第531話

 モンスターが迫って来てない事を確認してから風の吹き込む音のする異質な空間に足を踏み入れた俺達は、足首近くまである海水で体勢を崩さない様にして臨戦態勢を維持しながら周囲をグルっと見渡していった。


「オイ、ここがボスの出る所で間違いねぇんだよな。」


「あぁ、そのはずだが……うおっと!?」


「きゃああ!」


「あわわわわ!何でいきなり渦潮が!?あ、足が持っていかれ……!」


「オレット!僕に掴まるんだ!」


「先生!こっちだ!」


「は、はい!」


「うふふふ、どうやらボスが出現するみたいですね。」


「ふっ、どうやらその様だな……!見ろ、渦潮が巨大な竜巻となっていくぞ!」


 突如として発生した中二病的な展開に興奮が抑えきれないらしいクリフがニヤリとしながら人差し指をビシッと向けたその先では、水柱が足元の海水を巻き上げながらドンドンと勢いを増し続けていた……って、この展開何処かで見た覚えがあるぞ!?


「く、九条さん!これってマズい状況なんじゃないんですか!?今すぐにでも逃げた方が良いんじゃないですか?!」


「ルゥナ先生!残念ですがそれは無理です!退路は既に塞がれています!」


「えっ!?そ、そんな……さっきまでこんな扉は無かったはずなのに!?」


 何時の間にか背後に出現していたバカでかい扉を目にしたルゥナさんが驚きの声をあげた直後の事、渦巻いてる水柱がある地面から何かが勢いよく浮き上がってきた!


「九条さん!アレを!」


「分かってる!全員、武器を構えろ!」


 大声でそう叫んで俺達の間に緊張感が走った次の瞬間、目の前に存在してた水柱がバシャンと音を立てながら弾け飛んで……!


「ハッ、どうやらボスが姿を現しやがったみてぇだぜ……」


「そうらしいな……どう見ても神様とは呼べないが……」


 ボロボロの鎧に錆びついた2本のブレード……そんでもって体部分はスライム状ときたもんだ……流石に本物を知っている身としてはアレを神様とは言えないよなぁ。


「ふむ、やはりボスクラスのモンスターとなると姿形が異様だな。」


「うふふ、まるで人の形を真似しているみたいですね。」


「うん、しかも武器を2本も持っているという事は……かなり厄介そうだよ。」


「み、皆さん……大丈夫ですか?」


「あぁ、こりゃあかなり楽しめそうだぜ……!オイ九条、アイツを倒すにはあの宝箱みたいなヤツをぶっ壊せば良いんだよなぁ?」


「そうだな……他にも魔法で凍らせてぶっ壊すっていう手もあるだろうけど……一番簡単なのはボスのコアになっている宝箱をどうにかする事だと思う。」


「そうかそうか。だったら……オレから先に行かせてもらうぜ!」


「あっ、待てフィオ!」


 両拳に付けたメリケンサックを叩き合わせたフィオは姿勢を低くして前方で身動き1つ取らずに佇んでいるボスを見据えると、俺の制止も聞かずに地面を蹴り飛ばすと凄い勢いで突っ込んでいっちまった!


「オラァッ!……っ、なんだと?!」


 威勢のいい掛け声と共に放たれたフィオの右ストレートは錆びついてるボスの刀にあっさりと防がれてしまい、そうかと思ったら鎧の背後から幾本もの武器がスライムらしき触手によって握られながら出現してくる光景が視界に飛び込んできた!


「チッ、あのバカ……!イリス!」


「はい、援護に回りますね。」


「フッ、後の事は我らに任せろ!」


「2人共、気を付けて下さい!」


 非戦闘員であるルゥナさんとオレットさんを護る為に待機する2人と目を合わせたその直後、イリスと共に武器を構えた俺は風魔法をまとって体を軽くするとボスからの連続攻撃をギリギリで躱し続けているフィオの方へと駆け出して行った!


 そしてボスまでもう少しと言った所で飛び上がった俺は今にも振り下ろされそうな触手を数本斬り落として、その直後にはボスとフィオの間に割って入るかの様に姿を現したイリスが自身の武器である巨大な斧を横薙ぎに振り切った!


「うおおっ!?あ、危ねぇな!イリス!オレまで真っ二つにするつもりかよ?!」


「うふふ、すみません。ですが、危ないと言うのは僕達の台詞ですよ。1人で勝手に突っ走るだなんて……後でルゥナ先生に怒られてしまいますよ。」


「ウゲッ……いや、だってしょうがねぇだろ?メチャクチャ手応えがありそうな奴が目の前に現れたんだからよ!」


「ったく、その言い訳で誰が納得するんだっての……それよりもお喋りはそこまでにしといてくれるか。どうやらボスの方も本気になっちまったみたいだしよぉ……」


「うーん、やっぱりさっきの一撃は防がれていましたか。惜しいですね。」


 背後でイリスがニッコリと微笑んでいる気配を感じながら改めて臨戦態勢をとった俺は、勢いよく吹き飛ばされたにも関わらずのっそりと起き上がって背中から生えた触手で3本の錆びた刀を操っているボスを見ながら静かにため息を零していた。


「ハッ、両腕にあるのと合わせて五刀流かよ。コイツは面白くなってきたなぁ……」


「アホめ、こんな状況なのに楽しそうにしてんじゃねぇよ……」


「アァ?誰がアホだと?あんまり舐めた口を利いてると、テメェから先にぶん殴ってやるぞ?」


「うふふ、もしそんな事をすれば僕は容赦なくフィオさんを破壊しますね。」


「2人共やめい!そんな事よりも集中しろ……って、ハァ!何だその動きは!?」


 鎧の両足を使って走って来るかと思いきや背中から生えている触手で持った武器を地面に突き刺しながらぐねぐねと動き始めたボスを目の当たりにした俺は、あまりの気色悪さに思わず大声で叫んでしまっていた!


「なるほど、コアを持つ本体を動かせば倒されないと考えた訳ですね。」


「冷静に判断してる場合じゃねぇぞっとぉ?!」


「チッ、ざっけんなよゴラァ!!」


 イリスは距離を取る為に後方へ飛んでフィオは迫って来る武器を拳で殴りつけて、俺はと言うとコアのある本体から繰り出された攻撃を何とか防ぎつつ何とか反撃する隙を見つけられないかと奮闘していたのだが……!


「ぐっ!なんつー重い攻撃だよ……!それに錆びてる癖して頑丈すぎるだろ!?」


 さっきから刀身を何度もぶつけ合ってるのにへし折れる気配が微塵も感じられないんですけどマジでどうなってんだよコレ!?


「オラオラオラァ!!そんなショボい斬撃、オレに当たる訳ねぇだろうがっ!!」


「っ!ハァッ!」


 ガキィンと金属同士がぶつかる音がしたのと同時に触手の1本が上の方に弾かれたのを目撃した俺は、ボスが武器を振り下ろしてきた直後に半歩後ろへ下がると一気に飛び上がって無防備になっている触手を思いっきり斬り落としてやった!


「九条さん!コレもお願いしますね!」


「うわっと!?ったく、あんまりビックリさせんなっつぅの!」


 地面に着地したその直後、イリスの声が聞こえてきたかと思ったら俺のすぐ真隣に触手がビターンと叩きつけられてきたのでその事に驚きながらも反射的に持ち直したブレードを斬り上げていた!


「うふふ、これで残りの触手は1本ですね。」


「チッ、テメェ!美味しい所だけ持っていってんじゃねぇぞ!」


「えぇ?!そんな事で怒られても困るんですけどって!?」


「アッ、逃げんじゃねぇこの野郎!」


「いいえ、違います!アレは逃げたんじゃなくて……!」


「マズい!標的を俺達から変えやがった!」


「んだとっ!?オイ、急いで後を……ぐっ!?」


「クソっ、何だよコレは!」


 扉の近くで待機している皆の方へ向かいやがったボスを追いかけようとした瞬間、前方に錆びついた武器を持った触手が何本も生えて来やがった!


「チッ、邪魔すんじゃじゃねぇよ!」


「幸いな事に触手の動きは鈍いですがこのままでは……!」


「ふーっはっはっはっはっは!我らも甘く見られたものだな!行くぞ、エルア!」


「了解っ!」


「……ははっ、どうやらあっちの心配は必要無かったみたいだな!」


 何とも言えない変な安心感がしながらそう叫んだ直後、手にした巨大な盾で攻撃を弾き飛ばしてボスの体勢を崩したエルアの姿と中二病感が満載のポーズを決めながら空中にバカデカい魔方陣を出現させたクリフの姿が視界に飛び込んできた。


「我が魂に宿る暗黒邪神龍の力よ!凍てつく息吹にて眼前の敵をほうむり去るのだ!」


 ……聞いてるこっちが恥ずかしくなる様な台詞をクリフが大声で叫んだ次の瞬間、魔方陣の中から氷の龍が大きな口を開けながら姿を現して再び襲い掛かろうとしてたボスに向かって勢いよく噛みついて行きやがった!


「……なぁ、あの訳の分かんねぇ台詞って必要なのか?」


「ま、まぁ本人的には要るんだろうな……それよりも見ろ!クリフの魔法をくらったボスがこっちに吹き飛んで来やがったぞ!」


「うふふ、それじゃあそろそろ止めを刺すとしましょうか。」


「……あぁ、そうだな!って、またかよフィオ!」


「ハッ、最後ぐらいオレに決めさせろってんだよ!」


「ったく、しょうがねぇな……イリス!」


「えぇ、心得ていますよ。」


 またもや勝手に突っ走って行っちまったフィオの後を追いかけ始めた俺達は、彼女よりも一足先にボスに向かって飛び上がると最後の抵抗なのか知らんけど何処からか取り出した武器を突き刺そうと伸びてきた幾本の触手を同時に斬り落としてやった!


「フィオ!」


「うっせぇな!気安く名前を呼んでんじゃねぇ……ってぇのっ!!」


 すれ違い様にニヤリと微笑みかけてきたフィオは両足にグッと力を込めて勢いよくボスに向かって飛んで行くと、防御する形で持たれていた2本の錆びついていた刀をへし折るとそのままコアとなっている宝箱を思いっきり殴り飛ばした!!


 その次の瞬間、ボスの体から宝箱が吹き飛んで行き断末魔の様な叫びが洞窟の中に響き渡ったかと思ったらスライム状の胴体がドロっと崩れていき地面にボトボトっと落ちて行くのが見えた。


「……ふぅ、ボス戦勝利……って感じかな?」


「はい、お疲れ様でした。」


 イリスと微笑み合いながらスタっと着地したフィオの背中を見つめていた俺達は、それぞれの武器を鞘に仕舞い込むと皆と合流していくのだった。

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