転する馬車が走り去ってくのを見送った俺達は、抱えていた荷物を持ち直すとノルウィンドの久々に訪れた街並みに目を向けていた。


「うわぁ……すっごーい……」


「うふふ、想像していたよりもずっと素敵な所ですね。」


「あぁ、見事としか言い様がないな。」


「ふふーん、そうでしょうそうでしょう!でもね、驚くのはまだ早いわよ?この街の魅力はこんなもんじゃないんだから!」


「……ユキさん、何だか嬉しそうですね。」


「まぁ、一応はこの街を代表する神様だからな。」


 マホと小声でそんな会話をしていると、ロイドが俺達よりも一歩前に出てニコっと微笑みながら振り返って来た。


「さてと、それでは早速だが宿屋に向かおうか。この時間帯なら少しぐらいは観光をする事が出来るだろうからね。」


「えへへ、そうだよね!ほらほら、お母さんお父さん!早く早くー!」


「もう、急に走り出したら危ないわよジーナちゃん。」


「ったく、仕方のない奴だな……」


「えへへ、そう言いながらアルザンさんも顔がほころんでいますよ。」


「えっ!……マホさん、勘弁して下さい……」


「はっはっは、それではジーナに後れを取らん内にわし等も行くとするかのう。」


「うん、そうだね。」


 勢いよく駆け出したジーナに続いて広場を離れる事にした俺達は、宿屋が密集しているエリアにある外観からして高級だってのが分かる建物の中に足を踏み入れた。


 そして受付で手続きを済ませて2部屋分の鍵を受け取ると、階段を上がって行くとまずは親父さん達が利用する部屋へと向かった。


「うおおおおっ!ちょっと何コレ!ねぇねぇ九条さん!私達、本当にこんな凄い所に寝泊まりするの!?え、夢じゃい?夢じゃないよね?!」


「ゆ、夢じゃ無いから少し落ち着けっててててぇ!何で俺の頬を引っ張るんだよ!」


「えへへ、これが現実なのかどうかを確かめようと思ってさ!」


「いや、それなら自分の頬を引っ張ってくれよ……はぁ……」


「あの、ロイドさん?この棚に入っている茶葉のお値段は……」


「ふふっ、お金は掛かりませんよ。好きに使って頂いて大丈夫の品です。もしお気に召すのなら持ち帰っても問題ありませんよ。」


「そ、そうなんですか?……何だかもう、驚きすぎてクラクラしちゃいますね……」


「……私もそれなりに歳は重ねてきましたが、こんな経験をする事が出来るとは……人生、何が起きるか分からないものですね。」


「ふんっ、そう思うのならリリアに感謝しなさいよね。」


「……えぇ、勿論。」


 誇らしげに微笑んでいるユキに力強く頷き返した親父さん、そんな2人の姿を眺めながら俺は皆に聞こえる様にわざとらしく大きくて短いため息を零した。


「それじゃあ俺達も荷物を置いてきますんで、少しだけここで待っていて下さい。」


「あっ、うん!早く迎えに来てよねっ!私、この街がどんな所なのか早く知りたいんだからさ!」


「はいはい、分かったよ。」


 ジーナ達にペコリと頭を下げてからその場を後にして自分達が使う部屋に向かった俺達は、広々としたリビングに荷物を置くとすぐに皆と合流するとちょっとした時間だけだがノルウィンドの大通りへと行ってみるのだった。

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