第530話

「よっと!……ハッ、どうやらこの宝箱も当たりみてぇだぜ。」


「……うん、これなら良くて浴衣1着分ぐらいにはなるだろうな。」


 所々にある大きな隙間から差し込んできてる太陽光のおかげでそこまで暗くもないダンジョン内部を探索しながら若干手強くなったモンスターを討伐してきた俺達は、安全を確保した後にフィオが開けた宝箱の中を覗き込んでいた。


「これで見つけた宝箱は3つ目……コレと道中で倒してきたモンスターの素材を換金したとなると、全員分の浴衣を購入出来るだけのお金は稼げた感じですかね?」


「あぁ、そこまで値段のする浴衣じゃなければギリギリ買えると思うぞ。ただ……」


 別荘で俺達の帰りを待ってるジーナはともかく、あの2人がそんな妥協した提案を受け入れるとはどうしても思えないんだよなぁ……でも、だからと言って……


「九条さん、そういう事でしたらもう引き上げましょう!無理してお金を稼ぐ必要は何処にもありませんし、今ならボスと戦わなくて済みますよ!」


 ここまでオロオロとしながら何とか戦闘の補助を頑張ってきてくれたルゥナ先生に真剣な眼差しで見つめられながら必死にそんな提案をされたら、こっちとしては賛成してあげたくなるんだが……どうやらそういう訳にもいかなそうなんだよなぁ。


「オイオイ、ここまで来て何を言ってんだよルゥナ先生。ダンジョンのかなり奥まで来たんたぜ?それなのに今更引き返すとかあり得ねぇだろうよ。」


「フィ、フィオさんの方こそ何を言っているんですか!奥まで来てしまったからこそ引き返すべきだと提案しているんです!このまま更に進んでしまえば、ボスの部屋に辿り着いてしまう可能性があるじゃないですか!」


「いや、だからこそ進むべきだって言ってんだろ?ようやく体が温まってきたんだ。だったら今の内に稼げるだけ稼ぐのが一番良いと思うぜ。そうすりゃ浴衣代だけじゃなくて遊ぶ為の金も手に入れられるからな。」


「そうやって欲を掻きすぎると痛い目を見てしまうんです!引き際を見極めて危険を感じたら諦めるというのも大事な選択肢なんですからね!それにフィオさん、さっきから思っていたんですが1人で前に出過ぎです!あれでは何かあった時に九条さんや私達のフォローが間に合いませんよ!」


「ハッ、そこまで心配されなくても大丈夫だっての。戦ってきて分かったが、ここに居るのは少しだけ強くなったザコってだけだからな。」


「ですから、そういう気持ちがですね……!」


「まぁまぁまぁ、ちょっと落ち着いて下さいルゥナ先生。あんまり大きな声を出すと何処にいるかも分からないモンスターを引き寄せてしまう事になりますよ。」


「うっ……す、すみませんオレットさん……つい……」


「いえ、それにフィオちゃんもダメだよ。心配してくれているルゥナ先生を怒らせる様な事ばかり言っちゃあ。私達の為を思ってくれている事、分かっているよね?」


「それは……そうだけどよぉ……」


「うんうん、分かっているならよろしい!でも、本当にこれからどうしましょうか?ルゥナ先生の言っている通り街に戻るのも有りだと思いますけども、フィオちゃんの意見も皆さんの戦いっぷりを考えると無しって感じではないと思うんですよ!」


「はぁ……簡単に言ってくれるね……ボスって言うのは通常のモンスターとは違って危険度や凶暴性が全然違うんだよ?」


「それぐらいは私にも分かってるよ!学園の授業でもそんな風に教えられたからね!でもでも、エルアちゃんとイリスチャンとクリフ君は九条さんと一緒にそんな危ないボスを倒した事があるんだよね?」


「うふふ、そうですね。僕と九条さんの愛の力をもってしてボスを打ち破る事に成功しましたよ。」


「ふっ、我も真の力を発揮してボスを消滅させてやったな!」


「それだったらきっと大丈夫だよ!どんなボスが出現しても皆で協力すれば、絶対に倒す事が出来るよ!……って、言ってる私に期待されても困るけどね!」


「まぁ、テメェはここまでカメラのシャッターしか押してきてねぇもんなぁ。だから最初から戦力として考えるなんてバカな真似しねぇよ。」


「むぅ、それなそれで何とも言えない感じなんだけど……」


「はいはい、そんな事よりもマジでどうすんだ?オレはこのままボスの野郎を倒してガッツリ稼ぎたいって考えてるぜ。」


「……私はさっきの提案と変わらず街に引き上げた方が良いと思います。無理をして皆さんに怪我をしてほしくはありませんから。ですが……最終的な結論に関しては、皆さんの意見に従おうと思います……九条さんはいかがですか?」


「俺ですか?うーん、そうですねぇ……進む事にしようが戻る事にしようが皆の事を護り通すっていう俺の役目自体は変わらないので……」


「なるほど!つまりルゥナ先生と同じく私達の結論に従うという事ですね!」


「……まぁ、そんな感じだな。」


「うふふ、そういう事でしたら僕はボスに挑みたいですね。」


「おっ、その心は!」


「そんなの決まっているじゃないですか。ボスと戦って危ない目に遭っている僕を、九条さんの手で助けてもらう為ですよ。」


「おぉ!それは素晴らしい画になりそうな瞬間ですね!それでは次にエルアちゃん!街に戻るかボスに挑むか意見を聞かせて下さい!」


「……今のイリスの発言に色々と言いたい事があるんだが……そうだな、僕としてもボスに挑んでみたいかな。」


「ふむふむ、それはイリスちゃんと同じ意見として?」


「そんな訳ないだろ?……困難を前にして逃げたくないってだけの話だよ。それに、初めて会ったあの頃から成長している所を九条さんに知ってもらいたいからね。」


「うんうん!つまりは乙女心ってやつだね!エルアちゃん、可愛い!」


「なっ!?そ、そんなんじゃないって言ってるだろ!」


「むふふ~そんなに照れなくても良いのに~!っと、次はクリフ君の番だね!さぁ、どうする?」


「ふっ、そんなの決まっているであろう……ダンジョンのボス如きに、我が魂の中に暗黒邪神龍が後れを取るはずもない!跡形も残さず消し炭にしてやろうではないか!ふーっはっはっはっはっは!」


「おっ!という事は……ルゥナ先生、どうやら意見がまとまったみたいですよ!」


「……えぇ、非常に残念ですが仕方ありませんね。分かりました。このまま奥の方にあるボスの部屋を目指す事にしましょう……ですが!危険と思ったらすぐに戻りますからね!九条さん、その時はどうか生徒達の事をよろしくお願いしますよ!」


「は、はい!了解しました!」


「うぅ~……それでは皆さん、充分に気を付けながら先へ進みますよ!」


 変なスイッチが入ってしまったらしいルゥナさんの掛け声に合わせてダンジョンの探索を再開した俺達だったんだが……


「……あれ?もしかしてあの場所って……」


「えっ?どうかしたんですか九条……さん………」


「……ハッ、どうやら目的の場所はすぐそこだったみてぇだなぁ。」


 宝箱を見つけた少し広めの空間を後にして薄暗い通路を進んでいたら、視界の奥に太陽光に明るく照らし出された大空洞らしき場所を発見してしまい……


「えっと……それじゃあ……行くとするか……」


「あぁもう……どうしてそんなすぐ近くにあるんですかぁ……」


 もう既に泣きそうな状態になっているルゥナさんに同情しながら振り返って後ろに居る皆と視線を交わした俺は、武器を持っていない左手で後頭部を掻きながらボスが居るであろう大空洞を目指して歩き始めるのだった。

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