第342話

 どうにかこうにかモンスターに襲われる事も無いまま無事に山を抜け出せた俺は、開き直って街に向かいながら足元に付いた泥を魔法の水で洗い流していた。


「ふぅ、ようやくここまで戻って来れたけど……こうして門が上がってるって事は、騒動は収まったって考えても良いのか?」


 もしくは鐘を止めるのが間に合わなくて、魔人種にここを突破されちまった後とかって可能性も………ん?


「はぁ~い!怪我をした人は私が治療してあげるから、しっかりと列になって並んでちょうだい……あっ、割り込みをした人にはとびっきり滲みるお薬を使っちゃうから覚悟しておいてね。」


「みなさーん!慌てなくても大丈夫ですから落ち着いて下さいねー!」


「痛みに耐えられぬ者は我々がすぐに応急処置を施してやるから申し出ろ!」


「……どうやら、心配するだけ無駄だったみたいだな。」


 小さなため息を零しながら巨大な鉄格子の無くなった門の下を通り抜けて広場までやって来た俺は、邪魔にならない様に端の方へ移動すると周囲を軽く見渡してみた。


「いやぁ、それにしても普段は温厚なアンタが襲い掛かって来た時はどうしようかと思っちまったぜ!ぶっ倒して素材にする訳にもいかねぇからな!」


「本当にすまない……自分でもどうしてあんな事をしちまったのか……」


「がっはっは!まぁ、過ぎた事なんだからそう落ち込むなっての!」


「だが……」


「コイツの言う通りだって親父さん!あっ、もし悪いと思ってるなら扱ってるレアな素材をちょーっとだけ安くしてくれよ!なっ!」


「おぉ、そりゃ良いな!それで今回の事はチャラ……それで構わねぇだろ?」


「お前達……分かった、迷惑を掛けちまった分はガッツリ値引きさせてもらうぜ!」


 ……今回の件で彼らの仲が悪くなるんじゃないかと少しだけ不安に思っていた俺はそうなってなかった事にホッとして胸を撫で下ろすと、その場を離れて広場の真ん中近くで忙しそうにしている皆の方に歩いて行った。


 そうすると向こうも……って言うかすぐに俺の姿を見つけたらしいマホが、驚いた感じの表情を浮かべながらこっちに駆け寄って来た。


「おじさん!いつの間にお戻りになってたんですか!?いやそれよりも、お怪我とかしてませんか!?ほら、シッカリ見せて下さい!」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!いきなり服を脱がそうとあっ、コラ!変な所を触ってくるんじゃないこのバカたれ!」


「おや、いきなり騒がしくなったと思ったら帰って来てたんだね九条さん。」


「おかえり。」


「ただいまって呑気に挨拶をしてる場合か!さっさとマホを引っぺがしてくれよ!」


「はっはっは!日頃の行いのせいじゃ、我慢して全てをさらけ出すが良い!」


「アホか!?そんな事をこんな所でしたら捕まるっての!」


「九条透!」


「は、はいぃ?!」


 いきなり背後から気合の入った大きな声が聞こえてきて、反射的に背筋をビシッと伸ばしながら腰のまとわり付いているマホと振り返って見ると……どういう訳だか、怒った様な表情をしているローザさんが早足でこっちに向かって来てっ!?


「よくやった!お前のおかげで街の者達は救われたぞ!本当に、本当に助かった!」


「あぅあぅあぅ!ど、どいたし、まして!?」


 ローザさんに手をガッシリと握られた状態で激しい握手をさせられてしまい視界がグラグラ揺さぶられて軽く酔いそうになっていると、肩をポンポンと叩かれる感触があったので顔を後ろに向けてみると……!?


「うふふ、お帰りなさい九条さん。怪我とかはしてないかしら。」


「ド、ドクター……頬が痛いので人差し指をどかして下さい……」


「あら、それはごめんなさい。それよりもローザさん、あっちの方で警備隊の方達が貴女の事を呼んでいたわよ。」


「何ッ、それは本当か?そういう事ならば九条透、すまないが私はこれで失礼させてもらう。」


「あぁ、はい……って、ちょっと待って下さい!実はローザさんとドクターにお話をしておきたい事があってですね……」


「ん?」


「私にも?」


「えぇ、今回の事について色々と……ただ、あまり人前では話せなくて……」


「そうなのか……いや、しかし困ったな……時間を取ってやりたいが今は……」


「……それなら陽が暮れた後で私の診療所に集まりましょう。」


「良いのか?」


「勿論、私にも関係があるみたいだものね。」


「……分かった、それではまた後でな。」


 そう言って小走りで去って行ったローザさんを見送っていると、ドクターに治療をしてもらおうとしている人達がこっちに集まって来た。


「あらあら、私もお仕事に戻らないといけないわね。九条さん、良ければ皆と一緒にお手伝いしてくれるかしら。」


「あぁ、はい。」


「うふふ、それじゃあお願いね。」


 ドクターはニコっと微笑みながら何故か俺の頬をツンツンと突いて来ると、さっきまで居た持ち場に戻って行くのだった。


「……おじさん、お城の方で一体何があったんですか?」


「……まぁ、色々だよ。」


 俺はソレだけ言うと腰に抱き着いていたマホをゆっくり引き剥がして、ドクターの手伝いをする為に皆と慌ただしく動き回る事になるのだった。

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