第271話

 


「うわぁ!皆さん、見て下さいよ!大通りに沢山のお店が並んでいますよ!」


「おぉ!これはどの店から見て回るか迷ってしまうではないか!」


「ったく……はしゃぎ過ぎて勝手に行動しようとすんなよ。この人込みの中で迷子になったりしたら探すのが大変なんだからな。」


「もう、言われなくても分かってますって!それよりもほら!早く行きましょう!」


「はいはい………ソフィ、頼むからレミの手を放さない様に気を付けてくれよ。」


「了解した。」


「こ、これ!わしを子供扱いするでない!聞いておるのか、九条!」


 後ろで文句を言っている神様の声を聞こえないふりをしながらマホに手を引かれて歩き始めた俺は、大通りにズラッと並ぶ出店をチラッと横目で見てみた。


「ふーん……かき氷にわたがしに………」


 どうやら出店に置いてる商品自体は前の世界とそこまで違いは無いみたいだな……ただ選べる味に初めて見る名前の物が多いのは異世界ならではって感じなのかねぇ。


「九条!あのチョコバナナとはどんな物なんじゃ!?」


「ん?……まぁ名前の通り、バナナがパリパリのチョコで包まれてる食い物だよ。」


「な、なんと!?よしっ、ではまずソレを食べるぞ!その次はかき氷じゃな!」


「あっ!でしたらその後はわたあめを食べませんか?」


「おぉ!実はわしもそれが気になっておったのじゃよ!ではその後にあの焼きそばを買ってじゃな!」


「こらこら、計画的に買ってかないと小遣いが一瞬で無くなるぞ。」


「むっ、それもそうじゃな……しかし………」


「レミさん!ここは協力して、量が多い物は2人で1つという事にしませんか!」


「そ、その手があったか!?それではマホよ!共に屋台の食べ物を制覇するぞ!」


「おぉーです!」


「……おぉ。」


「はぁ……後でどうなっても知らねぇぞ。」


 静かにため息を零した後に祭りの雰囲気に飲まれてテンションが上がりまくってるマホとレミに付き合って何軒もの屋台を巡ったりしていたんだが……


「ま、まさか……そんなバカな………」


「うぅ……調子に乗り過ぎました………」


「だから言っただろうに……」


 水風船を取る為にムキになり薄くなってしまった財布を握り締めて落ち込んでいる2人を見ながら呆れていると、隣に居たソフィが不意に袖口を引っ張ってきた。


「九条さん、アレをやってみたい。」


「アレ?……あぁ、射的か。」


「うん。」


「……よしっ、俺もやってみたいし行ってみるとするか。」


 うつ向いているマホとレミの手を引いてソフィと射的屋まで歩いて行くと、厳つい顔をした親父さんが笑顔で俺達を出迎えてくれた。


「いらっしゃい!1回500Gだけどやってくかい!」


「えぇ、2人分でお願いします。」


「あいよ!それじゃあ1000Gを頂くぜ!」


 俺とソフィが財布から取り出した金を受け取った親父さんは、小さめの弓と先端がゴム状になっている矢を3本手に取ると俺達の前にそれを置いてみせた。


「やる事は簡単だ!その3本の矢を使って景品を地面に落とせば良いだけだ!ただし魔法を使うのは禁止だからな!」


「……落とした景品は貰えるの?」


「おう!地面に落ちさえすればどれでもな!さぁ、まずはどっちからやるんだ?」


「そうだな……じゃあ、俺が先で良いか?」


「うん。」


「よしっ!じゃあまずは親父さんからの挑戦だ!娘さんに良い所を見せてやれよ!」


「ははは……そうですね………」


 やる前から少しテンションが落とされながらも弓と矢を手に取った俺は、ズラッと並んだ景品からどれを狙おうか悩んで……


「お父さん!私はあの小さな人形が欲しいです!」


「いやいや!父上、わしはあの小箱に入った菓子が欲しいんじゃ!」


「おいコラ!せめて呼び方は合わせろってのっ!」


「あぁっと惜しい!少し右にズレちまったみたいだな!」


「ぶぅ、シッカリしてください!」


「そうじゃそうじゃ!」


「こんにゃろ……誰のせいで集中が乱れたと思ってんだ……!」


 その後も親父さんの言葉に悪乗りしたマホとレミのせいで矢をあらぬ方向に撃ってしまった俺は静かに弓を置くと、振り返って2人の頭にチョップをしてその場を動きソフィに順番をゆずるのだった。


「さぁ!次はお嬢ちゃんだ!親父さんの仇は討てるのか!?」


「いや、別に死んでねぇですから……っていうかマホとレミ、絶対にソフィの邪魔をするんじゃねぇぞ。」


「勿論じゃないですか!ソフィさん、頑張ってください!」


「ソフィ!お主ならば出来るぞ!シッカリな!」


「……任せて。」


 チラッと俺達の方を見て何とも頼もしい言葉を告げたソフィは……華麗に矢を放ちマホとレミが欲しいと言っていた景品を次々と撃ち落としていくのだった。


「おぉ!3本とも命中させるだなんて凄いじゃねぇか!ほれ、受け取りな!」


「……ありがとう。」


「がっはっは!どういたしましてだ!それにしても親父さん、あんたの娘さんは凄いじゃねぇか!」


「ま、まぁ……自慢の……娘ですかね……はは………」


 苦笑いを浮かべながら親父さんと話を合わせた俺は、何とも言えない気持ちになりながら礼を告げると皆と一緒に店から離れて再び大通りを歩き始めるのだった。


「……マホ、レミ、コレをあげる。」


「えへへ、ありがとうございますソフィさん!」


「感謝するぞソフィ!」


「どういたしまして。」


「……さっきまでのテンションは何処へやらって感じだな。」


「はっはっは!過ぎた事は仕方が無いからのう!それに小遣いが無くとも欲しい物を手に入れる方法を思いついたからな!」


「は?どういう意味だって……あ、おい!」


 いきなり聞こえてきた不穏な発言の意味を確かめるべく振り返った瞬間、ソフィの手を引っ張って出店の方に走って行くレミの姿が見えて!?


「おっ、いらっしゃい!今日はお姉さんと一緒に来たのかい?」


「いや、父上と一緒に来たのじゃ!」


「へぇ、親父さんとか!そいつは」


「ちょ、待てやコラああああああ!」


「あっ、父上!なぁ父上、わしはこのお面が欲しいんじゃが買ってはくれんか?」


「だから誰が父上だ!?」


「むぅ、父上は父上以外に居ないでは無いか。さぁ父上、可愛い娘の為にこのお面を買ってくれぬか!」


「アホか!もう小遣いを使い切ったんだから諦めろっての!」


「まぁまぁ!娘さんのお願いの1つや2つ、叶えてやるのが親父さんの役目じゃないのかい?」


「いや、ですから……!」


「お父さん!私もお面が欲しいです!」


「はっ!?」


「……ぱぱ、私も欲しい。」


「ソフィまで?!」


「ほらほら!娘さんからおねだりされちゃ、買わない訳にはいかないだろ?」


「あの!そう言われてもですね!?」


「よしっ、それじゃあこうしよう!娘さん達と親父さんの分、合わせて4つを買ってくれるなら1000Gにまけてやるよ!さぁどうだい?」


「父上!この機会を逃す手は無いぞ!」


「お願いしますお父さん!」


「……ぱぱ。」


「ぐっ……!わ、分かったよ……買うよ、買えば良いんだろちきしょう!」


「まいどあり!そんじゃあ気に入ったお面を持って行ってくれ!」


 お面屋の兄ちゃんと娘を語る詐欺師達の連携にハメられ泣く泣く財布を取り出して金を支払った俺は、欲しくも無いお面を選ぶ事になったのだが……


「ったく、どうしてお面なんか………」


「はっはっは!実はコレがどうしても欲しくなってしまってな!」


「あ?なんだそれ………?」


「おっ、女の子なのにそのお面に興味があるのかい!」


「うむ!これはもしかしなくても、クアウォートを守護する神様のお面であろう?」


「あぁそうだよ!どうだい、格好良いだろ?」


「いやいや!これは可愛いと呼ぶべき物じゃろう!」


「確かにそう言えるかもしれないな!お嬢ちゃんは、そのお面で良いのかい?」


「うむ!わしはこのお面を貰うとしよう!」


「はいよ!」


「うーん、やはり元が良いからお面も良い出来じゃな!」


「……ふっ、それは流石に言いすぎいってぇ!?」


「父上、何か言ったかのう?」


「な、何でもねぇです……!」


 レミに抓られた尻を擦りながらお面に目を向けた俺は、よく分からんお面を適当に選ぶと店を離れて大通りをうろつき出すのだった。


「おじさん!お面を買ってくれてありがとうございました!」


「ありがとう、九条さん。」


「どういたしまして……それにしてもレミ、流石にアレは卑怯すぎねぇか?」


「はっはっは!すますまん、もう2度とやらんから許してくれ!」


「はぁ……あのお面屋の人に感謝しとけよ。俺達の為に安くしてくれたんだから。」


「勿論じゃ!あの者にはいずれ幸運が訪れる事じゃろう!」


「あぁ、お前がそう言うなら間違い無いだろうよ……」


 ニコッと微笑んで断言した神様の言葉に思わずニヤッとしていると、大通りに設置されているスピーカーから突然ピンポンパンという音が聞こえてきた。


『皆様、大変長らくお待たせ致しました。間もなくクアウォートの新しいイベントである打ち上げ花火が見られるお時間となります。ご興味がおありの方は、海岸の方に移動される事をお勧め致します。』


 女性の声でアナウンスされてスピーカーのノイズ音が消えた直後、周囲から大きな声で慌てず急がずゆっくり移動する様に注意する声が聞こえてきて……!?


「うおっとっと!?」


「お、おじさん!」


「な、なんじゃ?!急に人の流れが激しくなりおったぞ!?」


「マホ!レミ!ソフィ!はぐれない様に気を付けろよ!」


 海岸に向かい始めた人達の動きに巻き込まれながら歩き始めた俺達だったんだが、数分もしない内にそれも限界になってきたんですけど!?


「お、おじさん!手、手が!」


「ぐっ!あぁもうしょうがねぇな!」


「えっ、きゃあ!?っておじさん?!」


「お、俺だって恥ずかしくてやりたかねぇけどはぐれない為にはってうおっ!?」


 いきなり抱き上げられて驚いているマホから視線を逸らして心臓をバクバクさせていたその時、背中に誰かが飛び乗って来た!?


「これ九条!マホばかりズルいではないか!」


「ちょ、レミ!?急に飛び掛かってんなっ!?」


「はぐれない様にする為。」


「いや!?だからってどういう訳!?」


 右腕の中にはマホ、背中にはレミ、そして左腕にはソフィが抱き着いているという極限状態に陥ったせいで軽く死にそうになっていると今度は肩をグッと掴まれて右の方に体を引っ張られてそっちの方に目を向けてみると!?


「皆さん!こっちにいらして下さい!」


「ア、アリシアさん!?いきなり何を!?」


「良いから!早く!」


「お、おう!」


 有無を言わさぬアリシアさんの迫力に負けて人込みをかき分けて大通りの端の方にやって来て俺達は、そのまま見覚えのある建物の中に引きずり込まれて行った!


「はぁ……はぁ……だ、大丈夫ですか?」


「あ、あぁ……何とか………ほら、お前らも離れろって……」


「むぅ、つまんのう。」


 スッと背中から降りたレミに続いて皆が離れた事にホッと胸を撫で下ろした俺は、膝に手を置きながら深呼吸を繰り返していると……


「アリシアさん!本当にありがとうございました!おかげで助かりました!」


「いえ、礼には及びませんわ。それよりも皆様、もう間もなく花火が打ち上がりますので急いで私の後について来て下さい。」


「は、え?」


「と、とりあえず言われた通りにしてみましょうか……」


「そ、そうだな。」


 困惑したままアリシアさんについて行った俺達は周囲を見渡しここがラウザさんの店である事を確信したが、どうしてここに連れて来られたのか分からないまま階段を上がり続けて………


「ここが屋上に通じる扉になります。さぁ、どうぞ。」


「は、はぁ……」


 首を傾げながらアリシアさんの後に続いて扉を通って行った俺達は………目の前に現れた人達を見て思わず驚きの表情を浮かべてしまうのだった………


「やぁ、さっきぶりだね。大丈夫だったかい?」


「おーっほっほっほ!ようやくお越しになったみたいですわね!」


「え、えっと、どうもです。」


「ロイドさん!リリアさん!ライルさん!それに外の皆さんも!?」


「……………えっ、どういう事?」


「がっはっはっは!実はラウザから花火大会を見るなら店に来ないかと誘われてな!お邪魔させて貰ったという訳だ!」


「そ、そうなんですか……?」


「えぇ、だから九条さんも自由にお過ごし下さい。」


「あ、ありがとうございます………」


 いまいち表情が読み取れないラウザさんにお礼を告げた俺はとりあえずロイド達の方に皆と向かって行くと、空いている椅子に腰を下ろすのだった。


「あの、皆さんはいつからこちらに来ていたんですか?」


「ふふっ、私達はアナウンスが聞こえてくる前にアリシアさんに誘われてね。」


「……つまりあの人込みは経験してないって事か。」


「あぁ、幸いな事にね。そっちは随分と苦労したみたいだけど。」


「うむ、軽く地獄を見て来たわい!」


「……地獄を見たのは俺だけな気がするけどな。」


「えぇ?本当は天国って思ってたんじゃないんですか?」


「……もう反論する気力もねぇわ。」


「えっと、大丈夫ですか?もしあれでしたら、お水を……あっ、アリシアさん。」


「あら、もしかして飲み物を持ってきて下さったんですか?」


「一応、貴方達はお客様ですからね。」


「もうお姉様、一応ではなくちゃんとお客様ですよ。九条さん、こちらをどうぞ。」


「ん?……あぁ、ありがとうな。」


 シアンが持ってきてくれた飲み物の入ったコップを手にしたその次の瞬間、夜空に綺麗な大輪の花が咲いて体に響くぐらい大きな音が聞こえてきた!


「ほら見て下さい!花火が打ち上がり始めましたよ!」


「おぉ!大きいのう!」


「ふふっ、素晴らしいね。」


「花火に照らされたロイド様………なんと……お美しい…………」


「…………綺麗です…………」


「貴方達、ロイドさんじゃなくて花火をご覧になりなさい。」


「……花火、良いね。」


「あぁ……そうだな………」


 吹き抜ける夏の風を心地よく感じながら仲間達と打ち上げ花火を見上げ続けて……俺のバカンスは終わりを迎えるのだった……

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