第594話

「皆さん、そろそろ約束の時間になりますね。」


「あぁ、そうだな……」


 午前9時55分、王都にあるクエスト斡旋所前の出入口付近に集まっていた俺達は周囲をグルっと見渡しながら依頼者らしき人物の姿を探していた。


「ふふっ、ようやく依頼者の正体を知れる訳だね。何だかワクワクしてきたよ。」


「えへへ、私達が読んだ事のある本を書いている作家さんだったら良いですね!」


「うん、貰えるならサインが欲しい。」


「あっ、私もです!おじさん、頼んでも怒られたりしませんかね?」


「分からん、とりあえずは変な奴が来なけりゃ良いんだが……ん?」


 なんて事を呟きながら大通りの方に視線を向けた次の瞬間、誰かに肩をトントンと優しく叩かれる様な感触が伝わってきたので反射的に振り返ってみた…ら………


「うふふ、やはりそうでしたか。初めまして、ナインティアの方々ですね。」


「……え、えっと………もしかして、貴女が?」


「はい、依頼者です。以後、お見知りおきを。」


 不思議な色気を感じさせる髪が薄紫色の眼鏡を掛けた美しい女性は小さくお辞儀をしながらそう告げると、俺の瞳をジッと見つめながらニコリと微笑みかけてきて……


「おじさん!何をボーっとしているんですか!私達も挨拶をしないと!」


「お、おう……そう、だな………………」


「……九条さん、どうかなさいましたか?そんなに真っすぐ見つめられてしまうと、何だか照れてしまうんですが……」


「あっ!す、すみません……えーっと、その………何と言えば良いのか……」


「九条さん……もしかしてその女性に一目惚れしてしまったのかな?」


「……そうなの?」


「あら、そうなんですか?まぁ、そんな恥ずかしい……」


「ち、違う違う!違います!そういう事じゃなくて……あの、失礼ですけど何処かでお会いした事ってありますか?」


「お、おじさん?!いきなりそういうのはどうかと思いますよ!!」


「だ、だからそうじゃなくって!この人、何だか見覚えがある様な気がして……」


 初めて会った事は間違いないはず……だけど何なんだ?この人を見ていると何故か背筋がゾクゾクっとしてきて今すぐ逃げ出したい衝動に襲われてっ!?


「うふふふふ、やはり貴方はあの子の運命の方なのかもしれませんねぇ……こうして顔を合わせるのは初めてだと言うのに、私にあの子の面影を感じるだなんて……」


「う、うぅ……う、運命って……まさか……まさか……!」


 頬に手を当てながら妖艶な笑みを浮かべ始めた依頼者から離れる様に2歩、3歩と下がって行くと今度は斡旋所の中から……ア、アイツが……!


「皆さん、お久しぶりですね。クアウォートではお会いする事が出来なかったので、こうしてご挨拶が出来て本当に良かったです。」


「イ、イイ……イリスさん!?ど、どうしてここに……も、もしかしてその人は!」


「はい、僕の母です。」


「は、母ぁ!?えっ、それじゃあ今回の依頼者と言うのは……イリスさんのお母さんなんですか?!」


「えぇ、そうですよ。驚きましたか?」


「お、驚くに決まっているじゃないですか!って言うか、作家さん?あ、ああっ!!そう言えばそんな話を以前にも聞いた事が……うぇえええ!?こ、これってどういう事なんですかおじさん!?」


「そ、そんなもん俺が知りてぇわ!つーか、マジでどういう?何なの?どういう事がどうなってこうなって?」


「九条さん、マホ、落ち着いて……なんて、私も状況が呑み込めないんだが……」


「……困った。」


「うふふ、申し訳ございません。詳しい事情をご説明しますので、私達の後について来てくれますか。」


「は、はぁ……わ、分かりました……うおっ!ちょっ、イリス!?お前、いきなり何してんだよ?!」


「うふふ、九条さんと腕を組ませて貰っているだけですよ。それが何か?」


「な、何かって……お母さんが見てるのにそう言うのはマズいだろ!?」


「いえいえ、むしろ存分に見せつけて下さい。その方が私もはかどりますから。」


「は、はぁ?!いやいや、何を言って!!?」


「九条さん、母さんの許しも出た事ですし行きましょうか。」


「ちょっ、ええええええっ!?」


 何が何なのか分からないまま腕を引かれながら歩き出す事になった俺は、仲間達に助けを求めようとしたんだが……


「おじさん、とりあえず今はそのままで頑張って下さい!」


「私達も状況がよく呑み込めなくてね。整理が付くまでそのままで頼んだよ。」


「……よろしく。」


 ってな感じでアッサリと見捨てられる事になったので、羞恥心なのか恐怖心なのか何なのか分からない感情を抱きながら俺はイリスの母親という女性の後について行く事にするのだった……!

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