第508話

「いやぁ、初めて乗ったけど貴族様の使っている馬車は格別だね!叶う事なら今後もこの馬車を使って移動したいぐらいだよ!」


「はっはっは!それならば何処かへ行きたいときはわしに相談する良い!何時でも力になってやるぞ!」


「おいコラ、お前の馬車でも無いのにそういう事を勝手に決めるんじゃねぇよ。」


「あいたっ!……お主、何かある度にわしの頭に手刀を落とすのはどうかと思うぞ。あんまり無礼な態度ばっかり取っておると天罰を下してしまうぞ?」


「どんな脅し文句だよソレ……良いからほら、さっさと荷物を持って宿屋に入るぞ。予定よりも早く到着したとは言え、のんびりしてたら陽が暮れちまうわ。」


 走り去っていく馬車を背にしながら荷物を抱え直した俺はレミを見ながらため息を零すと、一瞬だけ皆の方へ振り返って準備が整っている事を確認すると目の前にある宿屋の入口に向かって歩き出した。


 ……その直後、前方から見覚えのある老人が姿を現して俺の前で立ち止まったかと思うと小さくお辞儀をしてニッコリと微笑みかけてきた。


「旅の方、お久しぶりでございます。その節は大変お世話になりました。」


「そ、村長さん……?えっ、どうしてここに?」


「皆さんがこちらの宿屋にお泊りになると聞いてご挨拶に伺いました。どうやら……今回はエリオ様達とのご旅行ではないみたいですね。」


「え、えぇ……実はそうなんです……っと、そうだ。皆、先に紹介しておくな。この人はこの村の村長さんだ。以前、ちょっと色々あって知り合いになったんだよ。まぁこうして顔を合わせるのはかなり久しぶりになるんだけどな。」


「あっ、そうなんですね。どうも初めまして、王立学園で教師を務めているルゥナ・マルティスと申します。そしてこの子達は私の教え子になります。村長さん、今回はお世話になります。」


「いえいえ、何も無い所ですがどうぞごゆっくりお過し下さい。」


「うむ、そうさせてもらうぞ!そう言えば村長、あれから変わった事は何も起きてないか?また困った事があれば相談に乗ってやるぞ!」


「ありがとうございます。ですが今の所は特に何も問題はありません。」


「そうか、ならば良かった!では、わし達は宿屋に行かせてもらうぞ!」


「えぇ、お引き留めして申し訳ありませんでした。皆さん、失礼致します。」


「はい、失礼致します……九条さん、色々って何があったんですか?」


「あー……まぁ、話せば長くなると言いますか……とりあえず今は荷物を置きに行きましょうか。詳しい事情については晩飯の時にでもお話をしますよ。」


「うふふ、九条さんがどんな活躍をなさったのか楽しみにさせてもらいますね。」


「ハッ、要するにここでもお人好しを発揮したって訳かよ。」


「九条さんの勇姿、是非とも聞かせて下さいね!」


「いや、別に勇姿って程の事でも無いんけどな……」


 野盗共を捕まえた後に待っていた自業自得ともいう名の地獄を思い出して苦笑いを浮かべた俺は、あの当時の事をどう説明しようか悩みながら改めて宿屋の中へと足を踏み入れて行くのだった。

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