第496話
「九条さん、折角こうして再会できたと言うのにもうお別れだなんて寂しいです……だから……良いですよね……?」
「うん、良いよ……ってなるはず無いだろうが!ちょっ、抱き着いてくんなっての!雨は降って無いけど湿気でジメジメしてるんだから!オイ、聞いてんのかイリス!」
翌朝、不用心だと思いながらも受け取った手紙に書かれていた通りにポストの中へ借りていた家の鍵を放り込んだ俺達は、人もまばらな大通りを歩いてトリアル行きの馬車が停まっている南門前の大広場までやって来ていた。
……そして俺達の事を見送る為に朝早くからわざわざ集まってくれていたエルア、イリス、クリフ、オレットさんの4人と顔を合わせる事になったんだが……どうしてこんな事になってんのか誰か教えてくれ!!
「コ、コラ!イリス、九条さんが迷惑がっているじゃないかっ!いい加減にそこから離れるんだ!!」
「うふふ、エルア先輩。もしかして羨ましいんですか?」
「なっ!?そ、そんな訳無いだろ!ほら、こっちに来るんだ!」
「あっ……もう、エルア先輩ったら強引なんですから。」
「はぁ…はぁ………あ、ありがとうなエルア……」
「い、いえいえ。」
「ふっ、あの程度の拘束を何とも出来ないとは情けない奴だな!そんな事では、我に追い抜かれるのも時間の問題であろうな!」
「……イリス、やれ。」
「了解しました。けど、後でご褒美を下さいね。」
「んなっ!?は、離せイリス!貴様、誰にでも抱き着くとはどういう了見だ!?」
「僕だって好きで抱き着きたい訳ではないんですけどね。クリフ君ったら九条さんをバカにする様な発言をするからお仕置きです。」
「や、止めろ!エ、エルア!我をこの窮地から救い出してくれ!」
「……まぁ、自力でどうにかすれば良いんじゃないかな。」
「エルアっ!?」
「おぉ!これは凄い光景ですね!うんうん、良い記事が書けそうな予感がして」
「あっ、もし僕とクリフ君の関係について適当な事を書いたりしたら……その時は、オレット先輩が記事の一面を飾る事になりますからね。」
「……あ、あはは!私、ちょっと喉が渇いたので飲み物を買って来ます!ではっ!」
「……オレットさん、あっと言う間に居なくなりましたね。」
「……まぁ、目の前の記事よりも命の方が惜しいって事だろうな。」
「ふふっ、朝から楽しい限りだね。」
「……ねむい……」
騒がしくもあるが何処か心地よい気分に包まれつつ他愛も無い雑談をしていたその時、頭の中にとある事を思い出して俺はこの場に居る3人の方へ顔を向けた。
「あ、あのさ……いきなりこんな事を言われても困るだろうけど……もし……もし、フィオの奴が皆の前に現れたらさ……その……さ……」
「……大丈夫ですよ、九条さん。フィオの事なら僕達に任せて下さい。」
「……えっ?」
「ふんっ、態度は気に食わんが運命の悪戯で知り合ってしまった訳だからな。そこで無視を決め込む程、我の器は小さくないわ!ハーッハッハッハ!」
「ふふっ、きちんと九条さんの魅力を伝えておきますから安心して下さい。」
「ソ、ソレについては別にしなくても良いんだが……そうか……うん、分かったよ。皆、後の事は頼んだぞ。」
「はい!……けど、やっぱり九条さんは優しい方ですね。彼女の事をわざわざ僕達にお願いするだなんて。」
「べ、別にそんなんじゃねぇよ。また絡まれたりしたくないから、事前に打てる手を打っておこうと考えたってだけの話だ。」
「えへへ、そんな事を言って恥ずかしさを誤魔化そうとしても無駄ですよおじさん!私達にはちゃーんと分かってるんですからね!」
「う、うっさいわ!それよりもほら、そろそろ出発時間だぞ!」
「おっと、どうやらそうみたいだね。それでは皆、また会える日が来るのを楽しみにしているよ。それとルゥナ先生とドクターによろしくね。」
「はい!それでは皆さん、お気を付けて!」
「ふっ、また相まみえる日までせいぜい力を付けておくが良い!」
「うふふ、今度は僕達の方から遊びに行かせてもらいますね。」
「……その時は、事前に連絡してくれよ。」
苦笑いを浮かべながら3人に……じゃなくて、飲み物を買って戻って来たオレットさんも含めた皆に手を振って馬車に乗り込んだ俺達は、曇り空の隙間からほんの少しだけ見える朝日に照らされながら王都を後にするのだった。
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