第641話

 翌朝、昨日と同じ馬車に乗り込んで王都を離れた俺達は出発するちょっと前に購入しておいた暖かい紅茶を飲みながら外の景色を眺めてノルウィンドに近づいてる事を実感していた。


「おぉートリアルとかでは既に雪解けが始まっちゃってるけど、ここら辺はまだまだ雪が残ってるんだね。」


「あぁ、大丈夫かルーシー。寒くはないか?」


「うふふ、心配してくれてありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。馬車の中はきちんと暖かいですからね。リリアさんには感謝しないとですね。」


「そうだな……ロイドさん、申し訳ありませんが彼女にお礼の品をお渡ししたいので取り計らってもらっても良いでしょうか?」


「ふふっ、了解しました。トリアルに戻ったらお店に顔を出す様にとシッカリ伝えておきます。ね、ユキ。」


「えぇ、言われなくても分かってるわよ。けどアンタ達、お礼の品を渡すつもりなら立派な物を用意しなさいよね。」


「うん!加工屋の職人として恥ずかしくない物を作り上げてみせるから任せてよ!」


「うふふ、頼もしい限りですね。」


 親指をグッと立てて微笑んでいるジーナを見ていた親父さんとルーシーさんが顔をほころばせてからしばらくした後、話題の内容が俺達が利用した宿屋の話に変わっていった。


「それにしても、昨日お泊りさせて頂いた宿屋は本当に凄かったですね。皆さんは、普段からああいった所へお泊りになっているんですか?」


「あー……まぁ、そう……ですかねぇ……いや、別に自分達で選んであの手の宿屋に泊まっているって訳ではないんですよ?ただその……なぁ?」


「あぁ、遠出をする時は私の両親が関わっている事が多いからね。そういった理由で利用する機会は多いと思いますよ。」


「へぇー良いなぁ!私も旅行をするんなら、ああいう宿屋に連泊したみたいなぁ……チラっ?チラチラっ?」


「……ジーナ、その願いを叶えたいなら俺じゃなくてロイドを見つめなさい。ただの冒険者に視線を送ったって贅沢な暮らしは出来ませんよ。」


「まぁ、普段から利用する宿屋はごく一般的な所ですからね。」


「うむ、期待するだけ無駄という事じゃな。」


「やれやれ、情けないったらありゃしないわ。」


「……お前さん達?ノリノリで人の事を罵倒するのはどうかと思うよ?誰も見てない所だったらマジで号泣しちゃうよ?良いの?いい歳したおっさんがマジ泣きしちゃうからね?」


「ぶぅー!泣き出す前に俺に任せろとか言ってくれても良いんじゃないかなー?」


「はぁ……ジーナも無茶を言うんじゃないってぇの。あんな高級な宿屋、俺の稼ぎで連泊出来る訳が無いだろうが。利用してたお客さんの格好を見ただろ?貴族みたいな人達ばっかりだったじゃねぇかよ。」


「うぐっ……た、確かにそうだけどさ……じゃあじゃあ!いっぱい泊まれるぐらいのお金を何とか稼いじゃってよ!私達が手入れをしてあげる武器を使ってさ!」


「おっ、良い事を言うじゃねぇか。そうだな。九条さん達には、もっともっと稼げる様に加工屋としての腕を頼ってもらうとするか。」


「えぇ……そこで団結するんですか……何と言う親子仲の良さ……」


「うふふ、自慢の夫と娘です。今後ともよろしくお願いします。」


「おやおや、今度は奥方まで仲の良さをアピールしてきたか。」


「……ちょっと羨ましく感じる。」


 そんな他愛もない雑談をしながら穏やかで楽しい時間を過ごしていると、窓の外に見える景色が少しずつ白色に変わり始めていくのだった。

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