第256話

「ふふっ、そんな体験を味わえるのなら私もその古物店に同行してみたかったな。」


「いやいや、笑い事じゃねぇっての……」


「そうですよ!ほんとーに怖かったんですからね!」


 両手を握り締めてぷんぷんと怒っているマホと目を合わせ微笑んでいたロイドは、チラッと横を見ると古めかしい本を静かに読んでいるソフィに視線を向けた。


「そう言えばソフィ、さっきから君が熱心に読んでいる本だがもしかして……」


「うん、その店で貰った本。ページ数は少ないけど載っている情報は興味深い。」


「なるほど……九条さんとマホはもうその本は読んだのかい?」


「いや、帰りにソフィに預けてからは触ってないからな。」


「私もまだ読んでいませんね。」


「……じゃあ今から読む?」


「おや、もう良いのかい?」


「既に読み終わってるから大丈夫。」


「あっ、それじゃあ私が先に読んでみても良いですか?」


「勿論、私は構わないよ。」


「こっちの事も気にすんな。ってか、それを読んで気になった所を後で俺達に教えてくれればそれで良いから。」


「ふむ、確かにその方が良いのかもしれないね。」


「分かりました!それじゃあソフィさん、本をお借りしますね。」


「うん、どうぞ。」


 ソフィから慎重に本を受け取ったマホはゆっくり表紙に触れると、その中に書いてある文字や絵を真剣な面持ちで読み進め始めた。


 その姿を見ながら一息つこうとティーカップの中に入れてある紅茶を飲んだ俺は、マホが本を読み終わる前にロイドに気になっている事を尋ねてみる事にした。


「なぁロイド、今の内に聞いておきたい事があるんだが……」


「ふむ、それはもしかして今日の目的の成果かい?」


「まぁそう言う事だな。それでどうなんだ?もう色々と決まってるのか?」


「一応、日取りだけは決まったかな。」


「……って事は、店の方はまだ決まってないのか?」


「幾つか候補はあるんだが、選ぶの私達に任せると言われてしまってね。」


「え、そうなんですか?」


「あぁ、私達だけで決めてしまうと食事代が高くなってしまいそうだからね。だからこちらに合わせるという方向で話が決まったんだよ。」


「……大人としては情けない限りだが、俺としては大助かりだ!っていうかロイド、お前も出会った当初から考えると随分と庶民的な感覚が成長したんだな!」


「ふふっ、これも九条さんとマホのおかげだよ。どうもありがとう。」


「うんうん、その調子でどんどん頑張ってくれ!」


「……おじさんも、大人としての余裕を持てるようにもう少し頑張って下さいね。」


「……はい、努力します。」


 何て言ってみたけどさ、貴族の女の子が満足する程の店を奢れるだけの財力がある一般的な男性ってそもそも存在しているのかしら?ってか無理じゃない?一食だけで軽く破産しない?


 そんな俺の疑問を他所に再び本を読みだしたマホの事はとりあえず放っておいて、俺は特に興味が無さそうに見えるソフィを無理やり交えてロイド達が選んできた店を更に吟味して候補を絞ってみる事にした。


「……よしっ、この3軒だったら俺でもギリギリ奢れそうだな。」


「なるほどね……でも九条さん、本当に大丈夫なのかい?無理に奢ってくれなくても私達は全然大丈夫だが。」


「いやいや、俺としてはそういう訳にはいかねぇんだよ……当日になって他の大人が参加するって言うなら話は別だが、日程を聞く限りだとそれは難しそうなんだろ?」


「あぁ、その日も両親共に仕事だから私達と食事をする暇は無いと思うよ。」


「だったらそこら辺は俺が大人として頑張るしか無いだろうが……お前達と割り勘をするなんて事態は情けなさすぎて流石に避けたいからな。」


「……誰も情けないだなんて思わない。」


「俺が思うんだよ……だからまぁ、予算の都合で悪いがこの3軒の内から食事をする店を選ばせてくれ。」


「ふふっ、了解した。」


「九条さんがそう言うなら、分かった。」


「ありがとさん……それじゃあ後は、マホの意見を聞いて店を決めるだけなんだが、そっちの方はどうだ?もう読み終わったか?」


 俺がそう問いかけるとマホは読んでいた本をパタンと閉じて、満面の笑みを浮かべながらこっちに視線を向けてきた。


「はい!ついさっき読み終わりました!」


「そうか、じゃあ簡単に本の内容を説明してくれるか。その後に明日の予定と一緒に店を決めちまうからさ。」


「分かりました!それじゃあこの本の内容について、サクッと説明しちゃいますね!まずここに書かれていた内容なんですが、大きく分けて2つありました。」


「ふーん……その2つの内の1つってのは神様についての内容か?」


「その通りです!神様は今から数百年前、クアウォートという街が造られるよりも前から存在しているらしいですね。」


「す、数百年前って……そんな昔から存在してんのかよ。」


「この本に書いてある事を信じるならの話ですけどね。それで神様はローブをまとった女性として現れるらしくて、出会った人に予言を与えるそうです。」


「へぇ、予言だなんて面白そうじゃないか。」


「……俺も他人事だったらそう思えるんだけどなあ。まぁ、俺が出会ったのは偽物の可能性があるけどさ。」


「はいはい、それじゃあ話を続けますよ。その予言はある種の試練と言われていて、それを乗り越える事が出来れば幸福が訪れて乗り越えられなければ不運が訪れるって書いてありますね。」


「はぁ……そりゃもう予言って言うか呪いの類の物なんじゃねぇのか?」


「まぁ確かにそう言えるのかもしれませんが……試練を乗り越えたら目もくらむ様な金銀財宝が貰えるとか、一国の王になれるとか書いてありますよ。」


「おや、それは随分と夢の様な話じゃないか。」


「……乗り越えられなかった場合どうるのか、考えただけで恐ろしいけどな。」


「その場合については本に書いてなかった。」


「おいおい、それってつまり……」


「神様から不運を与えられた者は、その本に記録を残す前にこの世から居なくなってしまったのかもしれないね。」


「……ニッコリと微笑みながら怖い事を言うんじゃねぇよ。」


「ま、まぁ、大丈夫ですよおじさん!要は神様に与えられた試練を乗り越えたら良いってだけの話なんですから!」


「そうやって簡単に言うけど……ってか、俺が予言されたある場所ってどう考えても海底に沈んでいるあのダンジョンの事だよな?だったらそこに行かないって選択肢も存在するから別に試練を受けなくても良いんじゃないのか?」


「うーん……確かにそうかもなんですけど、この本には試練から逃げ出そうとした人にはそれ相応の罰が与えられるって書いてあってですね……」


「おいおい、無理やり押し付けてきた試練の癖に逃げたら罰を与えるとかやっぱ呪いなんじゃねぇかよ!?」


「ふふっ、だけどそれを乗り越えれば幸運が訪れるんだろう。」


「神様が与える幸運。どんな感じなのか気になる。」


「ったく、能天気な奴らだな……まぁその本に書いてる事が本当だとしたら、結局は試練に挑むしかないんだけどさ……あーあー……マジでやりたくねぇなぁ……」


 折角のバカンスだってのに面倒なイベントが起こり過ぎだろ……もうちょい気楽に遊び回りたかったのにそれも叶わずとか……俺、異世界に来てからこういった感じのフラグに呪われすぎじゃね?


「えっと、これで神様についての大まかな説明はお終いになりますね。他にも細かい情報が載ってますので、気になったら後で読んでみて下さい。」


「あぁ、それじゃあ残りのもう1つを教えてくれるかい。」


「分かりました。この本に神様とは別に載っていたのは水神龍の宮殿と呼ばれている海底に沈んだダンジョンの情報です。」


「……ダンジョンの名前の通り、やっぱそこは神様に関連してるって事なのか?」


「はい。水神龍の宮殿とは神様が本来の姿で過ごしている場所と書いてあります。」


「本来の姿……それじゃあもしかして、神様は龍の姿をしているのかい?」


「そうみたいです……ほら、ここに描いてある絵を見て下さい。」


 マホがテーブルの上で開いた本を見てみると、そこには天に昇っている様に見える神々しい青い龍の姿が描き出されていた。


「……これが神様の本来の姿って訳か。」


「ふふっ、思わず見惚れてしまう程に美しい姿だね。」


「九条さんの前に現れるならこっちの姿で出て来て欲しかった。」


「いや、こんなのが街中に現れたらパニックが起きるわ。」


「あはは……それは間違いありませんね。」


 マホとソフィに軽く突っ込みを入れながら改めて龍の絵を眺めていたその時、急に頭の中にある疑問が浮かび上がってきた俺は思わず首を傾げていた。


「……そう言えばこうして絵に残ってる割には、この神様を実際に見たって人の話は聞いた覚えがないな。」


「あぁ、それはそうですよ。神様はダンジョンの奥の方に居るらしいですからね。」


「へぇ……いやでも、それにしたっておかしくないか?毎日の様にあのダンジョンに行ってる人が居るんだから、攻略しようと奥の方に行こうとする奴も出そうだが。」


「ダンジョンの奥に行くには神様に選ばれないとダメ。」


「は、どういう事だ?」


「そうじゃないとダンジョンの奥に通じる扉が開かない仕組みになってる。」


「……なるほどね、神様に会いたいならそれ相応の資格が必要という事か。」


「勝手に試練を与えたり、勝手に資格を与えたり、神様ってのは随分と勝手だな。」


「まぁ、それが神様って気もしますけどね……ただ問題は、おじさんがダンジョンに行った時に奥に通じる扉が開くかどうかですよね。」


「俺としては、開いて欲しくない気持ちしかないんだけどな。」


「九条さんなら大丈夫。きっと扉は開く。」


「……いや、そんな期待に満ちた瞳で見つめられても困るんだが。」


「まぁまぁ、それじゃあ最後にダンジョンに入る方法をお話しますね……って、別にこれは大丈夫ですよね?」


「そうだな、ダンジョンに行く事になれば嫌でも教わる事になるだろうからな。」


「分かりました!それじゃあ、私の説明はこれで以上になります!」


 椅子に座りながら元気にお辞儀をしたマホにロイドやソフィと拍手を送った俺は、心の中に大きな不安を抱きながら明日の予定を皆と決めて1日を終えるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る