第509話

 村に到着してからしばらくした後に皆と晩飯を食べに出掛けた俺は、面倒事が発生しそうな予兆が無いかを調べる為に1人で辺りをウロウロと歩き回っていた。


「……とりあえず、それらしい事が起きそうな気配は無いか……」


 村長さんもコレと言って何かを隠している様には見えなかったし、すれ違う人達も暗い表情をしている訳でもないし……うん、これなら無事に明日を迎えられそう……って、だからフラグになりそうな事は考えない様にしないとダメなんだっての。


「おーい!九条さーん!」


「ん?……あれ、ジーナ?どうしたんだよ、こんな所で。」


「いや、九条さんが宿屋に居ないから探しに来たんだけど……そっちこそ1人で何をしてるの?」


「あー……まぁ、見回り的な?ほら、さっきこの村で会った事を教えただろ?だからちょっと気になってさ。」


「ふーん、そういう事なら私も付き合ってあげる!」


「えっ?いや、別に大丈夫だぞ。もうほとんど見て回ったから後は野盗に襲われてた畑の方を確認しに行くだけだし……」


「良いから良いから!遠慮せずに早く行こうよ!畑ってアレの事だよね!」


「あっ、オイ!……ったく、しょうがねぇな……」


 人の話も聞かず走り出したジーナの後を後頭部を掻きながら追いかけて行くと、農作物が見事に実っている畑のすぐ近くにくわらしき物を持って立ってるお婆さんの姿を発見した。


「はぁ……どうしたもんかしらねぇ……おや?」


「どうも初めまして!お婆さん、何かお困り事ですか?」


「えっと……お嬢さんは一体……?」


「おっと、自己紹介が遅れてしまって申し訳ありません!私はジーナって言います!そしてあっちから来ているのが九条さんです!この村にはクアウォートに向かう為に立ち寄らせてもらいました!」


「あぁ、そうだったんですか。それはそれは、どうもありがとうございます。」


「えへへっ、どういたしまして!って、それよりもどうしたんですか?何か困ってる事があるなら力になりますよ!」


「いえ、大したことではありません。長年使ってきた道具にガタがきてしまったのでどうしようかと思っていただけですから……」


「ふむふむ、なるほど……確かに見た感じ凄いボロボロですね。」


「えぇ、若い頃からずぅっと使ってきましたからね……でも、もう限界みたいで……残念ですが、買い替え時なのかなと思ってここでお別れをしていた所なんですよ。」


 寂しいという感情が伝わってくる様な声でそう告げながら優しく手に持ったくわを撫でているお婆さんの姿を見てどう接すれば良いのか悩んでいると、目の前に立っていたジーナの体がわなわなと震え始めて……?


「……お婆さん!そういう事だったら私達に任せて下さい!そのくわ……いいえっ!他に使っている道具も纏めて修理してあげますよ!加工屋の娘の名に懸けて!」


「はっ?!いや、ちょっと待てよ!私達って……どうして俺まで!?」


「どうしてって……九条さんはお婆さんの気持ちを聞いて何も感じないの!?」


「そ、そういう訳じゃねぇけど……俺、職業は加工屋じゃないんだけど……」


「そんなの関係無し!九条さんだってウチで働いた経験があるんだから、これぐらい出来るでしょ!それに……目の前で困っている人を見捨てるなんて言わないよね?」


「そ、それは……」


「お嬢さん、初めて会ったばかりの私の為にそこまでして頂かなくても……」


「大丈夫です!こういう時の為に道具は持ち歩いていますし……それに何よりも、お婆さんがずっと大切にしてきた道具をここで失わせる訳にはいきませんからねっ!安心して私達に任せて下さい!ね?」


「……分かったよ。どこまでやれるか分からないが、出来る限りの事はするよ。」


「よしっ!そうと決まればお婆さん、農作業に使っている道具が何処にあるのか案内して下さい!陽が暮れる前に爆速で終わらせますから!」


「は、はい……お2人共、どうもありがとうございます。」


 深々とお辞儀をしてお礼を言ってくれたお婆さんに連れられて畑近くにあった納屋らしき所までやって来た俺達は、手分をけして目についた土農具のメンテナンス及び修理を開始して……


「ふぅ……どうにかまだ外が明るい内に終わらせる事が出来たな……」


「うん!九条さん、協力してくれてありがとうね!おかげで助かったよ!」


「はいはい、どういたしまして……お婆さん、こんな感じでどうですかね。」


「えぇ……えぇ……本当に何とお礼をしたら良いのか……少ないですが、こちらをお受け取り下さい。」


「そんな!お金なら大丈夫ですよ!コレは私達が勝手にやった事ですので!」


「いえ、そういう訳には……さぁ、どうぞお受け取り下さい。」


「いえいえ、本当に大丈夫ですから!そんな事よりもお婆さん、これからも使ってる道具達を大事にしてあげて下さいね!もし、また何か困った事があったらトリアルにある加工屋にお手紙を下さい!何時でもお力になりますから!」


「あぁ……貴方達ご夫婦は本当に、心の優しい方達ですねぇ……」


「……は、はい?ご夫婦……?いや、俺達はそういうかんけむぐっ!?」


「えへへ!そう言って頂けると嬉しいです!それではお婆さん、私達はこれで失礼をさせて頂きますね!お帰りはお気を付けて!それではまた!」


「んぐっ!?むぐぐっ!」


「えぇ、それでは……」


 背後から口元を押さえつけられて引きずられる様にして納屋から出て行った俺は、何とか拘束を振り解くと息を荒げながら勢いよくジーナの方に顔を向けた!


「お、おい!あのお婆さんに誤解されたままじゃねぇか!どうすんだよ!?」


「まぁまぁ、別にそれぐらい良いじゃん?」


「いや、良い訳ねぇだろうが!俺達、その……夫婦でも何でもねぇんだぞ!?」


「うん、その通りだね!けど、それぐらい仲良しに見えたって事でしょ?それなら、そう思われた所で誰も困らないでしょ!」


「俺が困るわ!またこの村に来る時にあの誤解が広まってたらどうすんだよ!」


「ふふーん!そ・の・と・き・は!」


「っ!?」


 一歩ずつ近寄って来たジーナはすぐ目の前で人差し指をピシッと立ててニッコリと微笑みかけて来ると……上目遣いをしながら俺の瞳を覗き込んできて……


「……その誤解、本当にしちゃえば良いんじゃない?」


「は………はっ」


「九条さん、ジーナさん、こんな所で何をしているんですか?」


「うぉっと!?ビ、ビックリしたぁ……イリスちゃん、後ろから急に声を掛けられたら驚いちゃうじゃん!ってか、どうしたのこんな時間に?」


「うふふ、帰りが遅いのでお2人を迎えに来たんですが……先程のお話……僕にも詳しく教えて頂けませんか?」


「イ、イリス?どうしたんだ、全身からヤバい空気がだだ漏れてるけど……」


「何でもありませんよ、九条さん……さぁ、お2人が夫婦……というのはどういう事なのか……説明してもらえますよね……?」


「そっ!それはその……ジーナがっていねぇだと!?」


「九条さーん!私は先に宿屋へ戻ってるから説明よろしくねー!」


「オイコラ!1人で逃げんひぃっ!?」


「さぁ、僕が納得のいく説明を聞かせて頂けます……よねぇ?」


「あ、あわ……あわわわ………!」


 人助けをした代償がこれなのかっ……!?そんな事を考えながら、俺は目の前に現れた地獄からの使者に必死の言い訳を始めるのだった……!

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